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<フリーター籠城編> ~神紙の使い手 エル姫登場~
第四十四話:フリーター、不意を突かれる
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籠城後、二度目の朝。
白磁の塔の屋上で俺は目覚めた。
正直、寝不足だ。
昨夜、敵の動きを察知した風の精霊デボネアに何度も起こされた。
夜襲を警戒した俺は、軍で斥候を務めるムイロとともに屋上で夜を明かした。
結局、ダゴダネルの奴らは塔を攻撃しないで、城外へ出ていっただけだったが。
夜中に出撃した黒鎧の部隊がどこへ向かったかは分からない。
どうやら、俺たちの知らないところで何かが起きているようだ。
「ムイロ。奴らは何しているんだろうな」
「我が領主、おでも分がんねえだあ。だけんど、ジーグフリード様の軍勢を迎え撃つにしでも、ばらばらに動きすぎだあ」
ムイロの考えに俺も賛同する。
軍事に疎い俺でも、ダゴダネルの動きは不可思議に思える。
ジーグフリードがいるはずの東のみならず、四方八方に進軍している。
まるで、ダゴダネル城が遠巻きに包囲されているかのような印象すら受けた。
「リューキよ。ご苦労じゃのう。ほれ、朝メシを持って来てやったぞよ」
階下からエル姫が姿を見せる。
差し出してきたのは、黒パンとサバ味噌煮缶。
俺のためにわざわざ持ってきてくれたようだ。
てか、朝からサバの味噌煮か……
ちょっと重いけど、せっかく持って来てくれたんだし、食べるか。
俺は黙って缶詰を開ける。
エル姫はオイルサーディンの缶詰を開ける。
どうやら姫様は、オイルサーディンの味が気に入ったようだ。
いやまあ、朝メシは別にいいんだが……
「エル。なぜ俺の膝の上に座る?」
「やはりおぬしは異世界人じゃな。右膝の上といえば、第三夫人の指定席ぞ」
「いやいや、たとえそういう習慣だとしても、俺たちはまだ……」
「姫様! リューキ殿をからかわないで下さい! 本気で信じてしまいますわ!」
「第二夫人がやって来たのう。ほれ、リューキの左膝なら空いて……おらぬな」
エル姫の軽口に思わず反応する。
見ると、俺の左膝で風の精霊のデボネアが、ちんまりと胡坐をかている。
おや、いつの間に?
「デボネアよ。おぬし、そこで何をしておるのじゃ? ……ほう? ふむふむ。して……なるほど、そうか! わかった、約束じゃ」
エル姫が、うんうんと頷く。
俺には風の精霊の言葉はさっぱり分からないが、エル姫は満足気。
姫様と会話を終えた風の精霊デボネアは羽根を広げる。
ふわりと舞ったかと思うと、おもむろに俺の左肩に乗る。
デボネアは両手で俺の頭を抱え、ほっぺたにキスしてきた。
「おっ! 嬉しいことしてくれるじゃないか! かわいい奴だなあ」
手を伸ばし、小妖精の頭をなでてやる。
デボネアは、甘えるように俺の腕に絡まってくる。
ご機嫌な子猫のようだ。
「我が領主。風の精霊と戯れるのも、ほどほどにして下さい……」
女騎士エリカ・ヤンセンが硬い声で言う。
……おやおや、エリカさんたら。まさか、ヤキモチですか? やだなあ、こんな小っちゃな子に。ホント、気にすることないよ。それに、第二夫人ていうのも、カ・タ・チだけです! 序列なんかありません。え、まだ奥さんじゃないって? うん、そうだね。けどさ、俺にも目標ができたんですよ。俺たちの明るい未来に向けて、頑張ることさ! ハッキリいって、戦争は嫌いです。ホントはやりたくはありません。だから、できるだけ話し合いで解決しようと思います。時間はかかるかもしれないけど、立派な領主になって、エリカを神器の鎧の束縛から解放してあげるよ。待っていてくれるよね?
『そんなん嫌や、よう待てんわあ!』
いやいや、そんなこと言わないでさ。
『あかん、まだるっこしいわあ。ちゃっちゃと話を進めてえなあ!』
いやいや、まだるっこしいとかじゃなくて。てか、お前、誰だ? 俺の妄想さんじゃないな?……
意識が戻る。
顔を上げる。
俺に向って手を伸ばす女騎士エリカと目が合う
エリカは、俺を正気に戻そうとしていたようだ。
「エリカ。いま、俺に話しかけたか?」
「まだ何も言っておりませんが?」
視線を下ろす。
エル姫は相変わらず俺の右膝に腰かけている。
メガネ微女の唇は艶々している。
オイルサーディンの脂か。
指をちゅぱちゅぱするエル姫が俺に話しかけたのでもなさそうだ。
てことは……
「デボネア。まさか、お前か?」
「%*+=&!」
うん、やっぱり何を言っているのか分からないね。
分からないけど、デボネアはイタズラが見つかった子どものような表情をする。
もう一度、俺が話しかけようとすると、ぼわっと白光し、姿を消してしまう。
俺の膝の上に残ったのは糸くずのように細かい紙片。
愛らしい小妖精に去られた寂しさ以上に、まんまと逃げられた気持ちになる。
「リューキよ。その様子では、デボネアと同調できたようじゃな」
「エル。どういうことだ?」
「風の精霊デボネアが申すには、リューキの『創造力』は相当たくましいそうじゃ。鍛錬を積めば精霊界で魂を具象化できる資質じゃともな。さすれば、元の『人間界』と、この『魔界』のみならず、『精霊界』にも行けるようになるぞ」
「ホントに? てか、それって喜んでいいことなのか?」
「以前に教えたであろう。神器とは、精霊の魂を宿らせたものじゃと。わらわのように精霊の魂を召喚できずとも、リューキ自身が精霊たちと仲良うなれば彼らの助力を期待できようぞ!」
どうやら俺の妄想、いや、『創造力』はたいしたものらしい。
まさか精霊との交流に使えるとはね。
世の中、何が役に立つか分からないものだ。
ひとりのんびりと朝メシを食べていたムイロが、急に立ち上がる。
東の方角を凝視し、おもむろに声を上げた。
「我が領主! ダゴダネルの兵が戻ってくる。いんや、こっちに逃げで来るだ。追っかけでるのは、ジーグフリード様の軍勢に間違いねえだあ!!」
「おお! ついに来たか!」
「我が領主、援軍が到着するまで持ちこたえましょう!」
「リューキよ。水を差すようで悪いがのう、塔が揺れておらぬか?」
屋上にいる全員が動きを止め、黙り込む。
エル姫の言う通り、微かな揺れを感じる。
ズズ、ズズズと地鳴りのような音が徐々に大きくなる。
ズンッ!
ひときわ大きな音がする。
ぐらりと身体が傾き、はずみでエル姫が俺の胸に飛び込んでくる。
ぽわんっ。
うむ、想像以上に柔らかい。
ジーナ・ワーグナーと同じで、着やせするタイプだね。
いや、いまはそんな発見に感心している場合ではない。
そう。白磁の塔が傾いているではないか!
ようやく援軍が来たというのに、なにか問題が発生したようだ!
畜生!!
「我が領主! 地下だあ! 奴ら、穴を掘っで、地下から攻めで来ただあ!」
「なんだって!? メイロ! 逃げろ! 上にあがって来い!」
「我が領主、私が敵を防ぎます!」
塔の地下倉庫にいた鉱夫のメイロが逃げてくる。
宿屋の亭主のミイロ、弓の名手モイロも同じく屋上にあがる。
敵兵が地下から塔に侵入してこようとは、まったく予想外の展開。
塔のなかの敵には、投石機も弩砲も役に立たない。
完全に不意をつかれて、俺たちは屋上にひと塊となる。
狭い螺旋階段の途中、女騎士エリカ・ヤンセンが黒鎧と対峙する。
塔の屋上から東の彼方を眺める。
ジーグフリードの軍勢は、まだ何キロも離れている。
あとは時間との勝負。
俺たちには、女騎士エリカ・ヤンセンに命運を託すしか手立てはなかった。
白磁の塔の屋上で俺は目覚めた。
正直、寝不足だ。
昨夜、敵の動きを察知した風の精霊デボネアに何度も起こされた。
夜襲を警戒した俺は、軍で斥候を務めるムイロとともに屋上で夜を明かした。
結局、ダゴダネルの奴らは塔を攻撃しないで、城外へ出ていっただけだったが。
夜中に出撃した黒鎧の部隊がどこへ向かったかは分からない。
どうやら、俺たちの知らないところで何かが起きているようだ。
「ムイロ。奴らは何しているんだろうな」
「我が領主、おでも分がんねえだあ。だけんど、ジーグフリード様の軍勢を迎え撃つにしでも、ばらばらに動きすぎだあ」
ムイロの考えに俺も賛同する。
軍事に疎い俺でも、ダゴダネルの動きは不可思議に思える。
ジーグフリードがいるはずの東のみならず、四方八方に進軍している。
まるで、ダゴダネル城が遠巻きに包囲されているかのような印象すら受けた。
「リューキよ。ご苦労じゃのう。ほれ、朝メシを持って来てやったぞよ」
階下からエル姫が姿を見せる。
差し出してきたのは、黒パンとサバ味噌煮缶。
俺のためにわざわざ持ってきてくれたようだ。
てか、朝からサバの味噌煮か……
ちょっと重いけど、せっかく持って来てくれたんだし、食べるか。
俺は黙って缶詰を開ける。
エル姫はオイルサーディンの缶詰を開ける。
どうやら姫様は、オイルサーディンの味が気に入ったようだ。
いやまあ、朝メシは別にいいんだが……
「エル。なぜ俺の膝の上に座る?」
「やはりおぬしは異世界人じゃな。右膝の上といえば、第三夫人の指定席ぞ」
「いやいや、たとえそういう習慣だとしても、俺たちはまだ……」
「姫様! リューキ殿をからかわないで下さい! 本気で信じてしまいますわ!」
「第二夫人がやって来たのう。ほれ、リューキの左膝なら空いて……おらぬな」
エル姫の軽口に思わず反応する。
見ると、俺の左膝で風の精霊のデボネアが、ちんまりと胡坐をかている。
おや、いつの間に?
「デボネアよ。おぬし、そこで何をしておるのじゃ? ……ほう? ふむふむ。して……なるほど、そうか! わかった、約束じゃ」
エル姫が、うんうんと頷く。
俺には風の精霊の言葉はさっぱり分からないが、エル姫は満足気。
姫様と会話を終えた風の精霊デボネアは羽根を広げる。
ふわりと舞ったかと思うと、おもむろに俺の左肩に乗る。
デボネアは両手で俺の頭を抱え、ほっぺたにキスしてきた。
「おっ! 嬉しいことしてくれるじゃないか! かわいい奴だなあ」
手を伸ばし、小妖精の頭をなでてやる。
デボネアは、甘えるように俺の腕に絡まってくる。
ご機嫌な子猫のようだ。
「我が領主。風の精霊と戯れるのも、ほどほどにして下さい……」
女騎士エリカ・ヤンセンが硬い声で言う。
……おやおや、エリカさんたら。まさか、ヤキモチですか? やだなあ、こんな小っちゃな子に。ホント、気にすることないよ。それに、第二夫人ていうのも、カ・タ・チだけです! 序列なんかありません。え、まだ奥さんじゃないって? うん、そうだね。けどさ、俺にも目標ができたんですよ。俺たちの明るい未来に向けて、頑張ることさ! ハッキリいって、戦争は嫌いです。ホントはやりたくはありません。だから、できるだけ話し合いで解決しようと思います。時間はかかるかもしれないけど、立派な領主になって、エリカを神器の鎧の束縛から解放してあげるよ。待っていてくれるよね?
『そんなん嫌や、よう待てんわあ!』
いやいや、そんなこと言わないでさ。
『あかん、まだるっこしいわあ。ちゃっちゃと話を進めてえなあ!』
いやいや、まだるっこしいとかじゃなくて。てか、お前、誰だ? 俺の妄想さんじゃないな?……
意識が戻る。
顔を上げる。
俺に向って手を伸ばす女騎士エリカと目が合う
エリカは、俺を正気に戻そうとしていたようだ。
「エリカ。いま、俺に話しかけたか?」
「まだ何も言っておりませんが?」
視線を下ろす。
エル姫は相変わらず俺の右膝に腰かけている。
メガネ微女の唇は艶々している。
オイルサーディンの脂か。
指をちゅぱちゅぱするエル姫が俺に話しかけたのでもなさそうだ。
てことは……
「デボネア。まさか、お前か?」
「%*+=&!」
うん、やっぱり何を言っているのか分からないね。
分からないけど、デボネアはイタズラが見つかった子どものような表情をする。
もう一度、俺が話しかけようとすると、ぼわっと白光し、姿を消してしまう。
俺の膝の上に残ったのは糸くずのように細かい紙片。
愛らしい小妖精に去られた寂しさ以上に、まんまと逃げられた気持ちになる。
「リューキよ。その様子では、デボネアと同調できたようじゃな」
「エル。どういうことだ?」
「風の精霊デボネアが申すには、リューキの『創造力』は相当たくましいそうじゃ。鍛錬を積めば精霊界で魂を具象化できる資質じゃともな。さすれば、元の『人間界』と、この『魔界』のみならず、『精霊界』にも行けるようになるぞ」
「ホントに? てか、それって喜んでいいことなのか?」
「以前に教えたであろう。神器とは、精霊の魂を宿らせたものじゃと。わらわのように精霊の魂を召喚できずとも、リューキ自身が精霊たちと仲良うなれば彼らの助力を期待できようぞ!」
どうやら俺の妄想、いや、『創造力』はたいしたものらしい。
まさか精霊との交流に使えるとはね。
世の中、何が役に立つか分からないものだ。
ひとりのんびりと朝メシを食べていたムイロが、急に立ち上がる。
東の方角を凝視し、おもむろに声を上げた。
「我が領主! ダゴダネルの兵が戻ってくる。いんや、こっちに逃げで来るだ。追っかけでるのは、ジーグフリード様の軍勢に間違いねえだあ!!」
「おお! ついに来たか!」
「我が領主、援軍が到着するまで持ちこたえましょう!」
「リューキよ。水を差すようで悪いがのう、塔が揺れておらぬか?」
屋上にいる全員が動きを止め、黙り込む。
エル姫の言う通り、微かな揺れを感じる。
ズズ、ズズズと地鳴りのような音が徐々に大きくなる。
ズンッ!
ひときわ大きな音がする。
ぐらりと身体が傾き、はずみでエル姫が俺の胸に飛び込んでくる。
ぽわんっ。
うむ、想像以上に柔らかい。
ジーナ・ワーグナーと同じで、着やせするタイプだね。
いや、いまはそんな発見に感心している場合ではない。
そう。白磁の塔が傾いているではないか!
ようやく援軍が来たというのに、なにか問題が発生したようだ!
畜生!!
「我が領主! 地下だあ! 奴ら、穴を掘っで、地下から攻めで来ただあ!」
「なんだって!? メイロ! 逃げろ! 上にあがって来い!」
「我が領主、私が敵を防ぎます!」
塔の地下倉庫にいた鉱夫のメイロが逃げてくる。
宿屋の亭主のミイロ、弓の名手モイロも同じく屋上にあがる。
敵兵が地下から塔に侵入してこようとは、まったく予想外の展開。
塔のなかの敵には、投石機も弩砲も役に立たない。
完全に不意をつかれて、俺たちは屋上にひと塊となる。
狭い螺旋階段の途中、女騎士エリカ・ヤンセンが黒鎧と対峙する。
塔の屋上から東の彼方を眺める。
ジーグフリードの軍勢は、まだ何キロも離れている。
あとは時間との勝負。
俺たちには、女騎士エリカ・ヤンセンに命運を託すしか手立てはなかった。
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