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<フリーター籠城編> ~神紙の使い手 エル姫登場~

第三十八話:フリーター、弩砲を撃つ

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「西の城壁の上! 投石機カタパルトがこっち狙っでる! ミイロ、ぶっつぶすだあ!」
「ムイロ、わかっただ! おでに任せるだあ!」

 屋上に陣取じんどるムイロが警告を発する。
 ミイロは投石機カタパルトを操り、三投目の投擲とうてきで敵を沈黙させる。
 一撃必中とはいかないが、なかなかの精度。
 早朝から始まった戦闘は、既に四時間は経過する。
 ミイロの腕前もそれなりに上がったようだ。
 
我が領主マイロどん、東から兵がれでやってくるだあ!」
「ムイロ、任せろ! ってか、もうすぐタマ切れだ! メイロ、弩砲バリスタ用の石弾せきだんを持ってきてくれ!」
我が領主マイロどん、分かっただあ! すぐ三階に行くだあ!」
 
 黒鎧のホブゴブリン兵は、撤退するたびに防御を強化してくる。
 戦端せんたんが開かれた当初は大盾で身をまもるだけだったのが、いまでは大盾の上にたばねた丸太まで乗せている。

 こけむした丸太がひとかたまりとなり、のしのしと近づいてくる。
 そのさまは巨大な芋虫いもむしのようであり、「風の谷のナ◯シカ」に出てくる◯蟲〇―ムを思い起こさせた。

 対する俺に巨神兵きょしんへいはいないが、守護龍ドラゴンヴァスケルならいる。
 いや、いまはいないが、本来は俺のそばにいてくれる。
 アイツ、早くやってこないかな。 
 いまこそドラゴンブレスの一撃が必要なのに。
 
 まあ、ないものねだりしてもしょうがない。
 俺は、眼下がんかに迫る敵に意識を集中する。

 石弾せきだんを撃ち込む。
 一瞬、敵の動きは止まるが、すぐ何事もなかったかのように進軍が再開される。

 なに!? 弩砲バリスタの攻撃が防がれただと! 
 畜生ちくしょう!!
 
 突如訪れた危機的状況に俺は焦りを感じる。

我が領主マイロどん、新しいタマ持ってきただ! これを試してくで!」

 兵站へいたん担当のメイロが補充のタマを手渡してくれる。
 やや小ぶりのタマはズシリと重く、ひんやりと冷たい金属製。
 本職が鉱夫こうふなだけに、メイロが自分で加工したタマのようだ。

 ていうか、ピカピカと黄金色こがねいろに輝いてるんですけど……

「なあ、メイロ。こんなときに聞くのもなんだが、これってきんなのか?」
我が領主マイロどん、なにしでる! はやく撃つだあ!!」
「あ、は、はいっ!」

 鉱夫こうふのメイロにしかられてしまう。
 俺、領主ロードだって告白したのにあつかいが雑な気がする。
 まあ、いいか。仲間だし、シモベーズだし……

 俺は無言で金色のタマを弩砲バリスタに込める。
 タマが何でできているかは考えない。
 そう、無欲の境地。


……いやいや、無理ですわ。考えまいとしても、貧乏性びんぼうしょうな俺は心の奥底でタマの値段を試算しちゃいますよ。野球の硬球サイズの黄金弾おうごんだんは、四、五キロありそう。確か、俺が元いた世界できんの買取り価格はグラム五千円近かったから……おう、なんてこった! このタマひとつで二千万円の価値があるじゃないですか!? すっげー、なんでも買えちゃうぞ! この世界ではきんは珍しくも何ともないのかな? そうなんですか? そうかもね。いやいやでもでも……


我が領主マイロどん! さっさと撃つだあーーー!!」

 再度メイロにせっつかれ、俺は黄金弾おうごんだんを放つ。
 しまった! 思わず撃っちまったあ! 
 さようなら二千万円。
 一瞬だけど楽しい夢を見させてもらったよ。

 黄金弾おうごんだんが空気を切り裂く。
 丸太がバギッとっぷたつに折れ、巨漢のホブゴブリン兵が崩れ落ちる。

我が領主マイロどん! どんどん撃つだあーーー!!」
「メイロ、新しいタマはまだあるのか?」
「いっばいある! 千でも万でもでるだあ!」
 
 おう、なってこったい!
 こんな状況でとんでもないお宝を見つけてしまったではないか。
 もはや計算不能、むしろ思考停止。
 俺はとりあえず敵を蹴散けちらすことに専念する。
 生き残ってナンボじゃ。

 黄金弾おうごんだんをガシガシ撃ち込む。
 石弾せきだんよりもひとまわり小さく、なのにとんでもなく重たいタマは、丸太をへし折り、大盾をぶちぬき、黒鎧の敵兵を撃ち倒す。

 ふおお……威力抜群、俺興奮。

 次々と仲間の兵が倒れるのを目にし、敵はたまらず退却を始める。

我が領主マイロどん! 北と南からも敵がやってくるだあ!」
「ムイロ! 分かった! メイロ、タマをどんどん持って来てくれ!」
「任せるだあ!」

 塔の北側から迫る黒鎧の集団に黄金弾おうごんだんを撃ち込む。

 バギンッ! ズドン!

 一撃ごとに敵の隊列が乱れる。
 密集隊形が崩れたところに、エル姫と「ウサギ山のモーリッツ」ことモイロが矢を射まくる。
 さっさと逃げればよいものを、敵兵は粘る。
 が、結局、推定五億四千万円かけた俺たちの攻撃の前に撤収てっしゅうしていった。
 ふっ、黄金弾おうごんだんを何発撃ったか、つい数えちまったぜ。
 
 北の敵兵を追い散らした俺は、急いで南側の窓に向かう。
 見下ろすと、黒鎧のホブゴブリン兵は白磁はくじの塔に肉薄にくはくしている。
 むかえうつは、女騎士ナイトエリカ・ヤンセンただひとり。
 エリカは塔を背にし、大剣を振るっている。

「てめえら! 俺の女騎士エリカになにしやがる!!」
 
 まるで仕返しをするかのように俺は叫んでしまう。
 いや、別にエリカはケガをしたわけでも何でもないんだけどね。
 思わず、口に出てしまっただけさ。

 南の敵の相手は楽勝だった。
 女騎士ナイトエリカと対峙たいじする黒鎧の兵は、丸太や大盾を手放していたからだ。

 無防備なホブゴブリン兵は、黄金弾おうごんだんとエル姫、モイロの弓の前に瞬殺される。
 あとで女騎士ナイトエリカに「物足りなかった」と言われてしまうくらい、あっけないものだった。
 タマ代もたった一億円しかかからなかったしね。

 なあに、安いものだよ、はは……

「敵は逃げ出しただ! おでたちの勝利だあ!」

 屋上に陣取るムイロが喜びを爆発させる。
 それにこたえるように、塔の各階層からも歓喜の声が響く。


……やれやれ、ダゴダネルの襲撃は退しりぞけたし、ひと休みしようか。おなかいた。ちょっと聞きたいこともあるしね。ん? きんのことだろうって? やだなあ、そんなあからさまに言わないでよ。俺たちみんなの未来の話じゃないか。領主ロードの俺がとみを独占するわけないだろう? え? 信じられないって? 失礼な! そこまで疑うなら正直に告白しよう。金額きんがくがデカすぎて、使い道が想像できないのさ。考えてもみてくれ、牛丼何杯分ってレベルの話じゃないだろう? 領主ロードなんていっても、しょせん俺の中味なかみ小市民しょうしみんっすから……


 エル姫が小妖精フェアリーを召喚する。
 俺たちが休憩する間の見張り番。
 小妖精フェアリーは、戦闘に参加しなければ魔力の消費がおさえられるので、一日くらいはこの世界に滞在できるらしい。
 なので、俺たちは塔の一階に集まってひと休みすることにした。

「ムイロ、助かったよ。ムイロが的確てきかくに敵の動きを伝えてくれたおかげで、俺たちは勝てたようなものだ。心から感謝する」
我が領主マイロどん、やめてくで! おでは、やるべきことをやっだまでだあ」

 全身すすまみれのムイロが照れる。
 遮蔽物しゃへいぶつのない屋上で敵の動きを観測したムイロは、何度も危ない目にあったはずだが、おくびにも出さない。

「ミイロ、投石機カタパルトの操作は見事なもんじゃないか! ミイロが敵の攻城兵器こうじょうへいきかたぱしからつぶしてくれたおかげで、俺たちは塔の守りに専念できた。ありがとう」
「こっずかしいだあ、我が領主マイロどん。おで、姫さんの書いだ説明書のとおりにやっだだけだあ」

 ミイロも照れる。ほこらしそうな顔をしながら、ボリボリと頭をかく。

「エル、モイロ。ふたりともすごかった。ふたりの弓を怖れて、ダゴダネルの奴らは身動きが取れなかったからな。また次も頼むよ」
「わらわにかかれば、こんなもんじゃ!」
「おで、久しぶりに弓を使っただが、上手くできてよかっただあ!」

 エル姫とモイロも鼻高々はなたかだか
 てか、ふたりは途中から弓の腕をきそってなかったか? 
 実はどっちも負けず嫌いと見た。

「エリカ。相変わらずの剣の腕前だな。ほれぼれしたよ。さすがは俺の女騎士ナイトだ」
我が領主マイ・ロード、お褒めにあずかり光栄です。ですが、まだ一度敵襲てきしゅう退しりぞけたのみ。気は抜けません」

 女騎士ナイトエリカ・ヤンセンが冷静クールに答える。
 うん、マジメでカタブツなのは変わらないね。
 まあ、そんなエリカを見ると安心しちゃうけどさ。

「メイロもよく機転きてんを利かせて黄金弾おうごんだんを用意してくれた。正直、石弾せきだんが通用しなかったときは、どうなるかと思ったよ」
「地下にワグナーぼうがいっばいあるの見つけたでな」
「ワーグナーぼう? なんだそりゃ?」
「おんや? 我が領主マイロどん領主ロドなのに、ワグナーぼうを知らんのかあ?」
「メイロ殿。リューキ殿は領主ロードになられて日が浅いのです。できれば実物をお見せしながら説明して頂きたいのですが」
「エリカさま、わかっただ。みんな、おでについてくるだ」


 薄暗うすぐらい地階。
 メイロに案内されたのは、なんと隠し部屋。
 そう、白磁はくじの塔の地下には巧妙に隠された部屋があったのだ。

「わらわは塔に半年余り住んでおるが、まったく気づかなんだわ」

 メイロの発見にエル姫が驚きの声を上げる。
 彼女が隠し部屋の存在に気づかなかったのも無理はない。
 鉱夫こうふのメイロだからこそ、石壁に偽装された扉の存在に気づいたのであろう。

我が領主マイロどん、これがワグナーぼうだあ」

 蝋燭ろうそくのかぼそあかりのもと、メイロが差し出したのは棒状にばされた金属の塊(かたまり)。
 ただし、単なるぼうではない。
 テレビでしか見たことがない金の延べ棒インゴットってやつだ。
 それが部屋いっぱいうず高く積まれている。
 まさに壮観としかようがない光景。

我が領主マイ・ロード。ワーグナーぼうは、ワーグナー領の数少ない特産品です」
「特産品?」
「はい。きんはローグ山で大量にとれる鉱物ですが、柔らかすぎて武具に適さず、重すぎて農耕具にも使えず、あまり使い道がありません。唯一ゆいいつ、プロイゼン帝国の金貨を鋳造ちゅうぞうするのに、皇帝が買い取ってくれます。額は多くありませんが、ワーグナーぼうの販売は我々にとって貴重な収入源なのです」
「そうなんだ。で、なんでここに大量にあるんだ?」
「ここ数年、帝都へ輸送中のワーグナーぼうが強盗に奪われる事件が多発しています。ワーグナーが経済的に困窮こんきゅうする原因にもなっていたのですが、裏にダゴダネルが絡んでいたようですね」
「くそっ、奴らはなんてことしやがるんだ!!」
「リューキ、落ち着くのじゃ……」

 いきどおる俺を、エル姫が平坦な声でなだめようとする。
 ただ、どこか自分自身にも言い聞かせるような声にも聞こえた。

「……ダゴダネルの悪行あくぎょうに怒っているヒマなんぞない。わらわたちへの攻撃はますます激しくなるのじゃ、むしろ気を引き締めようぞ」
「エル、どういう意味だ?」
「帝都へ向かう輸送隊の襲撃しゅうげきは、いわば皇帝への反逆行為じゃ。リューキの放った大量の黄金弾おうごんだんを見れば、隠していたワーグナーぼうが見つけられたと分かるであろう。当然、総力を挙げて口封じにくるぞよ」

 小妖精フェアリーが目の前に姿をあらわす。
 エル姫に向かって何かを訴える。
 小妖精フェアリーの言葉は俺には理解できない。
 が、必死な様子は見て取れた。

「言うてるそばからやって来たぞ! 今度はブブナ・ダゴダネルの姿もあるそうじゃ!」
畜生ちくしょう! 少しは休ませろってんだよ! エリカ、エル、みんな、行くぞ!」
我が領主マイ・ロード、地獄の底までおつきあい致します」
「わらわも参るのじゃ!」
「おでも行くだあ!」「おでも!」「おでもだあ!」「おではタマを運ぶだあ!」

 螺旋らせん階段を駆け上る。
 塔の外から野太のぶとい雄たけびが聞こえる。
 ずいぶん人数が多そうだ。

 だが、俺は負ける気がしない。
 頼もしい仲間がこんなにもいるのだから。
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