君は煙のように消えない

七星恋

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プロローグ

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 「じゃあ、別れようか。」
そうきりだしたのは間違いなく僕の方だった。今でも鮮明に覚えている。
 「ごめん、本当にごめん。」
君は嗚咽を漏らし、目の周りが腫れるほど泣きながら、僕にそう言っていた。「ごめん」というのは、別れたくないじゃなくて、「あなたには申し訳ないけど、そうしてほしい」という意味だった。これもよく覚えている。
 そこからの事はあまりよく記憶していない。それより前の思い出は嫌と言うほど甦るのに。もしかすると、自分が思っているより僕の頭は高性能で、これ以上僕にトラウマを植え付けちゃダメだと気づいた大脳か小脳か海馬か何かがフィルターをかけてくれたのかも知れない。きっと僕が君を思い出す時に、初めてキスをして、手を繋いで、愛し合って、二人で旅をして、君の誕生日を祝って、なんてゆう、自然に口角が上がるほど楽しく、背骨がふやけるほど幸せなシーンが瞼の裏に写されるのも、この賢い脳のお陰なのだろう。
 とはいえ、そんな僕の自慢するべき頭脳にも、心という欠点があるようで、彼女と別れて2ヶ月が経っても、こいつが僕の枷となり、上手く前に進ませてくれない。合理的な脳は、新たなステップを踏み出すために、色々な事を始めさせた。それはもう、本当に色々。結果的に、人との交流が増え、前までは話すことがなかった友達とよく遊びに出掛けるようになった。自分の好きなことに対する知識も増えた。新しい経験は新しい興奮も僕に与えた。それでも悪の権化たる心というやつは、もう今現在には存在しない過去という一時点における事象にしがみつき、僕を足止めしたがるのだ。
 ヒールなんかいらない。みんなが正義のヒーロー。それで万々歳じゃないか。きっと脳はそう言っている。
 べつに僕は悪役に回りたいわけじゃない。ただ僕の思う正義が君の思う正義の対極に存在するんだよ。たぶん心はそんなことを呟いている。
 そして情けの無い話だが、僕が今現在肩を持っているのは後者なのだ。
 今だけじゃない。いつでも僕はそんな奴だった。好きで始めた事がとことん向かず、皆に揶揄され、いっそやめてしまう方がましなんだと脳は僕にアドバイスしてきた。それでも僕は心に従って生きてきた。通学路で運良く事故に遭わないかと思った朝も、なぜ生きるために食わねばならんのだと考えた昼も、いっそこのまま目覚めなきゃ良いのにと嘆いた夜も、脳という到底両手では足りないほどの細胞の集合体は僕に最適な判断を下させた。ただ好きなことを諦めるというこの一点に関しては、いつでも軍配は理性ではなく感情にあがった。
 彼女と結ばれたあの日は、この感情、すなわち心に感謝した。きっと、これまでのたくさんの挫折というゴミが貯まって積み上がり、その上にたったから本来僕よりずっと高い所にいる彼女に認識してもらえたんだ。そう思ったから。
今はどうだろうか。これからはどうだ。僕は彼と上手くやっていけるだろうか。
 この2ヶ月で人々が身に纏う装飾はかなり分厚くなった。吐く息が可視化されるようになり、街の街路樹には地上の星がくくりつけられ、鬱陶しい程に燦々と輝いてやがる。平たくいえばクリスマスが来た。
 ふられたタイミングが悪すぎじゃないかと、僕は少し彼女に怒ってみる。少しくらいそう思ってもいいだろう?今でも君は僕の心に居座っているのだから。
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