田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト

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第4話「グリーンノート開店と、最初のお客さん」

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 その朝、ミントは夜明け前に目が覚めた。

 カーテン代わりの布の隙間から、まだ薄い青色の光が差し込んでいる。
 鳥たちの声も、いつもより少し早い気がする。

「……緊張で、お腹痛い」

 寝床から起き上がりながら、ミントはお腹を押さえた。
 もちろん病気じゃない。
 ただただ、今日という日が怖くて、楽しみで、落ち着かないだけだ。

 ――グリーンノート開店初日。

 そう頭の中で言葉にしてみると、胸の奥がきゅっと縮む。

「本当に、お客さん来るかな……」

 昨日の夜も、同じ台詞を何度も呟いた気がする。
 そのたびに「来る来る」と村の人たちに励まされ、そのたびに「いやでも、やっぱり心配で」とループしていた。

 顔を洗い、簡単に髪をまとめてから、ミントは店のスペースに出る。

 祖母タイムの小屋だった場所は、少しずつ“ミントの店”になってきていた。

 元々あった古い棚は、村の大工たちの手で補強され、新しく作られた段も増えている。
 そこに、ミントがこの数日で必死に準備した商品たちが、ぎゅうぎゅうに並んでいた。

 乾燥ハーブの束を詰めた瓶。
 怪我や疲労に効く軟膏。
 咳止めのシロップ。
 香り袋や入浴用のハーブパック。

 全部、ミントの手で調合し、ラベルを書いて並べたものだ。

「ラベル、曲がってないかな……」

 棚の前に立って、ミントは一つ一つの瓶を目で追う。
 字はまだ少し頼りないけれど、できる限り丁寧に書いた。

 《肩こり用》
 《冷え性さんの夜用ティー》
《寝付きが悪い人へ》

 薬の名前というより、ほとんど手紙みたいなラベルばかりだ。

 祖母タイムなら、もっと洗練された名称をつけただろうか、と一瞬不安になる。

「……いや、いいや。私は私のやり方で」

 そう言い聞かせて、ミントは今度は入り口の方へ向かう。

 扉の横には、小さなフックが取り付けられている。
 そこに、祖母の店で使っていた古い看板が掛けられていた。

 木の板に描かれた、ハーブの束と、丸っこい文字。

 《タイム薬草店》

 その文字の上から、ミントは思い切って新しい板を打ちつけた。
 小さめの板に、自分の字で書いた店名。

 《薬草店グリーンノート》

 まだ塗装の匂いが少し残っている。
 昨日、ダンデライオンと村長が手伝ってくれて、ようやく形になった。

「……おばあちゃん、怒らないよね?」

 心の中で問いかけてみる。
 返事はもちろんない。
 でも、“いつか、お前の店を”と書き残してくれた祖母なら、「いいじゃないか」と笑ってくれそうな気もした。

「よし」

 ミントは両手を軽く叩く。

「開店準備、最終チェック!」

 レジ代わりの小さな箱。
 釣り銭の袋。
 領収書代わりの小さなメモ紙。
 カウンターの下には、応急処置用の道具も揃えてある。

 ハーブティーの試飲用ポットには、朝から香りの優しいブレンドを仕込んでおいた。

 問題は――。

「本当に、お客さん、来てくれるかな……」

 また同じ言葉が口をついて出る。

 村長やデイジーたちは、「村中に宣伝しておいたから大丈夫!」と笑っていた。
 でも、実際に扉が開くまでは、不安で仕方がない。

 開店時間を少し過ぎても、扉は静かなままだった。
 外の道を行き来する人の声は聞こえるけれど、誰も入ってくる気配がない。

「……もしかして、看板小さすぎた?」

 不安が、じわじわと増えていく。
 ハーブティーの湯気が、空回りしているみたいだ。

「やっぱり、田舎の小さな薬草店なんて、必要なかったのかな……」

 小さく呟いて、カウンターの上に突っ伏したそのとき。

「おーい! 開いてるかー?」

 聞き慣れた声が、扉の向こうから聞こえた。

「は、はいっ!」

 ミントは弾かれたように顔を上げ、慌てて扉を開ける。

 そこに立っていたのは、予想通り――というか期待通り――ダンデライオンと、その妻デイジーだった。

「よっ。記念すべき最初のお客さんだぞ」

「ミントちゃん、開店おめでとう!」

 二人の明るい声が、小屋の中に流れ込む。
 ミントの胸が、一気に熱くなった。

「来てくださって、ありがとうございます!」

「そりゃ来るだろ。俺は村長から“絶対初日に行け”って命令されてるからな」

「命令って言い方やめてよダンデ。私たちも行きたかったの。ねえ?」

 デイジーが笑いながらミントの手をぎゅっと握る。

 その手は、畑仕事で少し荒れているけれど、とても温かい。

「さ、私たち、ちゃんと“お客さん”として来たんだから、ミントちゃん、しっかり“薬師さん”して見せてよ?」

「……が、がんばります」

 喉が一瞬詰まる。
 でも、逃げ場はないし、逃げたくもない。

 ミントは一度深呼吸して、二人を案内する。

「えっと、今日はどうされましたか?」

「どうもこうも、俺の腰だよ」

 ダンデライオンが、ちょっと誇らしげに腰をさする。

「収穫の時期も近いし、そろそろ本格的に痛くなってきてな。王都の医者に行くほどじゃないが、何もせんのも辛いってやつだ」

「前から言ってるのに、この人ったら“俺はまだ若いから大丈夫だ”とか言って無理するのよ。若くないのに」

「おいデイジー、それは聞かなかったことにしてくれ」

 夫婦の漫才みたいなやり取りに、少し緊張がほぐれる。

 ミントは笑いながら、真剣な目に切り替えた。

「じゃあ、ダンデさん。ここに座ってください」

 店の奥、簡易診察用に置いた椅子を指さす。

「腰の痛みって、一言で言ってもいろいろあるので。ちょっと詳しく聞かせてください」

「お、おう」

 ダンデライオンが少し緊張した様子で椅子に座る。
 デイジーはその隣に立ち、腕を組んで見守っている。

「まず、いつ頃から痛みを感じますか? 朝起きたとき? 仕事中? 夜?」

「えっとなぁ……起きたときは、そこまででもねぇんだが、畑でかがんだり、重いバケツ運んだりしてると、だんだん“あいててて”ってなる」

「痛い場所は、このあたりですか?」

 ミントは、腰の辺りを手で示しながら尋ねる。

「右? 左? それとも真ん中あたり?」

「右の方がわりぃ気がするな」

「デイジーさんから見て、普段のダンデさんの姿勢ってどうです?」

「もー、最悪よ。畑仕事してるとき、ずっと猫背なの。私が“もっと膝を曲げなさいよ”って言っても、“そんな腰の角度じゃ土に負ける”とか意味わかんないこと言うし」

「“土に負ける”は俺の名言だろ」

「はいはいはい。名言ごと腰やっちゃってどうするのよ」

 ミントは、笑いをこらえながらメモをとる。

「じゃあ、触って確認しますね。痛かったらすぐ言ってください」

「お、おう……優しく頼む」

 ミントは、ダンデライオンの背後に回り、そっと腰のあたりに手を置く。
 力を入れずに指先で押しながら、筋肉の固まり具合や骨の位置を確認する。

「ここはどうですか?」

「……ふむ。そこはまあまあ」

「じゃあ、ここは?」

「あいてててて!」

 ダンデライオンの声が一オクターブ上がる。
 そこは、右側の腰骨の少し上、筋肉がぎゅっと固まっている場所だった。

「なるほど……ここが一番の問題っぽいですね。
 筋肉が疲労しすぎて固まってて、そのせいで血の巡りも悪くなってます。
 あとは、さっきデイジーさんも言ってましたけど、姿勢の癖も大きいかも」

「姿勢かぁ」

「ね? 言った通りでしょ?」

 デイジーが勝ち誇った声を上げる。

 ミントはくすっと笑いながら、説明を続ける。

「王都の医師なら、飲み薬と“安静に”って言うかもしれませんけど……ダンデさん、仕事休めます?」

「……無理だなぁ」

「ですよね。
 じゃあ、“農作業を続けながらでも少しずつ良くしていく方法”を考えましょう」

 自分で言いながら、ミントの胸が少し高鳴る。
 これこそ、自分がやりたかったことだ。

 誰かの生活をまるごと見て、“その人に合った薬”を提案すること。

「まず、塗り薬を出します。
 これは血の巡りをよくして、筋肉を少しずつほぐしてくれるタイプです。
 朝と夜、お風呂上がりに腰と、その周りの筋肉をマッサージするように塗ってください」

「自分で塗るのか?」

「届かなかったら、デイジーさんにお願いしてください」

「もちろん塗るわよ。前からそうやってほぐしたかったの」

「……お、おう」

 照れ臭そうに頬をかくダンデライオン。

「それから、ハーブティーも出します。
 これは体の内側から冷えを取って、筋肉を柔らかくしやすくするブレンドです。
 お湯を注いで、寝る前に飲んでください」

「へえ……お茶で、そんな違う?」

「意外と変わりますよ。
 体って、全部つながってるので。腰だけ直そうとしても、他の部分がガチガチだったら、また負担がかかっちゃいますから」

 ミントは棚から瓶を取り出し、ブレンド用のハーブを計量する。
 その手つきは、王都の厨房で鍋を扱っていたときより、何倍も自然だった。

「あと、最後に……簡単なストレッチをお教えします」

「すと……何だって?」

「体を伸ばす運動です。
 朝起きたときと、畑仕事の前後に、これをやってください」

 ミントは店の真ん中に立ち、膝を軽く曲げたり、腰をゆっくり左右に回したりする。

「こんな感じで――そうそう、床から何かを拾うときは、腰から曲げるんじゃなくて、膝から。
 こうやって。ほら、腰はまっすぐのまま」

「お、おう……こうか?」

 ダンデライオンも、見よう見まねで体を動かす。
 若干ぎこちないけれど、悪くない。

「それそれ。いい感じです。
 それを続けてくれれば、きっと楽になります」

「……なんか、すげぇな」

 ぽつりと、ダンデライオンが本音を漏らした。

「薬だけじゃなくて、体の動かし方まで見てくれる薬師なんて、初めてだ」

 隣でデイジーが、そっと目元を押さえる。

「どうしました?」

「……なんか、今さらになって安心しちゃってさ」

 デイジーは、少し照れたように笑いながら言った。

「この人、文句言いながらもずっと畑守ってきたから。
 でも年も年だし、私だって“いつか本当に動けなくなるんじゃないか”って不安だったの。
 王都の医者は、“歳だからねぇ”って笑って、薬出すだけでさ」

「まあ、王都の医者も忙しいですから……」

「そうかもしれないけど。
 こんなふうにちゃんと話聞いてくれて、“一緒にやっていきましょう”って言ってくれる人、初めてで」

 たまらなくなったように、デイジーはミントの手をぎゅっと握った。

「ありがとうね、ミントちゃん」

「あ、あの、そんな……」

 ミントはどうしていいかわからず、目を瞬く。

「私、本当は王都なんかに行かないで、ずっとここで薬草屋を継いでほしかったって、ちょっとだけ思ってたのよ。
 でも今思うと、きっと王都でいろいろ経験してきたから、今のミントちゃんがあるんだよね」

 その言葉に、胸の奥がじん、と熱くなる。

 王都での経験は、正直、楽しいことばかりじゃなかった。
 むしろ、苦かった思い出の方が多い。

 でも、あそこで積み重ねたものが、こうやって誰かの役に立っているなら――。

「……よかった」

 気づいたら、その言葉が口からこぼれていた。

「え?」

「私、王都で、さんざん“薬草のことしか頭にない”って言われてたので。
 でも、こうやってちゃんと人を見て、話を聞いて、それで薬を作りたいって思ってて。
 それが、ここでなら、できるのかなって」

 言いながら、自分でも少し呆れる。
 どれだけ“めんどくさい薬草オタク”なんだろう、と。

 でも、ダンデライオンとデイジーは、そんなミントの言葉を笑わなかった。

「いいじゃねえか。頭に詰まってるもんが、薬草だろうが畑のことだろうが、人の役に立つなら、それで充分だ」

「そうよ。……やっぱりタイムばあさんの孫だね」

 デイジーの目に、うっすら涙が浮かぶ。

 ミントは、胸の奥がじわじわ熱くなるのを感じながら、ぐっと笑顔を作った。

「じゃあ、お会計しますね。
 塗り薬とハーブティーのセットで、このくらいです」

「おう。安いもんだ」

 ダンデライオンが財布を取り出し、代金を支払う。

 袋に薬とハーブティーを丁寧に詰めて渡すと、デイジーがそれを大事そうに抱えた。

「効いたらね、村中に言いふらすからね」

「えっ」

「“ミントちゃんの店行ったらね、ちゃんと話聞いてくれて、私たち夫婦の腰の未来まで見てくれるのよ!”って」

「いや、それはさすがに盛りすぎでは……」

「盛ってない盛ってない。事実をちょっと大きく表現するだけだから」

「それを世間では“盛る”って言うんだよ、デイジー」

 三人で笑い合う。
 店の中に、ハーブの香りと、笑い声が混ざり合って広がっていく。

「じゃあ、行ってくるな。また様子見せに来る」

「はい。いつでも来てください。調子が良くても悪くても、です」

「わかった」

 ダンデライオンとデイジーが扉を出て行く。
 背中を見送って、ミントはふうっと息を吐いた。

 店の中に、一気に静けさが戻る。

「……最初のお客さん、終わった」

 どっと、疲れが押し寄せてくる。
 でも、その疲れは嫌なものではなく、心地よい充実感を伴っていた。

 カウンターの端に腰を下ろし、さっき出したハーブティーを自分用のカップに注ぐ。

 一口飲むと、さっきまで張り詰めていた神経が、少しずつほどけていく。

 外からは、村人たちの話し声が聞こえた。
 ところどころに「ミント」「薬草店」「タイムばあさんの孫」といった単語が混ざる。

(……噂、すぐ広がりそうだな)

 想像しただけで、頬が緩んだ。

 まだ、棚はスカスカだ。
 まだ、店の形も、これから変わっていく。
 きっと失敗もするだろうし、うまく行かない日もあるだろう。

 それでも――。

「今度こそ、人の役に立てるかもしれない」

 静かに呟いて、ミントは店の奥のランプに火を灯した。

 夕暮れ時。
 グリーンノートの小さな窓から漏れる灯りは、村の通りを歩く人たちの目に、ほのかな安心の印のように映っていた。

 田舎の片隅の、小さな薬草店。
 その扉は、今まさに開いたばかりだ。
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