君は煙のように消えない

七星恋

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1章

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 結局コーヒーを飲みながら先生と談笑し、気づけば予定より一時間以上オフィスに滞在していた。
「もうこんな時間ですね。長々とすみません。」
「ええねん、またいつでも顔出し。コーヒーでええんやったらいつでもいれたるわ。」
「顔出しゆうてもゼミで毎週顔合わせていますけどね。今度はお茶菓子でも持ってきます。」
「それは期待してるわ。」
 失礼します、と頭を下げてオフィスを後にした。外はすっかり暗くなりかかっていた。空を分厚い雲が覆い、今にも一雨来そうな感じだ。それは晴れ間が見えた僕の心にまた陰鬱な空気が漂うことを暗示しているように見えて、僕は窓の代わりに携帯を開いた。
 メッセージが二件届いていた。一つは廉からで、課題の範囲を教えてほしいというものだった。もう一つは紗綾からだった。
「今日晩御飯予定ある?なかったら食堂で一緒に食べない?」
面倒な自炊を避けたかった僕としては、女性からのご飯のお誘いは十分すぎる倹約をサボる理由だったため、二つ返事で「いいよ、何時に行ったらいい?」とメッセージを送った。直ぐに彼女から「お腹空いたから今すぐ食堂集合!」と返ってきた。紗綾と何か特別な関係になることなどないと知っていたが、少し気分が良くなった。目の前が明るくなったと思うと窓の奥の向こうの空の一部が少しだけ裂けて、光がまっすぐ地上に刺さっていた。
 僕の通う大学の食堂は、平日は夜の八時まで営業している。普通の学生は昼だけしか利用しないが課題や研究で時間がかつかつだったり、下宿中で自炊が面倒だったりする学生は頻繁に赴き、そこまで広くない食堂を疎らに埋める。どうやら僕が先に着いたようで、携帯でもさわりながら紗綾を待つ。
「着いたよー。入り口付近の席で待ってる。」
メッセージを送ると直ぐに、了解、と返事が来た。孤独に人を待つ時はなぜだか雑踏、生活音、見知らぬ男女の話し声がいつもより大きく聴こえる。まるでさっきまで散在していた人々が僕の半径一メートルを輪になって囲んでいるようだ。陰鬱な気分の時はそれがあまりに五月蝿くて、孤独な僕はより孤独になろうとするのだが、この時そうでもなかったのは山川先生のカウンセリングの効果か、美人とディナーという言葉の魔力なのか。
 少しすると紗綾がやって来た。お待たせ、と言って鞄を席に置く彼女はタイトめなニットに身を包まれていて、その線はあまりにも華奢だった。もしかしたらあまり食べれていないのかもしれないとレディーには失礼な事を思いながら、僕は元カノの事を思い出した。
 彼女もどちらかと言えば線の細い方だったが、女性らしい曲線を残していた。食べるのが好きだった彼女は作るのが嫌いだった。食べるのが好きじゃないけど彼女に喜んでほしい僕は色々な料理を作ってはふるまった。幸せそうに食べる彼女が愛しく、面倒な自炊は楽しいクッキングタイムに早変わりした。彼女の柔らかい体の細胞の一部を僕が作った料理が構成していると考えると妙に欲情した。また彼女が気に入っていた油淋鶏でも作りたい。
 他人の姿をみて別の女性の裸体を思い浮かべる自分があまりにも哀れで、どこまでも情けない。そんな僕に、注文しに行こうよ、と言いながら無邪気な笑顔を向ける紗綾に申し訳なく思った。気づけば周りの音は遠くなっていた。
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