田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト

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第5話「“田舎の奇跡薬師”という噂」

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 ダンデライオンの腰が「嘘みたいに軽い」と判明したのは、グリーンノート開店から三日後の朝だった。

「ミントちゃーん!!」

 朝一番、店の扉が勢いよく開いて、デイジーの声が飛び込んでくる。
 まだ掃除用の布を手にしていたミントは、びくっと肩を跳ねさせた。

「は、はいっ!? お、おはようございますデイジーさん!」

「聞いて! 聞いてよミントちゃん!」

 デイジーは息を切らしながらカウンターへ突進し、その横から、元気いっぱいの声がもうひとつ。

「おーっす、ミント!」

 ダンデライオンだ。
 ……走ってきている。
 腰を押さえもせず、ぴんと背筋を伸ばして、まるで少年のような足取りで。

「あれ、ダンデさん、今日は腰は……?」

「聞いて驚け。全然痛くねぇ!」

 どや顔で親指を立てるダンデライオン。
 デイジーが横から「ほんとにね!」と被せるように言う。

「昨日の夕方から急に調子よくなって、今朝なんて“あれ? 腰どこ行った?”ってくらい軽いのよ! もう畑駆け回る勢い!」

「いや、さすがに走り回る歳じゃねえけどな。でもほんと、今までみたいな“ずーん”とした重さが消えてんだ」

 ミントは思わず、腰の辺りをじっと見つめてしまう。
 昨日までの、あの「動かすたびに痛いです……」みたいな表情が、今はどこにもない。

「塗り薬、ちゃんと塗ってましたか?」

「塗った塗った。寝る前と、朝の着替えのときにな。デイジーが容赦なく揉み込んでくるから、“痛い痛い”って文句言いながら」

「文句言うなら、自分でやりなさいよって話だけどね」

「ハーブティーも?」

「飲んでたわよ。最初は“こんな葉っぱ汁で変わるかぁ?”とか言ってたけど、一口飲んで、“あ、これうまい”って顔してたからね」

「……うるせえなデイジー、恥ずかしいだろ」

 平和な夫婦喧嘩に、ミントの緊張もほどけていく。

「よかった、本当に……。体に合わない人だったらどうしようって、実はすごく心配してて」

「合ってたどころじゃないぞ。
 ミントちゃん、ちょっと見せてやんなさいよ、ダンデの動き」

「え、見せるって何を――」

「ダンデ、ほら、“さっとかがんで、すっと立つやつ”!」

「ああ、あれか」

 なんだそのネーミング、と心の中でツッコんだが、ダンデライオンは真面目な顔で頷いた。

 彼は店の中央に立つと、まるで見せ物のように、すっと腰を落とし、畑で草むしりでもするかのような姿勢を取る。
 そのまま膝を使ってしゃがみ込み、またすっと立ち上がる。

 ……一切、顔が歪まない。

「ほら、前だったら“いてててて”って言ってたでしょ? 今、無言で立ってるからねこの人!」

「いや、無言で立つのは普通だからな?」

「普通じゃないのよ、ミントちゃん。この人比で言ったら立派な奇跡なのよ」

 デイジーのオーバーな比喩に、ミントはくすっと笑った。

「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」

「嬉しいどころかだな……」

 ダンデライオンが、ちょっとだけ照れくさそうに頭をかく。

「俺、村の連中に片っ端から言ってきた。『あそこはすげぇぞ』『タイムばあさんの孫娘、腕がいいぞ』ってな」

「えっ……」

「“腰痛治ったら、ミントちゃんとこのおかげだって、村中に叫ぶからね!”って言ったでしょ? 有言実行よ」

 デイジーが胸を張る。
 ミントの耳まで赤くなった。

「そ、そんな、叫ばなくても……」

「叫んだ方が早いんだよ、田舎の情報伝達は」

 ダンデライオンはにっと笑って、ひらひらと手を振った。

「ってなわけで。今日あたりから、忙しくなるかもしれねぇぞ、店主さん?」

 その言葉は、冗談半分、予言半分だった。

     ◇

 その日から、グリーンノートの一日は、目に見えて賑やかになった。

「ミントちゃん、最近眠れなくてねぇ」
「膝がさ、雨の前になるとズキズキしてなぁ」
「子どもの咳がずっと続いてて……」

 村のあちこちから、年齢も性別もバラバラな人たちがやってくる。

 ミントはひとりひとりに椅子を勧め、一人ひとりの話を聞いた。

 何が辛いのか。
 いつからか。
どんな仕事をしているのか。
 家ではどんなものを食べているのか。

 祖母タイムに教わったとおりに。
 そして、王都で身をもって学んだ「決して流れ作業にはしない」という決意どおりに。

 店の一角には、小さな紙が貼られている。

『薬は“人”に合わせるもの』

 祖母タイムの口癖を、そのまま書き写したものだ。
 ミントは客の話を聞きながら、ときどきその紙を横目で見て、心を落ち着かせる。

(焦らない。
 一番効きそうなものを決めつけない。
 目の前の人をちゃんと見る)

 その姿勢は、村人たちの目にも、少しずつ沁み込んでいった。

「ただ薬売りつけるんじゃなくてさ、“こういう時は無理しちゃダメですよ”って言ってくれるんだ」
「王都の薬より効くし、何より話してて楽なんだよなぁ」

 そんな会話が、井戸端会議のネタになっていく。

 数日も経たないうちに、「タイムばあさんの孫娘は腕がいい」という言葉は、この村の“常識”になっていた。

     ◇

 そして一週間もすると、その噂は隣村にも届いた。

「隣の村から来たんですけど、“腰の神様”がいるって聞いて……」

「誰が神様ですか、ダンデさんですねそれは」

 腰痛持ちのおじさんが、ダンデライオンから詳細な“体験談”を聞かされて、わざわざ歩いてやってきたらしい。

「王都の薬屋で薬買ってたんですけどね、飲んでる間はちょっと楽で、止めるとすぐ戻っちゃって」

「それなら、一緒に“生活の方”も変えていきましょう。
 無理のない範囲で、できるところから」

 ミントはそう言って、また姿勢や仕事の仕方を聞きながら、個別の配合を考える。

 その姿を見ていた隣村のおじさんは、帰り際にぽつりと漏らした。

「王都の薬より……なんか、“効きそう”だな」

 それは、薬の成分の話だけじゃない。
 自分の生活全体を見てくれる安心感への評価でもあった。

 こうして、「王都の薬より効く」という噂まで、勝手にセットで付いてくることになる。

「効く」という言葉が、一人歩きしているのは、少し怖くもある。
 期待されすぎるのもプレッシャーだ。

 それでも、ミントは姿勢を崩さなかった。

 どれだけ忙しくても、絶対に「次の人が待ってるから急いで」と自分を急かさないようにした。
 待たせてしまった人たちには、正直に詫びつつ、「ちゃんと見てもらえるならいいよ」と笑ってもらう。

(王都みたいに、“数”をこなすためだけの場所には、したくない)

 そう何度も心の中で繰り返す日々だった。

     ◇

 そんなある日。
 村に、久しぶりに“よそ者らしいよそ者”が現れた。

「この村に、“薬草店グリーンノート”って店があると聞いたが」

 昼下がり。
 グリーンノートの扉が開いて入ってきたのは、旅装束の男たち数人だった。

 軽装の鎧と、腰にぶら下げた剣。
 動きやすさ重視のマント。
 靴には、長距離を歩いた痕跡。

 一目で、「兵士か、傭兵か、その辺の人たちだ」とわかる出で立ちだ。

「い、いらっしゃいませ」

 ミントは少し緊張しながら、カウンターから出て頭を下げる。

「ここがそうか?」

 先頭に立っていた黒髪の男が、店内をざっと見回す。
 その視線は鋭いが、敵意は感じない。

 彼の後ろで、肩を押さえている青年がひとり。
 顔をしかめ、眉間に汗をにじませている。

「うちの隊のひとりがな。肩をやられてしまって」

「すみません。腕が上がらなくて……」

 青年が申し訳なさそうに頭を下げる。

「なるほど……。ちょっと診せてもらっていいですか?」

 ミントは奥の椅子を指し示し、青年を座らせる。
 その間に、黒髪の男たちがぞろぞろと店内に入り、棚に並んだ薬草や瓶を興味深そうに眺めていた。

「へぇ……田舎のはずなのに、意外と揃ってるな」
「香り袋? 女の子に人気出そうだぞこれ」

 そんな声が、そこかしこから聞こえる。

 ミントは気にしないようにしながら、青年の肩に触れた。

「どの辺が一番痛いですか?」

「ここらへん……です」

 青年が恐る恐る指し示したのは、右肩の少し後ろ。
 肩甲骨のあたりが、触っただけでわかるほど固くなっている。

「いつからですか?」

「三日前くらいから……。荷車を押してるときに、ちょっと無茶して」

「無茶、って?」

「坂道で、荷物がずり落ちそうになって、慌てて片腕で支えたら“ぐきっ”って」

「典型的なやつですね……」

 ミントは、怪我の瞬間を想像して眉を寄せた。

「他には? 痺れとか、腕のだるさとか」

「夜になると、腕全体が重くなって、寝返りのたびに目が覚めちゃって。
 明日には王都に戻らなきゃいけないんですけど、このままだと剣、まともに振れなくて……」

「なるほど」

 説明を聞きながら、ミントは頭の中で組み立てていく。

(急な衝撃で筋肉と筋を痛めて、そのまま負担かけ続けた結果……炎症と緊張のダブルパンチ)

 触診を続けながら、ミントはふと顔を上げた。

(でも、この押し方、前にも――)

 青年の後ろに立つ兵士たちの中で、ひとりだけ、じっとこちらを見ている男がいる。

 鎧は他の者と同じだが、立ち方が違う。
 姿勢に隙がなく、視線は常に全体を把握しながら、必要なところだけを切り取って見ている。

 金と琥珀のあいだのような瞳。
 少し長めの前髪。
 前よりも整った装備。
 そして、前よりも“仕事中”の空気をまとった横顔。

「……え?」

 ミントの口から、間の抜けた声が漏れた。

「どうかしたか?」

 黒髪の男が首をかしげる。

「い、いえ、その……。もしかして、サフランさん、ですか?」

 兵士たちの列の後ろから、静かな声が返ってきた。

「ようやく気づいたかと思った」

 列をかきわけるようにして前に出てきたのは、紛れもなく、あの日森で拾った“謎の青年”だった。

 ただし、あのときとは違っている。

 装備はきちんと手入れされ、動きやすくまとめられているし、左腕は完璧に回復している。
 背負った荷物も、明らかに“ただの旅人”のものではない。

「さ、サフランさん……!」

「久しぶりだな、ミント」

 サフランは軽く片手を上げ、以前と変わらない、少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた。

「ここが、“薬草店グリーンノート”か」

「え、あ、はい。えっと、本当に、来てくれたんですね……」

(“近いうち必ずまた来る”って言ってたけど……本当に来る人いるんだ)

 心の中で、妙な感動がじわじわ湧き上がってくる。

 その間にも、青年は肩を押さえているし、店内には別の意味での緊張感が漂っていた。
 ミントは慌てて現実に戻る。

「サフランさん、お知り合い?」

 黒髪の男が、少しだけ意外そうに尋ねる。

「一度、世話になった」

 サフランは短く答えた。

「森で瀕死になってたときに拾われてな。ここの薬に、命を取られるどころか救われた」

「瀕死って言い方やめてください、心臓に悪いです」

 ミントが思わずツッコむと、周りの兵士たちが「えっ」「瀕死?」とざわついた。

「お前、そんな状態だったのかよ……!」
「そりゃ王都からこの村に寄り道するわけだ」

 サフランは、騒ぐ仲間たちを軽く一瞥してから、ミントを見る。

「だから、今回は最初からここを目的に寄った。ここの薬は、一度お世話になっているからな」

「さらっと言いますけど、その言い方、なんか照れますね……」

 頬が少し熱くなるのを感じながら、ミントは咳払いをした。

「とにかく。サフランさんのお知り合いなら、なおさら気合い入れて診ますよ」

 青年に向き直り、包帯と膏薬の用意をする。

「まず、冷やすより先に、炎症を落ち着かせて……それから筋肉をゆるめる方向で」

 口の中でブツブツと段取りを呟きながら、ミントは手際よく作業を進める。

 痛い場所と、その周辺に、祖母直伝の膏薬を薄く塗る。
 その上から、ミント特製の“温かくても熱くなりすぎない”軟膏を重ねる。

 指先で軽く押して、少しだけ動かしてみる。
 青年は最初こそ顔をしかめたものの、次第に表情が緩んでいった。

「……あれ?」

「痛み、さっきよりどうですか?」

「さっきは、ここ触られただけで“うっ”ってなってたんですけど……今は、押されてる感じはするけど、そんなに痛くないというか」

「完全に取るには少し時間かかりますけど、このまま温めて、軽く動かすのを続けていけば――」

 ミントは、肩のストレッチを簡単に教えながら、言葉を続けた。

「明後日くらいには、普通に剣振れるぐらいまでには戻るはずです。
 ただし! 今日と明日は絶対無茶しないこと!」

「了解しました!」

 青年は真剣な顔で頷く。

 その様子を見ていた他の兵士たちが、口々に感嘆の声を上げた。

「すげぇな、本当に」
「見てるだけで効いてる気がするんだけど」
「王都にこんな薬師がいたら、宮廷に引っ張られるぞ」

「王都にいたけど、追放されました」

 つい口が滑ってしまって、ミントは自分で自分の口を押さえた。

「あ、ごめんなさい今のは忘れてください。
 えっと、とにかく、ここではちゃんとやってますので!」

 兵士たちは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑いに変わった。

「追放されてこの腕か……王都の見る目がないのか、お前が異常なのか」
「両方じゃない?」

「両方否定したいところですが、たぶん半分ずつくらいです……」

 ミントが困ったように笑うと、その隣でサフランがふっと目を細めた。

 店の中を、もう一度ゆっくりと見渡す。

 棚に並んだ、多種多様なハーブ。
 ラベルに書かれた、「肩こりさんへ」「眠れない夜に」といったメッセージ。
 片隅に貼られた、祖母タイムの言葉。

『薬は“人”に合わせるもの』

 それを見たサフランの表情が、一瞬だけ柔らかくなった。

(……やはり、ここは)

 心の中で、静かに呟く。

(王都に知られるべき場所だ)

 大げさな宣伝や、目を引く看板があるわけじゃない。
 でも、この小さな店には、“本物”が詰まっている。

 王都で、机上の理論だけを振りかざしている薬師たちに、見せつけてやりたいくらいに。

「ミント」

「はい?」

「この店、いつまで続けるつもりだ?」

「えっ」

 唐突な質問に、ミントは目をぱちくりさせた。

「えっと……できるなら、一生?」

 自分で言って、自分で照れる。
 でも、嘘じゃない。

「ここが、私の場所なので。
 王都では、結局“借りてる場所”って感じしかしなくて。
 ここは……ちゃんと、地面に足がついてる気がするから」

 サフランは、その答えを聞いて、ふっと息を吐いた。

「そうか」

 短い言葉の中に、どこか安心したような色が混じっている。

「じゃあ、こちらも安心して“次”のことを考えられる」

「“次”……?」

「なんでもない」

 サフランはそれ以上は言わず、代金を置いていこうとする兵士たちを制した。

「ここは俺がまとめて払う。
 俺個人としての礼だ。……領収書は必要ない」

「いえ、そんな、ちゃんと人数分もらってください」

「これでもまだ足りないくらいだ。腕と命の礼としてはな」

 さらりと言われて、また頬が熱くなる。

 支払いを終えた兵士たちは、それぞれ小さな香り袋や携帯用の軟膏も買い込んでいった。
 「恋人への土産だ」「遠征先で使う」など、理由は様々だったが、そのどれもがミントには眩しく見えた。

「じゃあな、ミント」

 扉の前で、サフランが振り返る。

「またしばらく顔を出せないが……そのうち、“別の形”でも世話になる」

「べ、別の形?」

「楽しみにしておけ」

 意味ありげな言葉を残し、サフランは仲間たちと共に村を後にした。

 扉が閉まり、店内に静けさが戻る。

 ミントはしばらくその場に立ち尽くし、ぼんやりと扉を見つめていた。

「……別の形って、何?」

 問いかけても、答える人はいない。
 でも、胸の中で、不思議な予感だけがふわふわと漂っていた。

     ◇

 その日の夕方。
 グリーンノートの前を通る村の子どもたちが、こんな会話をしているのが聞こえた。

「ねぇ知ってる? ダンデおじさんの腰、治ったの、あそこのミントお姉ちゃんのお店なんだって」
「旅の兵隊さんたちも来てたよね。すっごい偉そうな人もいた!」
「お母さんが言ってた。“あの子は田舎の奇跡薬師だ”って」

「……田舎の、奇跡薬師?」

 店の中から、ミントはそっと耳を澄ます。

「奇跡なんて大げさだよ……」

 苦笑しながらも、その言葉が胸の中にじんわりしみ込んでいく。

 田舎娘。
 追放者。
 役立たず。

 そんなラベルで塗りつぶされていた自分に、新しい名前が貼られようとしている。

 “田舎の奇跡薬師”。

「……変なあだ名」

 こっそりそう呟きながら、ミントは棚の薬草を整える手に少しだけ力を込めた。

 外では、夕焼けが村をオレンジ色に染めている。
 グリーンノートの小さな窓から漏れる灯りは、その色とゆっくり混ざり合っていく。

 この日、サフランの心の中でされた“ひとつの決意”が、後に王都を巻き込む大騒ぎの始まりになることを――
 ミントはまだ、知る由もなかった。
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