【完結】辺境に飛ばされた聖女は角笛を吹く〜氷河の辺境伯様の熱愛で溶けそうです

香練

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★第11話★ 新しい生活

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「はい。むしろ元気になっています」

 行政補佐官ランザ様の問いかけに私は答える。
 これは本当だった。行きの山道は少し苦労したが帰りは楽に思えた。

 しかし心を込めたとはいえ、角笛を吹いただけで結界が強化されるとは驚いた。
 確かにさっき演奏したとき、黄金色の光は丘よりも早く消えていた。
 
「……結界の強化に感謝する。
できれば続けて欲しいが、無理は言わない」

 クラヴィ様の依願にアニマ様が発言する。

「ラルゴ神殿を預かる身としては、結界のためには1日に1度、でよろしいでしょうか。
聖女ステラ殿が空き時間に自由に吹くのは止めません。
菜園の手伝いはしていただきたいですが、信者の方々に発表すれば《癒しの力》を求めて殺到しそうですしの」

「医師でも手に負えない、怪我人や病人に限るのはどうだ?医師にも生業なりわいがあるだろうし、聖女殿にも負担がかかるだろう」

「名案ですな。治療中ならば、医師の依頼書を必須といたしましょう。急病人や酷い事故は例外として、そうさせていただきます」

「ところでアニマ。大神殿に報告はするのか?」

 クラヴィ様の冷静な言葉に私は緊張する。それをアニマ様は柔らかく受け止める。

「はあ、三か月に1度は定期的に報告はしております。
前回はステラ殿が赴任された直後、次は夏の半ば、あと1か月半ほど先です」

「その定期報告以外に、聖女殿が“聖具”を奏で他者を癒せるようになったと報告はしないのか、という意味だ」

「する必要はないと存じます。
赴任されてから、聖女ステラ殿はラルゴ神殿で誠実にご奉仕されてきました。それはこれ以降も変わらないでしょう。
聖女ステラ殿が報告をお望みなら、いたしますが?」

 アニマ様は私が王都で虐しいたげられ、100回以上殺されかけたことも知っている。
 絶対に帰りたくはなかった。

 それに『王都に二度と戻れない』とされた異動命令を出したのは大神殿なのだ。

 角笛を吹きこなせ他者への《治癒》ができるようになったと報告し、万一にも大神殿に戻されたら、劣悪な環境でこき使われるのは目に見えている。
 義母マルカや義姉ラレーヌ、そして“首席聖女”で第二王子の婚約者となったピア様が黙っていないだろう。
 今度こそ殺されるかもしれない。

「神官アニマ様。私は角笛についての報告は望みません。
大神殿には絶対に帰りたくはありません。
王都にも戻りたくはありません。殺されかねないからです。
ここラルゴの地に骨をうずめる覚悟です」

「ご安心ください。
今まで通り『聖女ステラ殿は立派に努めを果たしている』と報告いたします。
ただ『人の口に戸とは立てられぬ』とも、悪事ではありませんが『噂は千里を走る』とも言います。
大神殿が知ったとき必ず取り戻そうとするでしょう。
その時クラヴィ様はいかがなさるおつもりか?」

 アニマ様は穏やかな口調で、クラヴィ様に決断を迫る。
『使い捨てにはさせないぞ』という意図を感じ、まるで昔のお父様のように思えた。
 それに対しクラヴィ様の答えは明確だった。

「……断る。
神殿に籍があるとはいえ、聖女殿はラルゴ辺境伯領の領民だ。領民を守る義務が私にはある」

 クラヴィ様の冷たい声がこれほど頼もしく思えたことはない。

「ん~。もっといい方法があるんだけど、それは置いといて。
一応の方針が定まったってことでいい?」

「いいだろう。聖女殿、頼みがある。
結界のため1日に1度、角笛を吹く時には城に来てはくれぬか?
結界の装置に私が魔力を注ぎ保っているのだ」

 こんな重要事項を話すとは、と思ったが結界を保持するためには効率はいいだろう。

「かしこまりました」

「迎えの馬車をやる。アニマもそれでいいな」

「自由時間は好きに過ごすもの。問題ありません」

「では疲れただろう。二人とも帰って休むがいい」

「ありがとうございます。失礼いたします」

 私はクラヴィ様とランザ様にお辞儀カーテシーをし退室した。

 ~~~~*~~~~~*~~~~~*~

 王都——

 ステラがラルゴの丘の上で角笛を吹き鳴らしていたころ、大神殿の奥、滅多に神官も聖女も立ち入れぬ聖域で祈っていた大神官は、ふっと身体が軽くなった気がした。

 9年前に大聖女が急逝して以来、久しぶりの感覚だ。
 あの4年前の認定式以外、似た感覚を覚えたことはない。むしろ負担は増えていた。
 聖女に認定されても、大聖女の資質を持つ者はあれ以来現れてはいない。

「ついに《萌芽》したのか。ふむ、報告が楽しみだ」

 ステラについては変化があった場合、別途報告するよう大神殿長には申し付けてある。

「さあ、祈りを続けなければ……」

 大神官は聖域の中央で、王国の平和と安寧あんねいを願い祈りを再開した。

 ~~~*~~~~~*~~~~~*~~

 角笛を奏でられた翌日から、私の生活は新たに始まった。

 午前中から昼食までは、神殿の職務に従事する。この時は菜園や薬草園で角笛を吹くのが楽しい。
 昼食後、迎えの馬車で城へ赴く。
 騎士団副団長ジョッコ様が直々に出迎えてくださり、ある塔に連れて行かれる。
 城で最も高く通じる扉の前に騎士が常駐し、出入りは厳重だ。
 辺境伯クラヴィ様はこの扉の前で待つか、塔の上にいらっしゃる。

 今日は扉の前にいらした。
「お待たせいたしました」
「さほどでもない。行くぞ」

 ジョッコ様と3人で登る。未婚の男女を二人っきりにしない配慮はありがたい。何を言われるかわからない。
 塔の一番上に登ると空が見える。
 床は小さな噴水のように低い石壁が連なり、円を形成している。
 その中には、古代文字で《結界》を成す呪文が刻まれ、中央には大きなワイングラスのようなものがあり黒光りしている。

 私は収納ケースから角笛を取り出すと音出しをし、クラヴィ様に手を取られ立つ位置を決められる。
 毎日違うのは結界の状態と関係あるように思えたが、詳細は不明だ。
 古代文字の《結界》の呪文は理解できるが、中央にある黒光りした何かがわからない。わからないままにしておいたほうが絶対に良い。『好奇心は猫を殺す』のだ。

 クラヴィ様の合図と共に、自作の曲を奏する。
 あの丘で歌った曲を角笛で吹きやすく編曲した。
 何曲か作ったが、これが最もしっくりした。
 角笛や私から湧き出る金色の光は、黒光りした大きなグラスに吸収されていく。

 その間クラヴィ様はその器に手をかざし、魔力を注いでいる。

 ジョッコ様は私達を警護していた。確かに今、何かに襲われても対処できないだろう。

 曲を吹き終えると役目を果たせたとほっとし充実感もある。

「ご苦労だった。助力を感謝する」
「とんでもないことでございます」

 形式美のような受け答えを終えると、ジョッコ様が先に立ち、クラヴィ様が私をエスコートし階段を降りていく。
 一度エスコートを「不要です」と断ったが、「また落ちられては困る」と却下された。
 確かに無駄な《治癒》に力を使うより、《結界》に回して欲しいのだろう。
 効率を重視するクラヴィ様らしい考え方なので当然と思い、受け入れることにした。

 その後はクラヴィ様と別れジョッコ様に案内され、専用の応接室で一人お茶をいただくか、庭園で休むかのどちらかだ。

 応接室の扉の前でジョッコ様|自《みずか」ら警護してくださり、お茶をいただきながらクラヴィ様の弟君グラツィオ様を待つ。
 これはピアノレッスンがある場合だ。
 レッスン後は次の授業次第で少しお茶をしたりすぐに帰るときもある。

 庭園に行くときは、ピアノレッスンがなく雨が降っていない日で護衛騎士がもう一人増える。

 自由に来ていたときとは違うが、極力気にせず緑と花を楽しみ、時には歌い角笛を吹く。

 正直に言うと、塔の上よりもこの庭園のほうが金色の光も輝ききらめきも楽しげだ。

 私も元気に癒された頃合いで、ジョッコ様に申し出て神殿へ帰る。

 午後後半は、アニマ様立ち会いの下、医師の紹介を受けた方々の《治癒》を施す。
 夕食を三人で楽しく味わい神殿の職務を行い、沐浴後就寝する。

 急病人や事故がなければ、これを繰り返し穏やかに時は流れる。

 そんなある日、ピアノレッスンの後のお茶会でグラツィオ様が仰った。


「兄上はリュートがとても上手だったんだって。僕も聞いてみたいんだけど……」

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