王宮から捨てられた元聖騎士の私、隣国の黒狼王に拾われて過保護にされまくる

タマ マコト

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第12話 「選択を迫られる心」

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 アルストリアの使者が去った、その日の夕方。

 空は薄い紫に染まりかけていて、城の影が長く伸びていた。

 訓練場での片付けを終えたレイアは、ミナと一緒に武器棚に木剣を戻している最中だった。

「――レイア」

 静かな呼び声に振り向くと、訓練場の入口にレオンが立っていた。

 いつもの軍服ではなく、黒のシャツに軽い上着。
 でも、その金色の瞳は真剣で、冗談を言いに来た空気じゃない。

「陛下、お疲れ様です!」

 ミナがぴしっと背筋を伸ばす。

「さっきの使者、すごかったですね! “返還”とか言ってて――」

「ミナ」

 レオンが、短く名前を呼んだ。

 それだけで、ミナは「あ、はい!」と口をつぐむ。
 空気を読むスピードは、年齢の割に異常に早い。

「レイア」

 今度はレイアの方を見る。

「時間、いいか」

「……うん」

 レイアは、木剣から手を離した。

 胸の奥が、嫌な予感と緊張でじわじわと熱くなる。

 レオンは訓練場の奥を顎で示した。

「人が少ないところのほうがいい。……来い」

「いってらっしゃいです、レイアさん」

 ミナが小声で囁く。

「泣きそうになったら、あとで私の胸貸しますからね!」

「そういうフラグ立てないで」

 苦笑しながらも、その言葉が少しだけ心強い。

◇ ◇ ◇

 訓練場のさらに奥、石壁に囲まれた小さな裏庭がある。

 日が傾くと、そこはほとんど影に沈んで、昼間は誰も寄りつかない。
 でも、レオンはたまにここで一人になっていた。

 今日も、風はひんやりとしていて、落ち葉が足元でかさりと音を立てていた。

「ここ、寒いね」

「頭冷やすにはちょうどいい」

「私の頭、そんなに熱暴走してた?」

「してる」

 即答か。

 でも、その即答が、逆に少し安心させる。

 レオンは石壁にもたれかかり、腕を組んだ。
 レイアはそれを正面から見られなくて、少し斜めの位置に立つ。

「さっきの謁見」

 レオンが切り出した。

「上から見てたろ」

「……うん。ミナが連れてってくれた」

「全部、聞こえてたか」

「聞こえちゃった」

 余計なところまで、全部。

 “必要不可欠な戦力”
 “返還”
 “祖国のために力を尽くしてほしい”

 王太子の署名が入った、あまりにも図々しい要請。

 思い出しただけで、胃がきゅっと痛む。

「隠すつもりもなかったからな」

 レオンは息を吐く。

「……向こうは、お前を“戦力”として返せと言っている」

 はっきりと、言った。

 遠回しもごまかしもない。
 その言い方が、逆に優しいと思ってしまう自分がいる。

「“庶民の女騎士”として切り捨てておいて、今になって“必要だから返せ”だ。
 笑わせる」

 言葉は辛辣だった。

 でもその棘は、レイアに向いていない。
 全部、アルストリアに向けられている。

「……レイア」

 レオンは腕を解き、まっすぐにこっちを見る。

 その視線は、戦場で敵を見据えるときよりも、ずっと慎重で、ずっと真剣だった。

「行きたいなら止めない」

「……っ」

 心臓が、大きく跳ねた。

 覚悟していた言葉なのに、実際に口にされると、想像以上に痛い。

「行きたいって、思ってるって……思う?」

 自分でも、情けない質問だと思う。
 でも、聞かずにはいられなかった。

 レオンは少しだけ眉をひそめる。

「さあな」

 正直すぎる答えだった。

「“民を守りたい”って顔もしてたし、“今さらどの面下げて”って顔もしてた」

「……うん、両方してたと思う」

「あと、“ここを失いたくない”って顔もしてた」

 その一言で、呼吸が止まりそうになる。

 レイアは、顔をそむけた。

「全部、見られてるのね……」

「見える」

 レオンはあっさり言う。

「だから、俺が決めるわけにはいかない」

 石壁に握った拳が、ひんやり冷たい。

「お前が、どうしたいかだ」

 わかってる。
 その通りだ。

 でも、それを突きつけられるのは、怖い。

「……ただし」

 レオンの声が、ほんの少しだけ低くなった。

 目を向けると、視線が一瞬だけ泳ぐ。

「行きたいなら止めない。……ただし」

 さっきよりも、わずかに小さい声。

「俺は嫌だ」

 静かな本音。

 胸の奥に、ぽたり、と何かが落ちる音がしたような気がした。

「お前に剣を振ってほしいのは、ここだ」

 レオンは続ける。

「ザルヴェルで。
 うちの奴らを守るために。
 俺の隣で」

 いつものような強引さがなくて、逆に苦しい。

「でも、“騎士としての本能”ってやつも、俺は知ってる」

 金の瞳が、少しだけ遠くを見る。

「守れる場所があるなら、守りたいと思う。それが、“捨てられた場所”であっても」

 言い切るその声には、自分の過去も混ざっている気がした。

「だから、決めろ」

 レオンは短く言う。

「“アルストリアのために戦うレイア”になるのか」


「“ザルヴェルの人として、アルストリアの民を助けるレイア”になるのか」

 その選択肢の出し方が、ずるいくらい優しかった。

 レイアは、唇を噛む。

「そんな、簡単に――」

「簡単じゃないのはわかってる」

「だったら、もうちょっと待ってくれても――」

「時間はそこまでねえ」

 レオンの言葉は、現実的だった。

「向こうの魔物災害は、日に日に悪化してる。
 のんびり悩んでるうちに、村がいくつも消し飛んでからじゃ、遅い」

「……っ」

 わかってる。
 騎士として、生きてきたからこそ、わかる。

 決断が遅れたせいで救えなかった命を、何度も見てきたから。

「だからこそ」

 レオンは、レイアの方へ一歩近づいた。

「お前の心が、今どこを向いてるのか。
 それを、ちゃんと聞かせろ」

 逃げ場のない問い。

 でも――逃げずに答えたいと思ってしまう自分もいる。

「……すぐには、答え出せない」

 震える声で、レイアは言った。

「ごめん」

「謝るな」

 レオンは即座に返す。

「悩む時間は必要だ。
 そのために、俺は“行きたいなら止めない”って言ってる」

 でも、と言いかけて、ほんの少しだけ視線を逸らした。

「……“俺は嫌だ”って言ったのは、ただのわがままだ」

「それ、だいぶ重いわがままだよ」

「知ってる」

 自覚はある、らしい。

「ミナたちにも、相談しろ」

 レオンは、ぽつりと付け足した。

「お前だけで抱えるな。
 あいつら、思ってる以上に、お前のことで頭悩ませてるからな」

「……うん」

 それだけ言って、レオンは踵を返した。

 歩き去る背中は、いつもより少しだけ大きく見えた。

(ずるいよ)

 胸の中で、そっと呟く。

(“行きたいなら止めない”って言ってくれるのに、“俺は嫌だ”って)

 どっちに転んでも、きっと、自分は後悔する。
 それでも、選ばなきゃいけない。

◇ ◇ ◇

 その夜。

 レイアは自室の椅子に座ったまま、ずっと天井を見ていた。

 暖炉の火がぱちぱちと音を立てている。
 外からは、狼の遠吠えと、風の音が微かに聞こえてくる。

(アルストリアに、戻る……?)

 想像してみる。

 白い城壁。
 金の装飾。
 騎士団の紋章。

 そこに立っている自分の姿。

 王太子の護衛に戻るのか。
 魔物討伐隊の指揮をとるのか。
 あるいは、“都合よく使える駒”として、また表舞台に立たされるのか。

 胸の奥が、じわ、と痛んだ。

(今さら、“祖国のために”なんて顔、できるのかな)

 あの大広間での言葉。
 “庶民のくせに”
 “ここまで上り詰めただけで褒めてやるよ”

 それを言った王太子の顔が思い浮かぶ。

 すぐに、裏庭でのレオンの顔が、それをかき消した。

『俺は嫌だ』

 不器用で、真っ直ぐで、やたら心に残る一言。

(……決められない)

 頭の中がぐるぐるして、吐き気がするくらいだった。

 そのとき――

「レイアさーん! 入ってもいいですかー!」

 ドアの向こうから、元気な声。

 ちょっとだけ救われた気持ちになりながら、レイアは立ち上がった。

「どうぞ」

「おじゃましまーす!」

 ドアを開けて飛び込んできたのは、ミナと――その後ろに、ガレスとリリスまでいた。

「なんか、珍しい組み合わせだね」

「“相談しろ”ってレオンが言ってたんで、セットで来ました」

 リリスがさらりと言う。

「一人ずつだと逃げられそうだし」

「逃げないよ!?」

「逃げそうな顔してた」

 ガレスが、部屋の隅の椅子にどかっと腰を下ろす。

「とりあえず座れ。立ったまま悩んでもいいことねえから」

 ミナは、心配そうに尻尾を揺らしながら、レイアの前に腰掛けた。

「レイアさん……アルストリアから、“返せ”って言われたんですよね」

「……聞いてた?」

「城中の噂になってます」

 ミナは、ちょっとだけ目を伏せる。

「“黒狼王、拾った聖騎士を返還拒否”って」

「見出しみたいに言わないで」

 でも、笑ってしまう。
 少しだけ、心が軽くなる。

「……で」

 ガレスが、真面目な目に戻った。

「どうなんだ、アンタ」

「どうって」

「心の中、どっちに寄ってる?」

 ストレートな質問だ。

 レイアは、しばらく言葉を探してから答えた。

「……半々かな」

「半々?」

「民を守りたいって気持ちも、本当なんだ」

 正直に言う。

「向こうで暮らしてる人たちが、困ってるのを想像したら……
 “助けに行かなきゃ”って思う。騎士として」

 孤児院の仲間たち。
 王都の市場の子どもたち。
 名も知らない、何百という顔。

「でも、同時に」

 胸の奥を、ぎゅっとつかまれる感覚。

「“今さらどの面下げて戻れって言うの”って怒りもあるし、
 なにより……ここを、失いたくないって思ってる」

 ザルヴェルの景色が、頭の中に浮かぶ。

 中庭の子どもたち。
 訓練場の土の匂い。
 暖炉の火。
 ミナの笑顔。
 ガレスの笑い声。
 リリスの鋭い目。

 そして、夜の庭園で星を見上げていた、レオンの横顔。

「全部捨てて、戻れるほど……強くない」

 そう言いながら、自分の弱さを突きつけられているようで、少し辛かった。

「弱くねえよ」

 ガレスが、ぼそっと言う。

「俺からしたら、その程度の“葛藤”抱えてて普通だ」

「その程度って……」

「もっとぐちゃぐちゃになっててもおかしくねえって意味だ」

 ガレスは頭をかきながら、視線を落とした。

「……俺もな。昔、自分の“群れ”から捨てられてる」

 レイアは顔を上げた。

「群れ?」

「ああ。俺、生まれた群れじゃ“半端もん”扱いされててな」

 ガレスは、苦笑いのような、寂しげなような表情を浮かべる。

「力はあるけど、言うこと聞かねえ。
 “群れのために死ね”って言われても、“嫌だ”って平気で言う」

「……ガレスらしいね」

「褒めてねえだろそれ」

 肩をすくめる。

「あるとき、戦いで負けたときの“代わり”に、俺が差し出された」

 さらっと、とんでもないことを言った。

「“こいつやるから許してくれ”って」

「それ、捨てられたって言うんじゃ……」

「そう。捨てられた」

 ガレスは、微かに牙を見せて笑う。

「腹立ってさ。
 “そんな群れ、二度とごめんだ”って思った」

「……」

「でもな」

 そこで、彼はレイアを見る。

「だからって、“獣人の群れ全部嫌い”になったわけじゃねえ」

 その一言が、妙に響いた。

「自分を捨てた場所と、自分を拾った場所は、別物だ」

 ガレスは続ける。

「俺を拾ったのはレオンだ。
 “あの群れが要らねえなら、うちがもらう”ってさ」

「言いそう……」

 想像がつくから、笑えてしまう。

「だから、お前がアルストリアを憎むのは、別に止めねえ」

 ガレスの声は、意外なほど優しかった。

「でも、“アルストリアで暮らしてる普通の人間”まで、一緒くたに嫌いになる必要はねえ」

「……」

「そいつらは、お前を追放する決定に関わってねえ」

 静かな指摘だった。

 レイアは、胸の奥がちくりと痛むのを感じながら、ゆっくり頷いた。

「……そっか」

 頭ではわかってたつもりだった。

 自分を捨てたのは、王太子と、その周辺の連中。
 王都全部でも、国全部でもない。

 でも、目の前の現実が辛すぎて、全部ひっくるめて憎もうとしていたのかもしれない。

「ミナは?」

 リリスが、そっと尋ねる。

「ミナは、どう思う?」

 猫耳がピンと立つ。

「私は……」

 ミナは膝の上で手をぎゅっと握りしめた。

「さっきも言いましたけど、元奴隷です」

 明るく言おうとしているけど、少し声が震えている。

「前の主人は、私のこと“物”としか見てなかった。
 “壊れてきたから値引きする”って、普通に言ってました」

 そのときの情景が目に浮かぶようだった。

「だから、“返還”って言葉、すっごく嫌いです」

 ミナは、レイアの目を真っ直ぐ見た。

「レイアさんは、返される物じゃないです」

 その断言に、胸がきゅっとなる。

「でも……」

 ミナは、表情を少し柔らかくした。

「“困ってる人を助けたい”って気持ちまで、捨ててほしくないです」

「……ミナ?」

「私も、陛下に拾われたとき、“二度と人なんて助けたくない”って思ってました」

 ミナの声が、ほんの少しだけ低くなる。

「だって、人に売られて、人に殴られて、人にモノみたいに扱われて……。
 “もう誰も信じない”って決めてた」

「……」

「でも、城で暮らしてるうちに、ちょっとずつ変わってきたんです」

 ミナは、両手を胸の前でぎゅっと握った。

「中庭で転んだ子が泣いてたら、放っておけなかったり。
 疲れて倒れた兵士さんに水持っていきたくなったり。
 レイアさんが初めてここに来たときも、“この人にちゃんとふかふかの布団用意したい”って思ったり」

「……ふかふかの布団、ありがと」

「どういたしまして!」

 ミナはぱっと笑う。

「そうやって、“助けたい”って気持ちが戻ってきたの、正直、すごく嬉しかったんです」

 瞳が、少し潤んでいる。

「だから、レイアさんが、“アルストリアの人を助けたい”って思うの、
 私は否定したくないです」

 胸の奥が、じわっと熱くなる。

「でも、レイアさんの幸せを犠牲にしてまで、助けに行けとは言いません」

 ミナは首を振った。

「だって、レイアさんが壊れちゃったら、意味ないから」

「ミナ……」

「だから、えっと……」

 言葉を探すように、ミナは尻尾をぱたぱた揺らす。

「“自分の幸せを選んでいい”と思います」

 その一言が、ずしんと心に落ちた。

「アルストリアの人たちを助けたいなら、助けてあげてほしい。
 でも、そのときは、“ザルヴェルのレイアさん”として行ってほしいです」

「……ザルヴェルの」

「はい」

 ミナの声が、強くなる。

「“捨てられた聖騎士”じゃなくて、“こっちで拾われて、大事にされてるレイアさん”として」

 言葉の一つ一つが、温かくて苦しかった。

「リリスは?」

 レイアが問うと、狐獣人の参謀は穏やかに笑った。

「私はね」

 リリスは椅子の背にもたれ、天井を一瞥する。

「生まれたときから、“間者の一族”って扱いでした」

「間者……」

「“嘘つきの血筋”ってやつね。
 どこの国にも嫌われて、でも必要とされて、最後には捨てられる」

 言いながらも、リリスの声に自虐の色はあまりない。
 それが、逆に重い。

「小さい頃から、“あなたは誰かのために死ぬために育てられてるのよ”って言われて育ったわ」

「それ、ひどくない?」

「ひどいわよ。今考えたらね」

 リリスは肩をすくめる。

「でも、当時の私は、それが“役に立つこと”だと思ってた。
 “この国のために死ねるなら、それでいい”って」

「……」

「でもあるとき、使い捨てにされた」

 あまりにもさらっと言われて、レイアは息を呑む。

「情報を渡しすぎたせいで、他国から目をつけられて。
 “あの狐を差し出せば、この件はなかったことにしよう”ってね」

「……」

「笑えるでしょ? “国のために死ぬ”って教え込まれた人間が、
 “国の都合で売られる”んだから」

 笑っているのに、瞳は少しだけ鋭く光っていた。

「逃げたの?」

「ええ。全力で」

 リリスは楽しそうに言う。

「“間者の血筋”の本領発揮ってところね。
 気配を消して、匂いを消して、名前を捨てて、国さえ捨てた」

「それで、ザルヴェルに?」

「そう。レオンに拾われた」

 リリスは、ふっと優しい顔になる。

「“必要なら、うちで使ってやる”って。
 でも、“うちで死ぬかどうかは、お前が決めろ”って」

「……」

「“国のために死ぬ”んじゃなくて、“自分の意思で動いて、自分の幸せを選べ”って言われたの、
 あれが初めてだったのよ」

 その言葉が、レイアの胸に深く刺さる。

「だから、レイア」

 リリスは真っ直ぐにレイアを見た。

「あなたが“民を助けたい”と思うのは、素敵なことだと思う。
 でも、“国のために自分を捨てなきゃいけない”って思い込みは、捨てていい」

「……」

「あなたは、もう“アルストリアの道具”じゃない。
 “ザルヴェルのレイア”よ」

 その一言で、何かが決定的に変わった気がした。

◇ ◇ ◇

 夜が更けていく。

 ミナは最後までレイアの手を握って、「どんな選択しても、私はレイアさんの味方ですからね!」と力強く言ってくれた。

 ガレスは立ち上がり際に、「どっち選んでも、ちゃんと戻ってこい」と言った。
 “戻ってくる”ことを当然のように前提にして。

 リリスは部屋を出る直前に振り返り、「決めるのはあなた。でも、背中を押すのは私たち」と微笑んだ。

 扉が閉まり、部屋に再び静寂が訪れる。

 レイアは、椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 夜空には、星が浮かんでいる。

 アルストリアからも、ザルヴェルからも見える、同じ星。

(――決めなきゃ)

 自分の心のどこが、一番強く動いているのか。

 民を守りたい気持ち。
 国への怒り。
 今の居場所を守りたい欲張り。
 レオンの「嫌だ」というわがまま。
 ミナたちの、「自分の幸せを選んでいい」という言葉。

 全部、ごちゃごちゃになっている。

 でも、そのごちゃごちゃの真ん中に、ひとつだけはっきりしたものが浮かんできた。

(私はもう――)

 孤児院の屋根の上で見ていた星じゃない。
 王宮の裏庭で見上げた星でもない。

 ここ、ザルヴェルの窓から見上げる星。

(“アルストリアの聖騎士”じゃない)

 追放されて、捨てられて。
 それでもまだ「国のため」と口にし続けるのは、もうやめよう。

(私は――)

 胸の中で、言葉を形にする。

「私は」

 声に出した瞬間、心の中の霧が一気に晴れていくのがわかった。

「私は、ザルヴェルの人として――」

 窓ガラスに映る自分の顔が、真っ直ぐ前を向く。

「アルストリアの人々を、助けたい」

 国のためじゃない。
 王太子のためでも、貴族たちのためでもない。

 あの街で笑っている人たちのため。
 孤児院の子どもたちのため。
 名前も知らない、怯えている誰かのため。

「国じゃなくて、 “人”を助けたい」

 それが、自分の答えだった。

 ザルヴェルのレイアとして。
 黒狼王の隣で剣を振るう、一人の剣士として。

 自分の意思で動くために――
 レイアは、選択を迫られた心の中で、ようやく一本の道を選び取ったのだった。
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