田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト

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第7話「グリーンノート大繁盛と、ミントの葛藤」

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 その日も、グリーンノートの一日は、扉を叩く音から始まった。

「ミントちゃーん、もう開いてるー?」

 デイジーの声だ。
 まだ看板を裏返す前なのに、扉の向こうから元気な声がする。

「は、はい! 今開けますー!」

 慌てて鍵を外して扉を開けると、デイジーだけでなく、その後ろにすでに三人ほど並んでいた。

「今日はちょっと早く来ちゃった。みんな、“朝のうちに行った方が空いてる”とか言うからさ」

「全然空いてないですね……」

 ミントは苦笑しながらも、胸の奥が少しだけ誇らしい。

 数日前まで、ここはただの古い小屋だった。
 今は、“開店前から列ができる店”になっている。

「じゃあ、順番にお話聞いていきますね。最初はデイジーさんじゃなくて、後ろの方からどうぞ。デイジーさんは会計係なので」

「そう、私はスタッフなの。お客さんじゃないの。すごいでしょ?」

「はいはい、“すごいスタッフさん”です」

 軽口を交わしながら、デイジーはカウンターの奥へ回り込む。
 腰には小さな袋。中には、当座の釣り銭が入っている。

「じゃ、私はお金とお客さんの流れ見てるから、ミントちゃんは診察と処方に集中して。ほら、次の方~、どうぞ~」

 半分遊んでいるようでいて、仕事ぶりは的確だ。
 誰が先に来て、誰が後から来たのか、デイジーはちゃんと覚えている。

「村長は?」

「ああ、あの人なら外で荷車と格闘してるわよ。ほら、さっき薬草の束どっさり届けてくれたでしょ?」

「あれ村長だったんですか……」

「そうよ。“腰が悪いダンデの分まで働かねぇとな”って言いながら運んでた」

「ダンデさん、今いちばん元気じゃないですか……」

「そうなのよねぇ、あの人、もう“元腰痛患者”って名乗ってるから」

 そんな会話をしている間にも、店の中には人が増えていく。

 肩こりのおばさん。
 夜になると咳が止まらない子ども。
 足をくじいた青年。
 最近どうにも眠りが浅いという老人。

 村だけでなく、隣村やそのまた向こうの小さな町からも、人がやってくるようになっていた。

「“田舎の奇跡薬師”って、ここですか?」

「その呼び方、本当にやめてほしい……!」

 ミントは耳まで真っ赤にしながらも、一人ひとりに椅子を勧める。

「まず、お話聞かせてください」

 夜が明けてから、日が傾くまで。
 その言葉を何度繰り返したかわからない。

 脈を取り、舌の色を見て、触って、話を聞いて、生活を想像する。
 そこから、ひとりひとりに合う薬の形を選ぶ。

 ティーがいいのか。
 軟膏がいいのか。
 湿布がいいのか。
 それとも、ほんの少しの食事のアドバイスだけで足りるのか。

(早くしなきゃ、って思ったら負け。
 早く終わらせることが目的じゃない)

 頭の中で、何度も自分に釘を刺す。

 けれど、窓の外にちらりと見える“まだ並んでいる人の影”が、どうしても気になる。

(この人を長く待たせたら、悪いかな。
 でも、ここで手を抜いたら、きっと後で私が後悔する)

 心の中で綱引きが続く。

 そんなミントの背後で、デイジーが絶妙なタイミングで声をかける。

「お次の方は、座って待っててくださいね~。ミントちゃん、今ちょっとだけ詰まってるから、その分ちゃんと診てもらえますよ~」

 そう言われると、待っている人も「じゃあ、ゆっくりでいいよ」と椅子に腰を下ろしてくれるのだ。

(……助かる)

 ミントは、心の中で何度デイジーに頭を下げたかわからない。

     ◇

「ふー……」

 昼を過ぎた頃、一瞬の合間を縫って、ミントは裏の小さな休憩スペースに腰を下ろした。

 目の前には、午前のうちに空になったハーブの瓶たちが並んでいる。

「こんなペースで出ると思わなかった……」

 想定の二倍。
 嬉しい悲鳴、というやつだ。

 ……本当に、悲鳴に近い。

「夜に仕込み増やさないと足りないな。あ、でも明日の分の乾燥がまだ――」

「ミントちゃん、水水。まず水飲んで」

 背後からデイジーが水の入ったカップを差し出す。
 ミントは「ありがとうございます」と受け取り、一気に半分まで飲み干した。

「はぁ……生き返る……」

「生き返ってもらわないと、こっちが困るの。ほら、あんた倒れたら村じゅうの健康バランス崩れるからね」

「そんな大げさな……」

「大げさじゃないわよ。あんたの店に通うようになってから、“無理する前に相談しよう”って人増えたんだから」

 デイジーは、腰に手を当てて言う。

「昔は、“我慢できなくなるまで我慢して、限界になったら王都の医者に行く”って人が多かったのよ。
 でも今は、“ちょっとおかしいな”って思ったら、ここに来るようになった」

「……それは、いいことですね」

「そう。だからミントちゃん、倒れないでね。あなたが病んだら笑えないから」

「重い……でも、がんばります」

 くすりと笑い合う。

 ふと、ミントの視線が、店の奥の棚に向いた。

 そこには、鍵のかかった引き出しがある。

 誰にも見せていない、ミントだけの配合表と、試行錯誤の記録が入っている場所だ。

「……どしたの?」

 デイジーが首をかしげる。

「あ、いえ……その、最近ちょっと、怖いなって思って」

「怖い?」

「こんなに人が来てくれて、“効いた”って言ってくれて、それはすごく嬉しいんですけど……。
 もし私の処方を、誰かが適当に真似して、変な使い方しちゃったら、どうしようって」

 口にして初めて、自分の不安が形になる。

「私の配合って、全部“その人用”に調節してるから。
 体質合わない人が飲んだら、効かないどころか、逆に具合が悪くなるかもしれないんです。
 ……だから、最近、“本当に大事なレシピ”は誰にも見せないようにしてて」

 言いながら、胸の中がちくりと痛む。

 村の人たちは、誰も悪意を持っていない。
 手伝いに来てくれている。
 でも、その中に、「ちょっと盗み見してやろう」と思う人が、もしかしたら紛れているかもしれない。

 王都で、散々そういう人間を見てきた。

「そりゃそうよ」

 デイジーは、あっさりと言った。

「自分の腕と頭で作り上げた配合なんだから、簡単に人に渡さなくていいの」

「レシピ隠してても、怒られないですか?」

「怒る人がいたら、私が怒るから大丈夫」

 デイジーは胸をどーんと叩いてみせる。

「“薬は人に合わせるもの”なんでしょ? だったら、“人に見せる用の基本レシピ”と、“ミントちゃん専用の調整レシピ”を分けとけばいいのよ」

「……なるほど」

「誰かが真似しても、“基本レシピ”だけなら、そこまで危ないことにはならないわよ。
 細かい調整の部分は、ミントちゃんが持ってればいい」

 あまりにもシンプルな答えに、ミントは目を瞬いた。

(そうか。
 全部隠すか、全部公開するかの二択じゃなくていいんだ)

 王都では、“貴族のものは全部貴族のもの”みたいな空気があった。
 自分の知識や配合も、勝手に「家の財産」として扱われる。

 だから、自分のものを守ろうとすると、とたんに「生意気だ」「分をわきまえろ」と言われた。

「ここは王都じゃないのよ」

 デイジーが、ミントの額をこつんと小突く。

「あんたが“こうしたい”って言ったら、“そうしよう”って言ってくれる人の方が多い場所なの。
 怖かったら、怖いって言えばいいし、嫌だったら嫌って言っていい」

「……ありがとうございます」

 本当に、助かっている。
 薬草のことは詳しくても、“人のこと”はまだまだわからない。
 そういうところを、村の人たちが補ってくれている。

 しかし――。

 午後に入り、客足がさらに増え始めた頃。
 ミントの胸には、別の種類の不安が育ち始めていた。

(このペース、ずっと続いたらどうしよう)

 目の前の患者の顔と、入り口付近の列を交互に見ながら、喉の奥がじわじわと乾いていく。

 扉の前には、常に三、四人が並んでいる。
 店の中には、椅子に座って順番を待つ人たち。
 外には、通りすがりに「今から入れるかな」と様子を伺う人たち。

 デイジーや村長、他の村人たちが交代で手伝ってくれているから、なんとか回っている。
 それでも、ミントの手は一つしかない。

(私ひとりで、どこまでやれるんだろう)

 脳裏に、王都の屋敷での光景がちらつく。

『田舎娘のくせに、有能ぶって』
『身の程知らず』

(あの時は、“私なんかが偉そうにしてるから、嫌われるんだ”って思ってた。
 でも今は、“私なんかの腕で、本当にこんなにたくさんの人を診ていいのかな”って怖くなる)

 ミントは、カウンターの影でそっと手のひらを見る。

 小さな傷跡がいくつかと、薬草の染み。
 祖母タイムに「いい手だね」と何度も言われた手。

「……本当に、“いい手”なんだろうか」

 呟きは、誰にも聞こえない。

 失敗したらどうしよう。
 見落としで誰かが倒れたらどうしよう。
 “奇跡薬師”なんて呼ばれてる分、期待を裏切った時の反動も大きい。

(田舎娘の私が、ここまでやっていいのかな)

 その問いは、昼から夜まで、何度も胸の中をめぐった。

     ◇

 日が沈み、最後のお客を見送った頃には、ミントの体は鉛みたいに重くなっていた。

「本日の営業、終了~!」

 デイジーが扉の看板を「お休み中」に裏返し、ばたんと閉める。

「ふぅ……今日もよく働いたわね、ミントちゃん」

「デイジーさんこそ、ずっと立ちっぱなしで……」

「私はおしゃべりしてただけだから平気よ。あんたは“頭と心と手”全部使ってたんだから、ちゃんと休みなさい」

 デイジーは「また明日ね」と手を振り、帰っていく。
 村長も、「明日の朝、また薬草持ってくるからな」と笑って小屋を後にした。

 静けさが戻った店内。
 さっきまで人で埋まっていた椅子も、今は空っぽだ。

 ミントは、カウンターに両肘をついて、ゆっくりと息を吐いた。

「……疲れた」

 口に出してみると、一気に力が抜ける。
 足がぎしぎしと軋み、腰も少し悲鳴を上げている。

「こういうとき、自分に腰用の軟膏塗りたいな……」

 冗談めかして呟きながら、また手のひらを見る。

 この小さな掌で、今日一日だけで、何人の体に触れたんだろう。
 何人の話を聞いたんだろう。

「私の力で足りるのかな……」

 ぽつりと落ちた言葉は、店の木の壁に吸い込まれていく。

 田舎娘。
 追放。
 役立たず。

 王都で貼り付けられたラベルが、まだ完全には剥がれていない。

(ここで、もし一つでも大きく間違えたら、“やっぱり田舎娘には無理だった”ってことになるのかな)

 そんな考えが、じわじわと心を侵食する。

 そのとき――。

 コンコン、と、控えめなノックの音がした。

「今日はもう閉店なんですが……」

 ミントが扉の方に向かって声をかけようとした瞬間。

「非常事態かもしれない。中に入ってもいいか?」

 聞き覚えのある、落ち着いた声。

「えっ」

 慌てて扉を開けると、そこには、見慣れた金と琥珀の瞳があった。

「さ、サフランさん!?」

「非常事態だ。腹が減った」

「非常事態の質が低い!」

 思わず全力でツッコんでしまう。

 サフランは、いつもの軽い鎧ではなく、簡素な旅装束姿だった。
 肩には小さな布袋がかかっている。

「通りがかったついでに、差し入れを持ってきた」

 布袋をテーブルの上に置くと、中からパンと、陶器の小さな容器が出てくる。
 まだ温かい。

「パンと、野菜と豆のスープだ。ここの村に来る前の町で手に入れた」

「……もしかして、本当に“私のため”に?」

「他に誰がいる?」

 ミントは、一瞬言葉を失う。

「いつも夜遅くまで明かりがついていると聞いた。
 昼も常に客が並んでいると聞いた。
 それで、食事をまともに摂っているのか、少し心配になった」

「う……ぐさっ」

 心に刺さる音がした。

「食べてなかったのか?」

「食べてます。ちゃんと、パンをかじりながら仕事して……」

「それは“食べている”とは言わない」

 サフランは半眼になり、ため息をつく。

「とにかく、座れ。話はそれからだ」

「患者さんみたいな扱いだ……」

 文句を言いながらも、ミントは素直に椅子に座る。

 サフランがスープの蓋を開けると、ふわっと温かい匂いが広がった。
 豆の甘さと、野菜の優しい香り。

「……いい匂い」

「冷めないうちに食え」

「いただきます」

 パンをちぎり、スープに浸して口に運ぶ。

 体の中に、じんわりと温かさが広がっていく。
 胃が、驚いたように動き出す。

「おいしい……」

「それはよかった」

 サフランは向かいの椅子に腰を下ろし、ミントの様子を静かに見つめていた。

 しばらくの間、スープとパンの音だけが小さく響く。

 ミントが一杯を飲み終え、ほっと息をついたところで、サフランが口を開いた。

「今日は、よく働いたようだな」

「……噂、早いですね。王都っていうか、サフランさんっていうか」

「この村に寄る前に、隣町の宿で“奇跡薬師のミント先生の話”を聞かされた」

「“先生”やめて……!」

 顔を覆いたくなる。

「“先生”はまだ早いです。私はただの田舎娘で……」

「まだ言うか」

 サフランは、少しだけ呆れたように目を細めた。

「自分を過小評価しすぎるな」

「……でも」

 反射的に返事が喉につかえる。

「でも、怖いんです。
 こんなに人が来てくれて、“効いた”って言ってくれて、それは本当に嬉しいけど……。
 私の知らないところで、私の薬が変なふうに使われて、誰かが倒れたりしたらどうしようとか。
 それに、私ひとりの判断で誰かの命を左右するかもしれないって考えると、怖くて」

 スープで温まったはずの胸のあたりが、きゅっと冷たくなる。

「王都で、“田舎娘のくせに”って何度も言われて。
 ……その言葉、まだたまに頭に残ってて」

 そこまで言って、自分で「しまった」と思った。
 こんな弱音を吐いてどうするんだ、と。

 けれど、サフランは笑わなかった。

「――なら、なおさらだ」

 静かな声。

「“怖い”と思える奴の方が、よほど信頼できる」

「え?」

「自分の腕を疑わず、他人の命を軽く見る連中に比べればな。
 “自分の選択で誰かが死ぬかもしれない”と怖がる奴は、その分だけ踏み込み方に慎重になる」

 サフランは視線をミントの手に落とす。

「お前の手は、俺の腕を救った。
 森の中で、ろくな器具もない場所で、“まだ間に合う”と自分に言い聞かせながら動いた手だ」

 ミントの脳裏に、あの日の光景がよみがえる。

 雨上がりの森。
 焦げた傷。
 震える自分の手。

「怖がりながらも動いた手だからこそ、無茶をせずに済んだ。
 その結果、俺は今こうして腕を動かせている」

 サフランは、軽く左腕を回してみせる。

「田舎娘だろうが王都育ちだろうが、人を救う手は救うし、殺す手は殺す。
 どこで生まれたかなんて、どうでもいい」

「……どうでも、いい」

 その言葉は、あまりにも簡単で、あまりにも重かった。

「お前は今、“田舎の店主”として、人に感謝されている。
 王都でどれだけ否定されようと、それは変わらない事実だ」

 ミントの胸の中で、何かが静かにほどけていく感覚があった。

 王都での自分は、ずっと“ダメ出しされる側”だった。
 いくら頑張っても、「田舎娘」「使用人」「身分相応に」と言われ続けた。

 でも、ここでは――。

(私は、“田舎の店主”なんだ)

 ミントは、ゆっくりと自分の手を握ってみる。

 この手で薬を作って、この手で人の肩や腰や背中に触れて、この手で小さな店を回している。

 王都がどう言おうと、村の人たちは「ありがとう」と言ってくれる。
 サフランは「命の恩人だ」と言ってくれた。

「……なんか、ちょっとだけ、安心しました」

 ミントは、スープの残りを見つめながら呟いた。

「怖いのが消えたわけじゃないですけど。
 でも、“怖いと思ってもいいんだ”って言われたら、少しだけ息がしやすくなった気がします」

「それでいい」

 サフランは静かに頷く。

「怖さを忘れた時が、一番危ない。
 お前はそのままでいい。ただ、倒れるな」

「それ、患者さんにも言ってますよね?」

「当然だ」

 ふっと笑い合う。

 窓の外には、夜の帳がすっかり降りていた。
 森の向こうから、虫の声がかすかに聞こえる。

「サフランさんは、またすぐ王都に戻るんですか?」

「今夜はこの村の宿に泊まる。明日には出る予定だ」

「そう、なんですね」

 少しだけ寂しい。
 でも、それを口に出すのは、まだ気恥ずかしい。

「また来るさ」

 サフランは、立ち上がりながら言った。

「お前の店が潰れてなければ、な」

「縁起でもないこと言わないでください!」

「大丈夫だ。ここが潰れるとしたら、“繁盛しすぎて体を壊す”くらいだ」

「それはそれで嫌です!」

 ツッコミを入れながらも、胸の奥は温かかった。

 扉まで見送りに行くと、サフランは振り返らずに片手を上げる。

「ミント。もう一度だけ言っておく」

「はい?」

「自分を、過小評価しすぎるな」

 扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。

  店の中に、再び静けさが戻る。

 ミントは、自分の手のひらをそっと見つめた。

 田舎娘の手。
 追放された元使用人の手。
 そして今、グリーンノートの店主の手。

「……明日も、がんばろう」

 小さく呟いて、ランプの火を落とす。

 真っ暗になった店内。
 だけど、胸の奥には、小さな灯がひとつ、確かに光っていた。
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