乙女ゲームに転生したら不遇ヒロインでしたが、真エンドは自分で選びます

タマ マコト

文字の大きさ
13 / 20

第13話 告白みたいなものは、刃物より痛い

しおりを挟む


学園の空気が、ひとつ薄くなっていた。

朝の鐘が鳴っても、廊下の笑い声が跳ねない。
食堂のざわめきも、いつもより低い。
誰かが大きな声を出せば、その音が天井にぶつかって割れるみたいな、不自然な静けさ。

決戦前夜のような静けさ。

それは、誰も“決戦”なんて言わないのに、肌だけが先に知っている静けさだった。
そして、その静けさを裏付けるように、教師が告げた。

「聖具儀式の日程が早まる」

教室の空気が一瞬固まる。
次に、小さなざわめき。
嬉しさのざわめきじゃない。
怖さのざわめき。
“予定が狂う”時のざわめき。

隣のソフィアが、机の下でリリアの袖を引いた。
指が冷たい。

「……早まるの、やばくない?」
「うん。向こうが焦ってる」

リリアは声を落として答える。
焦ってるのは、犯人側。
こちらが証拠を集め始めて、駒のカミラが転び、管理官の件が“事故”で押し通せなくなってきた。
だから、儀式を前倒しにして、上書きする。
神聖なイベントで、汚れを白く塗る。

(白は、汚れを隠す色じゃない。見たくない人が目を逸らす色)

昼休み、図書塔でユリウスに会うと、彼は机に紙束を置いた。
指先にインクがついている。
昨夜も寝ていない顔。

「測定魔導具は完成した」
声が低い。
疲れているのに、熱がある。

リリアは紙束を覗き込んだ。
魔力循環の波形。
要の部分が、意図的に細く調整されている証拠。
理論が数字になると、怖さが硬くなる。

「これなら、言い逃れできない?」
「できる」
ユリウスが即答する。
そして、悔しそうに付け足した。
「……だが相手は言い逃れではなく、口を塞ぐ」

リリアは頷いた。
その通り。
証拠が揃うほど、人は言い逃れより先に、証拠を持つ人間を消す。

レオンは騎士団の内側から圧を感じていると言った。
巡回が増え、情報が閉じられ、誰かが“見張っている”気配。
エリオットは、裏の書記が急に姿を消したと笑いながら言った。
笑ってるのに目は笑っていない。
それが“危険が本物になった”という合図だった。

夕方。
リリアが寮へ戻ろうとしたとき、影が廊下の先で待っていた。

王太子セイル=アルヴェイン。

白い制服。完璧な姿勢。
けれど今日は、取り巻きがいない。
護衛すら遠い。
その不自然さが、わざとらしく胸を叩く。

「リリア。少し、話がしたい」

声が優しい。
仕様の優しさじゃない。
今日のそれは、喉の奥に刺さる優しさだ。
まるで、何かを決めた人の声。

(来た)

乙女ゲームならここで“好感度告白イベント”が発生する。
庭園で偶然を装って、二人きり。
王太子の本音。
涙。
ハッピーエンドへの分岐。

でも私の現実は、そんな甘い画面じゃない。
甘さは、たいてい毒とセットだ。

「どこで?」
リリアが問うと、セイルは廊下の窓を指した。

「庭園。……君が好きな場所だろう」

好きじゃない。
けれど、薔薇の香りを選んだのは、彼の中でこの話が“恋の形”をしているからだ。
恋の形にすれば、私が揺れると思っている。

リリアは小さく息を吐いた。

「分かった」

庭園は夕陽で赤く、薔薇の香りが濃かった。
噴水の音が、やけに遠い。
風が弱く、香りが逃げない。
逃げない香りは、しつこい。

セイルは薔薇の前に立ち、こちらを見た。
王太子の顔じゃない。
一人の男の顔を作ろうとしている。
でも、作ろうとする時点で、それはもう“王太子の演技”だ。

「君が動けば、王国が割れる」

セイルは言った。
声は静か。
静かだから、余計に重い。

「君はそれを望むのか?」

リリアは即答しなかった。
答えを急ぐと、彼の土俵に入る。
薔薇の香りの中で、息を一度だけ整える。

(望むかどうか、じゃない)

望まなくても割れる。
割れているのを、白い布で覆っているだけだ。

「望まない」

リリアは言った。
ただし、そこで止めない。

「でも、割れたまま繕って、誰かが犠牲になる方が嫌」

セイルの瞳が揺れる。
揺れるのは、彼も分かっているからだ。
犠牲が必要な秩序。
犠牲を“必要”と言える世界。
その中心にいるのが、彼。

「犠牲とは……君のことか」

セイルが低く言った。
その言葉は優しい形をしている。
でも本質は、確認だ。
“君が犠牲になるのか?”
“それなら困る”という困惑。

リリアは笑わなかった。
笑えば、ここがロマンスになる。

「私だけじゃない」
リリアは淡々と返す。
「管理官の先生も。カミラも。ミレイアも。……そして、名前のない人たちも」

セイルの唇が、わずかに揺れる。
風が吹かないのに、揺れる。
それは、言葉にできない痛みの動きだ。

「……君は、正しい」

セイルが吐き出す。
その“正しい”は、褒め言葉じゃない。
呪いだ。
正しい人間は、正しくない世界で生きづらい。

リリアは一歩も引かない。

「正しいから動くんじゃない。動かないと死ぬから動く」

セイルの表情が硬くなる。
王太子の鎧が戻ってくる。
でもその鎧の下に、柔らかい部分があるのが分かる。
柔らかい部分は、怖さだ。

セイルは視線を落とし、息を吸った。
そして、まるで自分の喉から無理やり引きずり出すみたいに言った。

「……君を失いたくない」

その瞬間、庭園の空気が変わった。
薔薇の香りが甘く濃くなる。
噴水の音が、やけに大きく聞こえる。
心臓が跳ねる。
人の告白は、暴力に似ている。
受け取るか拒むかを、今ここで強制するから。

乙女ゲームなら、ここで選択肢が出る。

・「私もです」
・「そんな……殿下」
・「ありがとうございます」

甘い台詞を選べば、好感度が上がり、ルートが確定する。

でも私は、台本を拒否した。

リリアはセイルの目を見た。
彼の瞳には、確かに感情がある。
でもその感情は、愛というより、焦りに近い。

「それ、愛じゃない」

リリアは静かに言った。
声が震えないように、腹の底で言葉を支える。

「コントロールできないものを失う恐怖」

セイルの顔が、痛みに歪んだ。
王太子の仮面が一瞬剥がれ、ただの若い男の顔になる。
傷つく顔。
傷つくことを想定していない顔。

「……君は、残酷だな」

「残酷なのは私じゃない」
リリアは返す。
「犠牲を前提に秩序を回す世界」

セイルが一歩近づく。
薔薇の香りが息に絡む。
彼の声が低く、熱を持つ。

「君は、俺を敵に回すのか」
「敵じゃない」
リリアは言った。
「あなたは、王国の中心。中心は敵にも味方にもなる。私は、中心に飲まれないだけ」

セイルの瞳が揺れる。
執着が、形を変えていくのが分かる。
制御できない存在への興味が、失いたくないという欲に変わり、欲が恐怖に変わる。
その恐怖は、いつか暴力になる。

リリアはその未来を見た。
見たから、ここで線を引く。

リリアは背を向けた。
背を向けると、胸が少しだけ苦い。
拒絶は、誰かを傷つける。
でも自分を守るには必要だ。
守らないと、私はまた誰かの都合で殺される。

歩き出す背中に、セイルの声が追いかけてきた。

「リリア!」

その呼び方に、王太子の権威は混じっていない。
ただの、焦った男の声。

リリアは立ち止まらなかった。
振り返らなかった。
振り返ったら、私はまた“選ぶ側”じゃなく“選ばれる側”に戻る。

(私は、選ぶ)

薔薇の香りを背中に置いて、学園の石畳を踏む。
夕陽が沈み、影が濃くなる。
影の中で、決戦前夜の静けさが、さらに深くなる。

部屋へ戻ると、机の上のメモが目に入る。
証拠。
味方。
日程前倒し。
口封じの気配。

リリアはペンを握り直した。
指先が少し冷たい。
冷たいのに、胸は熱い。

「……明日で終わらせる」

小さく呟く。
それは祈りじゃない。
宣言だ。

恋の告白みたいなものを、切り捨てた痛みは残る。
でも、その痛みは私を弱くしない。
むしろ背骨になる。

だって私は、泣かされる前提を壊すって決めた。
そして今夜、誰かの“好き”より先に、私は自分の命を選んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

王太子妃に興味はないのに

藤田菜
ファンタジー
眉目秀麗で芸術的才能もある第一王子に比べ、内気で冴えない第二王子に嫁いだアイリス。周囲にはその立場を憐れまれ、第一王子妃には冷たく当たられる。しかし誰に何と言われようとも、アイリスには関係ない。アイリスのすべきことはただ一つ、第二王子を支えることだけ。 その結果誰もが羨む王太子妃という立場になろうとも、彼女は何も変わらない。王太子妃に興味はないのだ。アイリスが興味があるものは、ただ一つだけ。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...