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17 そんなの失礼だ
しおりを挟む医者コンとは通称で、医者ばかりの合コンではなく、男性参加者は年収いくら以上と決まっている婚活パーティーのことらしい。
セレブコンと言っても別に有名人限定という意味ではなかった。その業界では有名なのかもしれないけれど。
医者のみのもあるかもしれないけど、今回のは違うと春希は言う。
春希が応募した医者コンの女性の参加条件は厳しく、学歴、容姿はもちろん、履歴書みたいなものも出して総合的に判断されるらしい。そして審査が超厳しい代わりに(?)、参加費は他のセレブコンよりかなりお安いらしい。
それでも入会金も、参加ごとにかかるパーティ参加費も数万取られるって何事なの。
じゃあ普通のセレブコンは、女性参加者いくら用意すればいいの……、恐ろしい。
とまぁ、とにかくそれに二十歳から応募できるらしいのだが、初めて応募して、春希は見事受かったと言う。
しかも今だけ入会金一万円で、参加費も初回のみ一万円というキャンペーン中なのだと言われたらしい。
何だそれあやしくない?とか思ったけど、フィットネスクラブやエステとかでも、そういうの良く聞くなと思い直す。
「私が通るかわかんないじゃん」
「大丈夫大丈夫。私が受かったんだから若葉もいけるって! ね? じゃあこれ書いてくれるだけで、通訳でもお断りメッセでもするよ。合否はこの際いいからさ」
ずいっと出されたエントリーシート。それから利用規約や注意事項などが書かれた紙束。
おおう、準備がいいですね……。
ご丁寧に、写真は春希と一緒に撮ったやつから、トリミングされてまですでにピックアップしてあった。全身とバストアップ2枚ある。
え、一次審査が通ったら、面接あるの? 親の職業や家族の病気の有無まで聞かれるの? 身分証明書(社員証や学生証)確認なの?
今現在家事手伝いだと、親の身分証明書(社員証または不労所得証明等)が必要だって言うんだから凄まじい……。
しかし春希が言うには、面接で学生証の顔としっかり確認されたくらいで、コピーを取られることはないし、家族についても口頭質問で軽くされただけらしい。
その注意項目より全然簡単だったよ~と、春希はあっけらかんと言った。
それから春希ふと思いついたようにスマホを開いてタップしだした。そしておもむろに口を開く。
「ねぇ、今日、都立病院のシフトにクローバーの名前ないし、クローバークリニックは臨時勤務なんでしょ? 今メッセ送ったら、ソッコー返事あるんじゃない?」
どうする? と春希は訊いてくる。
「そうだね……そうかも」
私はもう一度真剣に考えてみた。
そして答えを出す。
「やっぱりちゃんと断りたい。……読み上げ、お願いしてもいい?」
春希は仕方ないなぁって感じで微笑んだ。でもちょっと気まずげだ。
「医者コン誘っちゃって今更だし私は会ってないけどさ、その人条件だけ見れば超優良物件だと思うよ。若葉だって嫌いじゃないから恥ずかしいんでしょう?
少しずつ慣れてさ、お互い知り合っていって、それから先を考えれば良いんじゃないの? 協力するよ?」
医者コンは一緒に参加してもらいたいけどね、お金は出すから結婚披露宴にでも参加するつもりでお願い、と頼まれた。
私はゆっくり首を振る。
「医者コンはどんなものか興味あるから、とりあえずこれは書いてみるよ。受かったら参加費も自分で出す」
さすがの恋愛魔王も、初めてのセレブ婚活パーティーには緊張するらしいと知れて、つい笑顔になる。
そこで頼ってくれたのが私だというのも嬉しかった。
私だってそういうの興味ある。今は自分から相手を探すとかじゃなくて、男女ともにどんな人たちが来るんだろう的な好奇心がほとんどだけど。
だからその程度の興味じゃ自ら行かないし、誘われても、よほど仲の良い友達とじゃなきゃ了承しないと思う。
それにもし誘われるんだったらもう数年は先な気がしていた。
だって私たちまだ学生だし。数年後ならちゃんと真面目な理由で参加できるかもしれないけど、私にはまだそこまでの熱意がない。
しかし恋愛魔王はすでに臨戦態勢らしい。年の離れた姉兄がいるし、春希のお母さんの恋愛教育がシビアで面白いからかもしれない。
結婚相手に求める健康保険を教示された話を聞いたときには、正直ぽかーんだったけど、後からなるほどーとも思った。
私は親戚のお姉ちゃんに未婚のバリキャリが何人かいて、なぜか全員30前後で転職からの海外高跳びで、毎年陽キャ全開のクリスマスカードが届く。
たぶんそちらの影響が色濃いので、結婚に対してそこまでの熱意がないのが本音だ。
但し彼女らの母親の嘆きは深い。が、その中で一番上のお姉ちゃんの母親は、最近達観の域に入ったので、そのうちみんな静かになるのかもしれない。
「私が好きなのはdas Glueck Herzのdaiで、四ッ橋先生じゃない。こんなの先生に失礼だし、ダスグリ好きな私にも失礼だと思うの。だからちゃんと断る」
春希はふにゃっと、ちょっと情けない笑顔で笑った。それでもかわいいとか、美人てすごいなぁ。
私は春希に一つうなずくと、気合を入れてスマホを握りしめ、メモ画面を見続ける。なんて言おう。
なんでメモ画面かと言うと、SNSのメッセージ画面だと、以前の四ッ橋先生とのやりとりが目に入って集中できないからです。
別に大したやりとりしてないけどさ……そうっすよ、豆腐メンタルっすよ、四ッ橋先生限定でね!
春希は私に気を使ってくれてノータッチで、カラオケを存分に満喫している。
普通にカラオケしてるかと思えば、ノリノリのライブ本人歌唱を流して立ち上がり、手を振ったり踊ったりレスポンスまでするので気が散るときもある。いいなぁ、楽しそう。
何度も何度も書き直して、ようやく決まった。
なるべく短く、簡潔に。
深呼吸を一つして気合を入れてから、トークSNSのフクロウアイコン”O-suke”を開く。
とりあえず”こんにちは”スタンプを送り、メモで作ったメッセージをコピペして送信ボタンをタップした。
すぐにスマホの電源ボタンに触れ、画面を消す。
よし……送れた。これで前回みたいに勘違いされることもなく、きちんと伝わるだろう。
氷の解けかかったカシスオレンジをグビーッと干した。
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