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第5話「氷の第二王子と、“悪役令嬢”の舌戦」
しおりを挟む王宮の一角にある、小さなサロンは、いつもより少しだけ甘い香りがしていた。
焼き菓子と花と、上質な紅茶。
それらの匂いに、薄く混ざっているのは――人の悪意と好奇心の匂いだ。
「……呼ばれちゃったか」
銀の取っ手に手をかける前に、レティシアは小さく息を吐いた。
今日は、王妃主催の「ささやかなお茶会」。
出席者は、王太子アルマン、その新婚約者マリエル、第二王子シャルル、そしてごく限られた数の高位貴族の令嬢たち。
――そして、婚約破棄された“元”王太子婚約者。
扉を押し開くと、会話のざわめきが一瞬だけ弱まった。
色とりどりのドレスが咲き乱れる中、レティシアはゆっくりと一歩踏み込む。
深いエメラルドグリーンのドレス。
抑えた色味だが、ラインははっきりと美しく、胸元のレースと首元のチョーカーが彼女の白い肌を際立たせていた。
背筋を伸ばし、顎を少しだけ上げる。
それだけで、彼女は“負け犬”ではなく、“戦場に歩いて来た女”の姿になった。
「レティシア・ド・ヴァロワ嬢がお見えになりました」
侍従の声が響き、何人かの令嬢が扇子の陰で口元を覆う。
「本当に来たのね……」
「どんな顔して座るつもりかしら」
ひそひそというより、聞かせる気満々の声。
レティシアは、あえてそれを無視して進んだ。
サロンの中央。
丸いテーブルを囲むように椅子が並べられ、その最上位の席にアルマン、その隣にマリエルが座っている。
さらに少し離れた位置に、シャルル。
その周囲を、数名の令嬢たちが取り巻いていた。
(王太子派、王妃派、第二王子派、様子見の中立……
わかりやすすぎて笑うんだけど)
前世の記憶と、これまでの社交界での観察を重ねれば、誰がどの陣営かはだいたい見える。
ドレスの色、宝石の種類、話題の選び方、座る位置。
全部が、彼らの「所属」を語っていた。
「レティシア」
アルマンが、わざとらしく笑顔を作って立ち上がった。
その横で、マリエルが「まあ」と両手を胸の前で組む。
「お忙しい中、よく来てくれたね。……もう、体調はいいのか?」
“婚約破棄ショックで倒れた可哀想なお嬢様”扱いの言い方。
レティシアは、完璧な微笑みを貼り付けた。
「ええ、おかげさまで。
殿下のお優しいお気遣いのおかげで、一晩泣き明かしても、ちゃんと起きてこれましたわ」
その一言で、サロンの空気がぴくりと揺れる。
アルマンの笑顔が、一瞬だけ固まった。
「な、泣き明かしたとは……」
「ええ。“殿下のご決断があまりに正しすぎて、私にはもったいない”って、嬉し涙を」
さらっと毒を混ぜると、端の席にいた令嬢の一人が吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
シャルルは、カップを持った手を止め、じっとレティシアを見ている。
「レティシア様、お席はこちらですわ」
王妃付きの侍女が、アルマンたちから少し離れた席を指し示す。
当然のように「元婚約者」は主役の輪から外される構図。
「ありがとうございます」
レティシアは素直に頷き、その席に腰を下ろした。
背筋はまっすぐ、視線は少しも下を向かない。
周囲の令嬢たちが、すかさず取り囲む。
「あらレティシア様、顔色がまだ優れませんわね」
「ご無理なさらないで。……心の傷は、時間がかかるものですもの」
その言葉に込められた愉悦を、レティシアはよく知っていた。
彼女たちは、相手を気遣っているのではない。
「あなたは負けたのよ」と確認したくてたまらないのだ。
「ご心配ありがとうございます。
でも安心して。――“泣きはらしても目が腫れにくい体質”で、生まれてよかったと思っているくらいですもの」
にっこりと答えると、令嬢たちの笑みが一瞬だけひきつった。
言外に、「泣いてると思ってるのはあなたたちだけよ」と刺しているのだから当然だ。
紅茶が注がれ、お茶会が本格的に始まる。
話題は、新しいドレス、舞台劇、噂話。
中に、さりげなく政治の香りを混ぜる令嬢もいる。
「最近、王都の市場で麦の値上がりが続いているそうですわね」
「まあ、本当に? でも、わたくしたちの食卓には、まだそこまで影響は……」
(当然ね。
“上”の人間のパンが小さくなるのは、一番最後)
レティシアは、紅茶の表面に映る自分の顔を見ながら、内心で呟いた。
ルネの妹がふと頭に浮かぶ。
あの子は、今日、薬を飲めただろうか。
「レティシア?」
突然名前を呼ばれて視線を上げると、アルマンがこちらを見ていた。
サロンの空気が、期待と悪意でわずかにざわめく。
王太子が元婚約者に何を言うか――みんなが興味津々で見ている。
「何かしら、殿下」
レティシアは、丁寧にカップを置き、微笑みを浮かべた。
「まだ、状況を理解できていないのかと思ってね」
唐突な一言。
サロンの温度が、すっと冷えた。
「……と、申しますと?」
「君はまだ、自分が“王太子妃候補”の席から降りたことを実感できていないのだろう。
今日ここに呼ばれたのは、君を“慰めるため”ではない。
――現実を受け入れ、身の程をわきまえてほしいからだ」
わざとだ。
ここで、はっきり上下を示したいのだ。
マリエルが、隣で心配そうな顔を作っている。
「アルマン様、そこまでおっしゃらなくても……」と、小さく袖を引く。
(ああ、これこれ。
“優しい新婚約者と冷酷な元婚約者”の構図を作りたいわけね)
レティシアは、心の中で拍手を送った。
わかりやすい。テンプレ。
周囲の令嬢たちが、わくわくしたようにこっちを見ている。
泣き崩れるか、逆上するか、そのどちらかを期待して。
……だから。
「殿下」
レティシアは、紅茶をひと口含んでから、静かに口を開いた。
「ご心配なく。私はすでに、“自分の身の程”は理解しているつもりですわ」
その言い方に、アルマンは一瞬だけ満足げに頷きかけた。
だが、その次の瞬間。
「――“殿下の隣には、私よりよほど扱いやすい方がふさわしい”と、心から学ばせていただきましたもの」
甘い笑顔に乗せて放たれた言葉が、空気を切り裂く。
誰かが咳き込み、誰かがカップを落としそうになった。
マリエルの肩がびくっと震える。
「レティシア」
アルマンの声色が、ほんの少し低くなる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですわ。
私は、殿下のご決定を“賢明”だと思っております。
――殿下は、決して“自分を諫める女”ではなく、“常に称賛してくれる女”を王妃に選ばれた。
未来の平穏な生活のために、とても論理的なご判断かと」
にこり、と。
その笑顔が、逆に恐ろしい。
「わ、わたくしは、アルマン様を諫めるつもりがないわけでは――」とマリエルが慌てるが、レティシアはすかさず重ねた。
「違いますのよ、マリエル様。
“王の隣に立つ女性”には、いくつかの条件が必要です。
賢さ、強さ、覚悟。
でも、今の王国にとってもっと重要なのは――“王太子殿下の心の安寧”でしょう?」
皮肉の刃を、柔らかい布で包んで差し出す。
「私は、生憎と口が悪くて、何度も殿下に“それは愚策です”と申し上げてしまいました。
そのたびに殿下を、不快にさせてきた自覚はあります。
そんな女を王妃に据えるより、
“殿下のどんなご決断も美しいと信じてついていける方”のほうが、きっと幸せですわ」
沈黙。
王妃派の令嬢たちが、一瞬トーンを失ったように黙り込む。
シャルルは、カップを唇に運んだまま、紫の瞳を細めた。
「レティシア」
アルマンは、笑顔を維持しようと必死にしているのがわかる声で、再び彼女の名を呼んだ。
「君は、まだ私を責めたいのか?」
「滅相もない。
責めるだなんて。――むしろ、感謝しているくらいですわ」
「感謝?」
「ええ。
“殿下が私を切り捨てる”という決断をしなければ、
きっと私は、王太子妃として“何も知らないふり”をし続けなければならなかったでしょうから」
アルマンの眉間に、深い皺が寄る。
「何も……知らないふり?」
「この国の現状を、ですわ。
重税にあえぐ人たちのことも。
パンが小さくなっていく理由も。
王宮の外で、どれだけの不満が溜まっているかも。
――王太子妃は、“知らないふりをする役目”でもありますものね?」
令嬢たちが息を呑む音が、聞こえる。
誰一人、その言葉を正面から否定できない。
だって本当のことだからだ。
王宮の中にいる者たちは、外の現実を「知らないふり」をし続けてきた。
見ないで済むうちは、見ない。
聞かないで済むうちは、聞かない。
それが、いつか大きなツケになって返ってくる。
――その未来を知っているのは、ここでレティシアただ一人だ。
「私はもう、殿下のために“目と耳を塞いだ飾り物”を演じなくていい。
そういう意味では――自由をくださった殿下に、心から感謝しています」
アルマンの顔から、とうとう笑みが消えた。
「……君は、口が過ぎる」
「ええ。昔からですわ。
殿下が私を嫌いになった理由のひとつでしょう?」
言葉のナイフをさらっと差し出しながら、レティシアは優雅にカップを傾けた。
沈黙を破ったのは、シャルルだった。
「レティシア嬢」
空気を読むような静かな声。
第二王子が口を開いたことで、場の緊張がほんの少し変わる。
「あなたは、自分の立場がどう変わったかを、よく理解しているようだ」
「まあ。……お褒めと受け取ってよろしいのでしょうか」
「どうだろう」
シャルルは、笑っていないのに、どこか楽しんでいるような目をしている。
「君は、愚かではない。
むしろ――“危険”なほどに、よく見えている」
その一言に、サロンの空気がまたざわついた。
「危険……?」
「第二王子殿下が、あの女を“危険”って……」
令嬢たちのささやきを背に、レティシアは片方の眉をわずかに上げた。
「危険、とは光栄ですね。
殿下の周りには、“安全で従順な方”ばかりでしょうから」
「安全で従順な者ばかりなら、この国はもう少しマシだったかもしれないがね」
さらっと返すシャルルの一言に、アルマンのこめかみがぴくりと動く。
「シャルル」
「兄上。私はただ、この場の“現実”を述べただけです」
兄弟の視線が一瞬ぶつかり、そのあいだに張り詰めた空気が走る。
レティシアは、そのやり取りを静かに見守りながら、内心で頷いていた。
(やっぱり、この人は“見えてる側”だ)
冷静で、言葉を選び、余計なことは喋らない。
それでも要所では、容赦なく真実を差し込んでくる。
――この国が壊れかけていることも、きっととうに気づいているのだろう。
お茶会は、それ以上の爆発もなく、形だけの和やかさを取り戻して進んだ。
表面だけの笑い声と、慎重に選ばれた話題。
けれど、誰もが先ほどのやり取りを忘れられずにいる。
レティシアが放った言葉は、小さな棘のように、それぞれの心に刺さったままだ。
◆
お茶会が終わり、サロンを出ると、廊下にはひんやりとした空気が流れていた。
大理石の床に、午後の光が長い影を落としている。
レティシアはため息をひとつ吐き、マントを整えた。
(はぁ……疲れた。
やっぱり、言葉で殴り合うほうが、剣で刺されるよりよっぽど消耗する)
心の中でぐったりしていると、背後から足音が近づいてきた。
「レティシア・ド・ヴァロワ嬢」
振り返らなくても、誰の声かはわかった。
レティシアはゆっくりと振り向き、スカートの裾をつまんで一礼する。
「第二王子殿下。……先ほどは、お騒がせいたしました」
「騒がせたのは君ではない。
――現実のほうだ」
シャルルは、窓から差し込む光を背に、静かに立っていた。
さっきのサロンの柔らかい光ではなく、廊下の冷たい光の中に立つ彼は、まさに“氷の第二王子”という印象だ。
「少し、時間をもらえるか」
「殿下からのお誘いを断れるほど、私は賢くないので」
軽く冗談を返すと、シャルルの口元がかすかに緩んだ。
人通りの少ない窓際まで二人で歩く。
遠くに庭の緑が見え、風がうっすらとカーテンを揺らしていた。
沈黙。
先に口を開いたのは、シャルルだった。
「君は、あの男の愚かさを――よく理解している顔をしていた」
直球すぎる言葉に、レティシアは思わず吹き出しそうになった。
でも、なんとか笑いを飲み込む。
「殿下、それ、王族が公の場で言っちゃいけない言葉です」
「ここは公の場ではない。……幸い、耳の早い侍女もいない」
シャルルの視線が廊下を確認する。
確かに、周囲には誰もいなかった。
「兄上には兄上の長所がある。民からの人気もあるだろう。
だが、“嫌な現実から目を逸らす力”にかけては、あの人は天才だ」
「天才、って褒め言葉っぽい響きなのに、内容が致命的ですね」
レティシアが肩をすくめると、シャルルは小さく笑った。
「君は、あの場で兄上を正面から責めなかった。
ただ、“君のおかげで私は自由になった”と言った。
――そうやって、自分の立場を少し横にずらして見ている」
「殿下は、よく見ていらっしゃる」
互いに、“観察している側”だという自覚があった。
レティシアは、窓の外に目を向けた。
遠くには、王都の屋根が連なり、その向こうには昨日歩いた貧民街もあるはずだ。
「……私はただ、未来を見ているだけですわ、殿下」
ぽつりと落とした言葉。
「未来」という単語に、シャルルのまなざしがわずかに鋭くなる。
「未来?」
「ええ。
このまま進めば、この国がどうなるか――少し、想像がつきますもの」
シャルルは目を細める。
「君は、貧民街を見に行ったな」
レティシアの心臓が、一瞬だけ跳ねた。
「……どうしてそう思われます?」
「靴の汚れ。ドレスの裾。
王宮と貴族街だけを歩いていた女の足ではない」
言われて足元を見ると、ほんの少しだが、埃がついている。
ギルバートが可能な限り綺麗にしたはずだが、シャルルの目はごまかせなかったらしい。
「さすがですわ。……殿下も、行かれたことが?」
「何度か。
王立軍の視察という建前で、あの辺りを歩いた」
やっぱり、とレティシアは内心で頷いた。
この人は、机の上の数字だけでなく、現場を見ている。
それだけで十分に「改革派」の資格がある。
「どう感じた?」
逆に問われ、レティシアは言葉を選んだ。
「……“このまま、何もしなければ、近いうちに燃える”と思いました」
シャルルは、短く目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「同意だ」
その一言が、妙に重い。
「君は、兄上のことも王妃のことも、直接名指しはしなかった。
だが、“知らないふりをし続ければ、いずれ国が壊れる”という目をしていた」
彼の言葉に、レティシアは思わず笑ってしまった。
「殿下、私の目、そんなに喋ってました?」
「隠すのが上手い者ほど、ふとした瞬間に“本音”が目に滲む。
君の瞳には、“何かを知っていて、言わないでいる者”の影がある」
鋭い。
ここまで見抜かれると、むしろ清々しい。
(さすがに“前世の記憶があります”なんて言ったら、即刻精神科か魔女裁判コースだけどね)
レティシアは、軽く肩をすくめた。
「殿下こそ。
あの場で兄上を正面から否定はなさらなかった。
でも、“もっと別のやり方があるはずだ”と思っている目でしたわ」
「……そう見えたか」
今度はシャルルが少しだけ苦笑した。
「私は王族だ。
王族は、王族であるというだけで、“加害者側”の席から降りられない」
その言葉に、レティシアの胸がちくりと痛む。
「だからこそ、“せめてマシな加害者”になろうとしているだけだ。
税を少しでも軽くする。
無駄な浪費を減らす。
軍を無闇に動かさない――そんな程度のことしか、今はできていない」
その自嘲混じりの告白は、レティシアの心に強く刺さった。
(この人は、ちゃんと“自分も同罪だ”ってわかってる)
前世の歴史書の中で、そんな王族は少なかった。
本気で民のことを考える王は、決まって遅れて登場するか、最初から潰されるかのどちらかだ。
「殿下」
レティシアは、少し真面目な声になった。
「私、悪役令嬢なんですのよ」
「自分で言うのか」
「ええ。
世間からは、“冷酷で傲慢で、自分の非を認めない女”と思われている。
――だから、その役を、最大限に利用するつもりですの」
シャルルの視線が、「続けろ」と促してくる。
「“悪役”は、綺麗な手だけでは生き残れません。
人に嫌われることも、汚れ仕事も、引き受ける役ですわ。
ならいっそ、“誰かがやらなきゃいけないけど、誰もやりたくないこと”をまとめて引き受けてもいいかなって」
「例えば?」
「例えば、汚職貴族をピンポイントで潰すとか。
貧民街に匿名で物資を流して、暴動のタイミングをずらすとか。
王宮の中で“誰がどれだけ愚かな決定を下したか”を、裏で記録しておくとか」
さらっと言うと、シャルルは目を見張った。
「……君は、本当に“危険”だな」
今度の「危険」は、少しだけ笑いが混じっていた。
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
窓の外で風が吹き、庭の木々が揺れる。
遠くから、衛兵たちの話し声が聞こえてきた。
短い沈黙のあと、シャルルが口を開く。
「レティシア嬢」
「はい?」
「君は、何かを隠している」
心臓が、どきりとする。
「それが何かは、まだわからない。
ただ――君が“この国の未来を、何か別の角度から見ている”のは確かだ」
その言葉に、レティシアは軽く目を伏せた。
「……殿下は、怖くはありませんの? そんな女」
「怖いさ」
即答。
「だが、同時に――頼もしくもある」
シャルルの声は、静かだが揺らがない。
「この国は、いずれ大きく揺れる。
そのとき、“何も知らないふりをして笑っているだけの者”と、“厳しい現実を直視している者”、どちらが必要になるかは明らかだ」
「……それで、“危険な女”とも手を組む覚悟はある、と?」
「条件次第だがね」
彼の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
レティシアも、思わず笑ってしまった。
(――この人となら)
前世の記憶が囁く。
歴史の流れを少しだけ変えられるかもしれないフラグが、今、目の前にある。
第二王子シャルル。
改革派。
現実を見ている王族。
彼が手を伸ばせば、この国の崩壊は少しだけ遅らせられる。
彼が倒れれば、この国は前世どおりに血を被るだろう。
(だったら――利用しない手はない)
レティシアは、ドレスの裾をつまみ、丁寧に一礼した。
「殿下。
いつか、もう少し“具体的な話”ができる日を楽しみにしておりますわ」
「その日を、あまり先送りにしないことを願うよ」
シャルルの答えは、半分冗談で、半分は本音だ。
すれ違うようにして、二人はそれぞれの方向へ歩き出す。
足音が遠ざかり、レティシアは一人になった廊下で、小さく息を吐いた。
(――あなたとなら、利害が一致するかもしれない)
心の中だけで、そっと呟く。
悪役令嬢と、氷の第二王子。
崩壊予定の国の中で、ふたつの“危険人物”が、静かに手を伸ばす準備を始めていた。
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