乙女ゲームに転生したら不遇ヒロインでしたが、真エンドは自分で選びます

タマ マコト

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第17話 秩序の名で、英雄は捨てられる

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追放は、剣じゃなく紙で殺される。

王城の会議室で決まったことは、翌朝には「決定事項」として配られた。
議論の余地があるふりをして、最初から結論だけが待っていたみたいに。

白い封筒。
封蝋。
印章。
そして、冷たい文面。

――秩序維持のため。
――国家安寧のため。
――前例を作らぬため。
――民心を乱さぬため。

言葉が綺麗で、だからこそ醜い。

リリア=エヴァンスは、控えの小部屋の机でその紙を読み終え、静かに置いた。
手のひらの包帯がずきりと痛む。
痛みが現実を押し戻す。

「……決まったの?」

ミレイアが震える声で問う。
目の下は赤く、眠っていない顔。
彼女は“中心”の衣装を脱いでも、まだ中心の重さに押し潰されそうになっている。

リリアは頷いた。

「追放」
短い言葉。
短いほど、真実だ。

ミレイアが息を詰める。
次の瞬間、涙が溢れた。

「やだ……!」
彼女は机に手をつき、泣きながら言った。
「おかしいよ! 助けたのに! どうして……」

どうして、は簡単だ。
大人は英雄が嫌いじゃない。
英雄が“管理できない英雄”であることが嫌い。

英雄は飾りならいい。
神殿で光り、民衆の安心を保つための、綺麗な飾り。
でも英雄が口を開いて、構造の腐敗を指差して、秩序の布を引き剥がそうとするなら――排除される。

大人の論理は、いつも同じ。

「秩序」
「安心」
「前例」

その三つで、誰かの人生を切る。

ミレイアは涙を拭きもせず、立ち上がった。
肩が震えているのに、目が燃えている。

「私が殿下に――!」
言葉が鋭くなる。
彼女は“言うべきこと”を言えるようになってしまった。
それは成長で、そして危険でもある。

リリアは立ち上がり、ミレイアの前に立った。
包帯の手で、そっと彼女の頬に触れた。
熱い涙が、指先に滲む。

「ミレイア」

名前を呼ぶと、彼女の唇が震える。
中心の少女は、まだ誰かに縋りたくて、でも縋り方を変えたくて、揺れている。

リリアは、彼女の頬の涙を拭った。
優しくもしない。冷たくもしない。
ただ、真っ直ぐ。

「あなたは、あなたの場所で変えて」

ミレイアの目が揺れる。
「私の場所」――それは中心。
中心にいることは罪じゃない。
でも中心にいるなら、見なきゃいけない。
苦しい現実も。

「私は私の場所で生きる」

その言葉を言った瞬間、胸の奥に小さな痛みが落ちた。
別れの痛みじゃない。
“選ばない”痛み。
ここで泣いて縋れば、誰かが助けてくれるかもしれない。
でも、その助けは檻だ。

だから、私は自分で歩く。

ミレイアは歯を食いしばり、何度も頷いた。
涙を落としながら、でも頷く。
泣きながら頷くのは、人間の強さだ。

扉が軋み、レオンが入ってきた。
制服の上に外套。
顔色が悪い。
怒りを押し込めている顔。

「……聞いた」
レオンは短く言った。
「追放、だろ」

リリアが頷くと、レオンの拳がぎゅっと握られる。
手袋越しに、革が軋む音がした。
怒りが筋肉に溜まっている。

「こんなの、間違ってる」

レオンの声は震えていた。
震えは弱さじゃない。
正義が踏まれた時の震えだ。

リリアは、レオンの目を見た。
真っ直ぐな目。
その真っ直ぐさは、時々世界に折られる。
でも折られたくないから、言葉を渡す。

「うん。間違ってる」
リリアは静かに言った。
「だから、見届けて。忘れないで」

レオンの喉が鳴る。
「俺が一緒に行く」
そう言いそうな目をしている。
でも、それは“守る”で、すぐ“所有”に変わりかねない。
だから先に釘を刺す。

「怒りで動くと、あなたが壊れる」
リリアは言った。
「壊れてほしくない。あなたはここで、腐った構造を見張る目になって」

レオンは唇を噛み、頷いた。
頷くのが苦しい頷き。
でも、苦しさは責任の証だ。

その時、控え室の扉がもう一度開いた。
香の匂いが少しだけ濃くなる。
白い制服が入ってくる。

セイル=アルヴェイン。

彼は王太子として来たのに、目だけが一人の男の目だった。
迷いと、苛立ちと、焦りと、そして――欲。

欲の目は、言葉より先に奪おうとする。

「……君は、受け入れるのか」
セイルの声は低い。
怒っている。
でもその怒りは、王国にじゃない。
思い通りにならない現実への怒り。

リリアは言った。

「受け入れるよ」
「なぜ」
「拒めば檻に入れられる」
リリアは淡々と返す。
「追放の方が、自由に息できる」

セイルの唇が揺れる。
彼は一歩近づき、低く囁くように言った。

「……君が欲しい」

欲しい。
その言葉は、告白じゃない。
命令と同じ匂いを持っている。
相手を対象物にする言葉。
所有の言葉。

リリアは苦笑した。
笑う余裕の苦笑じゃない。
痛みを誤魔化す苦笑。

「欲しいって言い方、やめなよ」
包帯の手を軽く上げて、距離を作る。
「私は物じゃない」

セイルの顔が歪む。
欲しいと言った瞬間、彼の本音が露出した。
露出した本音を指摘されて、痛む。

「……君を守れるのは俺だけだ」
セイルが言う。
守る。
その言葉の中身は、監督下。
檻。
金色の檻。

「守られるために生きてない」
リリアは静かに返す。
「自分を選ぶために生きてる」

セイルは一瞬、何か言おうとした。
でも言葉が出ない。
言葉が出ないのは、彼が悪いだけじゃない。
王太子という立場が、彼の言葉を縛っている。
彼は中心で、中心は自由に恋できない。
その不自由さが、欲に変換されている。

リリアはもう一歩、距離を取った。

「王国が割れるのが怖いなら、割れないように直して」
リリアは言う。
「私を檻に入れて“なかったこと”にするんじゃなくて」

セイルの目が揺れ、そして硬くなる。
中心は、簡単には動かない。
簡単に動いたら、中心が崩れるから。

沈黙が落ちた。

その沈黙を破ったのは、ミレイアだった。
彼女は涙を拭い、震える声で言った。

「殿下。……私は、見ないふりをしません」
セイルの瞳がミレイアへ向く。
中心の少女が、中心の男へ言葉をぶつけた。

「リリアさんを追い出して終わりにしたら、また誰かが犠牲になります」
ミレイアの声は震える。
でも逃げない。
「私は、中心にいるなら見届けるって決めました」

セイルの表情が揺れた。
痛みと、苛立ちと、誇りと。
彼は王太子で、彼女は“光”。
その光が自分を照らし返している。

「……分かった」
セイルは短く言った。
分かったは、何に対してなのか曖昧だった。
曖昧なまま、彼は背を向けた。
その背中は、綺麗で、寂しい。

扉が閉まる。

空気が少し軽くなる。
でも軽くなっただけで、痛みは消えない。
追放は現実だ。

リリアは椅子に座り、包帯の手を膝に置いた。
痛みが脈打つ。
脈打つ痛みは、時間の合図。
時間がない。

「準備する」
リリアは言った。
声は低い。
決意の声。

追放を“敗北”にしないために、私は整える。
辺境で生きる準備を。

学園の図書塔で積んだ知識。
魔法陣の技術。
少額の資金。
信用できる連絡網。
そして、燃え尽きない意志。

――まず、資金。

リリアは机の引き出しから小さな袋を出した。
金貨は少ない。
でもゼロじゃない。
ゼロじゃないなら、増やせる。

「このくらい?」
レオンが覗き込み、眉を寄せる。
「足りない」

「足りないね」
リリアは頷く。
「でも、方法はある」

ユリウスが腕を組んで言った。
いつの間にか、控え室の隅にいた。
空気みたいにいる男。

「君の魔法陣技術は売れる。だが、貴族社会は君の商売を潰す可能性がある」
「だから、場所を選ぶ」
リリアは言う。
「辺境。監視の薄い場所。需要のある場所」

エリオットが扉枠にもたれて、ぽつりと言った。

「辺境って、テキストだと一行で終わるのにね」
彼は笑わない。
目が少し優しい。
「“追放先へ送られました”で終わり。そこからの生活は、誰も書かない」

リリアは頷いた。

「だから、書く」
声が少しだけ柔らかくなる。
「私がここから先を、現実にする」

――次に、信用。

連絡網は命綱だ。
孤立したら、追放は死刑と同じになる。

レオンは騎士団の中で、信用できる下級騎士を二人挙げた。
「口が硬い。正義感がある。……でも、命令には逆らえない」
「逆らわせない」
リリアは言う。
「逆らわなくても動ける形にする。連絡だけ。物資だけ。情報だけ」

ユリウスは自分の研究室の助手の名を出した。
「彼は口が堅い。だが、君に関わると巻き込まれる」
「巻き込まない」
リリアは即答した。
「必要なのは、手じゃない。目と耳」

ミレイアは震える声で言った。

「私も……できること、ある?」
その問いは、彼女が“守られる人”ではなくなった証だった。

リリアは彼女を見る。
中心の人間ができることは多い。
でも、中心は動き方を間違えると自滅する。

「ある」
リリアは静かに言った。
「でも、無理はしない。あなたは中心にいる。中心にいるなら、光を消さないで。光を消すと、闇が勝つ」

ミレイアが涙を溜めて頷く。
泣きながらでも頷ける。
彼女は変わっている。確かに。

最後に、技術。

リリアはノートを開く。
図書塔で写した陣式。
欠損を補う回路。
辺境の結界補修に使える簡易式。
水の浄化。
畑の魔力調整。
生きるために必要な、小さな魔法。

乙女ゲームのテキストでは一行で終わる「追放先」。
そこが、ここから私の世界になる。

誰かのルートじゃない。
誰かに選ばれない。
でも、私が選ぶ。

リリアはペンを握り、包帯越しに痛みを噛みしめた。
痛みは、私が払った代償。
代償は、私の意思の証明。

「行く」
リリアは小さく呟いた。
「追放を、私の始まりにする」

窓の外は白い。
王城の白。
綺麗で、冷たい白。

でも私は、その白を背にして歩く。
白に塗り潰されないために。
白を、私の色で汚すために。
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