王宮から逃げた私、隣国で最強魔導士に一途に愛される

タマ マコト

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第10話 守りたいというわがまま

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 その日、塔の空気は、どこかいつもと違っていた。

 窓から差し込む光は、いつも通り柔らかい。
 魔導士の塔の一室には、積み上がった本と、描きかけの魔法陣と、ばらけた紙片。
 ゼフィールの机の上はいつも通り散らかっていて、
 床にはノエルが前に置いていったお菓子の箱が、半分空のまま転がっている。

 全部、“いつも通り”の風景なのに。

(……なんか、変)

 リリアは、ページをめくる手を止めた。

 ゼフィールから渡された初級魔術理論書。
 文字を追っているはずなのに、それが頭に入ってこない。

 原因は分かっている。
 部屋の隅――窓際にもたれかかっている男のせいだ。

 ゼフィールは、そこに立ったまま、ずっと黙っていた。

 眠たげな灰色の瞳は、窓の外を見ているようで、どこも見ていない。
 指先だけが落ち着きなく動いて、ローブの裾を摘んでは離し、摘んでは離し――

(珍しい。あの人が本読んでない)

 いつもなら、暇さえあれば魔術書を開くくせに。

 リリアは、本をぱたんと閉じた。

 胸の奥に、小さな不安がじわじわ広がる。
 何か、言おうとして言えていないときの空気。
 王宮でも、何度か感じたことのある嫌な気配。

「……ゼフィールさん」

 勇気を出して声をかける。

「なに」

 返事はすぐに返ってきた。
 でも、その声はいつもの脱力した調子とは少し違っていた。

 重い。
 どこか、決心しきれていない人の声。

「さっきから、ずっと難しい顔してますよ」

「してる?」

「してます。眉、いつもの三倍くらい寄ってます」

「それはちょっと寄せすぎだな」

 軽口は返ってくる。
 けれど、笑ってごまかすだけでは済ませない何かが、そこにあった。

 リリアは、深呼吸をひとつしてから言った。

「……なにか、ありました?」

 ゼフィールは、一瞬だけ黙り込んだ。

 その沈黙が、答えと同じくらい雄弁だった。

 窓の外を見ていた視線が、ようやくリリアに向く。

 彼の灰色の瞳に浮かんでいたのは、
 迷いと、ためらいと――それでも隠しきれない、決意の光。

「……リリア」

「はい」

「ちょっと、座ってもらっていい?」

「今、座ってます」

「だよな」

 ゼフィールは、かすかに笑ってから、机の前の椅子に腰を下ろした。

 彼が“ちゃんと正面に座る”ときは、だいたいろくでもない話の前触れだ。
 それを、ここ数日で学んでしまった自分がいる。

 鼓動が、少し早くなる。

「先に言っとく」

 ゼフィールが、指を組みながら口を開いた。

「今から話すのは、正直、聞きたくない話だと思う。
 でも、“知らないまま”にしておくほうが、後で絶対しんどい」

「……」

「だから俺は、“正直に話す”って選ぶ。
 嫌だったら、“嫌だ”って言っていい。それでも、話すけど」

「前置きが、余計に怖いんだけど」

「だろうね」

 自覚はあるらしい。

 リリアは、膝の上で両手を組み、ぎゅっと握りしめた。

「……聞きます」

 少しだけ震える声で、そう告げる。

 逃げ出したくなる前に、自分で自分を椅子に縫い付けるみたいに。

 ゼフィールは、短く頷いた。

「お前の国が」

 前置きも飾りもなく、核心を突く言葉。

「お前を返せって言ってきてる」

 胸の奥で、何かが落ちた気がした。

「……え?」

 口の中が、一気に乾く。

「グランツ王国から、うちの国に正式な書状が届いた。
 “王太子の婚約者リリア・エルネストが魔力暴走事件を起こし、謹慎中に逃亡した。
 もしルミナリアで保護しているなら、ただちに身柄を引き渡されたい”ってな」

 一文一文が、刃物みたいに突き刺さる。

 魔力暴走事件。
 逃亡。
 身柄の引き渡し。

 全部、“自分のこと”だ。

「……犯罪者、みたいな言い方」

 かろうじて、それだけ絞り出す。

「みたい、じゃなくて、“そのもの”として扱ってるな。
 理由は、“逃亡した犯罪者だから”だとよ」

 ゼフィールの言い方は淡々としていた。
 感情を乗せないようにしているのが、逆に分かる。

 心臓が、痛い。

(そう、だよね)

 王宮から逃げた時点で、予想していた未来だ。
 “王太子の婚約者”という立場を投げ捨てて、国境も越えた。

 国からすれば、それは立派な“罪”だ。

「……ルミナリアは」

 自分の声が、遠くで鳴っているみたいに聞こえた。

「なんて、返すんですか」

「“調査中につき、返答を保留する”」

「保留……」

「うちの王様は、そう簡単に“はいどうぞ”って渡すタイプじゃない」

 それは、ゼフィールの本音の評価だろう。

 でも、リリアの頭の中には、別の言葉が渦巻いていた。

(私のせいで)

 ルミナリアとグランツの間に、余計な火種が生まれてる。

(私のせいで)

 ゼフィールが、王様や宰相に呼び出されている。

(私の――)

「……ごめんなさい」

 気づいたら、その言葉が口をついて出ていた。

 ゼフィールの眉が、ぴくりと動く。

「なんで謝る?」

「だって……全部、私のせいで……」

 視界が、にじみ始める。

「私がここに来たから、ルミナリアが巻き込まれて……
 ゼフィールさんも、王様に呼び出されて、余計な仕事増えて……」

「仕事増えたのはまあ事実だけど」

「事実なんだ……」

 そこは否定してほしかった。

「あと、ノエルさんたちにも迷惑かけてる。
 グランツと関わるってことは、危険も増えるってことで……」

 言葉を紡ぎながら、思考がどんどん暗い方向へ転がっていく。

(ここにいていい理由が、どこにもない)

 ルミナリアにとって、私は“厄介な荷物”でしかない。
 グランツからしたら、“逃亡犯”。
 間に挟まったルミナリアからしたら、“火種”。

 生まれた国にも、逃げてきた国にも、居場所を作れてない。

(まただ)

 王宮にいたときと同じ感覚。

 そこにいても、“居させてもらってる”だけ。
 少しでも重荷になれば、“いらない”と切り捨てられる。

 王太子に、あの日言われた言葉が蘇る。

『今後の調査次第では――
 君と僕の婚約について、見直さざるを得なくなるかもしれない』

「……私」

 喉の奥が焼けるみたいに熱くなった。

「ここを、出ていきます」

 ぽつり、と落とした言葉は、自分でも驚くほど静かだった。

 ゼフィールの表情が、そこで初めて大きく揺れた。

「は?」

「私がここにいるせいで、ルミナリアが困るなら……
 どこか、誰にも迷惑をかけない場所に行きます」

 言いながら、自分でも“そんな場所あるわけない”と思っている。
 でも、口が勝手に動く。

「もともと、私はグランツから逃げてきただけの人間で……
 ルミナリアに保護してもらう理由なんて、本当はどこにもなくて……」

 震える声を無理やり押し殺して続ける。

「だから、これ以上迷惑かける前に――」

「うっわ」

 ゼフィールが、はっきりと顔をしかめた。

「出たよ。そういうやつ」

「え……」

「“全部自分のせいだから、私が消えます”ってやつ」

 苛立ちが混じった声。

「なんで一人で全部背負おうとすんだよ」

 その一言に、リリアは言葉を失った。

「だって――」

「だってじゃねえよ」

 ゼフィールが、珍しく感情を露わにした。

 灰色の瞳が、鋭くこちらを射抜く。

「お前、いつもそうだろ。
 王宮の話してるときも、“私が弱いから”“私が役に立たないから”って、
 全部自分のせいにして、納得しようとしてた」

「…………」

「今度は国同士の問題まで、“私のせいだから私が消えます”か」

 彼の声は、怒鳴ってはいない。
 けれど、ひとつひとつの言葉が重くて、逃げ場がない。

「……だって、私がいなかったら、こんなことには」

「“いなかったら”の話は、もう意味ない」

 即座に切り捨てられた。

「お前は森で倒れてて、俺が拾った。
 ルミナリアに来て、今ここにいる。“そうなったあとの世界”で喋ってんだよ、俺たちは」

「……それは、そうだけど」

「だったらさ」

 ゼフィールは、少し身を乗り出した。

「“俺が連れてきたんだから、俺にも責任取らせろ”」

 その言葉は、雷みたいに落ちてきた。

「…………え?」

「何ひとりで勝手に“私が全部背負います”してんだよ。
 お前を塔まで運んだのは誰だ」

「ゼフィールさん、だけど……」

「グランツ王宮から“逃亡犯が国境越えました”って噂が来たとき、
 “あー絶対あいつだ”って思って報告しに行ったのは誰だ」

「それも、ゼフィールさん……」

「王様に、“あいつ危険人物じゃないぞ”って言ったのは?」

「……ゼフィールさん、です」

「じゃあ、なんでそこで“私一人でなんとかします”って話になる?」

 ゼフィールは、額を指でこめかみをとんとんと叩いた。

「いいか、リリア。
 お前がここに来たことに関して、“責任”って単語を使いたいなら、
 その責任、半分――いや、半分以上は俺のもんだ」

「そんな……」

「ある意味、“勝手に拾ってきた”の、こっちだからな」

 軽く笑いながらも、その目は笑っていなかった。

「“守りたいかどうか”を決めたのも俺。
 “引き渡したくない”って思ってるのも俺。
 その全部を無視して、“私が消えます”で片づけられてたまるか」

「…………守りたい」

 その単語が、頭の中でひっかかる。

 ゼフィールは、あっさりと次の言葉を重ねた。

「別に、国のためとか、正義のためとかじゃない」

 淡々と、だけど、はっきりと。

「俺が、あんたを守りたいって思ってる。
 それはもう、ほとんど“わがまま”の領域だ」

「わがまま……」

「“拾ったから責任とります”ってだけなら、もうちょっと事務的にやるよ。
 ここまで感情的にはならない」

「十分感情的ですけど、今」

「自覚はある」

 ゼフィールは、ため息をひとつ吐いた。

「俺、基本的に面倒事嫌いだし、他人の人生に深く突っ込むタイプでもない。
 “まあ好きに生きろよ”が口癖みたいなもんだ」

「そうですね」

「でも、お前が“ここを出ていきます”って言った瞬間、
 めちゃくちゃイラッとした。
 “ふざけんな”って思った」

 あまりにもストレートすぎる言葉。

 リリアは、胸の奥でなにかがぐらりと揺れるのを感じた。

「それ、俺の感情だから」

 ゼフィールは簡潔に言う。

「義務とか責任とかより前に、“俺が嫌だから嫌だ”っていう、
 どうしようもない種類のわがまま」

 義務ではなく、感情。

 “守らなきゃいけない”じゃなくて、“守りたい”。

 その違いが、リリアには鮮烈だった。

 今まで、自分に向けられた“保護”は全部、「義務」だった。

 王太子の婚約者だから守る。
 公爵家の娘だから守る。
 国の体面だから守る。

 “リリアだから”守られたことは、一度もなかった。

「……そんなこと、言われたら」

 喉が熱くなる。

「余計、迷惑かけてるみたいで、苦しくなるんだけど」

「迷惑かもな」

「即答……」

「でも、“迷惑かけるな”って言うなら、
 俺だって、お前の魔力測るために魔法陣使ったり、時間使ったりしてる時点で、
 とっくに関わりすぎてんだよ」

 ゼフィールは肩をすくめた。

「迷惑ってのは、“お互い様”になったときが一番楽なんだ」

「お互い様……」

「お前はお前でうちの塔の実験手伝ったり、
 ノエルのテンションの暴走を止めたり、ミーナと一緒に台所片づけたりしてるだろ」

「最後のが一番仕事してる気がする」

「してる」

 そのとき――

「ちょっと! 誰が“テンション暴走”ですか!」

 ノックもそこそこに、ドアがばーんと開いた。

「……本人が来た」

 ゼフィールがぼそっとつぶやく。

 ノエル・ハースが、腰に手を当てて立っていた。
 いつものショートコートに、動きやすいパンツスタイル。
 肩までのオレンジ色の髪が、少し跳ねている。

「ノックしましたよ!? 返事が遅かっただけです!」

「“ばーん”の音がノックの全部を台無しにしてるんだよな」

「細かいことはいいんです!」

 ノエルは、部屋の空気を一瞬で明るくするみたいに駆け寄ってきた。

「で、なに。なにこの重っ苦しい空気。
 恋人同士が別れ話でもしてるんです?」

「してない」

「してません!」

 ゼフィールとリリアの否定が完全にハモった。

 ノエルは「はいはい」と手をひらひらさせて、リリアの隣にどかっと座る。

「一応言っときますけど、廊下まで丸聞こえでしたからね。“ここを出ていきます”とか」

「……ごめんなさい」

 また謝りかけて、リリアはゼフィールの顔を見た。

 “なんですぐ謝る”と、さっき言われたばかりだ。

 口を噤む。
 癖を修正するのは難しい。

 ノエルは、そんな二人を見ながら、あっけらかんと言った。

「ダメですよ?」

「なにが?」

「リリアちゃんがここ出ていくの。ダメです」

 あまりにもはっきり。

「えっと……」

「陛下とか宰相とか、国同士の事情とかは一回置いといて」

 ノエルは指を一本立てた。

「“あたしはリリアちゃん好きだし、逃がす気ないからね?”」

 笑顔で、さらっと言う。

「…………え?」

 リリアは、瞬きした。

 “好き”という単語が、耳の奥で響く。

「魔力のこととか、身分のこととか、そういうの抜きにして。
 面白いし、話してて楽しいし、一緒に街歩くのも楽しいし、
 塔の生活に突っ込み入れてくれるのもありがたいし」

「突っ込みって……」

「だから、“出ていきます”って言われたら普通に寂しいです。
 それが嫌だから、“ダメ”って言ってます」

 ノエルの言葉は、ゼフィールとはまた違う意味で、真正面からだった。

「それ、完全に個人的感情ですよね……」

「そうですよ?」

 悪びれもない。

「国とか任務とか仕事とか、“理由”を前に出さないと誰かを守っちゃいけないなら、
 あたしたちはとっくに魔導士やめてますよ」

 さらっと言いながら、ノエルは自分の胸を軽く叩いた。

「“この人を守りたい”っていう気持ちを、
 ちゃんと自分のわがままとして持てる人のほうが、あたしは信用できます」

 リリアの胸の奥で、もうひとつ火が灯った気がした。

 ゼフィールの“守りたい”と、ノエルの“好きだし逃がす気ない”。

 どちらも、“義務”ではなく、“わがまま”。

(……迷惑、かけてる)

 それは、たぶん事実だ。

 グランツから逃げてきたことで、
 ルミナリアに余計な火種を持ち込んでいる。

 でも――

(迷惑をかけてもいいって、言ってくれてる人がいる)

 そんな発想、今まで一度も持ったことがなかった。

 王宮では、“迷惑をかけないこと”が、美徳だった。
 “重荷にならないように”と息を詰めて生きてきた。

 迷惑をかけない自分と、何も感じずには守ってくれない誰か。
 その組み合わせを、ずっと当然だと思っていた。

「……リリア」

 ゼフィールが、少しだけ柔らかい声で呼ぶ。

「怖いなら、“怖い”って言っていい。
 迷惑かけてるって思うなら、“かけてる”って認めてもいい」

「まあ実際かけてますしね」

「ノエル」

「事実は事実」

 すぐノエルの突っ込みが飛ぶ。

「でも、それと“ここから逃げる”をセットにするのはやめろ」

 ゼフィールの言葉は、低く響いた。

「“迷惑かけてるけど、ここにいたい”って言ってもいいんだよ、本当は」

「……そんなこと」

 今まで、誰にも許されなかった言葉。

 王宮で、“ここにいたい”と願うことすら、自由じゃなかった。
 すべては、“国のために必要かどうか”で決められる。

 自分の気持ちは、最後の最後に小さく添える飾りみたいなものだった。

 胸の奥が痛くて、怖くて、でも――
 今ここで、なにも言わなかったら、きっと一生後悔する。

 喉の奥で、言葉になりきれないものが渦を巻く。
 それを、息と一緒に押し出すみたいに。

「……ここに」

 自分の声が震えているのが分かった。

「ここに、いても……いいのかな」

 “いていいですか”じゃない。
 “いていいのかな”。

 それは、“許可を求める言葉”であると同時に、
 “自分の気持ちの告白”でもあった。

 ゼフィールが、ふっと息を吐いた。

 肩から、大きな力が抜けていくのが、遠目にも分かる。

 そして、安心したように、笑った。

「いいに決まってんだろ」

 即答だった。

 ほんの一瞬の迷いもない。

「ここ、俺の塔だし」

「理由そこから?」

「塔の持ち主が“いていい”って言ってんだから、いていいんだよ」

 馬鹿みたいな理屈なのに、
 今のリリアには、それが何よりの“許可証”に思えた。

「それに」

 ゼフィールは少しだけ視線を逸らしながら付け足す。

「俺が“いてほしい”って思ってる」

 小さな声だった。
 でも、ちゃんと届いた。

 リリアの胸の奥で、ぎゅっとなにかが締め付けられる。

(いてほしい)

 その一言を、どれだけ欲していたか。

 王宮では、一度も言われなかった言葉。

 “君が必要だ”と言ってくれたことはあった。
 でもそれは、“王太子妃として”“公爵家の娘として”必要だと言われていただけ。

 “リリアとして”、いてほしいと言ってくれた人は――

(初めて、だ)

 涙腺の奥が、じわっと熱くなる。

「……あたしも」

 ノエルが、笑いながら言う。

「リリアちゃん、いてほしいからね?
 それに、ルミナリアのカフェマスターたちをまだ半分くらいしか紹介してないし」

「そこ?」

「大事ですよ! 甘い物巡りは人生の優先事項です!」

 ミーナも、少し潤んだ目で笑った。

「私も、お嬢様がここにいてくれたほうが、安心します。
 “どこか一人で放り出されてる”なんて、絶対嫌です」

「ミーナ……」

「それに、“ルミナリアの生活は楽しいですよ”って、実家に自慢したいですし!」

「そこも?」

 笑いが、少しずつ部屋の空気を柔らかくしていく。

 ゼフィールは、それを見て小さく頷いた。

「というわけで」

 彼は、改めてリリアを見る。

「ここにいるかどうか、決めるのはお前だ。
 でも、“迷惑だから出ていきます”って理由だけは却下」

「……厳しいですね」

「厳しくしてる。そこだけは譲らない」

 譲らない。
 それもまた、彼なりの“わがまま”。

「国のこととか、王宮のこととか、使節団のこととか……
 面倒な話は、これからいくらでも出てくる」

 ゼフィールの声が少し低くなる。

「そのたびに、お前を引きずり回すことになると思う。
 それでも、“ここにいたい”って言うなら――」

 彼はゆっくりと言葉を紡いだ。

「俺は、それを全力で守る」

 義務じゃない。
 命令でもない。

 “守りたいというわがまま”。

 その宣言が、リリアの胸の奥の小さな灯を、強く、確かに燃やした。

「……わがまま、言っていいんだろうか」

 ぽつりと漏れる。

「言え。むしろ慣れろ」

 即答。

「“生きたい”って言った次は、“ここにいたい”でしょ。順番として」

 順番――
 そうだ。
 あの日、カフェで。

『ここでは、誰かに許可を取らなくても“生きたい”って言っていい』

 ゼフィールは、そう言ってくれた。

 あのとき灯った小さな火が、
 今、“ここにいたい”という新しい願いで、少し大きくなっていく。

「……じゃあ」

 リリアは、ゆっくりと、でもはっきりと言った。

「ここに、いたいです」

 その言葉に、自分の全部を乗せる。

 怖さも、迷いも、罪悪感も抱えたまま。
 それでも、“ここにいたい”と願う自分を、捨てたくなかった。

 ゼフィールは、目を細めて笑った。

「よし。聞いた」

 その笑顔を見て、リリアはやっと、胸の奥の強張りがほどけていくのを感じた。

 窓の外では、ルミナリアの街が、いつも通り魔力の光を灯し始めている。

 その光のひとつひとつの中に、人々の生活があり、わがままがあり、願いがある。

 リリアの中にも、ようやく生まれた小さな“わがまま”。

 ――守りたいと願う人と、守られたいと願う人。

 その二つが、ゆっくりと重なり始めた。
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