王宮から捨てられた元聖騎士の私、隣国の黒狼王に拾われて過保護にされまくる

タマ マコト

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第11話 「救いの要請、あまりにも図々しい書簡」

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 その日、ザルヴェルの空はやけに澄んでいて、雲一つなかった。

 城門前に立っていた狼獣人の兵士が、遠くの街道に土煙を見つけたのは、ちょうど昼前のことだ。

「……馬車だな」

 耳をぴく、と動かす。

「旗、見えるか?」

「んー……ありゃ、人間の国の紋章だ。白地に金の百合――アルストリアか」

「やっと来やがったか」

 兵士たちの間に、わずかな緊張が走る。

 遠目にも、その馬車は疲弊しきっているのがわかった。
 馬の足取りは重く、車輪は泥を巻き上げながらぎしぎしと悲鳴を上げている。
 護衛の騎士たちも鎧に傷を残したままで、盾や槍には乾いた黒い血がこびりついていた。

 やがて馬車が城門前に止まり、従者が慌てて扉を開ける。

 中から降りてきた男は、立派な礼服に身を包んでいるはずなのに、どこか貧相に見えた。
 肩は落ち、目の下には深い隈。
 口元にはひび割れた笑みだけが、無理矢理貼り付けられている。

「ザルヴェル王国の使者として伺いました……アルストリア王国、外務卿付き顧問、エドガル・ライネルトと申します」

 かろうじて体裁を整えた名乗りだ。

 門番の狼獣人は、冷静にその様子を観察する。

(……やつれてやがる)

 肌の色、目の乾き方、落ち着きのない指先。
 魔物災害で疲弊した国から来た使者――と言われたら、納得してしまう程度には、彼はボロボロだった。

「陛下への謁見を、願いたく……」

 エドガルの声は、途中でかすれた。

 門番は、無言で頷くと、背後の鐘を鳴らす。

「黒狼王レオン陛下に、アルストリアの使者、到着だ!」

 鐘の音が王城の中に響き渡り、その知らせは瞬く間に各所へと伝わっていった。

◇ ◇ ◇

「……アルストリア?」

 訓練場の端で水を飲んでいたレイアは、その単語を聞いた瞬間、手を止めた。

 広場の隅で、ミナが耳をぴんと立てている。

「レイアさん、今“アルストリア”って……」

「聞こえた」

 胸の奥が、きゅっと縮まる。

(来た)

 いつか来るとは思っていた。
 魔物の被害が増えているという噂は、ザルヴェルにも届いていたし、リリスも何度か「向こう、かなりやばそうね」と渋い顔をしていた。

 それでも、「実際に使者が来る」という現実は、想像していたよりもずっと重かった。

「……レイア」

 少し離れたところで木剣を片付けていたガレスが、彼女の様子に気づいて歩み寄ってくる。

「顔、真っ青だぞ」

「……平気」

「平気って顔じゃねえな」

 自覚は、ある。

 手のひらがじっとりと汗で濡れ、足先が少し冷たい。

(“逃げたい”って思ってる)

 王都の正門から外へ出るときは、ただ虚無だった。
 今、ザルヴェルの城の中で「アルストリア」と聞くと、真っ先に出てくる感情は――恐怖と、怒りと、罪悪感。

 全部が一度に押し寄せてきて、胸の奥でぶつかり合っていた。

「陛下のところに行くのは、当然として……レイアさん、どうします?」

 ミナが、不安そうに尻尾を揺らす。

「謁見に同席しますか? それとも、部屋で待機しますか?」

 “部屋で待機”――それは、ひとつの逃げ道だ。

 でもレイアは、自分の中で何かがそれを拒否しているのを感じていた。

(また、逃げたくない)

 橋の下で座り込んだ夜。
 あのとき手を伸ばしてくれたのは、レオンだった。

 それなのに、今ここで「アルストリア」から目を逸らしたら――
 きっと、また同じところで足がすくむ。

「……行く」

 レイアは、ぎゅっと拳を握った。

「でも、正面からじゃなくていい。
 上から、こっそり見てるだけでいいから」

「玉座の間の二階の回廊ですね」

 ミナがコクコク頷く。

「じゃあ私、ご案内します! しゃがめば見つかりにくい場所、知ってるんで!」

「何でそんな場所知ってるの」

「王様のおやつ盗み――じゃなくて、“見張り”するときに便利なんです!」

「今、盗みって言いかけたよね!?」

 くだらないツッコミが、張り詰めた空気をほんの少しだけ軽くする。

 ガレスが、レイアの肩をぽん、と叩いた。

「……何かあったら、すぐ言えよ」

「うん」

「“平気です”って言葉、今日だけはあんまり信用しねえからな」

 その言い方に、思わず笑ってしまう。

「了解。じゃあ、ちゃんと“無理です”って言うようにする」

「それでいい」

 こうして、レイアは、アルストリアの使者と黒狼王の対面の場を、上から見守ることになった。

◇ ◇ ◇

 ザルヴェルの玉座の間は、アルストリアの大広間ほどきらびやかではない。

 黒い石の壁。
 天井から下がる炎の魔術灯。
 赤黒い絨毯が、まっすぐに玉座へと伸びている。

 しかし、その空気は重厚で――「ここが、この国の心臓だ」と一瞬でわからせる威圧感があった。

 玉座に座るのは、黒狼王レオン。

 いつものラフな格好ではなく、肩に黒いマントをかけ、胸にはザルヴェルの紋章が刻まれた留め具が光っている。
 金の瞳は冷たく澄んでいて、それを真正面から受け止めるのには、相当な胆力が必要だ。

 その前に、ひざまずいている男――アルストリアの使者、エドガル。

 やつれた顔で、しかしどうにか礼節だけは守ろうとしている姿が、余計に痛々しい。

「遠路はるばる、このザルヴェルまでようこそ」

 リリスが、一歩前に出て口を開いた。
 声は柔らかいが、視線は鋭い。

「アルストリア王国からの正式な使者と伺いました。
 ――用件を」

「は、はい……っ」

 エドガルはかすかに震える声で答えた。

「我がアルストリア王国は、今、未曾有の魔物災害に見舞われております。
 周辺の村が襲われ、多くの民が犠牲に……」

 途中で言葉を詰まらせる。
 喉の奥で何かを飲み込むようにして、続けた。

「王都周辺の防衛線も、日々危機に瀕し……このままでは――」

「要件は」

 レオンの声が、静かに遮った。

 低くて、よく通る声。
 玉座から放たれた一言は、場の空気を一瞬で締め付けた。

「“今、うちの国、やばいです”までは聞いた。
 で、何を望む」

「あ……」

 エドガルは、ごくりと唾を飲み込む。

 ここからが、本題。

 彼は懐から、丁寧に封蝋された書簡を取り出した。

 白い封筒には、アルストリア王家の紋章――金の百合が刻印されている。

 リリスが一歩前に出て受け取り、そのままレオンの元へ持っていく。

 レオンは封蝋を確認し、無言でそれを指先で砕いた。

 中から現れた羊皮紙には、整った王家の書記の字で、長々と文章が綴られていた。

 「友好国ザルヴェルへ」
 「古き縁を重んじ」
 「困難な時を共に越え」――

 立派な言葉が、遠回しに飾り立てられている。

 だが、その中心にあるのは、たった二つの要求だった。

『魔物討伐への援軍』

 そして――

『元聖騎士レイア・グレイの返還』

 その一文を目で追った瞬間、レオンの眉が、はっきりとひそまった。

 玉座の間の隅、二階の回廊の影からそれを見ていたレイアも、息を止める。

(……“返還”)

 喉の奥が、ひりつく。

 返還。
 まるで“物”みたいだ。
 書簡の中では「元聖騎士レイア殿」と敬称をつけているくせに、その扱いは冷淡だった。

(私、持ち物だったんだ)

「――読んだ」

 レオンは、羊皮紙を一度だけ見下ろし、それからリリスに渡し返した。

 リリスが素早く斜め読みをして、目を細める。

「救いの要請、ですわね。
 魔物災害に対する援軍の依頼と――」

「そして、“元聖騎士レイアの返還要請”」

 レオンは、あからさまに不機嫌そうな顔をした。

「返還、ね」

 玉座の上から見下ろす視線が、冷たく光る。

「自分で捨てたものを、拾い直したいと?」

 その問いに、エドガルは肩を震わせた。

「そ、それは……!」

「違うのか?」

 レオンの声は、あくまで静かだ。

「書簡には、“彼女は我が国にとって必要不可欠な戦力である”とある」

 リリスが、書簡の一部を読み上げるようにして付け加える。

「“失ったことの影響は大きく、今こそ祖国のために力を尽くしていただきたい”――と」

 レイアは、回廊の柱の陰でぎゅっと拳を握り締めた。

(必要不可欠)

 胸の中で、その言葉がひっかかる。

(じゃあ、どうして捨てたの)

 守ってきたはずだった。
 街を、民を、国境を。
 何度も傷を負いながら、その度立ち上がって。

 でも、王太子のひと言で、その全部は「失態」に変わった。

「……確かに、文面だけ見れば、矛盾だらけですわね」

 リリスが、さも楽しそうに首をかしげる。

「そんなに“必要不可欠”な人材を、追放処分にするなんて。
 しかも、“王太子妃殿下の護衛任務を失敗した”という、非常に曖昧な理由で」

 エドガルの顔が引きつる。

「そ、それは……! 事情が――」

「事情?」

 レオンの声が、わずかに低くなった。

「“婚約者を傷物にしたから”か?」

 まるで、全部知っているような口ぶりだった。

 エドガルは驚いたように顔を上げ、すぐに視線を伏せる。

「わ、我が国としては……王太子殿下と、王太子妃殿下のご意向もあり――」

「つまり」

 レオンは、椅子の肘掛けに軽く指をとんとんと叩きながら言葉をつなぐ。

「王太子と、その婚約者の感情に配慮して、“必要不可欠な戦力”を手放した」

「……」

「そして今、“必要だった”ことにようやく気づき、
 魔物災害を口実に、“返してほしい”と」

 からりと乾いた笑いが、玉座の間に落ちた。

「ずいぶんと、図々しい話だな」

 その言い方は、完全に「怒っている王のそれ」だった。

 エドガルは、額に浮かんだ汗を拭うこともできずに、ただひざまずいたまま震えている。

「れ、レイア殿は……!」

 どうにか声を絞り出す。

「確かに、かつては処罰され、追放されました。
 しかし、それでもなお、彼女は――我が国にとって、
 今こそ必要不可欠な防衛の要であり……!」

「必要不可欠なら」

 レオンは、容赦なく言葉を差し込んだ。

「なぜ追放した?」

 真実を問いただすというより、「問い詰める」声音だった。

「“庶民だから”か? “女だから”か?
 あるいは、“王太子の面子を守るための生贄にしやすかったから”か」

 エドガルの喉がひく、と動く。

「わ、我が国にも、事情が――」

「あるだろうな」

 レオンはあっさりと認めた。

「内政に口を挟む気はない。
 ただ――」

 金の瞳が、鋭く細められる。

「一度捨てたものを、“必要だから”という理由だけで拾い直そうとするのは、
 王としても、人としても、最低だ」

 その言葉は、レイアの胸にも刺さった。

(“最低”って、はっきり言ってくれるんだ)

 自分では、絶対口にできなかった。
 王太子を、国を、最低だと断じること。

 それを、レオンは代わりにやってくれる。

「で」

 レオンは、椅子から少しだけ前に身を乗り出した。

「もう一度聞こう。
 アルストリアは、何を望む?」

 エドガルは、ぎゅっと目をつぶった。

「……魔物討伐の援軍を。
 そして、“元聖騎士レイア・グレイ殿”の、返還を――」

 声が震えていた。

 それは、彼自身がこの要求がどれほど身勝手か理解している証拠でもあった。

 玉座の間の空気が、さらに冷たくなる。

 回廊の上でそれを聞いていたレイアは、胸の奥がぎりぎりと締め付けられるのを感じていた。

(私が、いないせいで)

 王都で魔物被害が増えている、と聞いたときから、ずっと怖かった言葉。

(私がいないせいで、誰かが死んでるのかもしれない)

 “お前のせいじゃない”と、レオンもガレスも何度も言ってくれた。
 理屈では、わかっているつもりだった。

 でも、こうして「援軍を」と頭を下げる姿を見せつけられると、
 罪悪感が、ずるずると這い上がってくる。

(でも、同時に――)

 別の感情も、胸の奥で膨らんでいた。

(今さら、どの面下げて)

 追放されたあの日。
 泥にまみれた石畳。
 背を向けていった王宮の扉。

 あのとき、誰か一人でも「待て」と言ってくれただろうか。

 ロイク団長の握りしめた拳だけが、鮮明に思い出された。
 彼もまた、何も言えなかった。

 あの場で声を上げたら、次に切り捨てられるのは自分。
 そういう空気が、王宮全体を支配していた。

(そんな場所に、また戻れって?)

 喉の奥が、怒りと悲しみとでぐちゃぐちゃになる。

 ザルヴェルは違う。

 ここでは、「話したい時に話せ」と言ってくれる人がいる。
 「お前の失敗じゃない」と、はっきり言い切ってくれる王がいる。

 自分を“返還”という言葉で呼ばない国。

「レイア」

 不意に、すぐ近くでささやき声がした。

 振り向くと、回廊の端にリリスが立っていた。
 いつの間にか上がってきていたらしい。

「……顔、真っ青よ」

「……だよね」

 レイアは、無理に笑ってみせる。

「大丈夫。今のところ、吐きそうなだけだから」

「全然大丈夫じゃないんだけど」

 リリスは苦笑し、そっとレイアの肩に手を置いた。

「でも、見ておきなさい。
 これは、“あなたの問題”でもあるけど――同時に、“レオンの答え”でもあるから」

「レオンの……」

 レイアは視線を玉座へと戻す。

 レオンは、エドガルを真っ直ぐに見下ろしていた。

「援軍の件」

 低い声。

「ザルヴェルとしては、検討の余地はある」

 エドガルの目が大きく見開かれる。

「本当……ですか」

「隣国の魔物災害は、巡り巡ってうちにも影響する。
 放っといて、魔物の巣窟になられても困る」

 レオンは、現実的な視点で言う。

「ただし、“レイアの返還”は、ない」

 きっぱりと言い放った。

 エドガルの顔から、血の気が引いた。

「……っ、なぜ、そこまで……」

「簡単な話だ」

 レオンは、少しだけ口元を歪める。

「俺は、あいつを“拾った”」

 拾った――その一言に、レイアの胸が熱くなる。

「雨の中、橋の下で、死にそうな顔をして座っていた。
 捨てられた騎士としてじゃなく、一人の剣士として、俺はあいつを“気に入った”」

 その記憶は、レイアの中でも鮮明だ。

 土砂降りの夜。
 冷たい石橋の下。
 温かい外套。

「ザルヴェルでは、“一度拾ったものはそう簡単に手放さない”。
 たとえ、それが他国にとってどれほど“必要不可欠”であろうと」

 レオンの金色の瞳が、わずかに熱を帯びる。

「俺にとって“必要”かどうかは、俺が決める」

 その言葉は、レイアに向けたものでもあった。

 回廊の上でそれを聞き、レイアは、喉の奥がぎゅっと締め付けられる感覚を覚える。

(私、ここで……)

(ちゃんと“必要とされてる”)

 アルストリアでは、“必要不可欠な戦力”だと書簡に書きながら、
 実際は「庶民だから」「女だから」と切り捨てられた。

 ザルヴェルでは、“戦力”と同時に、“レオンが気に入った剣”として見られている。

 道具じゃない。
 替えの利くピースじゃない。

 一人の人間として、“ここにいていい”と言ってくれる場所。

「……レイア殿は」

 エドガルが、かすかな希望に縋るように問う。

「ご本人の意思は……?」

 それは、確かに重要な問いだ。

 レイアは思わず、回廊の柱に手をついた。

(私の……意思)

 戻りたいのか。
 戻りたくないのか。

 王都の石畳。
 孤児院の屋根。
 騎士団の訓練場。

 懐かしい景色も、好きだった場所も、確かにあった。

 でも――

 橋の下で、捨てられたように座っていた自分を、“拾ってくれた”人がいる。

 「今日からここがお前の家だ」と言ってくれた王がいる。

「レオンなら、どう答えるのかしらね」

 リリスが、静かに呟く。

 レオンは、少しの間だけ黙った。

 玉座の間に、緊張の沈黙が落ちる。

 やがて、彼はごく自然に言った。

「本人の意思を確かめるまでもない」

 レイアの心臓が、一瞬止まりかける。

「俺が、返す気がない」

 その言い方は、あまりにもレオンらしかった。

 過保護で、強引で、でも――妙に安心する。

 エドガルが、言葉を失う。

 リリスの尻尾が、くすりと笑うみたいに揺れた。

「……王とは、かくあれ、ですわね」

 小さく呟く。

「でなければ、うちの“拾われた剣士”も浮かばれませんし」

 レイアは、柱の陰で、膝から力が抜けそうになるのを必死で堪えた。

(“本人の意思を確かめるまでもない”って……)

 人によっては、横暴だと言うかもしれない。
 勝手に決めるな、と怒るかもしれない。

 でも、レイアは――その一言で、救われてしまった。

(それくらい、強く言ってくれないと)

 今の自分は、まだ揺れてしまうから。

 罪悪感と、怒りと、未練と。
 全部がごちゃごちゃに混ざっているから。

 そんな状態で「どっちがいい?」と聞かれたら、たぶん、答えを出せない。

(だから、今は)

 レオンのわがままに、乗っかってしまいたいと思った。

「アルストリアの使者」

 レオンが、再びエドガルに視線を戻す。

「援軍の件については、こちらで協議する。
 必要ならば、こちらから条件をまとめて書簡を出そう」

「っ、はい……!」

 エドガルの顔に、かすかな安堵が浮かぶ。

 自国へ何も持ち帰れなければ、彼自身の首が危ういのだろう。

「だが、“レイア・グレイの返還”については」

 レオンの声が、低く硬くなる。

「その言葉を二度と書簡に載せるな」

 きっぱりと、釘を刺した。

「彼女は、もはやアルストリアの所有物ではない。
 ザルヴェルの人間として扱う。俺がそう決めた」

 エドガルは、何も言えずに頭を垂れるしかない。

「……畏まりました」

 細い声が、絞り出される。

◇ ◇ ◇

 謁見が終わり、エドガルが退出していくのを見届けてから、
 レイアはようやく、張り詰めていた息を吐き出した。

 指先がまだ少し震えている。

「……倒れなかったの、えらいわね」

 リリスが、隣でふわりと笑った。

「褒めてます?」

「もちろん」

 リリスの紅い瞳が、柔らかく細められる。

「“必要とされる国”と、“道具としてしか見ていない国”の違い。
 ――痛いくらい、分かったでしょ?」

「……うん」

 それは、認めざるを得なかった。

 アルストリアは、「必要不可欠な戦力」と書きながら、その視線は“道具”のそれだった。

 ザルヴェルは、「拾ったから返さない」と言い切りながら、その視線は“人”のそれだった。

 どちらが苦しくて、どちらが温かいか。
 今なら、はっきりとわかる。

「……私」

 レイアは、胸に手を当てる。

「多分、あの書簡の言葉だけ見たら、揺れてたと思う」

 “祖国のために”
 “民のために”
 “必要不可欠な戦力”――

 それは、まっすぐだった頃の自分なら、間違いなく心を動かされていた言葉だ。

「でも」

 レイアは、玉座の方を見下ろす。

 下では、レオンがマントを外している。
 横からガレスがやってきて、大きなあくびをしながら「疲れた顔してますよ、陛下」と茶々を入れている。

 ミナが端っこで「レイアさん、よくがんばりましたね!」とこっそり拳を握っている。

 この景色は、アルストリアにはなかった。

「レオンが、先に決めてくれたから」

 レイアの声は、少しだけ震えながらも、確かだった。

「“返す気はない”って。
 “本人の意思を確かめるまでもない”って」

 その強引さに、今はただ救われてしまう。

「今はまだ、甘えてもいいのかなって」

 自嘲混じりに笑う。

「甘えなさいな」

 リリスが、あっさり言った。

「甘える対象、ここには腐るほどいるから」

「言い方」

「レオン、ガレス、ミナ、私。
 ――好きなだけ、“必要とする側”を、間違えないで」

 その言葉は、優しいけれど、どこか鋭い釘でもあった。

 レイアは、深く息を吸い込む。

 胸の中には、まだ黒いものが残っている。
 アルストリアへの未練も、完全には消えない。

 でも――

(私は、もう“捨てられるための剣”じゃない)

 ザルヴェルで、“手放さない”と言ってくれる王と、
 その王を支える獣人たちの中で。

 レイアはようやく、自分の居場所を選び始めていた。
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