王宮から逃げた私、隣国で最強魔導士に一途に愛される

タマ マコト

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第11話 王都に降りる影

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 その日は、朝から街の空気が違っていた。

 いつもなら、パン屋の匂いと屋台の準備のざわめきが、ゆっくりと王都を目覚めさせていく。
 けれど今日は、それらに混じって、もっと固くて重たい気配が街全体を覆っていた。

 石畳の通りには、早くから兵士たちが立っている。
 鎧のきしむ音と、魔力を帯びた槍のかすかな振動。
 王都の大通り沿いには、簡易結界用の魔道具が一定間隔で設置されていた。

 ルミナリア王宮へと続くその道は、普段より少しだけ静まり返っている。
 人々の好奇心と不安が、薄い霧みたいに漂っていた。

 ――隣国グランツ王国から、正式な使節団が到着する日。

     ◇

 その少し離れた高台。
 魔導士の塔の上層の窓から、リリアは街を見下ろしていた。

 窓を少しだけ開けると、冷たい風と、遠くのざわめきが耳に届く。

「……すごい人」

 大通りの両側には、見物人たちが黒い線みたいに並んでいる。
 その間を、ゆっくりと行列が進んでくるのが、ここからでも分かった。

 先頭は、ルミナリアの騎士団。
 その後ろに、グランツ王国の紋章を掲げた旗。
 さらに、その後ろには、装飾の施された馬車が連なっている。

 遠目にも分かる、あの紋章。

 双頭の獅子。

 生まれ育った国の象徴。

 胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。

「本当に……来たんだ」

 グランツからの使節団。
 名目上は、“両国の友好と、国境付近の魔力乱流についての協議”。

 けれど、その実態が、“リリア・エルネストの身柄引き渡し”であることは、
 ゼフィールから正直に聞かされていた。

(分かってた……頭では)

 それでも、実際にその旗が見えた瞬間、
 心臓が脈を打つリズムは、一気に乱された。

 塔の部屋の扉が、コンコン、と控えめにノックされる。

「リリアお嬢様、入っても?」

「……ミーナ」

 振り返ると、ミーナがいつものエプロン姿で立っていた。
 彼女も窓の外をちらっと見て、すぐにリリアの顔色を確認する。

「やっぱり、気になりますよね」

「気にならないほうが、嘘だね……」

 喉が少し乾いていて、声が自分のものじゃないみたいに感じる。

 ミーナはリリアのそばまで来ると、そっと肩に手を置いた。

「今日は、塔の外には出ないほうがいいと思います。
 ゼフィール様も、“絶対に無理はさせるな”って」

「……出る気は、ないよ」

 外に出て、あの列が通る大通りの近くなんて行ったら――
 自分がどうなるか、想像しただけで息苦しくなった。

 それでも、目は離せない。

 近づいてくる行列の先頭。
 グランツの制服を着た兵士たち。
 その真ん中に、一際目立つ装飾の馬車があった。

 白を基調とした、華やかな馬車。
 金の縁取り。
 扉には、獅子の紋章。

 王太子専用の馬車。

 視界の端が、じわりと滲んだ。

(あの中に――)

 考えないようにしていた名前が、頭の中で勝手に浮かぶ。

 レオンハルト。

 かつて、“将来を共に歩む相手”だと教えられた人。

 今は、“私を逃亡犯として扱う国”の顔。

 喉の奥が、きゅっと絞られる。

「……リリアお嬢様?」

 ミーナの声が遠い。

(見ちゃダメ。見たら、崩れる)

 そう分かっているのに、目が動かない。
 馬車の窓の向こう。
 薄いカーテン越しに見える人影。

 ゆっくりと近づいて、少しずつ大きくなってくる。

 その後ろには、護衛用の馬車。

 そして――

「……嘘」

 リリアの唇から、小さな声が漏れた。

 装飾を抑えた、黒い馬車。
 扉に刻まれた紋章――宰相府の印。

 そして、その横を馬で並走している人影。

 見間違えようがない。

 栗色の髪をきっちりと撫でつけ、
 眼鏡の奥に冷たい光を宿した男。

 オズワルド・グレイ=グランツ王国宰相。

 あの日、リリアに“言い訳は見苦しい”と淡々と告げた男。

 さらに、その斜め後ろ。

 馬車の窓から身を乗り出すようにして、外を見ている女性の姿があった。

 淡い金髪をゆるく巻き、レースたっぷりのドレスに身を包んだ令嬢。
 見栄えの良さのためだけに作られたような笑顔。

 カトリーナ・ブランシェ。

 社交界で、リリアを陰で嘲笑い続けた女。

(なんで……)

 レオンハルト。
 オズワルド。
 カトリーナ。

 王宮の“あの空気”を象徴する顔ぶれが、
 全部揃って、ルミナリアの王都に入ってきている。

 頭の中で、記憶が一気にフラッシュバックした。

『リリア様の魔術から始まりました!』

『あなたの魔力の不安定さは、前々から問題視されていた』

『言い訳は見苦しい』

『君を守りたいが、国が――』

 レオンハルトの冷たい宣告。
 オズワルドの無慈悲な声。
 カトリーナの嘲笑。

 それらが全部、一度に胸の中に押し寄せてきた。

「……っ、は……」

 視界がぐにゃりと歪む。

 息が、吸えない。

 胸の奥が、急にぎゅっと締め付けられたみたいになる。

 喉から空気が出入りしているはずなのに、肺が膨らまない。
 指先が冷たくなる。
 足の裏の感覚が遠のいていく。

(やだ……)

 声にならない声が、頭の中で渦を巻く。

(会いたくない。見たくない。聞きたくない――)

 彼らの視線。
 彼らの声。
 彼らが自分のことをどう言うか。

 それらを想像しただけで、身体が強張る。

「リリア!」

 ミーナの声が、すぐ傍で響いた。
 肩を支えられた感覚で、なんとか転びはしなかったものの、膝ががくがく震えているのが分かった。

「息、して! ゆっくり、深く!」

「……っ、は、は、っ……」

 息が、喉の途中で引っかかる。
 肺が小さくなって、足りない酸素を必死に求めているのに、うまく取り込めない。

 そのとき――

「おい」

 低い声が、背後から飛んできた。

 次の瞬間、肩に温かい手が乗る。

 魔力が、静かに流れ込んでくるみたいな感覚。
 冷たくなりかけていた身体に、じんわりと火が灯る。

「呼吸、こっち合わせろ」

 耳元で、ゼフィールの声がした。

 いつもの眠たげな調子ではない。
 けれど、慌てているわけでもない。

 ゆっくりと、一定のリズム。

「俺が吸うときに、一緒に吸え。吐くときに、一緒に吐く」

 彼の胸が上下するのが、肩越しにも分かった。

 吸う。
 吐く。

 吸って――吐く。

 そのリズムを、必死に真似する。

 震える喉を無理やり動かし、肺に少しずつ空気を送り込んでいく。

 何度か繰り返すうちに、
 暴走していた鼓動が、少しずつ落ち着いてきた。

「……っ、はあ……っ」

 最後に大きく息を吐き出し、
 リリアはその場にへたり込みそうになる。

 ゼフィールの手が、肩から背中へと滑り、
 しっかりと支えてくれた。

「見えたか」

 ゼフィールが、窓の外に目をやりながら問う。

「……うん」

 リリアは、かろうじて頷いた。

「レオンハルト殿下と……オズワルド宰相と……カトリーナも……」

 声に出した瞬間、胸の奥がまたざわついた。
 でも、さっきほどのパニックは起きない。

 ゼフィールの手の温度が、現実に繋ぎ止めてくれている。

「大丈夫」

 彼は、はっきりと言った。

「ここはもう、お前を責める場所じゃない」

 その一言が、じん、と胸に響いた。

「……でも、あの人たちは」

「来たけりゃ来ればいい。
 グランツ王宮のやり方を、ルミナリアにまで持ち込ませる気はない」

 ゼフィールの声には、静かな怒りが混じっていた。

「お前が今立ってる場所は、“王太子の婚約者として立たされてた場所”じゃない。
 “リリアとしている場所”だ」

 ミーナも、横で強く頷く。

「そうです。ここは、グランツの王宮じゃありません。
 お嬢様のことを、“魔力の数値”だけで見て切り捨てる人たちの場所でもありません」

 視界の端で、行列が王宮へと近づいていくのが見えた。

 グランツの旗。
 馬車。
 騎士たち。

 そのひとつひとつが、胸の奥の傷を抉るようで、それでも――
 リリアの背中には今、支える手がある。

 ゼフィールの手。
 ミーナの手。

(……一人で、立たなくていい)

 その事実が、ぎりぎりのところで心を繋ぎ止めていた。

     ◇

 王宮の謁見室は、灯りが落とされ、冷たい光をまとっていた。

 高い天井。
 長い赤い絨毯。
 両脇には、ルミナリアの騎士たちと魔導師たちが控えている。

 その奥。
 簡素な王座に座る男――エリアス・ルミナリア国王。

 その隣には、静かに立つ宰相リリアン。
 瞳は冷静に、だがその奥には鋭い光を宿している。

 そして、その前に進み出たのは――グランツ王国の使節団。

「ルミナリア国王陛下。
 グランツ王国、王太子レオンハルト・フォン・グランツにございます」

 金糸の刺繍が施された白い正装。
 背筋を伸ばし、教科書通りの礼をする青年。

 レオンハルト・フォン・グランツ。

 その隣には、整った所作で一礼する男。

「グランツ王国宰相、オズワルド・グレイと申します。
 この度は、突然の申し出にも関わらず、使節団の受け入れにご配慮いただき、まことに恐縮です」

 滑らかな言葉。
 表情は柔らかいが、瞳の奥は少しも笑っていない。

 その斜め後ろには、数人の貴族たち。
 中には、控えめな笑みを浮かべたカトリーナの姿もあった。

 彼女は一歩下がった位置から、この場を観察するように視線を走らせている。

「遠路はるばる、よく来られた」

 エリアスは、穏やかな声で答えた。

「ルミナリア王国、エリアス・ルミナリアだ。
 こちらは宰相のリリアン・クロード」

「お初にお目にかかります、レオンハルト殿下、オズワルド宰相」

 リリアンが静かに一礼する。

 形式的な挨拶がひと通り済んだあと、謁見室の空気が、少しだけ張り詰めた。

「さて」

 エリアスが、ゆっくりと口を開く。

「今回の訪問の主目的は――文書で受け取っている内容で、間違いないかな?」

「……はい」

 答えたのは、オズワルドだった。

 レオンハルトは、ほんのわずかに表情を動かしただけで、沈黙を守っている。

「私どもの国より、“重大な国家機密に関わる人物”が、貴国領内へと逃亡いたしました」

 オズワルドの声は、あくまで丁寧で、低く、通る。

「その人物については、すでに文書にて概要をお伝えしておりますが――
 グランツ王太子の婚約者であったリリア・エルネスト嬢であります」

 “国家機密に関わる人物”。

 その曖昧な言い方は、この場にいる誰もが、“それだけではない”と理解できる。

「魔力暴走事件の件か」

 エリアスが、淡々とした口調で問い返した。

「はい」

 オズワルドは、わずかに目を伏せた。

「先日、我が国の王宮において、魔術実演会の最中に大規模な魔力暴走が発生いたしました。
 幸い死者は出ませんでしたが、王宮設備および魔光石に相当の被害が出ております」

 そこまでは、事実だ。

 だが、次の言葉には、明らかな“捻じ曲げ”が混ざり始める。

「調査の結果、その起点となったのが、リリア・エルネスト嬢の魔術であることが判明いたしました」

 “判明した”。

 あたかも確定した事実であるかのように。

「彼女は以前より、魔力の不安定さが指摘されておりました。
 王太子の婚約者でありながら、制御が困難であり、その精神状態にも不安が見られ――」

「宰相」

 そのときまで黙っていたレオンハルトが、すっと一歩前に出た。

 彼の声には、わざとらしい悲しみが滲んでいる。

「その点については、私からも説明させてください」

 エリアスが、顎をわずかに引いた。

「……聞こう」

「リリアは」

 レオンハルトは、ゆっくりと言葉を選ぶふりをしながら話し始めた。

「まじめで、優しい女性でした。
 ですが、王宮での生活の重圧に耐えきれず、精神的に不安定になることが多くなっていたのです」

 その言い方は、リリアを“弱くて壊れやすい存在”として描くものだった。

「魔術の訓練でも、何度か制御を乱し、周囲に被害を出しかけたことがありました。
 私も、彼女を支えようと努力しましたが――」

 わずかに視線を落とし、悲しそうな表情を作る。

「先日の実演会での暴走は、その延長線上にあるものだと考えております」

「……なるほど」

 エリアスは、表情をあまり変えずに聞いていた。

 その横で、リリアンがわずかに眉を動かす。

(“精神的に不安定で、暴走の危険がある”)

 それは、“彼女の証言や判断の信用度を下げるための布石”だ。

 責任の所在を、国や王宮ではなく、“ひとりの不安定な令嬢”に押しつけるための言葉。

「問題は」

 オズワルドが、再び口を挟んだ。

「そのような状態の人物が、現在、貴国の領内にいる可能性が高い、という点です」

 “危険人物がそちらにいる”。

 そう暗に示すことで、ルミナリア側の不安を煽ろうとしている。

「私どもとしては、彼女をただ処罰したいわけではありません。
 王太子の婚約者である以上、できれば穏便に、内密に処理したいと考えております」

「“内密に”?」

 リリアンの声に、僅かな棘が混じった。

「ええ。
 このような問題が表沙汰になれば、貴国にも迷惑をかけてしまいますから」

 迷惑。
 圧力の言い換え。

「そこで――」

 オズワルドは、ごく自然な動きで一歩前に出た。

「ルミナリア王国にお願い申し上げる次第です。
 もし、貴国が彼女を保護しておられるのであれば、その身柄を我が国へお引き渡し願いたい」

 謁見室の空気が、さらに一段階、重くなる。

 レオンハルトは、悲しげな表情を崩さないまま、言葉を添えた。

「彼女は、悪人ではありません。ただ――」

 わずかに間を置く。

「精神的に不安定で、自分や他人を傷つけてしまう危険がある。
 だからこそ、私たちのほうで責任を持って保護し、治療にあたるべきだと考えています」

 “治療”。

 その言葉の裏に、どれだけの意味が隠されているか。
 この場にいる者たちの多くは、薄々勘づいていた。

 エリアスは、じっと二人を見つめた。

 レオンハルトの悲しげな表情。
 オズワルドの冷静な目。

 そして、その後ろで静かに様子を窺っているカトリーナの、わずかに歪んだ微笑。

(……よくも、まあ)

 心の中で、小さく毒づきたくなる。

 だが、それを表情には出さない。

「グランツ王国の事情は理解した」

 エリアスは、穏やかな声を崩さずに言った。

「しかし――」

 そこで、わずかに声色を変える。

「ひとつ、確認しておきたい」

「確認……?」

 オズワルドが、目だけで警戒心を滲ませる。

「君たちの説明によれば、リリア・エルネスト嬢は“精神的に不安定で、暴走の危険がある”と」

「はい。その通りです」

「その彼女が、“自らの意思で”貴国を去った、と?」

 エリアスの問いに、オズワルドが一瞬だけ言葉に詰まる。

「……結果としては、そのようになってしまいました」

「“結果として”ではなく、“どういう経緯で”」

 リリアンが横から静かに追撃する。

「彼女が“逃亡した”と仰るなら、その前段階でどのような扱いを受けていたのか、
 こちらとしては知る必要があります」

「それは――」

 オズワルドが口を開きかけたところで、レオンハルトが先に言葉を挟んだ。

「私の、責任です」

 悲劇の主人公のような顔で。

「婚約者として、彼女の負担を減らしてやるべきだった。
 しかし、王太子としての務めに追われ、十分に寄り添ってやることができなかった」

「……」

 エリアスは、彼を見つめたまま、何も言わない。

 レオンハルトの言葉は、一見すると“自己責任を認める誠実な王太子”のそれだ。
 だが、その実態は、“彼女が不安定だったから”という前提に立った上での、
 非常に計算された自己弁護に近い。

 リリアンが、小さく息を吐いた。

(このまま、“危険人物だから引き渡せ”に持っていくつもりか)

 だが――ルミナリアは、グランツの“筋書き”に、そのまま乗るつもりはなかった。

「我々としては」

 エリアスが、ゆっくりと言う。

「リリア・エルネスト嬢の件について、
 君たちの一方的な主張だけで判断を下すわけにはいかない」

「……と仰いますと?」

 オズワルドの声に、僅かな硬さが混じった。

「彼女が本当に、君たちの言うような人物なのかどうか。
 彼女自身の意思が、どこにあるのか」

 エリアスは、はっきりと続ける。

「――彼女本人からも、話を聞きたい」

 謁見室の空気が、はっきりと揺れた。

 グランツ側の使節団の中に、ざわり、と小さなさざ波が立つ。

 オズワルドの表情が、一瞬だけ固まった。

 その変化は、ごく僅かで、
 何も知らない者が見れば見過ごしてしまうかもしれないほどだ。

 だが、宰相リリアンの目は、それを見逃さなかった。

(図星、という顔ね)

 “本人に話をさせたくない事情がある者”の顔。

「陛下」

 オズワルドは、次の瞬間には、いつもの冷静さを取り戻したように見えた。

 だが、その声の奥には、わずかな焦りが滲んでいる。

「お気持ちは分かりますが、
 彼女は先ほどから申し上げているように、精神の安定を欠いている状態でして。
 ご本人の発言に、どこまで信憑性があるかは――」

「それを判断するかどうかも含めて、こちらの問題だ」

 エリアスは、ぴしゃりと遮った。

「君たちが“危険だから”“不安定だから”と言う人物を、
 何の確認もなく“はいそうですか”と差し出すほど、
 我々は軽率な王国ではない」

 静かな言葉の中に、はっきりとした拒絶の意志があった。

 レオンハルトの手が、わずかに握り込まれる。
 カトリーナは、その後ろで唇をかみ、ニヤリともしない笑みを貼り付けている。

(まずい)

 オズワルドの頭の中で、計算が狂い始めていた。

 本来なら、“リリアは不安定だ”“危険だ”というレッテルを先に貼っておけば、
 ルミナリア側はその言葉を真に受けたまま、
 “国の安定を優先する”という名目で、すぐに引き渡しに同意するはずだった。

 少なくとも、そうなる可能性を高く見積もっていた。

 だが、この王は――

(こちらの筋書きに、乗ってこない)

 冷静で、慎重で、そして“本人の声”を重視する。

 オズワルドにとって、それは一番厄介なタイプだった。

 エリアスは、立ち上がりはしなかったが、
 その言葉には王としての重みが乗っていた。

「リリア・エルネスト嬢が、
 本当に君たちの言うような“暴走の危険がある人物”ならば――
 なおさら、我々としても、その真相を知っておく必要がある」

「……」

「彼女の魔力が、“本当に彼女だけの責任で暴走したものなのかどうか”。
 こちらの魔導師たちも交えて、改めて検証したい」

 それは、“ルミナリアとして独自の調査を行う”という宣言でもあった。

「もちろん、彼女自身に負担がかからないよう配慮はする。
 君たちの立場も、最大限尊重しよう」

 そこまで言ってから、エリアスはきっぱりと結論を告げる。

「だが、“本人に一言も話をさせずに、ただ引き渡せ”という要求は、
 受け入れられない」

 静かな拒絶。

 オズワルドの指先が、椅子の肘掛けの陰でぎゅっと握られた。

 レオンハルトは、無表情になりかけた顔を、必死に普段の“悲しげな王太子”に戻そうとする。

 その後ろで、カトリーナの笑みがほんの少しひきつっていた。

(……リリア)

 彼らの頭の中で、その名前が重く響く。

(お前が、“何を言うか”によって)

 この先の全てが、変わる。

 王都に降りた影は、
 まだ静かに、けれど確実に、
 リリアとルミナリアとグランツの運命を絡め取ろうとしていた。
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