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<フリーター籠城編> ~神紙の使い手 エル姫登場~
第五十三話:エルメンルート姫、おうちが決まる
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ワーグナー城の大広間。
立派な玉座の背後に金庫室がある。
俺はジーナ・ワーグナーと一緒に中に入る。
金庫室の中は相変わらず殺風景。
体育館並みに広いので、余計にガランとして見える。
元領主のジーナの説明では、昔は部屋からあふれんばかりに財宝があったそうだが、いまではその面影はない。
広い部屋の片隅。
金貨でできた同じ大きさの山が三つと、ひとまわり小さな小山がひとつある。
ローン支払い用に金貨一万枚を収納袋に収めると、大きな山がひとつ消えた。
「リューキさまっ! わたし、ものすごーくヒマだったので金貨の残りを数えてみましたー。こっちのおおきな山が……」
「ジーナ、わかるよ。ついでに俺があとどれだけ生きられるかも一目瞭然だな」
ジーナの説明を最後まで聞かずとも、俺は状況を理解した。
大きな山ひとつは金貨一万枚で、小さな山は端数ってことだ。
つまり、金庫室に残った金貨は三万枚ちょっと。
ローンを三回払える計算。
ローンの未払いは即座に俺の死につながるので、このままでは俺の余命は三か月ほどになる。
ちなみに、本来なら大きな金貨の山はあと十個あったはず。
「亡国の微女」の異名を持つエル姫こと、エルメンルート・ホラント姫が十万Gを無駄遣いしたせいで、俺の寿命が十か月縮んだのだ。
エル姫の散財を思い出したら腹が立ってきた。
かといって、ネチネチとグチるのは大人げない。
まあ、使っちまったもんはしょうがないからね。
エル姫も金輪際無駄遣いはしないだろうし、ここは一致団結して苦難を乗り越えようではないか。
おっと、俺も肝が据わってきたかな。
逆に神経がマヒしてきただけかもしれんが。
ジーナとともに金庫室を出る。
金庫室の外には、姐さんヴァスケル、エル姫、そして城の守備隊長のグスタフが待っていた。
「どうだい? ジーナの服装を真似てみたんだけど、おかしくないかい?」
姐さんヴァスケルが尋ねてくる。
ヴァスケルは、先ほどまでの官能的な格好ではなく、濃紺のスーツにビシッと身を包んでいる。
鋭角なフォルムのメガネまでかけた姿は、仕事がデキルOLのようにも見える。
「悪くない。それなら、俺がいた世界に行ってもおかしくないよ」
「そうかい! うまく変装できたかい! それにしてもリューキの世界の格好は窮屈だねえ。ちょいとばかり楽にさせてもらうよ」
ヴァスケルが白いシャツのボタンを上から順に外す。
ひとつ、ふたつ、みっつ……
おお、なんということでしょう!
姐さんの豊満なボディをスーツのなかにぎゅうぎゅうと押し込んでいるせいか、ふたつの山の間にはいつも以上に深い谷間ができているではありませんか。
大広間を照らす蝋燭のほのかな灯りは、深い谷底まで届きません。
実にワンダホーな光景です。
俺は思わず妄想を膨らませてしまう。
……ボタンを外しただけで、デキルOLがインモラルな雰囲気を醸しだすとは。こいつはオドロキだな! もっといろいろなコスプレを試さなきゃね。まずは……
「これ! 呆けるのはやめぬか!」
パチンッ!
エル姫が俺の右頬にビンタする。
なかなか強烈。
だが、これしきのことで俺の意識は落ちない。
そうとも。
女騎士エリカ・ヤンセンの頭突きに比べれば、たいしたダメージはない。
だからといって左の頬まで差し出すつもりはないが。
「痛いな! なにすんだよ!」
「煩悩にとらわれたリューキがいけないのじゃ! 早よう人間界訪問の準備を進めぬか!」
エル姫に至極まっとうな意見を言われる。
反論できない。
俺はおとなしく従うことにする。
なんというか、既に尻に敷かれている気がしてきた。
と、その前に、グスタフ隊長と少し話をしておこうか。
せっかく会いに来てくれたんだしね。
「グスタフ隊長。朝早いのに、わざわざ来てくれたのか。カスパー家のドワーフ族とイザコザがあったそうだな。詳しくはローンの支払いから戻ってきてから聞くが、簡単に報告してくれ」
「リューキ殿。揉めたのは地下資源の採掘絡みです。ドワーフどもは、ついうっかりワーグナー領内まで掘り進んでしまったと主張してます。ドワーフどもが掘った坑道は、ヴァスケル様に塞いで頂きましたので、とりあえずの始末もついてます」
オーク・キングのグスタフ隊長が早口で報告する。
「カスパー家のドワーフ族が、ワーグナー領内の鉱物を無断採掘したってことか。特に戦闘はなかったのか?」
「ありません」
「そうか。じゃあ、穏便にすませそうだな」
「いえ、そういうわけにはいきません! やつらは何度追い払っても繰り返し侵入してきて……」
俺の問いかけに対し、グスタフ隊長の口調にも熱がこもってくる。
もしかしたらカスパーとの因縁は、俺が思う以上に根が深いのかもしれない。
「グスタフ! あたいたちが急いでるっていうのに、長々と説明するつもりかい!」
「ヴァスケル様! いえ、そういうわけでは……」
「グスタフ隊長、悪かった! 続きはまた今度にしよう」
ヴァスケルに叱られたグスタフ隊長は涙目になる。
うん、俺のとばっちりを受けてしまったようだな。
申し訳ないことをしてしまった。
なんだかんだいっても、ヴァスケルはワーグナーの守護龍。
グスタフをはじめ、領民の間では、恐れられ、崇め奉られている存在だからね。
「ところで、ジーナ。今日からエル姫がウチに住むことになった。ひと部屋あてがってやってくれないか?」
「リューキよ! ひと部屋では足りぬ。わらわは神器の研究を続けたいのじゃ。私室以外に、研究室、書庫、倉庫も欲しい。白磁の塔と同じくらいに、四、五部屋は欲しいのじゃ」
ジーナが答える前に、エル姫がリクエストしてくる。
なかなかしっかりしたお姫さまだ。
「ぜいたく言う奴だなあ。まあいい。ジーナ、どこかまとまって空いてる部屋はあるか? 少々騒がしくても問題にならない部屋が良いかな」
「リューキさまっ! 少し離れますが、『黒檀の塔』という物置同然の塔があります。ていうか、ワーグナー棒を保管する物置にしてます。頑丈な六階建ての塔なので、少々のことでは壊れません」
「へえ、そんな塔があるんだ。しかも、ここから遠いってのも良いな。エル、そこでどうだ?」
「いささか聞き捨てならぬことも言うておるが、まあ良い。黒檀の塔に行くぞよ。リューキよ、急いでいるところ悪いが、収納袋にあるわらわの荷物を運んでくれなのじゃ」
「わかった。ついでに塔に保管してあるワーグナー棒をもらってくよ。金貨を人間界で転売するのはダメかもしれないが、ただの金の棒ならいいんだろ?」
「別に問題はないぞよ。しかしリューキよ、またもや小銭稼ぎを考えるとは、おぬしも懲りぬ男じゃのう」
「ほっとけ! てか、エルもお金を使うことばっか考えるんじゃなくて、金を儲ける方法も考えてくれよ。ワーグナーが潤えば、俺のローン支払いも助かるし、お前だって神器の研究が進むだろ」
「そうじゃのう……考えておくぞよ」
俺と女傑(?)三人衆は、黒檀の塔に向かう。
グスタフ隊長は領内警備の任務があると言うので立ち去った。
気のせいだろうか、俺にはグスタフ隊長が慌てて逃げていったように思えた。
城の大広間を出て、石造りの階段を下る。
薄暗い廊下を抜け、ワーグナー城の東の端まで進むと開けた空間に出る。
そこは百メートル四方ほどの広い庭園。
庭園の中心付近には、六階建の黒い塔が建っていた。
庭園は緑に覆われ、色とりどりの花が咲き、果実のなる樹木も生えている。
どちらかといえば寒々しい感じのワーグナー城には不釣り合いな光景。
よく見ると、黒檀の塔は真黒い蔦で覆われている。
神々しさと禍々しさが入りまじる不思議なオーラを感じた。
「ワーグナー城のなかで、なんでこの庭だけ緑に覆われてるんだ?」
俺はジーナに尋ねる。
「ここはとっても日当たりが良くてー、キレイな清水も湧いているからです!」
「ふーん、そうなんだ。確かに温かいし、まるで別世界だな」
庭園の奥を見る。
チューリップに似た赤や黄や紫の花が咲き乱れている先に岩場がある。
岩場の上からは水が染み出ていて、水たまりを作っている。
水たまりは自然にできたとは思えないほど見事な円形で、直径三メートルほど。
水面からは、ふわふわと蒸気まであがっていた。
「ん? 水じゃなくてお湯か? まるで温泉みたいなじゃないか」
「リューキよ。このローグ山は火山ぞ。温泉くらい湧いていてもおかしくはないであろう?」
「エルちゃん、物知り-! ほんと、なんでも知ってるね! すごーい!」
とっても素直なジーナに褒められて、エル姫はご機嫌になる。
うむ、エル姫は早くもワーグナー城になじんでいるようだね。
うんうん、良きことです。
ふわんっ。
なにやら白い物体が温泉の脇を通り過ぎていく。
目を凝らして見直すが、なにもいない。
はて、目の錯覚だろうか?
「リューキさまっ? どーかしました?」
「なにか白いモノが駆け抜けていった気がしたんだけど……見間違いかな?」
「えー、ホントですかー? 実は黒檀の塔の周りって、幽霊が出るって噂があるんですー。だから、グスタフは怖がって近づかないんですよー」
ジーナが事もなげに言う。
「まったく! グスタフは守備隊長なんて威張っているけど、いつまでたってもビビりだねえ。ワーグナー城に幽霊なんか出るわけないのにさ!」
「え? 魔界には幽霊はいないの?」
苦い口調のヴァスケルに、俺は素朴な質問をぶつける。
「いるわけないだろ! あんたもいい大人なんだから、あんまり子どもじみたことを言うんじゃないよ!」
「ほんにのう。リューキよ、モノを知らぬにしても限度があるぞよ」
「んー、でも! そんなリューキさまって、カワイイー!」
俺は、ヴァスケルに叱られ、エル姫に呆れられ、ジーナに幼い子ども扱いされてしまう。
……いやいや、待ってくれ。ここは魔界だよね。人間界では空想上の生き物だったオークやゴブリンがわんさかいるよね。ジーナやエル姫は魔人だし、ヴァスケルに至ってはボンキュッボーンだけど龍じゃないか。おっと、スタイルは関係なかいか。まあとにかく、最近まで存在すら信じられなかったキミたちから『幽霊なんているわけないでしょ! まったくもー、いつまでたっても赤ちゃんなんだからー。坊や、おっぱい飲む?』なんて言われる筋合いはない! いや、そこまで言ってないか。俺の願望がまざったようだな。今後気をつけます。それでなんだっけ? おお、そうだ。幽霊だ。魔界には幽霊はいないのか。何だか複雑だね。もう、なにが常識なのかよくわからないよ。いや、幽霊ってのはそもそも……
「プリンセスぱーんち!」
アホっぽい掛け声が聞こえる。
そう思った瞬間、俺の左頬にエル姫の右ストレートが炸裂。
ノックダウン――俺は地面に崩れ落ちた。
……くっ、見事だ。右頬に喰らったビンタは物足りなかったが、いまのはズシンと来たぜ。だが、ついに見つけたぞ! 世界を狙える右だ。そう、黄金の右ストレート。君こそ俺が探し求めていた未来のチャンプだ! さあ、俺と一緒に……
違う妄想世界に陥りそうになるのを、辛うじて堪える。
てか、俺の頭のなかはどうなっているんだろう。
深く考えるのはよそう、落ちこんじゃうからね。
それはともかく……
「エル! 頼むから、もっと優しくしてくれ! このままじゃ、俺の身体が壊れちゃうよ!」
「むー、わかったのじゃ。次からは痛くない刺激を与えるのじゃ」
「リューキ。あたいのドラゴン・ブレスじゃだめかい?」
「ヴァスケル。それじゃあ、俺は痕跡すら残らないよ。目を覚ますとか覚まさないとかの問題じゃなくなる」
「リューキさまっ! わたしもなにか考えますねー!」
「ほうほう。これは面白いのう! みんなで競争じゃのう!」
三人は勝手に盛り上がる。
俺は勝手にしてくれ、と思った。
立派な玉座の背後に金庫室がある。
俺はジーナ・ワーグナーと一緒に中に入る。
金庫室の中は相変わらず殺風景。
体育館並みに広いので、余計にガランとして見える。
元領主のジーナの説明では、昔は部屋からあふれんばかりに財宝があったそうだが、いまではその面影はない。
広い部屋の片隅。
金貨でできた同じ大きさの山が三つと、ひとまわり小さな小山がひとつある。
ローン支払い用に金貨一万枚を収納袋に収めると、大きな山がひとつ消えた。
「リューキさまっ! わたし、ものすごーくヒマだったので金貨の残りを数えてみましたー。こっちのおおきな山が……」
「ジーナ、わかるよ。ついでに俺があとどれだけ生きられるかも一目瞭然だな」
ジーナの説明を最後まで聞かずとも、俺は状況を理解した。
大きな山ひとつは金貨一万枚で、小さな山は端数ってことだ。
つまり、金庫室に残った金貨は三万枚ちょっと。
ローンを三回払える計算。
ローンの未払いは即座に俺の死につながるので、このままでは俺の余命は三か月ほどになる。
ちなみに、本来なら大きな金貨の山はあと十個あったはず。
「亡国の微女」の異名を持つエル姫こと、エルメンルート・ホラント姫が十万Gを無駄遣いしたせいで、俺の寿命が十か月縮んだのだ。
エル姫の散財を思い出したら腹が立ってきた。
かといって、ネチネチとグチるのは大人げない。
まあ、使っちまったもんはしょうがないからね。
エル姫も金輪際無駄遣いはしないだろうし、ここは一致団結して苦難を乗り越えようではないか。
おっと、俺も肝が据わってきたかな。
逆に神経がマヒしてきただけかもしれんが。
ジーナとともに金庫室を出る。
金庫室の外には、姐さんヴァスケル、エル姫、そして城の守備隊長のグスタフが待っていた。
「どうだい? ジーナの服装を真似てみたんだけど、おかしくないかい?」
姐さんヴァスケルが尋ねてくる。
ヴァスケルは、先ほどまでの官能的な格好ではなく、濃紺のスーツにビシッと身を包んでいる。
鋭角なフォルムのメガネまでかけた姿は、仕事がデキルOLのようにも見える。
「悪くない。それなら、俺がいた世界に行ってもおかしくないよ」
「そうかい! うまく変装できたかい! それにしてもリューキの世界の格好は窮屈だねえ。ちょいとばかり楽にさせてもらうよ」
ヴァスケルが白いシャツのボタンを上から順に外す。
ひとつ、ふたつ、みっつ……
おお、なんということでしょう!
姐さんの豊満なボディをスーツのなかにぎゅうぎゅうと押し込んでいるせいか、ふたつの山の間にはいつも以上に深い谷間ができているではありませんか。
大広間を照らす蝋燭のほのかな灯りは、深い谷底まで届きません。
実にワンダホーな光景です。
俺は思わず妄想を膨らませてしまう。
……ボタンを外しただけで、デキルOLがインモラルな雰囲気を醸しだすとは。こいつはオドロキだな! もっといろいろなコスプレを試さなきゃね。まずは……
「これ! 呆けるのはやめぬか!」
パチンッ!
エル姫が俺の右頬にビンタする。
なかなか強烈。
だが、これしきのことで俺の意識は落ちない。
そうとも。
女騎士エリカ・ヤンセンの頭突きに比べれば、たいしたダメージはない。
だからといって左の頬まで差し出すつもりはないが。
「痛いな! なにすんだよ!」
「煩悩にとらわれたリューキがいけないのじゃ! 早よう人間界訪問の準備を進めぬか!」
エル姫に至極まっとうな意見を言われる。
反論できない。
俺はおとなしく従うことにする。
なんというか、既に尻に敷かれている気がしてきた。
と、その前に、グスタフ隊長と少し話をしておこうか。
せっかく会いに来てくれたんだしね。
「グスタフ隊長。朝早いのに、わざわざ来てくれたのか。カスパー家のドワーフ族とイザコザがあったそうだな。詳しくはローンの支払いから戻ってきてから聞くが、簡単に報告してくれ」
「リューキ殿。揉めたのは地下資源の採掘絡みです。ドワーフどもは、ついうっかりワーグナー領内まで掘り進んでしまったと主張してます。ドワーフどもが掘った坑道は、ヴァスケル様に塞いで頂きましたので、とりあえずの始末もついてます」
オーク・キングのグスタフ隊長が早口で報告する。
「カスパー家のドワーフ族が、ワーグナー領内の鉱物を無断採掘したってことか。特に戦闘はなかったのか?」
「ありません」
「そうか。じゃあ、穏便にすませそうだな」
「いえ、そういうわけにはいきません! やつらは何度追い払っても繰り返し侵入してきて……」
俺の問いかけに対し、グスタフ隊長の口調にも熱がこもってくる。
もしかしたらカスパーとの因縁は、俺が思う以上に根が深いのかもしれない。
「グスタフ! あたいたちが急いでるっていうのに、長々と説明するつもりかい!」
「ヴァスケル様! いえ、そういうわけでは……」
「グスタフ隊長、悪かった! 続きはまた今度にしよう」
ヴァスケルに叱られたグスタフ隊長は涙目になる。
うん、俺のとばっちりを受けてしまったようだな。
申し訳ないことをしてしまった。
なんだかんだいっても、ヴァスケルはワーグナーの守護龍。
グスタフをはじめ、領民の間では、恐れられ、崇め奉られている存在だからね。
「ところで、ジーナ。今日からエル姫がウチに住むことになった。ひと部屋あてがってやってくれないか?」
「リューキよ! ひと部屋では足りぬ。わらわは神器の研究を続けたいのじゃ。私室以外に、研究室、書庫、倉庫も欲しい。白磁の塔と同じくらいに、四、五部屋は欲しいのじゃ」
ジーナが答える前に、エル姫がリクエストしてくる。
なかなかしっかりしたお姫さまだ。
「ぜいたく言う奴だなあ。まあいい。ジーナ、どこかまとまって空いてる部屋はあるか? 少々騒がしくても問題にならない部屋が良いかな」
「リューキさまっ! 少し離れますが、『黒檀の塔』という物置同然の塔があります。ていうか、ワーグナー棒を保管する物置にしてます。頑丈な六階建ての塔なので、少々のことでは壊れません」
「へえ、そんな塔があるんだ。しかも、ここから遠いってのも良いな。エル、そこでどうだ?」
「いささか聞き捨てならぬことも言うておるが、まあ良い。黒檀の塔に行くぞよ。リューキよ、急いでいるところ悪いが、収納袋にあるわらわの荷物を運んでくれなのじゃ」
「わかった。ついでに塔に保管してあるワーグナー棒をもらってくよ。金貨を人間界で転売するのはダメかもしれないが、ただの金の棒ならいいんだろ?」
「別に問題はないぞよ。しかしリューキよ、またもや小銭稼ぎを考えるとは、おぬしも懲りぬ男じゃのう」
「ほっとけ! てか、エルもお金を使うことばっか考えるんじゃなくて、金を儲ける方法も考えてくれよ。ワーグナーが潤えば、俺のローン支払いも助かるし、お前だって神器の研究が進むだろ」
「そうじゃのう……考えておくぞよ」
俺と女傑(?)三人衆は、黒檀の塔に向かう。
グスタフ隊長は領内警備の任務があると言うので立ち去った。
気のせいだろうか、俺にはグスタフ隊長が慌てて逃げていったように思えた。
城の大広間を出て、石造りの階段を下る。
薄暗い廊下を抜け、ワーグナー城の東の端まで進むと開けた空間に出る。
そこは百メートル四方ほどの広い庭園。
庭園の中心付近には、六階建の黒い塔が建っていた。
庭園は緑に覆われ、色とりどりの花が咲き、果実のなる樹木も生えている。
どちらかといえば寒々しい感じのワーグナー城には不釣り合いな光景。
よく見ると、黒檀の塔は真黒い蔦で覆われている。
神々しさと禍々しさが入りまじる不思議なオーラを感じた。
「ワーグナー城のなかで、なんでこの庭だけ緑に覆われてるんだ?」
俺はジーナに尋ねる。
「ここはとっても日当たりが良くてー、キレイな清水も湧いているからです!」
「ふーん、そうなんだ。確かに温かいし、まるで別世界だな」
庭園の奥を見る。
チューリップに似た赤や黄や紫の花が咲き乱れている先に岩場がある。
岩場の上からは水が染み出ていて、水たまりを作っている。
水たまりは自然にできたとは思えないほど見事な円形で、直径三メートルほど。
水面からは、ふわふわと蒸気まであがっていた。
「ん? 水じゃなくてお湯か? まるで温泉みたいなじゃないか」
「リューキよ。このローグ山は火山ぞ。温泉くらい湧いていてもおかしくはないであろう?」
「エルちゃん、物知り-! ほんと、なんでも知ってるね! すごーい!」
とっても素直なジーナに褒められて、エル姫はご機嫌になる。
うむ、エル姫は早くもワーグナー城になじんでいるようだね。
うんうん、良きことです。
ふわんっ。
なにやら白い物体が温泉の脇を通り過ぎていく。
目を凝らして見直すが、なにもいない。
はて、目の錯覚だろうか?
「リューキさまっ? どーかしました?」
「なにか白いモノが駆け抜けていった気がしたんだけど……見間違いかな?」
「えー、ホントですかー? 実は黒檀の塔の周りって、幽霊が出るって噂があるんですー。だから、グスタフは怖がって近づかないんですよー」
ジーナが事もなげに言う。
「まったく! グスタフは守備隊長なんて威張っているけど、いつまでたってもビビりだねえ。ワーグナー城に幽霊なんか出るわけないのにさ!」
「え? 魔界には幽霊はいないの?」
苦い口調のヴァスケルに、俺は素朴な質問をぶつける。
「いるわけないだろ! あんたもいい大人なんだから、あんまり子どもじみたことを言うんじゃないよ!」
「ほんにのう。リューキよ、モノを知らぬにしても限度があるぞよ」
「んー、でも! そんなリューキさまって、カワイイー!」
俺は、ヴァスケルに叱られ、エル姫に呆れられ、ジーナに幼い子ども扱いされてしまう。
……いやいや、待ってくれ。ここは魔界だよね。人間界では空想上の生き物だったオークやゴブリンがわんさかいるよね。ジーナやエル姫は魔人だし、ヴァスケルに至ってはボンキュッボーンだけど龍じゃないか。おっと、スタイルは関係なかいか。まあとにかく、最近まで存在すら信じられなかったキミたちから『幽霊なんているわけないでしょ! まったくもー、いつまでたっても赤ちゃんなんだからー。坊や、おっぱい飲む?』なんて言われる筋合いはない! いや、そこまで言ってないか。俺の願望がまざったようだな。今後気をつけます。それでなんだっけ? おお、そうだ。幽霊だ。魔界には幽霊はいないのか。何だか複雑だね。もう、なにが常識なのかよくわからないよ。いや、幽霊ってのはそもそも……
「プリンセスぱーんち!」
アホっぽい掛け声が聞こえる。
そう思った瞬間、俺の左頬にエル姫の右ストレートが炸裂。
ノックダウン――俺は地面に崩れ落ちた。
……くっ、見事だ。右頬に喰らったビンタは物足りなかったが、いまのはズシンと来たぜ。だが、ついに見つけたぞ! 世界を狙える右だ。そう、黄金の右ストレート。君こそ俺が探し求めていた未来のチャンプだ! さあ、俺と一緒に……
違う妄想世界に陥りそうになるのを、辛うじて堪える。
てか、俺の頭のなかはどうなっているんだろう。
深く考えるのはよそう、落ちこんじゃうからね。
それはともかく……
「エル! 頼むから、もっと優しくしてくれ! このままじゃ、俺の身体が壊れちゃうよ!」
「むー、わかったのじゃ。次からは痛くない刺激を与えるのじゃ」
「リューキ。あたいのドラゴン・ブレスじゃだめかい?」
「ヴァスケル。それじゃあ、俺は痕跡すら残らないよ。目を覚ますとか覚まさないとかの問題じゃなくなる」
「リューキさまっ! わたしもなにか考えますねー!」
「ほうほう。これは面白いのう! みんなで競争じゃのう!」
三人は勝手に盛り上がる。
俺は勝手にしてくれ、と思った。
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『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
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