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第15話 「魔物との決戦と真実の片鱗」
しおりを挟む王都の北門から、荒い咆哮が響いた。
空気が、ぐらりと震える。
「来たな……」
レオンが、城壁の上から視線を細めた。
そこから見下ろす先には、黒い波のようにうごめく影――
森の縁から押し寄せてくる、異様な数の魔物の群れがあった。
牙を剥いた狼型。
身体の半分が骨になったような熊。
目が赤く濁った鹿。
そして、ところどころに混じる、見たことのない異形。
どれも、ただの“魔物”と呼ぶには、どこか歪んでいた。
「数……多すぎない?」
レイアは、城壁の上で息を呑んだ。
すぐ横では、アルストリア騎士団の弓兵たちが慌ただしく矢を番えている。
「こんな規模、見たことないぞ……!」
「城壁が持つのか、これ……」
兵たちのざわめき。
レオンは、そんな中でも冷静だった。
「黒狼騎士団、準備」
低い号令が飛ぶ。
城門の前に待機していたザルヴェルの騎士たちが、一斉に武器を構えた。
獣耳が一斉に動き、尾が揺れる。
空気が一瞬で“戦場の匂い”に変わる。
「レイア」
レオンが振り返る。
「お前は――いつも通りだ」
「“いつも通り”の範囲が、最近雑になってきてない?」
「盾を張って、前線を支える。それだけだ」
簡潔な言葉。
それが、逆に重みを増す。
レイアは、腰に下げた聖剣の柄を握った。
今はもう、アルストリアの紋章は刻まれていない。
ザルヴェルで新たに刻まれた、狼と盾の意匠。
でも、刃に宿る光だけは変わっていない。
(私は――)
深く息を吸い込む。
(ザルヴェルの人として、アルストリアの人たちを守る)
自分にそう言い聞かせて、レイアは階段を駆け下りた。
◇ ◇ ◇
北門の前。
城壁の影から一歩踏み出すと、視界が一気に開ける。
広がる草地。
その先に、黒い群れ。
魔物たちの咆哮が、耳を刺す。
「黒狼騎士団!」
レオンの声が、戦場に落ちる。
「――出るぞ!」
黒い旗が翻る。
レオンを先頭に、黒狼騎士団が城門から飛び出した。
レイアもその中に混じり、前へ前へと走る。
冷たい空気が肺を焼き、足元の土が靴の裏を弾く。
手に握った剣が、心臓の鼓動と同じリズムで震える。
「神聖盾、展開準備!」
レイアは叫び、左腕を前に突き出した。
腕輪に刻まれた紋章が、淡く輝く。
かつて、聖騎士団として与えられた“加護”の証。
アルストリアに捨てられ、ザルヴェルで再び磨き上げた、レイアだけの力。
「――来い」
魔力を練る。
胸の奥から、熱いものがせり上がる。
腕の先に、それを集めて、形にする。
「神聖盾――展開!」
叫びと同時に、目には見えない壁が、黒狼騎士団の前面に一気に広がった。
透明な薄膜。
だが、魔物の爪が叩きつけられるたび、火花のように光が散る。
「おお……本当に、壁が……!」
「こいつが、追放された聖騎士の力かよ……!」
背後のアルストリア兵たちのざわめきが聞こえる。
ごう、と重い衝撃。
巨大な狼型の魔物が盾にぶつかり、そのまま弾き飛ばされる。
「今までより……」
レイアは、自分の中で渦巻く魔力のうねりに驚いていた。
「ずっと、はっきりしてる」
アルストリアにいた頃は、いつもどこかで「足りない」と言われていた。
“もっと出せ”“もっと維持しろ”“王都全域を覆うくらいになれ”と。
今、レイアの神聖盾は、黒狼騎士団の前線をすっぽりと包み込み、
なおかつ外側に薄く広がって、押し寄せる魔物の牙を弾き返している。
(たぶん、あの頃より、ずっと――)
“守りたい”理由が、はっきりしているから。
“国のため”じゃない。
“レオンたちと、ここにいる人たちを守るため”の盾。
「レイア!」
前方からレオンの声。
彼は既に半獣化していた。
黒い耳がさらに鋭く伸び、牙が覗く。
瞳孔が細くなり、全身の筋肉がしなやかに膨らむ。
その姿は、まさに“黒狼王”という呼び名にふさわしかった。
「前を開けろ!」
「了解!」
レイアは、盾の一部を意識で“開ける”。
正面に、細い通路を作るイメージ。
魔力の膜がそこだけ薄くなり、レオンの前に道が開く。
次の瞬間――
黒い疾風が、盾の“切れ目”から飛び出した。
レオンの身体が、狼の影と一体化したみたいに滑らかに動く。
長剣が、振り下ろされるというよりも、“通り過ぎただけ”で魔物の首を落としていく。
一撃。
二撃。
三撃。
そのたびに、黒い血の弧が地面に描かれ、魔物が倒れる。
黒狼騎士団が、その後を追う。
「陛下の通った道を広げろ!」
「盾があるうちに、前を押さえろ!」
狼の咆哮と、人の叫びが混ざり合う。
レイアは盾を維持しながら、その後ろから剣を構えた。
(怖い)
正直に言えば、胃がひっくり返りそうなほど怖い。
目の前の魔物は、どれも一撃で自分を食いちぎれそうな牙を持っている。
(でも――)
レオンの背中が見える。
黒狼騎士団の仲間たちが、前で戦っているのが見える。
城壁の上では、アルストリアの兵たちが弓を構え、必死に矢を放っている。
守りたいものが、たくさん見える。
「私は――」
レイアは、剣を掲げた。
「ここで、“ザルヴェルのレイア”として戦う!」
叫びとともに、盾の内側から飛び出す。
突っ込んできた狼型の魔物の顎を、盾の内側から弾き上げ、そのまま喉元に剣を突き刺す。
骨を砕く感触。
熱い血が飛び散り、頬をかすめる。
その生々しさが、逆に「生きている」という実感を与えてくる。
「レイア!」
別方向から、懐かしい声。
振り向くと、そこにはロイク団長がいた。
白銀の鎧は泥と血に汚れ、その眉間には深い皺。
でも、瞳には以前と変わらない、真っ直ぐな光が宿っていた。
「団長……!」
「お前がいれば――」
ロイクは、魔物の突進を盾で受け止めながら笑う。
「百人力だ!」
その笑顔は、嘘じゃなかった。
追放を告げられたあの日、何も言えずに拳を握りしめていた男が、
今、前線で隣に立っている。
「だったら、百人分は働きます!」
「二百人分働け!」
「ブラックです!」
そんな軽口を叩きながら、二人で背中を預け合う。
ロイクが前面の魔物を受け止め、レイアが横から斬り込む。
レイアの後ろから突っ込んできた魔物を、ロイクが一撃で沈める。
息が、合っていた。
かつて、何度も共に戦ったときの感覚が蘇る。
(あのとき)
大広間で、ロイクの拳が震えていたとき。
(団長は、きっと私に謝りたかったんだ)
でも、言えなかった。
王太子の前で、王太子妃の前で。
今、戦場の真ん中で、彼の口元には“迷いのない笑顔”だけがある。
「生きててくれて、良かった」
ロイクは、ぽつりと言った。
魔物の首を叩き落としながら。
「お前が、ザルヴェルに拾われたって聞いて――少し、救われた気がした」
「……団長」
「俺は、あのとき何もできなかった。
だから、せめて今――ここで、お前の隣で剣を振るわせろ」
その言葉に、胸が熱くなる。
死ぬほど怖い戦場の真ん中で、なぜか、泣きそうになった。
「はい!」
レイアは、もう一度剣を握り直す。
「じゃあ、団長。背中は預けます!」
「任せろ!」
二人の声が、咆哮に混ざって消えていく。
◇ ◇ ◇
戦いは激しかった。
どれだけ切り伏せても、次から次へと押し寄せてくる魔物たち。
その一体一体が、どこか“おかしい”。
「……おかしい」
レイアは、盾を維持しながら眉をひそめた。
魔物の目。
普通ならば本能の光が宿っているはずの瞳が、妙に濁っている。
動きも、妙に統率が取れている。
強い魔物が前に出て、弱い魔物がその隙間を埋める。
それはまるで、“命令”を理解して動いている軍隊のようだった。
(こんな連中、森で自然に増えるわけ――)
ごうっ、と空気が揺れる。
前方で、レオンが巨大な熊型の魔物を叩き伏せる。
その横顔は、いつも以上に険しい。
「レオン!」
叫びながら、レイアは横から迫ってきた魔物の爪を盾で弾く。
「この魔物たち、変じゃない!? なんか――誘導されてるみたい!」
「感じてる」
半獣化したレオンの耳が、ピクリと動く。
「匂いが違う。こいつら、“森の匂い”じゃない」
「匂い?」
「何か、ねっとりした……“魔術”の匂いが混じってる」
魔術の匂い。
それは、レイアの感覚でもかすかにわかる。
魔物の身体から立ち上る魔力の流れが、不自然にねじれている。
まるで誰かが“無理やり”糸を通して動かしているみたいに。
「リリス!」
レオンが後方を振り返り叫ぶ。
少し離れた丘の上――指揮台のように使われている場所に、狐獣人の姿が見える。
リリスは、遠見の魔導具を片手に、戦場を俯瞰していた。
「はいはい、ちゃんと見てるわよー!」
彼女の周りには、魔術陣がいくつも浮かんでいる。
「“魔物の群れ”ってより、“一つの塊”って感じね……気持ち悪いわ」
「原因は?」
「今、遡ってる」
リリスは両手を広げ、魔力の糸を空中に走らせた。
薄い輝きが、戦場を駆けていく。
魔物たちの身体を通り抜け、その向こう、森の奥へ、さらにその奥へ――。
「――あった」
リリスの瞳が細くなる。
その瞬間、彼女の周囲の魔術陣が、ひときわ強く輝いた。
「レオン!」
鋭い声が飛ぶ。
「これは、“自然災害”じゃない!」
丘の上から、彼女の声が戦場に届く。
「魔物を誘導する禁術の痕跡がある!」
レイアの心臓が、ドクンと跳ねた。
「禁術……!?」
「魔物の本能に、無理やり“方向性”を与える術式。
古い本の中でしか見たことなかったわ」
リリスの尻尾が、苛立たしげに揺れる。
「魔物が“王都へ向かえ”って命令され続けてる。
この規模の群れを動かすなんて、相当な規模の術式よ」
レオンの表情から、残り少ない余裕が完全に消えた。
「術式の出どころは?」
「……最悪よ」
リリスは、迷いなく言う。
「バルドゥール侯爵の領地から、流れてきてる」
その名を聞いた瞬間、レイアの背筋に冷たいものが走った。
あの老人。
王太子の後ろで、いつも薄く笑っていた男。
自分の追放を決めたときも、あの男は“もっともらしい”理由を並べていた。
「バルドゥール……!」
ロイクが、隣で歯噛みする。
「やっぱり、あの男か……!」
「どういうこと?」
レイアは、息を切らしながら尋ねる。
「魔物被害がここまで大きくなる前――」
ロイクの声は、苦々しかった。
「北の森の管理権限が、あいつの領地に一時的に移されたんだ。
“魔物の討伐と資源の開拓を、効率的に行うため”だとか言ってな」
「それって……」
「その直後から、魔物の動きが一気におかしくなった」
ロイクの指が、血で滑る柄をぎゅっと握りしめる。
「俺たちが報告しても、王太子はまともに取り合わなかった。
“バルドゥール侯爵は信頼できる”って言って」
「“信頼できる”?」
レイアの中で、何かが反転する。
(魔物被害は、自然に悪化したんじゃない)
(誰かが――)
意図的に。
国の北部から魔物を押し出し、王都へ向かうよう仕向け、生かさず殺さず、ギリギリのところで“危機的状況”を作り出している。
「リリス!」
レオンが叫ぶ。
「術式そのものは?」
「今の時点じゃ、流れしか掴めない」
リリスは、苛立ちを隠さない。
「元の術式は、バルドゥールの領地のどこかにあるはず。
遠隔でいじられてる形跡がある」
「……ちっ」
レオンが、舌打ちに近い息を吐いた。
「きな臭えな」
黒い瞳が、戦場の向こう――森のさらに奥を睨む。
「“自然災害だから仕方ない”って顔して、自分で火をつけてるやつがいる」
「国を弱らせて、どうするつもりなんだ……」
ロイクが、信じられないというように呟いた。
「バルドゥールは、王太子の政敵ってわけじゃない。
むしろ、“支えている側”のはずだろう」
「“支える”のと、“操る”のは違う」
レオンの声が、冷たくなる。
「アルストリアの腐敗は、ただの無能じゃない。
“悪意ある企み”が混ざってる」
その断言に、レイアの背筋が凍った。
(私の追放も)
あの日の光景が、脳裏に浮かぶ。
大広間。
王太子の冷たい瞳。
アリシアの泣き真似。
バルドゥールの、濁った目。
『元聖騎士をこのまま王都に置いておけば、民の不安を煽ります』
『婚約者を傷物にした者を、英雄視するわけにはいきません』
あのとき、彼は“世論のため”と、“国の安定のため”を口実に、自分の追放を後押しした。
(もしかして――)
胸の奥が締め付けられる。
(最初から、“戦力を削る”のが目的だったんじゃないの?)
魔物を誘導する禁術。
防衛の要の切り捨て。
ざわつく民心。
全部、“危機”を作るための材料。
その先に何を描いているのかは、まだわからない。
でも、ただの愚かさだけでは説明がつかない計算高さが見え隠れしている。
「レイア!」
レオンの声が、再び現実に引き戻す。
目の前には、まだ魔物がいる。
不自然な光を宿した瞳で、こちらを噛み砕こうとしている。
「今は考えるの、後!」
自分で、自分に言い聞かせる。
「目の前の群れを、まずは止める!」
レイアは、残った魔力をかき集めた。
胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
「――神聖盾、強制展開!」
叫びとともに、彼女の周囲の空気が一気に変わる。
これまで“前線”だけを覆っていた盾が、ふわりと広がり、
黒狼騎士団とアルストリア騎士団の前面全体に広がっていく。
透明なドーム。
その表面に、魔物の爪が叩きつけられ、火花のような光が連続して弾ける。
耐える。
手のひらが、焼け付くように熱い。
頭の中が、きいんと鳴る。
視界の端が白くなりかける。
(でも)
レイアは歯を食いしばった。
(ここで止めるのが、私の役目だ)
ザルヴェルのレイアとして。
この場にいる全員の背中を、守るために。
「レオン!」
叫ぶ。
「今のうちに、数を削って!」
「任せろ!」
黒狼王は再び、狼のような笑みを浮かべた。
半獣化した身体が跳躍し、盾の“内側”から通路を抜けて外へ。
黒い影が魔物の群れの中に飛び込み、旋風のように斬り裂いていく。
「黒狼隊、続け!」
ガレスが吠え、部下たちがその背中を追う。
盾の“内側”から、“外側”へと、黒い牙が次々に飛び出していく。
◇ ◇ ◇
どれほど時間が経ったのか、わからなくなってきた頃。
ようやく、魔物の群れが目に見えて減り始めた。
倒れた魔物の山。
血の匂い。
土と汗と鉄の匂いが混ざり合う戦場。
最後の一体を、ロイクが斬り裂いたとき――
静寂が、戦場を包んだ。
「……終わった、のか」
誰かの、かすれた声。
レイアは、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に堪えた。
神聖盾を維持していた腕が、鉛のように重い。
指先の感覚が薄くなっている。
「レイア!」
駆け寄ってきたのは、ロイクと、黒狼騎士団の一人。
「大丈夫か!」
「なんとか……」
レイアは、笑おうとした。
「でも、次同じことしろって言われたら、泣くかも」
「そのときは、泣いていい」
前に影が落ちる。
顔を上げると、レオンがそこにいた。
半獣化は解けていて、耳も尾もいつもの形に戻っている。
しかし、その瞳だけは、まだ戦場の光を宿していた。
「よく耐えた」
短い言葉。
でも、その声には、はっきりとした誇りと安堵が滲んでいた。
「レイアが盾を張ってくれたおかげで、被害は最小限だ」
「最小限って言えるかどうかは……これからだけど」
レイアは、ぐるりと周囲を見渡した。
倒れているのは、魔物だけじゃない。
人もいる。
それでも、壊滅というほどではない。
戦線は維持され、王都は守られた。
「――王太子には、“これがギリギリの線だった”とちゃんと伝えねえとな」
レオンは、低く呟いた。
「“これ以上、愚かな判断をすれば、本当に国が終わる”ってことも」
リリスが、丘の上から降りてくる。
尻尾は疲れたように揺れているが、瞳は冴えていた。
「レオン」
「ああ」
レオンは彼女に視線を向ける。
「魔物誘導の禁術。間違いないのか」
「間違いない」
リリスは、きっぱりと言う。
「術式の残滓を辿ったけど、どう見ても人為的。
自然に魔物が集まったパターンとは、魔力の流れが違う」
「バルドゥールの領地から?」
「ええ」
リリスの尾が、ぴんと立つ。
「北の森の奥、彼の領地近くで、術式の起点らしき反応があった。
ただ、今は偽装されてるわね。……腹立つくらいに」
「……」
レオンの表情が、さらに冷たくなる。
レイアは、拳を握りしめた。
「じゃあ、魔物被害は、バルドゥールが――」
「“全部”とは断言できない」
リリスは慎重に言葉を選ぶ。
「もともと魔物の動きが不穏だったところに、
“火に油を注いだ”可能性が高い」
「……最悪」
レイアは、小さく吐き捨てた。
「国が危ないの、わかってたんだよね」
森の警戒。
避難民の増加。
騎士団からの報告。
「それを、“自分の欲のために利用した”ってこと?」
声が少し震えた。
守りたかったものが、誰かの企みに利用されている。
その事実に、吐き気がするくらいの怒りと悲しみが混ざる。
「アルストリアの腐敗は、ただの無能じゃない」
レオンが、はっきりと言った。
「“仕方なかった”とか、“避けられなかった”で済ませられるレベルじゃない」
金の瞳が、遠く王都の城壁の方角を睨む。
「これは、誰かが意図的に仕組んでる」
レイアの胸の中で、何かが静かに燃え始めた。
ただの「捨てられた聖騎士」の話じゃない。
ただの「国が無能でした」の話でもない。
(ここにあったのは――)
悪意。
企み。
誰かの都合のために、人の命と国の未来を天秤にかけて、笑っている存在。
「レイア」
レオンが、こちらを振り向いた。
「お前の追放も」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「たぶん、“事故”じゃない」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
分かっていた。
どこかで薄々、感じていた。
それでも、口にされると、現実が鋭い刃になって刺さってくる。
「“うるさい聖騎士”を追い出したかった奴がいて、
“防衛の要”を削りたかった奴がいて」
レオンの声は低く、しかし揺れない。
「その結果が、今ここだ」
壊れた城門。
泣き叫ぶ避難民。
血に塗れた戦場。
全部、“誰かの思惑”の副産物。
「……許せない」
レイアは、かすれた声で言った。
「魔物より、ずっと、許せない」
自分を捨てたことも。
守りたかったものを踏みにじったことも。
全部。
「なら」
レオンの金の瞳が、静かに光る。
「最後まで見届けろ」
「――え?」
「これはまだ、“片鱗”だ」
彼は、遠く城の方角を見る。
「バルドゥールが何を企んでいるのか。
王太子が、どこまでそれに気づいているのか。
アルストリアが、この先どう転ぶのか」
レオンは、はっきりと言い切った。
「全部、暴き出す」
その宣言に、レイアの心臓が大きく鳴る。
「お前を捨てた連中の、都合のいい物語じゃなくて――」
レオンは、ふっと口元を歪めた。
「“この国の、本当の物語”をな」
魔物の群れとの決戦は、ひとつの終わりであり、同時に――
アルストリアの腐敗の“真実”へ続く、始まりの一幕でもあった。
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