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第12話 封じられた力の痕跡
しおりを挟むゼフィールの塔の中でも、ひときわひんやりとした空気の部屋がある。
厚い石壁。
窓は小さく、高い位置に一つだけ。
床には、いくつもの魔法陣が重ねて描かれている。
“解析室”――ゼフィールいわく、“いろんなものを丸裸にする部屋”。
リリアは、その部屋の中央に敷かれた簡素な寝台の上に座っていた。
背筋を伸ばしていないと、心まで丸見えにされそうな気がして、
無理やり姿勢を保つ。
「そんなに構えなくて大丈夫ですよ?」
ノエルが、明るい声で笑ってくる。
彼女はいつものショートコートに、動きやすいパンツスタイル。
髪を後ろで軽くまとめ、額には簡易魔導具のゴーグルをずらしている。
ゴーグルの縁には、小さな魔術式が刻まれていて、
魔力の流れを見るときに使うらしい。
「“丸裸にする部屋”って聞いた時点で構えますよね」
リリアは、膝の上で握った自分の手をちらっと見る。
指先まで緊張で固くなっている。
「丸裸は比喩だから。たぶん」
「“たぶん”つけないでほしいわね」
部屋の隅では、ゼフィールが巨大な魔法陣の調整に追われていた。
床一面に描かれた円と線。
中心に大きな円、その周囲を複数の小さな円が取り囲む構造。
繊細な線で刻まれたルーンの一部が、彼の指先に触れるたび、淡く光った。
「“たぶん”じゃなくて“比喩”。
物理的には何も剥がさない」
「言い方の問題では?」
「精神的な服は脱いでもらうかもしれないけど」
「ハードル上げないでもらえます?」
軽口の応酬。
けれど、リリアの胸の奥には、笑えない不安がしつこく居座っていた。
(“封印の痕跡があるかもしれない”)
ゼフィールがそう言ったのは、つい昨夜のことだ。
魔力測定のあと、彼はしばらく黙り込んでいた。
壁の水晶玉と、リリアの魔力の流れを見比べながら、何かを考えていた。
そして、ぽつりと言った。
『たぶん、だけど。君の魔力、どこかで“いじられてる”』
『いじられてる?』
『封じられてたか、抑え込まれてたか。その痕跡がある気がする』
その瞬間、リリアの背筋に冷たいものが走った。
自分の体の中で、何かが勝手に書き換えられていたかもしれない――
そう想像しただけで、吐き気がするほどの嫌悪感と恐怖がこみ上げた。
「よし、準備完了」
ゼフィールが、中心の円から立ち上がる。
「リリア、ちょっと横になって。仰向け」
「……はい」
寝台に、ゆっくりと体を預ける。
背中に当たる布は、少し硬いけれど清潔だ。
上から見えるのは、石造りの天井と、薄く光る魔法陣の線。
「痛いこと、します?」
ミーナが、小さな声で尋ねた。
彼女は部屋の隅で控えていたが、リリアの顔色が気になって近づいてきたのだ。
「肉体的にはしない。精神的には知らん」
「そこも“知らん”じゃなくて“しない”って言ってほしいです」
「場合によってはしないとは言い切れないからな」
「言い切らないところが逆に信用できるの、なんか腹立つ」
ゼフィールは、リリアの枕元に立つ。
その手には、小さな水晶板のようなものが握られている。
薄くて透明な板の中央に、複雑な魔術式が刻まれていた。
「これからやるのは、“魔力封印の痕跡”の解析」
彼は、いつもの講義モードで説明を始めた。
「魔力を長期間抑え込むためには、かならず“型”が必要になる。
体内に直接術式を刻んだり、血液や神経に沿って小さな封印を複数仕込んだり」
「……直接、体に」
想像しただけで、ゾワッと肌が粟立った。
「大丈夫、今からするのはそういう“仕込み”じゃなくて、“跡を探すほう”だから」
「そこはちゃんと分けてくれるのね」
「当たり前だろ」
ゼフィールは、水晶板を軽く掲げた。
「これで、君の体の中の魔力の流れを“写し取る”。
その写しを見ながら、“どこかに人工の継ぎ目がないか”を探す」
「継ぎ目……?」
「本来の魔力の流れってのは、もっとこう、“川”みたいなもんなんだよ」
彼は指で空中に線を描く。
「でも、誰かが外からいじると、“ダム”みたいなものができる。
そこで強制的に止められて、迂回させられて、その跡が残る」
ノエルが補足する。
「髪を伸ばしてたのを、途中からバッサリ切ったとき、
毛先に“揃ってる”不自然なラインが出るじゃないですか」
「……はい」
「それの魔力版だと思ってください。
自然に伸びたものじゃない、“誰かの手が入ったライン”を見つけるのが、あたしたちの仕事」
わかりやすくて、余計に怖い。
「始めるぞ」
ゼフィールが言う。
「目、閉じて。できるだけ力を抜いて」
「……分かった」
瞼を閉じる。
外の光が遮られ、世界が少し暗くなる。
「息を吸って――吐いて」
さっき、窓辺でパニックになったときと同じだ。
ゼフィールの呼吸に合わせて、自分の呼吸を整える。
吸う。
吐く。
吸って――吐く。
何度か繰り返すうちに、緊張でこわばっていた筋肉が、少しずつ緩んでいくのが分かった。
「そのまま」
ゼフィールの声が、すぐ近くで響く。
小さな冷たいものが、額にふれる感覚。
水晶板か。
次の瞬間、額から頭の中へ、微弱な魔力の波がそっと入り込んできた。
(冷たい……)
氷水を頭の中に垂らされたみたいな感覚。
でも、痛くはない。
ひたひたと、額から後頭部へ、そこから首筋、背骨へと降りていく。
背中の中央から、肩へ。
腕へ。
胸のあたりへ。
自分の体の中を、魔力がゆっくりとなぞっていく感覚は、
妙な居心地の悪さと同時に、
“そこに確かに自分の魔力がある”という実感も伴っていた。
(ここに、ある)
今まで、“正しく扱えないから”“危険だから”と遠ざけてきた自分の力。
それが、こうして体の中を流れている。
「……なるほど」
ゼフィールの低い声がする。
ノエルが、息を呑む気配。
「どうですか?」
ミーナの小さな囁き。
「まだ途中。黙って」
「すみません」
魔力の波は、今度は腹部から足先へと降りていく。
膝、ふくらはぎ、足首、つま先。
全身を一通りなぞり終えたところで、
額にあった冷たさがすっと引いた。
「……終わり」
ゼフィールが、水晶板を軽く持ち上げる。
「目、開けていい」
リリアは、ゆっくりと瞼を開けた。
視界がぼやけている。
天井の石の継ぎ目が、いつもより遠く見えた。
「気持ち悪くない?」
「ちょっと、ふわふわするけど……大丈夫」
寝台の上で上体を起こす。
ミーナがすぐに支えてくれた。
ゼフィールとノエルは、水晶板の上に目を落としていた。
透明な板の中に、淡い光の線が幾重にも走っている。
人型のシルエットをかたどったような線。
それが、リリアの体内の魔力の流れを表しているのだろう。
「……やっぱり」
最初に口を開いたのは、ノエルだった。
彼女の声から、明るさが消えている。
「これ、完全に――」
「封印の痕だな」
ゼフィールが、はっきりと言い切った。
リリアの心臓が、どくんと大きく鳴る。
「見せていいか?」
「……うん」
ゼフィールは、水晶板をリリアのほうに向けた。
淡い光の線が、人型に浮かび上がる。
頭、首、肩、胸、腹、手足。
ところどころ、線が太くなっていたり、細くなっていたり。
その中で、素人目にも分かる“不自然な部分”があった。
胸の中央――
心臓のあたりから、ぐるりと円を描くように走る線。
そこだけ、妙に直線的で、きれいすぎる境界が引かれている。
「ここ」
ゼフィールが指先で示す。
「本来なら、もっとゆるやかなグラデーションになってるはずなんだよ。
魔力の濃い部分から薄い部分への、自然なうつろい」
指でなぞられた部分は、“境界線”のようにくっきりと区切れていた。
「でも、ここだけ、何度も何度も“削り取られた”跡がある」
「削り取られた……?」
「魔力が上がるたびに、上限を下げるような処置を繰り返したんだろうな。
ここ数年、定期的に」
リリアの胃のあたりが、ぎゅっと縮む。
「それって……」
「簡単に言うと、“成長するたびに頭を押さえつけられてた”ようなもんだ」
ゼフィールの口調は淡々としているのに、
その内容は、あまりにも暴力的だった。
「体の成長に合わせて魔力も本来なら増える。
でも、それを“危険だから”“不安定だから”って理由で、
あるラインから上を毎回削ってた」
「毎回……?」
頭の中で、いくつもの記憶が繋がる。
年に一度の魔力測定。
増えたかどうかを確認される儀式。
そのたびに、“変わらないですね”“むしろ減ってますね”と笑われたこと。
測定の前後で、いつも体がだるくなっていたこと。
“調整のため”と称して、何度も魔導師に魔法陣の上に立たされたこと。
「まさか……」
喉がかすれる。
「その“調整”って……」
「ほぼ確定。封印処理だな」
ゼフィールは、光の線の別の箇所を指さした。
「それからここ。背骨沿いに走ってる、小さな“点線”みたいなやつ」
背骨の上に、小さな点がいくつも並んでいる場所があった。
それは、まるで針で刺した痕のように均等に並んでいる。
「これは、“細かい封印を複数仕込んだ”跡。
成長段階で“暴れそうなルート”を全部潰していってる」
「……いつから」
リリアは掠れた声で尋ねた。
「いつから、そんなこと……」
ゼフィールが、水晶板を少し傾ける。
点線の一部が、他より薄くなっている箇所があった。
「ここの薄さから見て、たぶん――
幼少期、初めて魔力が発現した頃から」
視界が、ぐらりと揺れた。
「……っ」
思わず、寝台の端を握りしめる。
(そんな……)
初めて魔力が出た日のことを、うっすらと覚えている。
まだ幼くて、庭で遊んでいて。
花に触ったとき、小さな光の粒がふわっと飛んだ。
それを見た母は、少し驚いて――
すぐに笑って、優しく抱きしめてくれた。
『リリアにも、ちゃんと魔力があるのね』
あのときは、ただ嬉しかった。
でも、そのすぐあと。
王宮に呼ばれて、初めて魔力測定をされたとき。
妙に冷たい部屋で、見知らぬ魔導師たちに囲まれて。
薄暗い光の中で、何度も何度も魔法陣を踏まされた。
『調整だからね、怖くないですよ』
あの言葉。
あの笑顔。
あの指先。
全部、記憶の中でぼやけていたけれど――
今、ゼフィールの解析結果と重なった途端、妙に鮮明に蘇ってくる。
「……リリア」
ノエルの声が、遠くで聞こえる。
「大丈夫、じゃないですよね。分かってます」
自分でも、顔が引きつっているのが分かる。
胸の中に、いろんな感情が、一気に吹き出してきた。
怒り。
恐怖。
悲しみ。
裏切られた感覚。
そして――自分の体の中ですら、自分のものではなかったという絶望。
「私、」
喉の奥から、絞り出すように言葉が漏れる。
「ずっと……道具みたいに扱われてたの?」
魔力を“調整”されて。
“暴走の危険を抑えるため”と称されて。
何度も何度も、勝手にいじられて。
それを、“王太子の婚約者として”“公爵家の令嬢として”、
当然のことのように受け入れさせられて。
「魔力が弱いって言われてたのも、
“不安定で危険”って言われてたのも、
全部あの人たちが――」
喉の奥で言葉がねじれる。
レオンハルトの顔が浮かぶ。
オズワルドの声が蘇る。
カトリーナの笑いが耳に響く。
『あなたの魔力の不安定さは、前々から問題視されていた』
『王太子殿下の婚約者としては、もう少しなんとか』
『危険な力をお持ちなのですものね』
(危険にしたの、誰!?)
心の中で叫びが弾けた。
(勝手に触って。勝手に封じて。勝手にラベル貼って――)
視界が滲む。
涙が、じわじわと浮かんでくる。
(私の体なのに)
魔力は、“私の一部”のはずなのに。
「リリア」
ゼフィールの声が、すぐ近くで響いた。
顔を上げると、彼が真っ直ぐこちらを見ていた。
眠たげな灰色の瞳は、今は完全に覚醒している。
その奥には、怒りと、痛みと、真剣さが混ざっていた。
彼は、水晶板をミーナに預けると、
寝台の横に膝をついた。
そして、そっとリリアの手を取る。
その手は、少しひんやりしていて、でもしっかりとした温度を持っていた。
「……少なくとも」
彼は、言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。
「これから先は、そうさせない」
その声は、穏やかさを残しつつも、強かった。
「お前の魔力は、お前のものだ。
お前の体も、お前のものだ」
ひとつひとつの言葉が、胸の奥に刺さってくる。
「勝手に封印されたり、勝手にいじられたり、勝手にラベル貼られたり――
そういうのは、俺が全部、ぶっ飛ばす」
「ぶっ……」
ゼフィールらしい言い方に、少しだけ涙が和らぐ。
「その言い方」
「綺麗ごとだけ並べても、あいつらには伝わらないだろ。
だから、俺は俺のやり方で言う」
彼は、しっかりとリリアの手を握る。
「リリア」
「……うん」
「怒っていいし、怖がってもいいし、悲しんでもいい。
“なんでそんなことされたの”って、何度でも言っていい」
その許可が、また胸を締め付ける。
今まで、“感情的になるな”“冷静でいろ”としか言われなかった。
怒りや悲しみは、“わがまま”として押し込められてきた。
「でも」
ゼフィールは、少しだけ顔を近づける。
「“自分が悪かった”って結論だけは、絶対に出すな」
その目が、真剣だった。
「封印したのは、お前じゃない。
勝手にいじったのも、お前じゃない。
“弱い”“不安定”ってラベルを貼ったのも、お前以外だ」
「……っ」
涙が、ひと粒、ぽろりと落ちた。
「だから、“全部自分のせいだ”って顔、やめろ」
「そんな顔、してた?」
「しまくってた」
ノエルが横から頷く。
「“あの人たちを怒っちゃいけない”“責めちゃいけない”って顔でした。
怒っていいですよ。むしろ、怒り足りないくらいです」
「ノエル」
「だってそうでしょ。
人の体の中に勝手に術式刻んで、それを“あなたのため”って言い張るの、
それ、ただの暴力ですよ」
ノエルの言葉は、珍しく鋭かった。
普段は明るく笑っている彼女の、怒った顔を見るのは初めてだった。
「……エリアス陛下には?」
リリアは、涙を拭いながら尋ねた。
「この結果、伝えるんだよね」
「ああ。伝える。陛下も宰相も、こういうの嫌いだからな」
ゼフィールは、冷静な表情に戻る。
「“封印の痕跡”があると分かった以上、
リリア・エルネストの件は、“グランツの一方的な主張”だけで処理できない」
「そうなったら、ルミナリアに余計な負担が……」
「ほら出た、“迷惑かけてごめんなさいモード”」
「……クセになってるのよ」
「徐々に矯正していこうな」
ゼフィールは、わざとあっさりと言った。
「これで、王宮の中もざわつくだろうな」
「ざわつく?」
ノエルが肩をすくめる。
「“そこまでして守る価値あるのか”って言い出す人、絶対出てきますよ。
“よその国の問題に深入りするな”とか、“グランツを敵に回すな”とか」
「……そういう人たちの気持ちも、分からなくはないけど」
リリアは、膝の上で拳を握る。
「私のために、ルミナリアが傷つくのは、やっぱり怖い」
「怖いって思うのは、いい。
でも、“だから私が消えます”って話には、戻るなよ」
「……言わない。たぶん」
「“たぶん”ってつけるのやめろ」
わずかな笑いが、生まれる。
重い話の真ん中に、細い糸のような笑い。
それが、ぎりぎりのところで心を支えてくれる。
◇
その頃、ルミナリア王宮の一角では――
別の種類のざわめきが広がっていた。
貴族たちが集う待合室。
豪奢なソファ。
魔術で温度管理された室内。
その中で、数人の貴族がひそひそと話をしている。
「……本当に、あの娘を守るつもりなのか?」
「陛下は、“真相が分かるまでは保護する”と仰せだ。
先ほど、宰相殿からも同じ趣旨の説明を受けた」
「しかしだな。相手はグランツだぞ。
あの国を本気で怒らせたら、交易路にも魔導技術の共同開発にも影響が出る」
「それに、“封印の痕跡”とやらの話も聞いたぞ。
そんな厄介なものを抱え込むのは、得策とは言えん」
「“哀れな令嬢”という話ならまだしも、
“王宮の政治の闇”にまで踏み込むことになるやもしれんのだぞ?」
彼らの言葉には、露骨な“損得勘定”が滲んでいた。
「……では、陛下に進言するか?」
「“彼女を守ることは、国益に反する”と?」
「さすがにそこまでは言えんが、“慎重な距離を保つべき”とは――」
そのとき、ガチャリ、と扉が開いた。
「くだらない話をするなら、せめて扉に結界くらいつけてからにしてはどうですか?」
冷ややかな声。
扉のところに立っていたのは、宰相リリアンだった。
彼女は壁際の時計を見る。
「この部屋、音がよく響くんです。
“ひそひそ話”のつもりかもしれませんが、廊下まで丸聞こえですよ」
「リ、リリアン宰相……」
貴族たちが慌てて立ち上がる。
「貴殿らの懸念は理解します」
リリアンは、淡々と告げた。
「グランツとの関係。国益。王都の安定。
それらは、確かに無視できない要素です」
「で、では――」
「ですが」
リリアンの紫の瞳が、鋭く光った。
「“封印の痕跡”があると分かった以上、
リリア・エルネスト嬢の件は、“よその国の家の事情”だけでは済まされません」
「……」
「彼女は、幼い頃から自分の魔力を勝手にいじられ、封じられ、
そのうえで“暴走の危険がある”と宣伝されてきた可能性がある」
その言葉に、貴族たちの表情が揺れる。
「それは、“個人の問題”ではなく、“権力の使い方そのもの”の問題です。
ルミナリアが魔力をどう扱う国であるか――その根幹に関わる」
「しかし……」
「それでも、“グランツを怒らせたくないから、見なかったことにしよう”と?」
リリアンの声は冷たかった。
「そんな国になりたいなら、私は宰相をやめます」
その一言は、彼女の本気を示していた。
「陛下は、“真相が分かるまでは保護する”と決められました。
それは、“どちらの言い分が正しいか分からないからこそ、中立であろうとする”決断です」
「しかし、その決断が……」
「ええ。グランツの怒りを買うでしょう」
リリアンはあっさり認めた。
「彼らは、“自分たちのやり方”に文句をつけられることを嫌いますから。
“逃亡犯を匿っている”と非難してくるかもしれない」
貴族たちの喉が、ごくりと鳴る。
「だからこそ」
リリアンは、静かに息を吸った。
「我々は、今ここで、“何を優先する国であるか”を自分たちに問わなければならない」
魔力を、どう扱うか。
人を、どう扱うか。
その答えが、“ルミナリアという国のかたち”になる。
「陛下は、その重みを理解したうえで、“保護する”と決められた。
私は、その決断を支持します」
その言葉は、“王の味方である”という宣言であり、
同時に、“この方向性についていけない者は降りてよい”という圧力でもあった。
貴族たちは、顔を見合わせる。
誰も、“そこまで言うなら反対だ”と言えるほどの覚悟は持っていない。
沈黙が、重く降りた。
◇
エリアスは、自室の窓から王都を見下ろしていた。
遠くに見える魔導士の塔。
その上に、小さな影が動いたような気がした。
ゼフィールからの報告は、すでに受け取っている。
リリア・エルネストの体に残された、封印魔術の痕跡。
それが意味するもの。
(……本当に、厄介なものを拾ってきてくれたな)
口元に、苦い笑みが浮かぶ。
だが、その胸の内には、はっきりとした決意もあった。
『少なくとも、これから先はそうさせない』
ゼフィールの言葉が、脳裏に響く。
あの男は、義務感だけであんなことを言うタイプではない。
そこに、“守りたいというわがまま”があるのを、エリアスは知っている。
(……王としての俺は、どうする)
グランツとの関係。
国内の不安。
魔導院への影響。
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もう片方には――
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“魔力をどう扱う国であるか”という問いが乗っている。
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それは、自分自身への確認でもあった。
「それが、俺の選ぶバランスだ」
王としての計算と、ひとりの人間としての良心。
その両方を抱えたうえで、
それでも、“見なかったことにしない”という選択を取る。
その決断が、
グランツの怒りを買うことになるとしても――
王都の空に、ゆっくりと夜の帳が降り始めていた。
封じられた力の痕跡が暴かれたことで、
静かだった水面に石が投げ込まれた。
波紋は、まだ小さい。
けれど、それは確実に広がり始めている。
リリアの中の力が、
自分のものとして取り戻される未来か。
それとも――もう一度鎖につながれようとする未来か。
その分岐点に向かって、
ルミナリアとグランツ、二つの国の運命が、ゆっくりと近づいていく。
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やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
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