異世界に転生したら人生再スタート、追放された令嬢は恋と復讐で輝きます

タマ マコト

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第4話 祝祭の断罪、静かな「承知しました」

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 断罪の準備って、こんなに手際がいいんだ。
 それが最初に浮かんだ感想だった。

 私は王宮の控えの間に座らされていた。
 窓は高く、外は見えない。
 部屋の中は温かいはずなのに、指先がずっと冷たい。

 扉の向こうでは足音が忙しい。
 布が擦れる音。
 金具が鳴る音。
 声を潜めた笑い声さえ混ざっている。

 まるで祭りの準備だ。
 今日が大祭の前日だから?
 違う。
 今日が、私の“終わりの日”だから。

「お嬢様……」

 アドミラが膝をついて、私の手をそっと包んだ。
 彼女の手は温かい。
 温かいのに、震えている。

「……すみません。昨夜、席を外したことを——」

「いいの」

 私は短く言った。
 言い切った自分に、自分が驚く。

 本当は責めたいわけじゃない。
 でも、責めると何かが壊れる気がした。
 壊れるのは、彼女じゃなく、私の最後の何か。

「アドミラ、泣かないで」

「泣いてません……」

 そう言いながら、彼女の睫毛の先に涙が溜まっている。
 こぼれないように必死で耐えている。

 耐える。
 またこの言葉だ。

 前世で、耐えることばかり覚えて、私は死んだ。
 だからここでは——耐えるだけじゃ終わらせない。

 扉が開く。
 衛兵が顔を出した。

「リュミエール・アヴェニス様。陛下の御前へ」

 御前へ。
 その言い方が、優雅で残酷だ。
 丁寧な言葉は、時々一番冷たい刃になる。

 私は立ち上がった。
 足がふらつくかと思った。
 でも不思議と、身体は揺れなかった。

 これまで何度も揺れた。
 疑われた時、誰も聞いてくれなかった時、
 セドリックの目が少しずつ冷えていくのを見た時。

 なのに、今は揺れない。

 まるで、もう一度死んだ後の身体みたいに静かだ。



 謁見の間は、華やかに整えられていた。

 床は磨かれ、赤い絨毯が敷かれ、
 壁には王家の紋章が並ぶ。
 燭台の火が揺れて、金がきらきら光る。

 人も、集まっていた。
 貴族たち。官僚たち。
 そして“何かを見たくて来た”顔をした人々。

 人は誰かを裁く時、どうしてあんなに晴れやかになれるんだろう。
 その場の空気は、重いはずなのに、どこか甘い。
 期待の匂いがする。

 悪者を待っている。
 涙を待っている。
 叫びを待っている。
 崩れ落ちる瞬間を待っている。

 私は絨毯の上を歩いた。
 視線が刺さる。
 でも、刺さるほどに思う。

 ――見たいなら、見せてあげる。
 ただし、あなたたちの望む形では。

 王座の前に立つ。
 王がいる。
 その隣にセドリック。
 さらに少し離れた位置に、エステラ。

 エステラは今日も涙を携えていた。
 けれど、昨日よりも慎重だ。
 涙の量も、角度も、“ちょうどいい”。

 私は彼女を見た。
 彼女も私を見た。
 目が合った瞬間、彼女の口角がほんの少しだけ上がる。

 勝利の香り。
 でも、勝利っていつも慎重に飾られる。

 王が言った。

「リュミエール・アヴェニス。
 聖遺物消失の件、調査の結果——お前が関与した可能性が高い」

 可能性。
 断定じゃない。
 でも、ここはすでに断定の舞台だ。

 私は口を開こうとした。
 「私はやっていない」と言うために。

 でも、喉から言葉が出なかった。
 出なかったのは怖さじゃない。
 出しても届かないと、身体が知ってしまったから。

 前世の会議室で、何度も経験した。
 言えば言うほど、“必死な人”になる。
 必死な人は、信用されない。
 だから口を閉じる。
 閉じたら、なおさら罪が確定する。

 詰んでる。

 でも、詰んでるなら——
 別のゲームを始めればいい。

 王が続ける。

「王太子セドリックより、処分の提案がある」

 セドリックが一歩前に出た。
 今日の彼は、完璧な王太子だった。
 表情も、声も、姿勢も、全部が“正しい”。

 その正しさが、彼の頬骨を硬くする。
 硬くしすぎて、優しさの余白が消えている。

 彼は私を見た。
 まっすぐに。
 まっすぐすぎる。
 そのまっすぐさが、私を刺す。

「リュミエール・アヴェニス。
 君は聖女候補として、国の希望であった。
 だが、その立場を利用し——国の象徴を脅かした」

 利用。
 私は利用していない。
 でも彼の言葉は、すでに物語になっている。

 彼は一瞬だけ息を吸った。
 そして宣言する。

「婚約破棄。追放」

 その声は澄んでいて、逃げ場がない。

 婚約破棄。
 追放。

 それは、私の人生を切り取る言葉。

 なのに、私の心は叫ぶより先に静まり返った。

 奇妙な空白が広がる。
 世界の音が遠い。
 燭台の火が揺れるのが、スローモーションみたいに見える。

 泣くべきなのに涙が出ない。
 怒鳴るべきなのに声が出ない。

 代わりに、胸の奥で黒い芽がすっと伸びた。

 ――もう二度と、選ばれる側には戻らない。

 前世で私は、選ばれるために頑張った。
 認められるために笑った。
 嫌われないために黙った。
 その結果、何も残らなかった。

 ここでも同じになるなら、
 私はもう一度死ぬ。
 それだけは嫌だ。

 私は息を吸った。
 吐いた。

 そして、頭を下げた。
 丁寧に。
 礼儀正しく。
 完璧な角度で。

 この場の誰よりも美しく、正しく。

 その正しさで、私は彼らを裏切る。

「……承知しました」

 私の声は静かだった。
 静かすぎて、むしろ響いた。

 ざわめきが一瞬止まる。

 人々は、泣き叫ぶ私を想像していた。
 縋りつく私を想像していた。
 失神する私を想像していた。

 でも、私は——そのどれでもない。

 上品な反抗は、最も残酷に周囲の予想を裏切る。

 王が眉をひそめた。

「……異議はないのか」

 異議。
 ある。
 ありすぎる。
 でもこの場で叫ぶ異議は、私のためにならない。

 私は顔を上げた。
 セドリックを見る。
 彼の瞳が揺れている。
 ほんの少しだけ。
 人間の揺れ。

 私は穏やかに言った。

「異議を唱えても、届かないことを知っています」

 その瞬間、場の空気が少しだけざわつく。
 貴族たちの中に、ひそひそ声。

 セドリックの顔が硬くなる。
 “王太子としての正しさ”が、彼の表情を固める。

「リュミエール……」

 名を呼ぶ声が、少しだけ低い。
 止めたいのか、止めるべきなのか、迷っている声。

 私は微笑んだ。
 癖じゃない。
 自分で選んだ微笑み。

「殿下。
 どうか、国のために“正しく”あってください」

 その言葉は祝福みたいで、呪いみたいだった。

 エステラが息を呑む。
 彼女は、私が崩れることで完成する物語を用意していた。
 でも私は崩れない。
 崩れないだけで、物語が歪む。

 私はエステラにも視線を向けた。

「エステラ様。見てしまった、のですね」

 彼女は一瞬だけ表情を固め、すぐ涙を乗せた顔に戻す。

「……ごめんなさい。私は……」

「謝らなくていいですよ」

 私は優しく言った。
 優しさは武器になる。
 前世で学んだ。

「あなたは、あなたの正しさで生きた。
 私も、私の正しさで生きます」

 その言葉が何を意味するのか、彼女は理解できない。
 理解できないものは、人を怖がらせる。

 王が宣言する。

「追放の処分は決定した。
 明朝までに王都を出よ。
 再びこの地を踏むことは許されぬ」

 許されぬ。
 許可。
 許可がなくても、生きていいはずなのに。
 でもこの世界は、許可がなければ息がしづらい。

 私は再び頭を下げた。

「承知しました」

 その瞬間、背中に視線が突き刺さる。
 “なぜ泣かない”
 “なぜ縋らない”
 “なぜ怒らない”

 私は歩き出した。
 絨毯の上を、ゆっくりと。
 足音は吸い込まれて、音がしない。

 扉の前で、私は一度だけ振り返った。

 セドリックが、まだ私を見ていた。
 目が合う。
 彼の瞳に、ほんの少しだけ“人間”が残っている。

 私は言いたいことが山ほどあった。
 「信じてくれなかった」
 「守ると言ったくせに」
 「あなたの正しさは、私を殺した」

 でも、言わなかった。
 言っても、今の彼には届かない。
 届かない言葉は、自分を削るだけ。

 だから私は、心の中でだけ言った。

 ――あなたは、私を選ばなかった。
 でも私は、私を選ぶ。

 扉が閉まる。
 祝祭の断罪の舞台が、背後で遠のく。

 廊下に出た瞬間、空気が少しだけ軽い。
 でもその軽さが、逆に恐ろしい。
 ここから先、私は保護されない。
 名前も、立場も、背中を守る盾もない。

 なのに、胸の奥は静かに燃えていた。

 黒い芽は、もう芽じゃない。
 細い茎になっている。
 折れそうで、でも折れない。

 アドミラが追いかけてきた。
 顔が真っ白だ。

「お嬢様……! 本当に……本当に、よろしいのですか……!」

 よろしいわけがない。
 でも、私は頷く。

「よろしい、って言うしかない」

「でも……!」

 アドミラの声が震える。
 涙がこぼれそうだ。

 私は彼女の手を握った。
 握ることで、私自身も繋ぎ止めるみたいに。

「アドミラ。私ね」

「……はい」

「泣けないんだ」

 言った瞬間、喉が痛くなった。
 痛いのに涙は出ない。

「泣けないのに、苦しい。
 怒れないのに、悔しい。
 だから——」

 私は一度息を吸った。
 深く。

「私は、私のまま生きる。
 もう、選ばれるために生きない」

 アドミラが唇を噛む。
 そして、震えながら頷いた。

「……はい。お嬢様が望まれるなら」

 望む。
 望むって言えるのが、今は救いだ。

 私は王宮の窓の外を見た。
 空が青い。
 青すぎて、少し泣きたくなる。

 でも泣けない。

 代わりに、私は目を細めた。

 明日、私は追放される。
 人生がまた剥がれる。
 でも、その剥がれた先に——

 今度こそ、私の人生がある気がした。

 祝祭の断罪の音は、まだ耳に残っている。
 けれど私はもう、その音に合わせて踊らない。

 静かな「承知しました」は、宣言だ。

 ――ここから、私は“選ぶ側”になる。
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