王宮から逃げた私、隣国で最強魔導士に一途に愛される

タマ マコト

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第9話 噂が国境を越える

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 ――噂は、魔力より速く国境を越える。

 その日、ルミナリア王宮の政務室には、いつもより重たい空気が漂っていた。

 磨き上げられた床に、外の光が淡く反射している。
 高い天井から吊るされた魔光灯は、昼間なので控えめに光を落としているだけだ。
 壁には、歴代国王の肖像画と、魔導院が開発してきた魔道具の試作品が飾られている。

 書類の山と格闘していた宰相リリアン・クロードは、机の上に置かれた一本の報告書に目を留めていた。

 封蝋は、グランツ王国の紋章――双頭の獅子。

 簡潔な文面の中に、やけに生々しい単語が並んでいる。

『王太子の婚約者による魔力暴走事件』
『王宮の魔光石への被害』
『謹慎中に逃亡』
『国境方面へ向かった可能性が高い』

 そして――

『もしそちらで“保護”している事実があれば、ただちに身柄を引き渡されたい』

 最後の一行だけが、やけに重く机の上にのしかかっていた。

「……逃亡者、ね」

 リリアンは、低く呟いた。

 白銀色の髪をきっちりと後ろで結い上げ、薄い眼鏡の奥の紫の瞳が、静かに文面をなぞっていく。

 彼女は、ルミナリア王国の宰相。
 冷静と合理の塊みたいな女だと、宮廷では噂されている。

 噂の真偽はともかくとして――
 少なくとも今、この文書を前にしても、彼女の表情には一切の感情の揺れが浮かんでいなかった。

「……陛下」

 扉の向こうに気配を感じ、リリアンは顔を上げた。

 政務室の扉が静かに開く。

 入ってきたのは、漆黒の髪と青灰色の瞳を持つ男――ルミナリア国王、エリアス・ルミナリア。

 王冠はかぶっていない。
 濃紺のジャケットの上から、簡素なマントを羽織っただけの、“仕事中の王”の姿だ。

 彼は、リリアンの前の机まで歩み寄ると、
 手短にあいさつを交わし、それから例の文書に視線を落とした。

「……来たか」

「はい。グランツ王国からの、正式な報告兼、圧力と見ていいでしょうね」

 リリアンは淡々と告げる。

「“魔力暴走事件”の責任を、王太子の婚約者ひとりに押しつけている文面です。
 そして、“そちらで匿っているなら引き渡せ”と」

「ふむ」

 エリアスが、指先で机を軽く叩いた。

 その仕草には、焦りよりも“考えを整理している”気配がある。

「王太子の婚約者……名前は?」

「リリア・エルネスト。グランツの名門、公爵家のご令嬢だそうです」

「エルネスト……聞いたことはあるな。保守派の筆頭、だっけか」

「ええ。伝統と格式をこよなく愛する、扱いづらい一族ですね」

 辛辣な評価をさらりと言ってのけるリリアンに、エリアスはわずかに口元を緩めた。

「さて」

 彼は文書を持ち上げ、椅子に腰を下ろす。

 政務室の窓から差し込む光が、薄い紙を透かして、文字の影を机の上に落とした。

「“王太子の婚約者が魔力暴走事件を起こし、謹慎中に逃亡した”――
 それが、グランツ側の主張、というわけか」

「はい。要約すれば、そうなります」

「……一方の国の主張だけで、こちらが判断を下すわけにはいかないね」

 エリアスの声は低く、穏やかだった。

 だが、その目の奥には、慎重な光が宿っている。

「魔力暴走の原因が、本当にその娘にあるのかどうか。
 “逃亡”と書いているが、圧力や冤罪の可能性はないのか。
 それらをすべて無視して、“はいそうですか”と引き渡すことはできない」

「……陛下の仰る通りです」

 リリアンは頷いた。

「ですが、“国としての体裁”というものもございます」

「分かっているよ」

 エリアスは少しだけ目を閉じた。

(王という立場は、いつだって、正義と現実の間の綱渡りだ)

 グランツ王国は、ルミナリアの隣国であり、重要な交易相手でもある。
 魔導技術のいくつかを共有している関係上、簡単に敵対するわけにはいかない。

 だからと言って――
 ただの一枚の紙と、一方的な主張だけで、ひとりの人間の人生を切り捨てていいわけもない。

「……宰相」

「はい」

「国境警備隊からの報告は?」

「本日、午前の便で届いております」

 リリアンは別の書類を差し出した。

「“境界の森”付近にて、魔力の異常な乱れを感知。
 第三防衛線の監視魔法陣が反応し、“強力な制御魔術によって鎮静化された”との記録があります」

「強力な制御魔術……」

「はい。報告書によれば、“銀色の魔力が、森の魔力脈の暴走を一瞬で抑え込んだ”とのこと」

「銀、ね」

 エリアスの脳裏に、ある顔が浮かんだ。

 眠たげな灰色の瞳。
 無造作な黒髪。
 そして、魔術のことになると、空気が一変する天才。

「……境界の森で“拾った”と言っていたな、あいつ」

 エリアスがぽつりと漏らすと、リリアンの口元がわずかに動いた。

「ええ。ゼフィール殿は、そう仰っていましたね」

「“国境付近で魔力に巻き込まれそうになっていた娘を拾った”と」

 エリアスは椅子の背にもたれ、天井を一瞬だけ仰いだ。

「時系列が、綺麗に重なるな」

「グランツ王族からの報告と、国境での魔力乱流。そして、ゼフィール殿が拾ったという娘――」

 リリアンは、指先で机を軽く叩いた。

 頭の中で、瞬時に複数の線が結びついていく。

「ほぼ間違いなく、同一人物でしょう」

「だろうな」

 エリアスは、ため息をひとつ落とす。

「では――話は早い」

 青灰色の瞳が、静かに決意を宿す。

「リリア・エルネスト嬢について、直接聞く必要がある」

「ゼフィール殿に、ですね」

「ああ」

 エリアスは軽く頷いた。

「“境界の森で拾った娘”が、本当にグランツが言うような“危険人物”なのかどうか。
 それを見極めるなら、あいつの目が一番信用できる」

「……同感です」

 リリアンは即座に同意した。

「魔力資質の分析に関しては、王立魔導院の誰よりもゼフィール殿が優れています。
 それに、彼は人を見る目も、最低限はありますから」

「“最低限”と言いながら評価しているあたり、君らしいな、宰相殿」

 エリアスの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

「では――召喚状を」

「すでに書き上げてあります」

 リリアンは、棚から一通の書状を取り出した。

 それは、すでに王印を押すだけの状態まで準備されていた。

「ゼフィール殿には、“境界の森で拾った娘の件について、国王への報告を求む”旨を通達済みです。
 陛下が署名と王印を押してくだされば、正式な呼び出しとなります」

「仕事が早い」

「噂は、魔力より速く届きますから」

 リリアンは淡々と答えた。

 エリアスは小さく笑ってから、ペンを取った。

 サラサラと署名を書き、王印を押す。

 それだけで、その書状は“王の命令”としての効力を持つ。

「……さて」

 ペンを置き、エリアスは窓の外に目を向けた。

 ルミナリアの空は、今日も穏やかだった。

 遠くに見える魔導士の塔。
 あの上で、例の娘――リリア・エルネストも、今まさに何かをしているのだろう。

(逃亡者、か)

 グランツの文書に書かれた言葉が、頭の中で反芻される。

(彼女は、何から逃げてきた?)

 国からか。
 王太子からか。
 “魔力暴走の犯人”という烙印からか。

 その答えは、まだ霧の中だ。

 だが、ひとつだけ確かなことがある。

(“逃げてきた”という事実だけで、その人間を裁くわけにはいかない)

 エリアスは、拳を軽く握った。

 王として。
 人として。

 その二つのバランスを取り続けることが、自分の役目だ。

     ◇

 同じ頃――

「はー……呼び出しくらった」

 魔導士の塔の一室で、ゼフィールは紙を片手に大きなため息をついていた。

 その向かいで、リリアが少し不安そうに首をかしげる。

「……王様から?」

「そう。“境界の森で拾った娘について、話を聞かせろ”って」

「拾ったって……」

「正確だろ」

「正確だけど……」

 なんとも言えない表情になるリリアの隣で、ミーナが拳を握りしめていた。

「“拾った娘”って……なんか、もうちょっと言い方ありません? “保護した令嬢”とか!」

「言葉選びはだいたい宰相のセンスだからなあ」

 ゼフィールは紙をひらひらさせる。

「どっちにしろ、国王陛下とリリアン宰相から“ちょっと来い”って言われたら、
 “はい喜んで”以外の選択肢はない」

「え、それって……」

 リリアの胸がざわりと波立つ。

「もしかして、私のこと、グランツに引き渡すかどうかって話ですか?」

「たぶん、そういう話もしないといけなくなるだろうね」

 ゼフィールはあっさり認めた。

「グランツから“逃亡者を引き渡せ”って圧力が来てるのは、想像に難くないし」

「……っ」

 喉の奥が、きゅっと締まる。

 想像はしていた。
 “王太子の婚約者が逃げた”というだけで、国としては大きな問題になる。

 ましてや、国境を越えて隣国に来ていると知れたら――
 国同士の関係にまで影響が出る。

「ただ」

 ゼフィールは紙を机の上に置き、リリアのほうを見た。

「俺の役目は、“誰の言い分が正しいか”を決めることじゃない」

「……?」

「“目の前の人間が、どういう人か”を伝えることだ」

 眠たげな灰色の瞳が、少しだけ真剣な光を帯びる。

「俺は王でも宰相でもない。
 だから、“この娘はこういう人間です”って、ありのままを言う。
 そのうえでどうするかは、陛下が決める」

 リリアは、手のひらをぎゅっと握りしめた。

「……怖くないんですか?」

「何が?」

「私のことを庇ったら、ゼフィールさんの立場が悪くなるかもしれないとか……」

「俺、立場が悪くなろうが魔力が減るわけじゃないから」

「そういう問題?」

「大事な問題だろ」

 肩をすくめる。

「それに、“庇う”っていうと、なんか俺が善人ぶってるみたいで気持ち悪い」

「……善人だと思いますけど」

「やめて。痒くなる」

 顔をしかめるゼフィールに、ミーナが小さく吹き出した。

「じゃあ、なんて言うんです?」

「事実を、言うだけ」

 ゼフィールは、静かに言った。

「俺は、リリア。
 あんたが“誰かを傷つけるために魔法を使う人間”だとは思えない」

「……」

「少なくとも、この数日見てきた限りではね」

 リリアの胸の奥で、何かがじん、と鳴る。

 境界の森で拾われてからの数日間。
 塔で過ごし、街を歩き、魔力の測定をして――

 ゼフィールは、彼女の弱さも、怖がりも、涙も見てきた。
 そのうえで、今、はっきりと言ってくれている。

「グランツが何と言おうと、“魔力暴走を起こした危険人物”ってラベルは、俺の目には貼れない」

「……ありがとう」

 小さな声で、リリアは呟いた。

 その“ありがとう”には、いくつもの意味が詰まっている。

 庇ってくれることへの感謝。
 信じてくれることへの感謝。
 自分を“危険”だけで判断しないことへの感謝。

 ゼフィールは、照れ隠しみたいに頭をかいた。

「さ、着替えとけよ」

「え?」

「国王陛下に会うわけじゃないけど、
 俺が“国王と宰相に呼ばれてます”って言って出て行った後、君がどうしてるかも一応気にされるだろうし」

「……私も、呼ばれるんですか?」

「たぶん、最終的にはね。
 でも、最初は俺ひとりで行く」

 ゼフィールは、少しだけ真顔になる。

「リリア。
 君は今、ルミナリアの“客”であり、“保護対象”だ」

「……はい」

「グランツにとっては“逃亡者”かもしれないけど、
 うちにとっては、“境界の森で命を落としかけていた人間”だ」

 その言い方に、ミーナが小さく頷いた。

「だから、とりあえず俺は、“拾った人間としての責任”は果たすつもり」

「拾ったって、ほんとに便利な言葉ですね……」

「便利だよ」

 ゼフィールは、少しだけ笑った。

「大丈夫。
 少なくとも、“はいどうぞ”ってそのまま引き渡す気は、今のところゼロだから」

 その言葉に、リリアの肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。

     ◇

 数時間後。

 王宮の謁見室ではなく、その隣にある小さな会議室に、三人の影が集まっていた。

 ルミナリア国王エリアス。
 宰相リリアン。
 そして、最強魔導士ゼフィール。

「遅れてすみません」

 ゼフィールがドアを閉めながら言う。

「城まで来るの、久しぶりで道忘れました」

「城の道を忘れる魔導士ってどうなんだろうな」

 エリアスが、半ば呆れ顔で呟いた。

「迷子にならなかっただけマシと評価しましょう、陛下」

 リリアンが冷静にフォロー――という名の微妙な追撃を入れる。

「で」

 エリアスは、机に肘をつき、ゼフィールをまっすぐ見た。

「境界の森で拾った娘――リリア・エルネストについて、話を聞かせてもらおうか」

「了解」

 ゼフィールは、いつもの眠たげな目を少しだけ引き締めた。

 森で見た魔力の乱流。
 銀の魔力での制御。
 倒れかけた少女を抱きとめた瞬間。

 塔で過ごした数日。
 街を歩くときの彼女の表情。
 魔力測定室で見せた涙。

 それらを、必要な部分だけ選びながら、ゼフィールは淡々と語った。

 リリアが“逃げてきた”こと。
 王宮で“魔力暴走の犯人扱い”をされたこと。
 婚約を見直すと言われたこと。

 そして――

「彼女の魔力については、どう見た?」

 エリアスが問う。

「総量は、王宮の報告よりずっと多い。
 流れ方に少し癖はあるけど、“危険だから封じろ”ってレベルじゃない。
 むしろ、“適切に扱えば十分に戦力になる”レベル」

 ゼフィールは、少し言葉を切ってから続けた。

「少なくとも、俺の目には、
 “誰かを傷つけるために魔法を使う人間”には見えない」

「“見えない”、か」

 エリアスの指先が、机の上で静かに組まれる。

「感情論では?」

「もちろんゼロではないけど、
 魔力の流れ方と、彼女の反応を見る限り、意図的な暴走とは思えない」

 ゼフィールは真っ直ぐ王を見た。

「リリアは、自分の魔力を怖がってる。
 “危険だ”“弱い”“不安定”って、何度も何度も言われてきたから」

 リリアンが、わずかに眉をひそめる。

「グランツ王宮の魔力測定体制には、問題があると?」

「“彼らにとっての問題はない”だろうけど、“俺の基準から見たら問題大あり”って感じですね」

 ぶっきらぼうな言い方に、エリアスは苦笑した。

「ゼフィール」

「はい」

「君個人の感情を、正直に聞きたい」

 エリアスの声が、少しだけ柔らかくなる。

「リリア・エルネストを、グランツにそのまま引き渡すのは、“正しい”と思うか?」

 空気が、一瞬だけ張り詰めた。

 リリアンも、書類から目を上げ、ゼフィールを見つめる。

 ゼフィールは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 そして――顔を上げる。

「……正直に言っていいなら」

「そう言っただろ」

「“正しい”とは思えません」

 その一言は、部屋の空気を震わせた。

「グランツが“犯人です”ってラベルを貼ってきたからって、
 そのまま信じて押し戻すのは、俺にはどうしても、正しく見えない」

「……理由は?」

「彼女自身の口から出た言葉と、魔力の流れと、
 そして、あの国の政治構造をちょっと知ってるから」

 ゼフィールは、リリアンのほうにちらりと視線を向ける。

「“便利な犯人が必要になったとき、王宮は誰を選ぶか”――
 それを想像すれば、だいたい答えは見えてきます」

 リリアンは黙っていたが、その瞳には同意の色が浮かんでいた。

「グランツ王国は、魔力を“管理すべき危険な力”と見なす傾向が強い。
 王太子の婚約者に、都合のいい形で責任を押しつけるのは、あの国なら十分あり得る」

「つまり――」

 エリアスが静かにまとめる。

「君の目には、“リリア・エルネストは、少なくともグランツの報告通りの存在には見えない”と」

「はい」

 ゼフィールは短く答えた。

「客観的な調査は、これから必要になるでしょうけどね。
 ただ、“リリアが危険人物だから”という理由だけで引き渡すのは、王としても、人としても、俺は反対です」

 その言葉に、静かな重みがあった。

     ◇

 会議室に、短い沈黙が落ちる。

 エリアスは目を閉じ、椅子の背にもたれた。

(王としての責任と、人としての良心)

 その二つが、脳裏で綱引きを始める。

 グランツとの関係。
 交易路。
 魔導技術の共有。
 外交バランス。

 それらを天秤の片方に乗せる。

 もう片方には――
 境界の森で倒れかけていた少女の姿と、
 ゼフィールの言葉が乗っている。

『あいつが誰かを傷つけるために魔法を使うとは思えない』

 最強魔導士の直感。

 エリアスは、瞼の裏で静かに息を吐いた。

「……陛下」

 リリアンが口を開く。

「決断を急ぐ必要はありません」

「そうだな」

「グランツからの正式な書状は届きましたが、
 こちらの返答には、“調査のための時間”という名目で猶予を持たせることができます」

「その間に、リリア・エルネストの事情を、こちらでも調べる、と」

「はい。
 ゼフィール殿の報告だけでなく、魔導院や監視魔法陣の記録も洗い、
 彼女の魔力資質と、境界の森での魔力乱流の関係を分析する必要があるでしょう」

 リリアンの声は、いつも通り冷静だった。

 だが、その奥に、わずかな熱が潜んでいる。

「王としての最善と、人としての最善が、完全には一致しないことは承知しています。
 ですが、“いずれか一方だけを選ぶ”のではなく、
 できる限り両方に近づく手段を探るべきではないでしょうか」

「……君らしい意見だ」

 エリアスは目を開けた。

「宰相殿」

「はい」

「グランツへの返答文を準備してくれ」

「承知いたしました」

「“逃亡者の身柄について、現在確認中である。
 国境付近で魔力の乱流があったことは事実であり、調査のために一定の時間を要する”と」

「かしこまりました」

 リリアンはすぐにメモを取り始める。

「それから――」

 エリアスはゼフィールのほうに向き直る。

「ゼフィール」

「はい」

「君には引き続き、リリア・エルネストの監察を頼みたい。
 “監視”ではなく、“観察”だ」

「ニュアンスの差、大事ですね」

「大事だ」

 エリアスは真顔で頷いた。

「彼女が本当に危険な存在なのかどうか。
 彼女自身が、何を望んでいるのか。
 ルミナリアでどう生きるつもりなのか」

 青灰色の瞳が、真っ直ぐゼフィールを見つめる。

「君の目で見て、判断してほしい」

「……了解」

 ゼフィールは、少しだけ真剣な顔で答えた。

「責任、重いですね」

「最強魔導士には、それくらいの責任は背負ってもらわないとね」

 リリアンが静かに付け加える。

「給料に見合った働きをお願いしたいところです」

「給料の話は今しなくていいと思う」

 ゼフィールは顔をしかめた。

 エリアスの口元に、微かな笑みが戻る。

「いずれにせよ――」

 国王は、ゆっくりと立ち上がった。

「ルミナリアも、もう他人事でいられないということだ」

 窓の外の空は、少しずつ夕暮れの色を帯び始めていた。

 遠くに見える塔のシルエットが、赤い光に縁取られている。

(嵐の前、というほど大げさではないが)

 エリアスは、胸の奥で小さく呟いた。

(少なくとも、“静かな日常”からは一歩、外れ始めている)

     ◇

 その日の終わり――

 王宮内の伝令管制室では、次々と文書が整理されていた。

 その中の一通に、赤い印が押される。

『数日後、グランツ王国より正式な使節団が到着する』

 要件――
『“王太子の婚約者リリア・エルネストの身柄引き渡し”についての協議』

 その通達は、すぐさま関係各所へと回されていく。

 王宮。
 宰相府。
 王立魔導院。

 そして――遠く離れた、ひとつの塔にも。

 魔導士の塔の窓から見えるルミナリアの街は、平和そうに夜の灯りを増やしていく。

 だが、その静けさの下で、
 国と国を揺らす話が、静かに動き出していた。
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