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<フリーター帰省編②> ~消えた金貨を探せ~
第五十五話:フリーター、親分になる
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タナカ商会の倉庫。
サッカーの試合ができるほどの空間。
ワケあり商品が山積みされた巨大倉庫のなかで、ちょっとしたイザコザが起きていた。
「辰巳君、いいところに来た! このバカを押さえつけるのを手伝ってくれ!!」
俺と同じ職場の人事課にいた竹本さんが叫ぶ。
てか、気弱なはずの竹本のオッサンが「バカ」なんて言葉を使うのに驚く。
職場の若い奴らになめられまくって、すぐ涙目になっていたひとなのに……
ただ、いまはそんなことに気を取られている場合ではない。
「金貨の兄ちゃんか、近づくんじゃねえ! ケガするぜ!!」
タナカ商会のタナカが吠える。
パンチパーマのタナカは上半身裸。
正確には、ツナギの上を脱いだ格好で腹にサラシを巻いている。
ある意味、ドスが似合う格好。
だが、いまはそんなところに感心している場合ではない。
「あん!? リューキ。こんなのが万が一の場合かい?」
「そうじゃないけど、とりあえず刃物を取り上げてくれないか」
「あいよ!」
姐さんヴァスケルが、パンチのタナカにつかつかと歩み寄る。
本性が龍のヴァスケルは、ドスなんぞは毛ほども恐れていないようだ。
「な、なんだ! この色っぺえ姉ちゃんは?」
絵に描いたような三下のセリフをタナカが吐く。
ヴァスケルはドスの刃の部分を素手でつかみ、あっさりと取り上げ、無造作にポイっと放り投げる。
ドスは俺の脇をかすめ、うず高く積まれた段ボール箱に突き刺さった。
「ヴァスケーーール! 危ないじゃないかっ! お前が俺の生命を危険にさらしてどうすんだよ!」
「おっと、悪い悪い。勘弁しておくれよ」
ドスが刺さった段ボール箱の中身は業務用のクラムチャウダー缶。
刃は缶を覆う金属を易々と貫通し、柄を伝ったクリーム色の液体がドロリと垂れ落ちる。
「姉ちゃん……素手で刃物をつかんで何ともねえのか?」
タナカが声を震わせる。
うん、ビビるよね。
俺も最初はそうだったから、すっごくわかるよ。
なんだかタナカさんに親近感が沸いちゃったな。
「タナカさん! なにがあったか知らないけど、タナカさんが死んだら竹本さんが悲しむよ!」
俺は叫ぶ。
一度しか会ったことはないけど、タナカさんは竹本さんの親しい友人だ。
バカな真似はやめて欲しい。
「兄ちゃんには関係ねえ! ……俺のせいで、竹ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかねえんだ」
「タナカ! 金なんかどうだっていい! 気にするなって言ってるだろ!」
竹本さんの熱い言葉に、タナカが膝をつく。
感情を抑えきれなくなったのか、ボタボタと涙をこぼす。
男泣きするタナカの肩を、竹本さんが抱く。
俺の目の前で、髪の薄いぽっちゃりしたオッサンと、サラシを巻いたパンチパーマのオッサンが抱きあって泣いている。
冷静になって考えれば、とてもシュールな光景だ。
「タナカさん、お取込み中悪いんだけど。俺が預けた金貨はどこにありますか?」
「うぐっ、えぐっ……へへ、格好悪いとこ見せちまったな。金貨は売れたよ。ほら、残りの金だ」
タナカがツナギのポケットから茶封筒を出す。
金額を確認すると十四万円入っていた。
手付金で受け取っていた一万円とあわせると、合計で十五万円。
最初に聞いた値段の倍以上ある。
なんと! いい値段で売れたじゃないか! 儲かったぞ!
いやいや、そうじゃない。
いま必要なのは現金ではなく現物です。
事情が変わったので金貨を買い戻したいと、俺は口にする。
「そいつはちょっと難しいなあ」
「タナカさん。お願いします! どうしてもあの金貨が必要なんです。売却した相手を教えてもらえれば、俺が直接買い戻しの交渉に行きます」
「話しあいができるもんなら俺がしてやるさ……実はな、金貨を買い取ったのは〇×電気工業の社長だった権藤剛蔵なんだ」
パンチのタナカが吐き捨てるように言う。
同時に、申し訳なさそうな顔を見せる。
「〇×電気工業!? 俺と竹本さんが働いてた会社じゃないですか!」
「そうだ。あの権藤が代理人を通じて金貨を買い取ったんだよ。あいつは結構有名なコインコレクターなんだ。といっても、金に飽かして珍品を買い漁る悪名だけどな」
「畜生! 社員に給料を払わなかっただけじゃなくて、会社まで潰したくせに!」
「正直言えば、権藤が相手だと分かった時点で俺も取引きをやめようとしたさ。けど、俺が動こうとしたとき、あいつはもう高飛びしちまった後だったんだよ」
「高飛び? 権藤は日本にいないんですか?」
俺の言葉に、パンチのタナカがきょとんとする。
あれ? 俺、なんか変なこと言ったのかな?
「辰巳君はテレビもネットもない山奥にでも行ってたのかな? ニュースを知らないなら、私が教えてあげるよ」
俺の境遇をかなり正確に推理した竹本さんが、会話に入ってくる。
よく見ると、俺の記憶にあるより頭髪が薄くなった気がする。
この一ヶ月の間に大変な出来事でもあったのかな?
まあ、俺も他人様を心配できるような状況ではないが。
いや、髪の毛のことじゃなくて、俺の生命のことだけどさ。
「〇×電気工業の倒産は、権藤による計画倒産だったんだ。従業員の給料未払いだけじゃない。取引先ばかりか親会社も巻き込んでの大がかりなものだったのさ」
「そうなんですか!」
「ひどいもんだよ。おかげで〇×電気工業のお膝元だったこの街は失業者であふれかえっている有様さ」
竹本さんの説明を聞き、職探しをすると言っていた不動産屋のお姉さんのことを思い出す。
「タナカが社長を務めている『タナカ商店』も巻き込まれたクチさ。それでタナカは保険金目当てであんなことを……」
「竹ちゃん! だって俺、竹ちゃんが貸してくれた貯金まで失っちまったんだぜ! やっぱ、死んで詫びるしかないよ」
パンチのタナカが、段ボール箱に刺さったドスに向かおうとする。
姐さんヴァスケルが、さっと手を伸ばし、タナカの頭をむんずとつかむ。
「落ち着きのないモジャモジャ頭だねえ。ちっとは静かにしてな!」
ヴァスケルがタナカを俺の前にドンと置く。
力づくで地面に押し付けられたタナカは、微妙に女の子座り。正座が斜めに崩れたような体勢で驚きの表情を浮かべている。
「あ、あんたは、いえ、あなた様はどこかの組の姐さんか何かですかい? 迫力というか、尋常じゃねえ圧力を感じますが……」
「あたいかい? あたいはワーグナーでは姐さんと呼ばれてるよ。そんで、リューキの愛人さ。な、リューキ!」
ヴァスケルに同意を求められて困惑する。
もちろん否定はしない。
事実だからね。
けど、愛人はわざわざ公言しなくて良い気がする。
「我具那組? 聞いたことないな……もしかして、兄ちゃんは我具那組の幹部なのか? いや、違うか、とてもそんな風には見えねえな」
「あん!? リューキはワーグナーの幹部どころか主さ! ついこの間も戦争に勝ったし、兵隊もわんさかいるのさ! おい、モジャモジャ頭! リューキにナメた口をきくんじゃないよ!!」
姐さんヴァスケルの叱責を受けて、女の子座りしていたタナカが姿勢を正す。
なぜか竹本さんも並んで正座する。
……いやいや、ちょっと待ってくれ。俺はいつからヤのつく職業の親分になった? てか、我具那組ってなんだよ。夜露四苦じゃないんだからさ。戦争に勝った? そうだね、確かにダゴダネル家との戦に勝ったね。兵隊がわんさかいるって、ゴブリンやオークのことか? うん、たくさんいるね。しかも強いよね、生身の人間じゃあ太刀打ちできないな。なによりヴァスケル。おお、我が守護龍よ! 自分が愛人だって、ベラベラ喋るんじゃない! 俺たち、まだナニもしてないじゃないか。いや、ふくよかな胸に顔は埋めたか。うん、ふわんふわんだった。いやー、すごかったですよ。まったくもってけしからん……違う、アレは不可抗力だ。ワザとじゃない。はて、なんの話をしてたんだっけ? そうか、我具那組のことだったな……
意識が戻る。
右腕にむにゅんとする感触。
ヴァスケルがしなだれかかっていた。
こらこら、人前ではひかえなさいよ。
まったくもう、しょーがないな。
姐さんヴァスケルは好きにさせて、俺はパンチのタナカとの話を再開する。
「タナカさん。権藤はどこにいるんです?」
「兄ちゃん、それを聞いてどうする? あいつに関わるのは止した方がいい」
「でも金貨が」
「だから、もう諦めなって! 金貨の一枚や二枚で死ぬわけじゃないんだろ!」
いやいや、それが死んじゃうんですよ……
「モジャモジャ! あたいに何度も同じことを言わせるんじゃない! あんたは聞かれたことを答えればいいんだよ!」
「うあ……はい、言います。ぜんぶ話します」
またまたヴァスケルに叱られて、パンチパーマのタナカは全面降伏。
知っていることを洗いざらい話しはじめる。
途中、うまく説明ができないところは竹本さんが懸命にフォローしてくる。
これもひとつの男の友情というやつか。
話を要約すると、こんな感じだ。
連日のニュースによれば、〇×電気工業の社長だった権藤剛蔵は海外に逃亡した。一度タイのバンコクに行ったあと、フィリピンのマニラに移り、そこで姿をくらませたらしい。足跡が残りやすい航空機を使わず、スラムに潜伏しているとも山奥に隠れているとも言われている。いずれにしろ、五十億とも百億とも噂される隠し資産があるので、簡単には捕まらないのではないかとの話だ。
「コインコレクターの権藤は、新しく手に入れたコレクションを常に持ち歩いている。だから権藤の居場所をつかめれば、兄ちゃんの金貨も見つかるとは思うんだがな……」
「くそーっ。奴が潜伏してそうな場所の情報はないですか、権藤の別荘とかお気に入りのホテルとか?」
「そんな場所は警察やマスコミが押し掛けてるさ。たぶん、奴は海の上だろうな」
「海の上? どうしてそう思うんです?」
「俺が権藤に売ったクルーザーが港から消えたからさ」
「え? タナカさんは船も扱ってるんですか?」
タナカがツナギのポケットから写真を三枚取り出す。てか、ツナギから何でも出てくるな。便利だ。
一枚目の写真は、船尾に「Gon-Dou」と書かれたクルーザー。白地に金色で唐草模様が描かれた船はやたらと目立つ。
二枚目は、脂ギッシュな顔をした六十代半ばくらいのオッサンの写真。極太眉毛とタラコ唇が印象的。オッサンの容貌はまあいいが、AVに出てそうな姉ちゃんを脇に抱えて豪快に笑う姿に軽く殺意を覚える。
三枚目は一流ホテルの客室のような写真。いや、クルーザーの船室だった。そこでコインのコレクションをこれ見よがしに自慢するオッサンが映っている。
「この男が権藤ですか?」
「そうだ。フィリピンで半年前に撮影したものだ」
「この写真は警察に提出しないんですか?」
「兄ちゃん。俺が扱うのはワケあり商品だ。クルーザーも同じさ。下手に警察にタレこんだら、俺が捕まっちまうよ」
俺は理解した。
パンチのタナカも、それなりにヤバイ筋のひとだと。
すると、タナカの横で平然としている竹本さんも無関係ではないのだろう。
ほんと、ひとは見かけによらないものだ。
けど、そんなふたりが俺の前で大人しく正座している。
正しくは姐さんヴァスケルに従う態度を見せている。
いやはや、ヴァスケルさん。貴女はやっぱりスゴイ方だ。
「リューキ。これだけ分かれば上等だよ! 金貨を取り返しに行こうじゃないのさ!」
「ヴァスケル。この写真だけで権藤を見つけられるのか?」
俺の質問にヴァスケルは首をかしげる。
いや、俺に疑問を投げかけられたことが気に入らないようだ。
「あん!? あたいはあんたの守護龍だよ。できるに決まってるじゃないか! さっさとフィリピンとやらに行って金貨を取り戻すよ! それからさ……お買い物にさ、行こうじゃないか……」
姐さんヴァスケルの言葉尻が小さくなる。
ばかりか、顔を真っ赤にしてもじもじし始める。
生まれて初めてデートする女の子のようだ。
てか、そこが照れるとこなの!?
バインバインな格好で迫って来るのに、デートに出かけるのが恥ずかしいの?
おおお……なんということでしょう!
はい、ギャップ萌えです。
薄々分かっていましたが、姐さんヴァスケルの心のなかには可憐な乙女が住んでいるようです。
むちむちなスーツ姿の姐さんヴァスケルが、恥ずかしそうに身をくねらせる。
そんな姿を見て、俺は心底かわいいと思った。
サッカーの試合ができるほどの空間。
ワケあり商品が山積みされた巨大倉庫のなかで、ちょっとしたイザコザが起きていた。
「辰巳君、いいところに来た! このバカを押さえつけるのを手伝ってくれ!!」
俺と同じ職場の人事課にいた竹本さんが叫ぶ。
てか、気弱なはずの竹本のオッサンが「バカ」なんて言葉を使うのに驚く。
職場の若い奴らになめられまくって、すぐ涙目になっていたひとなのに……
ただ、いまはそんなことに気を取られている場合ではない。
「金貨の兄ちゃんか、近づくんじゃねえ! ケガするぜ!!」
タナカ商会のタナカが吠える。
パンチパーマのタナカは上半身裸。
正確には、ツナギの上を脱いだ格好で腹にサラシを巻いている。
ある意味、ドスが似合う格好。
だが、いまはそんなところに感心している場合ではない。
「あん!? リューキ。こんなのが万が一の場合かい?」
「そうじゃないけど、とりあえず刃物を取り上げてくれないか」
「あいよ!」
姐さんヴァスケルが、パンチのタナカにつかつかと歩み寄る。
本性が龍のヴァスケルは、ドスなんぞは毛ほども恐れていないようだ。
「な、なんだ! この色っぺえ姉ちゃんは?」
絵に描いたような三下のセリフをタナカが吐く。
ヴァスケルはドスの刃の部分を素手でつかみ、あっさりと取り上げ、無造作にポイっと放り投げる。
ドスは俺の脇をかすめ、うず高く積まれた段ボール箱に突き刺さった。
「ヴァスケーーール! 危ないじゃないかっ! お前が俺の生命を危険にさらしてどうすんだよ!」
「おっと、悪い悪い。勘弁しておくれよ」
ドスが刺さった段ボール箱の中身は業務用のクラムチャウダー缶。
刃は缶を覆う金属を易々と貫通し、柄を伝ったクリーム色の液体がドロリと垂れ落ちる。
「姉ちゃん……素手で刃物をつかんで何ともねえのか?」
タナカが声を震わせる。
うん、ビビるよね。
俺も最初はそうだったから、すっごくわかるよ。
なんだかタナカさんに親近感が沸いちゃったな。
「タナカさん! なにがあったか知らないけど、タナカさんが死んだら竹本さんが悲しむよ!」
俺は叫ぶ。
一度しか会ったことはないけど、タナカさんは竹本さんの親しい友人だ。
バカな真似はやめて欲しい。
「兄ちゃんには関係ねえ! ……俺のせいで、竹ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかねえんだ」
「タナカ! 金なんかどうだっていい! 気にするなって言ってるだろ!」
竹本さんの熱い言葉に、タナカが膝をつく。
感情を抑えきれなくなったのか、ボタボタと涙をこぼす。
男泣きするタナカの肩を、竹本さんが抱く。
俺の目の前で、髪の薄いぽっちゃりしたオッサンと、サラシを巻いたパンチパーマのオッサンが抱きあって泣いている。
冷静になって考えれば、とてもシュールな光景だ。
「タナカさん、お取込み中悪いんだけど。俺が預けた金貨はどこにありますか?」
「うぐっ、えぐっ……へへ、格好悪いとこ見せちまったな。金貨は売れたよ。ほら、残りの金だ」
タナカがツナギのポケットから茶封筒を出す。
金額を確認すると十四万円入っていた。
手付金で受け取っていた一万円とあわせると、合計で十五万円。
最初に聞いた値段の倍以上ある。
なんと! いい値段で売れたじゃないか! 儲かったぞ!
いやいや、そうじゃない。
いま必要なのは現金ではなく現物です。
事情が変わったので金貨を買い戻したいと、俺は口にする。
「そいつはちょっと難しいなあ」
「タナカさん。お願いします! どうしてもあの金貨が必要なんです。売却した相手を教えてもらえれば、俺が直接買い戻しの交渉に行きます」
「話しあいができるもんなら俺がしてやるさ……実はな、金貨を買い取ったのは〇×電気工業の社長だった権藤剛蔵なんだ」
パンチのタナカが吐き捨てるように言う。
同時に、申し訳なさそうな顔を見せる。
「〇×電気工業!? 俺と竹本さんが働いてた会社じゃないですか!」
「そうだ。あの権藤が代理人を通じて金貨を買い取ったんだよ。あいつは結構有名なコインコレクターなんだ。といっても、金に飽かして珍品を買い漁る悪名だけどな」
「畜生! 社員に給料を払わなかっただけじゃなくて、会社まで潰したくせに!」
「正直言えば、権藤が相手だと分かった時点で俺も取引きをやめようとしたさ。けど、俺が動こうとしたとき、あいつはもう高飛びしちまった後だったんだよ」
「高飛び? 権藤は日本にいないんですか?」
俺の言葉に、パンチのタナカがきょとんとする。
あれ? 俺、なんか変なこと言ったのかな?
「辰巳君はテレビもネットもない山奥にでも行ってたのかな? ニュースを知らないなら、私が教えてあげるよ」
俺の境遇をかなり正確に推理した竹本さんが、会話に入ってくる。
よく見ると、俺の記憶にあるより頭髪が薄くなった気がする。
この一ヶ月の間に大変な出来事でもあったのかな?
まあ、俺も他人様を心配できるような状況ではないが。
いや、髪の毛のことじゃなくて、俺の生命のことだけどさ。
「〇×電気工業の倒産は、権藤による計画倒産だったんだ。従業員の給料未払いだけじゃない。取引先ばかりか親会社も巻き込んでの大がかりなものだったのさ」
「そうなんですか!」
「ひどいもんだよ。おかげで〇×電気工業のお膝元だったこの街は失業者であふれかえっている有様さ」
竹本さんの説明を聞き、職探しをすると言っていた不動産屋のお姉さんのことを思い出す。
「タナカが社長を務めている『タナカ商店』も巻き込まれたクチさ。それでタナカは保険金目当てであんなことを……」
「竹ちゃん! だって俺、竹ちゃんが貸してくれた貯金まで失っちまったんだぜ! やっぱ、死んで詫びるしかないよ」
パンチのタナカが、段ボール箱に刺さったドスに向かおうとする。
姐さんヴァスケルが、さっと手を伸ばし、タナカの頭をむんずとつかむ。
「落ち着きのないモジャモジャ頭だねえ。ちっとは静かにしてな!」
ヴァスケルがタナカを俺の前にドンと置く。
力づくで地面に押し付けられたタナカは、微妙に女の子座り。正座が斜めに崩れたような体勢で驚きの表情を浮かべている。
「あ、あんたは、いえ、あなた様はどこかの組の姐さんか何かですかい? 迫力というか、尋常じゃねえ圧力を感じますが……」
「あたいかい? あたいはワーグナーでは姐さんと呼ばれてるよ。そんで、リューキの愛人さ。な、リューキ!」
ヴァスケルに同意を求められて困惑する。
もちろん否定はしない。
事実だからね。
けど、愛人はわざわざ公言しなくて良い気がする。
「我具那組? 聞いたことないな……もしかして、兄ちゃんは我具那組の幹部なのか? いや、違うか、とてもそんな風には見えねえな」
「あん!? リューキはワーグナーの幹部どころか主さ! ついこの間も戦争に勝ったし、兵隊もわんさかいるのさ! おい、モジャモジャ頭! リューキにナメた口をきくんじゃないよ!!」
姐さんヴァスケルの叱責を受けて、女の子座りしていたタナカが姿勢を正す。
なぜか竹本さんも並んで正座する。
……いやいや、ちょっと待ってくれ。俺はいつからヤのつく職業の親分になった? てか、我具那組ってなんだよ。夜露四苦じゃないんだからさ。戦争に勝った? そうだね、確かにダゴダネル家との戦に勝ったね。兵隊がわんさかいるって、ゴブリンやオークのことか? うん、たくさんいるね。しかも強いよね、生身の人間じゃあ太刀打ちできないな。なによりヴァスケル。おお、我が守護龍よ! 自分が愛人だって、ベラベラ喋るんじゃない! 俺たち、まだナニもしてないじゃないか。いや、ふくよかな胸に顔は埋めたか。うん、ふわんふわんだった。いやー、すごかったですよ。まったくもってけしからん……違う、アレは不可抗力だ。ワザとじゃない。はて、なんの話をしてたんだっけ? そうか、我具那組のことだったな……
意識が戻る。
右腕にむにゅんとする感触。
ヴァスケルがしなだれかかっていた。
こらこら、人前ではひかえなさいよ。
まったくもう、しょーがないな。
姐さんヴァスケルは好きにさせて、俺はパンチのタナカとの話を再開する。
「タナカさん。権藤はどこにいるんです?」
「兄ちゃん、それを聞いてどうする? あいつに関わるのは止した方がいい」
「でも金貨が」
「だから、もう諦めなって! 金貨の一枚や二枚で死ぬわけじゃないんだろ!」
いやいや、それが死んじゃうんですよ……
「モジャモジャ! あたいに何度も同じことを言わせるんじゃない! あんたは聞かれたことを答えればいいんだよ!」
「うあ……はい、言います。ぜんぶ話します」
またまたヴァスケルに叱られて、パンチパーマのタナカは全面降伏。
知っていることを洗いざらい話しはじめる。
途中、うまく説明ができないところは竹本さんが懸命にフォローしてくる。
これもひとつの男の友情というやつか。
話を要約すると、こんな感じだ。
連日のニュースによれば、〇×電気工業の社長だった権藤剛蔵は海外に逃亡した。一度タイのバンコクに行ったあと、フィリピンのマニラに移り、そこで姿をくらませたらしい。足跡が残りやすい航空機を使わず、スラムに潜伏しているとも山奥に隠れているとも言われている。いずれにしろ、五十億とも百億とも噂される隠し資産があるので、簡単には捕まらないのではないかとの話だ。
「コインコレクターの権藤は、新しく手に入れたコレクションを常に持ち歩いている。だから権藤の居場所をつかめれば、兄ちゃんの金貨も見つかるとは思うんだがな……」
「くそーっ。奴が潜伏してそうな場所の情報はないですか、権藤の別荘とかお気に入りのホテルとか?」
「そんな場所は警察やマスコミが押し掛けてるさ。たぶん、奴は海の上だろうな」
「海の上? どうしてそう思うんです?」
「俺が権藤に売ったクルーザーが港から消えたからさ」
「え? タナカさんは船も扱ってるんですか?」
タナカがツナギのポケットから写真を三枚取り出す。てか、ツナギから何でも出てくるな。便利だ。
一枚目の写真は、船尾に「Gon-Dou」と書かれたクルーザー。白地に金色で唐草模様が描かれた船はやたらと目立つ。
二枚目は、脂ギッシュな顔をした六十代半ばくらいのオッサンの写真。極太眉毛とタラコ唇が印象的。オッサンの容貌はまあいいが、AVに出てそうな姉ちゃんを脇に抱えて豪快に笑う姿に軽く殺意を覚える。
三枚目は一流ホテルの客室のような写真。いや、クルーザーの船室だった。そこでコインのコレクションをこれ見よがしに自慢するオッサンが映っている。
「この男が権藤ですか?」
「そうだ。フィリピンで半年前に撮影したものだ」
「この写真は警察に提出しないんですか?」
「兄ちゃん。俺が扱うのはワケあり商品だ。クルーザーも同じさ。下手に警察にタレこんだら、俺が捕まっちまうよ」
俺は理解した。
パンチのタナカも、それなりにヤバイ筋のひとだと。
すると、タナカの横で平然としている竹本さんも無関係ではないのだろう。
ほんと、ひとは見かけによらないものだ。
けど、そんなふたりが俺の前で大人しく正座している。
正しくは姐さんヴァスケルに従う態度を見せている。
いやはや、ヴァスケルさん。貴女はやっぱりスゴイ方だ。
「リューキ。これだけ分かれば上等だよ! 金貨を取り返しに行こうじゃないのさ!」
「ヴァスケル。この写真だけで権藤を見つけられるのか?」
俺の質問にヴァスケルは首をかしげる。
いや、俺に疑問を投げかけられたことが気に入らないようだ。
「あん!? あたいはあんたの守護龍だよ。できるに決まってるじゃないか! さっさとフィリピンとやらに行って金貨を取り戻すよ! それからさ……お買い物にさ、行こうじゃないか……」
姐さんヴァスケルの言葉尻が小さくなる。
ばかりか、顔を真っ赤にしてもじもじし始める。
生まれて初めてデートする女の子のようだ。
てか、そこが照れるとこなの!?
バインバインな格好で迫って来るのに、デートに出かけるのが恥ずかしいの?
おおお……なんということでしょう!
はい、ギャップ萌えです。
薄々分かっていましたが、姐さんヴァスケルの心のなかには可憐な乙女が住んでいるようです。
むちむちなスーツ姿の姐さんヴァスケルが、恥ずかしそうに身をくねらせる。
そんな姿を見て、俺は心底かわいいと思った。
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実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
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転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
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ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
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