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第13話 告白みたいなものは、刃物より痛い
しおりを挟む学園の空気が、ひとつ薄くなっていた。
朝の鐘が鳴っても、廊下の笑い声が跳ねない。
食堂のざわめきも、いつもより低い。
誰かが大きな声を出せば、その音が天井にぶつかって割れるみたいな、不自然な静けさ。
決戦前夜のような静けさ。
それは、誰も“決戦”なんて言わないのに、肌だけが先に知っている静けさだった。
そして、その静けさを裏付けるように、教師が告げた。
「聖具儀式の日程が早まる」
教室の空気が一瞬固まる。
次に、小さなざわめき。
嬉しさのざわめきじゃない。
怖さのざわめき。
“予定が狂う”時のざわめき。
隣のソフィアが、机の下でリリアの袖を引いた。
指が冷たい。
「……早まるの、やばくない?」
「うん。向こうが焦ってる」
リリアは声を落として答える。
焦ってるのは、犯人側。
こちらが証拠を集め始めて、駒のカミラが転び、管理官の件が“事故”で押し通せなくなってきた。
だから、儀式を前倒しにして、上書きする。
神聖なイベントで、汚れを白く塗る。
(白は、汚れを隠す色じゃない。見たくない人が目を逸らす色)
昼休み、図書塔でユリウスに会うと、彼は机に紙束を置いた。
指先にインクがついている。
昨夜も寝ていない顔。
「測定魔導具は完成した」
声が低い。
疲れているのに、熱がある。
リリアは紙束を覗き込んだ。
魔力循環の波形。
要の部分が、意図的に細く調整されている証拠。
理論が数字になると、怖さが硬くなる。
「これなら、言い逃れできない?」
「できる」
ユリウスが即答する。
そして、悔しそうに付け足した。
「……だが相手は言い逃れではなく、口を塞ぐ」
リリアは頷いた。
その通り。
証拠が揃うほど、人は言い逃れより先に、証拠を持つ人間を消す。
レオンは騎士団の内側から圧を感じていると言った。
巡回が増え、情報が閉じられ、誰かが“見張っている”気配。
エリオットは、裏の書記が急に姿を消したと笑いながら言った。
笑ってるのに目は笑っていない。
それが“危険が本物になった”という合図だった。
夕方。
リリアが寮へ戻ろうとしたとき、影が廊下の先で待っていた。
王太子セイル=アルヴェイン。
白い制服。完璧な姿勢。
けれど今日は、取り巻きがいない。
護衛すら遠い。
その不自然さが、わざとらしく胸を叩く。
「リリア。少し、話がしたい」
声が優しい。
仕様の優しさじゃない。
今日のそれは、喉の奥に刺さる優しさだ。
まるで、何かを決めた人の声。
(来た)
乙女ゲームならここで“好感度告白イベント”が発生する。
庭園で偶然を装って、二人きり。
王太子の本音。
涙。
ハッピーエンドへの分岐。
でも私の現実は、そんな甘い画面じゃない。
甘さは、たいてい毒とセットだ。
「どこで?」
リリアが問うと、セイルは廊下の窓を指した。
「庭園。……君が好きな場所だろう」
好きじゃない。
けれど、薔薇の香りを選んだのは、彼の中でこの話が“恋の形”をしているからだ。
恋の形にすれば、私が揺れると思っている。
リリアは小さく息を吐いた。
「分かった」
庭園は夕陽で赤く、薔薇の香りが濃かった。
噴水の音が、やけに遠い。
風が弱く、香りが逃げない。
逃げない香りは、しつこい。
セイルは薔薇の前に立ち、こちらを見た。
王太子の顔じゃない。
一人の男の顔を作ろうとしている。
でも、作ろうとする時点で、それはもう“王太子の演技”だ。
「君が動けば、王国が割れる」
セイルは言った。
声は静か。
静かだから、余計に重い。
「君はそれを望むのか?」
リリアは即答しなかった。
答えを急ぐと、彼の土俵に入る。
薔薇の香りの中で、息を一度だけ整える。
(望むかどうか、じゃない)
望まなくても割れる。
割れているのを、白い布で覆っているだけだ。
「望まない」
リリアは言った。
ただし、そこで止めない。
「でも、割れたまま繕って、誰かが犠牲になる方が嫌」
セイルの瞳が揺れる。
揺れるのは、彼も分かっているからだ。
犠牲が必要な秩序。
犠牲を“必要”と言える世界。
その中心にいるのが、彼。
「犠牲とは……君のことか」
セイルが低く言った。
その言葉は優しい形をしている。
でも本質は、確認だ。
“君が犠牲になるのか?”
“それなら困る”という困惑。
リリアは笑わなかった。
笑えば、ここがロマンスになる。
「私だけじゃない」
リリアは淡々と返す。
「管理官の先生も。カミラも。ミレイアも。……そして、名前のない人たちも」
セイルの唇が、わずかに揺れる。
風が吹かないのに、揺れる。
それは、言葉にできない痛みの動きだ。
「……君は、正しい」
セイルが吐き出す。
その“正しい”は、褒め言葉じゃない。
呪いだ。
正しい人間は、正しくない世界で生きづらい。
リリアは一歩も引かない。
「正しいから動くんじゃない。動かないと死ぬから動く」
セイルの表情が硬くなる。
王太子の鎧が戻ってくる。
でもその鎧の下に、柔らかい部分があるのが分かる。
柔らかい部分は、怖さだ。
セイルは視線を落とし、息を吸った。
そして、まるで自分の喉から無理やり引きずり出すみたいに言った。
「……君を失いたくない」
その瞬間、庭園の空気が変わった。
薔薇の香りが甘く濃くなる。
噴水の音が、やけに大きく聞こえる。
心臓が跳ねる。
人の告白は、暴力に似ている。
受け取るか拒むかを、今ここで強制するから。
乙女ゲームなら、ここで選択肢が出る。
・「私もです」
・「そんな……殿下」
・「ありがとうございます」
甘い台詞を選べば、好感度が上がり、ルートが確定する。
でも私は、台本を拒否した。
リリアはセイルの目を見た。
彼の瞳には、確かに感情がある。
でもその感情は、愛というより、焦りに近い。
「それ、愛じゃない」
リリアは静かに言った。
声が震えないように、腹の底で言葉を支える。
「コントロールできないものを失う恐怖」
セイルの顔が、痛みに歪んだ。
王太子の仮面が一瞬剥がれ、ただの若い男の顔になる。
傷つく顔。
傷つくことを想定していない顔。
「……君は、残酷だな」
「残酷なのは私じゃない」
リリアは返す。
「犠牲を前提に秩序を回す世界」
セイルが一歩近づく。
薔薇の香りが息に絡む。
彼の声が低く、熱を持つ。
「君は、俺を敵に回すのか」
「敵じゃない」
リリアは言った。
「あなたは、王国の中心。中心は敵にも味方にもなる。私は、中心に飲まれないだけ」
セイルの瞳が揺れる。
執着が、形を変えていくのが分かる。
制御できない存在への興味が、失いたくないという欲に変わり、欲が恐怖に変わる。
その恐怖は、いつか暴力になる。
リリアはその未来を見た。
見たから、ここで線を引く。
リリアは背を向けた。
背を向けると、胸が少しだけ苦い。
拒絶は、誰かを傷つける。
でも自分を守るには必要だ。
守らないと、私はまた誰かの都合で殺される。
歩き出す背中に、セイルの声が追いかけてきた。
「リリア!」
その呼び方に、王太子の権威は混じっていない。
ただの、焦った男の声。
リリアは立ち止まらなかった。
振り返らなかった。
振り返ったら、私はまた“選ぶ側”じゃなく“選ばれる側”に戻る。
(私は、選ぶ)
薔薇の香りを背中に置いて、学園の石畳を踏む。
夕陽が沈み、影が濃くなる。
影の中で、決戦前夜の静けさが、さらに深くなる。
部屋へ戻ると、机の上のメモが目に入る。
証拠。
味方。
日程前倒し。
口封じの気配。
リリアはペンを握り直した。
指先が少し冷たい。
冷たいのに、胸は熱い。
「……明日で終わらせる」
小さく呟く。
それは祈りじゃない。
宣言だ。
恋の告白みたいなものを、切り捨てた痛みは残る。
でも、その痛みは私を弱くしない。
むしろ背骨になる。
だって私は、泣かされる前提を壊すって決めた。
そして今夜、誰かの“好き”より先に、私は自分の命を選んだ。
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