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第9話 二人で試す初めての共闘
しおりを挟む「……本当に、行くのね」
診療所の入口で、治療師さんが腕を組んで仁王立ちしていた。
その視線は、私とライアンの全身を、上から下までじろりと舐める。
私は簡素な布の上着に動きやすいズボン、腰には村長から借りた小さなポーチ。
中には包帯と簡易解毒薬と、アロイス老が詰め込んだよくわからない薬草袋がぎゅうぎゅうに入っている。
隣のライアンは、もうすっかり見慣れてきた軽装の鎧姿。
王都で着ていた正式な騎士の装備じゃなくて、村の鍛冶屋さんが直してくれた寄せ集めの装甲だけど、彼が身に着けるとどこか「本職」に見えてしまうから不思議だ。
「小さな魔獣が畑近くに出てるって話だろ。
村人だけで対処できてないなら、試すにはちょうどいい」
ライアンはいつもの落ち着いた声で言う。
その横で、私は若干引きつった笑顔を浮かべていた。
「“試す”って軽く言ったけど、こっちは初めて魂装ちゃんと狙って呼び出すんだよ!?
ほぼ実技テストなんだけど!?」
「座学より実技だろ」
「元・魔導省の人間にそのセリフ言う?」
ぶーぶー文句を言っても、ライアンの決意は揺るがない。
治療師さんは深いため息をひとつ。
「……村長もアロイスも、あんたらを止める気はないようだしねぇ。
どうしても行くっていうなら、必ず“戻ってくる”こと。これは条件」
「はい」
「了解しました」
二人で同時に頷くと、治療師さんは渋々というふうに肩をすくめた。
「村の入口で、村長と子どもたちが見送ってくれるってさ。……あんまりカッコつけすぎて転ばないようにね」
「フラグ立てないでください」
心の中で土下座する勢いで懇願しながら、私は診療所をあとにした。
***
村の外れ。
畑が途切れ、低い草むらと小さな林が始まる境目に、即席の見張り台が立っていた。
その下で、村長と村の男衆、そして子どもたちが待っている。
「おう、来たか」
村長のバルドが、手を振ってくれた。
「あの……本当に私たちで大丈夫なんですか?」
正直、不安しかない。
森の魔獣は“ほぼ事故の産物”で倒したようなものだ。
ちゃんと狙って能力を使える自信は、まだ半分もない。
「そりゃあ、できるならわしらだけで何とかしたいがね」
村長は畑の方を振り返る。
「このへんに出るのは、森の奥の化け物とは違う、小型の魔獣だ。
けれど、こいつが厄介でね」
畑の一部が、ぐしゃぐしゃになっている。
土が抉れ、作物がなぎ倒されていた。
「人を殺すほどじゃないが、作物を荒らす。
追い払おうとすると、牙を向いてくる。
しかも最近は数が増えてきている」
「森の大物が消えた影響、かもしれませんね」
ライアンが静かに分析する。
「上位の捕食者がいなくなると、下の連中が自由に動き始める。
よくある話だ」
「よくあるって言わないで。怖さ増すから」
言いながらも、私はポーチの紐をきゅっと結び直した。
村長がにやりと笑う。
「とはいえ、あれだけの魔獣を退治した二人なら、小型の一匹や二匹、何とかしてくれるだろう」
期待。
その言葉に、胃のあたりがキュッとなる。
(期待、されてる……)
王都では、『期待外れ』のレッテルばかり貼られてきた。
だからこそ、今この期待が、すごく怖い。
「エリア」
隣で、ライアンが小さく囁いた。
「無理はするなよ」
その一言で、ほんの少しだけ肩が軽くなる。
「……うん」
深呼吸をひとつ。
「とにかく、“やってみる”」
怖い。
けれど──もう逃げたくなかった。
***
村の外れの草むらは、森ほど暗くはない。
木々も低く、空がちゃんと見える。
それでも、土の匂いと草のざわめきが、何かを隠している気配はあった。
ライアンが先頭に立ち、私は半歩後ろをついていく。
彼の手には、村の鍛冶屋が研ぎ直した剣。
私の手は、緊張で汗ばんでいた。
「エリア、さっき教えた通り、自分の“中心”を意識しろ」
ライアンが後ろを振り返らずに言う。
アロイス老に叩き込まれた、魂装を呼び出すためのイメージトレーニングの復習だ。
「胸の奥にある歯車を思い浮かべて、その回転を少しだけ“表に”引き出す。
引き出しすぎると暴走するから、呼吸と合わせて緩めたり締めたりする」
「言うのは簡単なんだよなぁ……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、私は目を閉じる。
胸の奥。
暗闇の中に、ひとつの歯車が浮かんでいるイメージ。
最初に目覚めたときより、少し小さくて、でも確かにそこにある。
それを、そっと押し上げるようなイメージで、意識を集中させる。
カチ。
微かな音がした。
指先が、じん、と熱くなる。
目を開けると、掌の上に小さな光の粒が浮かんでいた。
「あ……」
成功、したのかもしれない。
そう思った瞬間──
ぐわっ、と。
胸の奥の歯車が、勝手に回転を早め始めた。
「うわっ、うわうわうわっ!?」
空気が、きしむ。
目の前の景色が少し歪む。
地面の草が、風もないのにざわざわと逆立った。
指先の光の粒が、一気に増幅していく。
小さな歯車がいくつも現れ、制御しきれないほどの速度で回転を始めた。
「ちょ、待って、落ち着け私!? ブレーキどこ!?」
「エリア、深呼吸!」
ライアンの声が飛んでくる。
「吸って、吐いて! 力を“緩める”方に意識を──」
「無理無理無理無理!! なんか世界がメキメキいってる!!」
本当に、空間が軋み始めていた。
目に見えない「時間の板」みたいなものにひびが入って、亀裂が走るイメージが頭の中に流れ込んでくる。
やばい。
このままだと、小さな魔獣退治どころか、このへん一帯の“時間”をめちゃくちゃにしてしまう。
パニックで頭が真っ白になりかけた、そのとき。
「エリア」
ライアンが、ものすごく真面目な声で言った。
「……そんな顔してると、眉間のシワが一生消えないぞ」
「こんなタイミングで美容の話!?」
思わずツッコんだ瞬間、少しだけ呼吸が楽になった。
胸の歯車の回転が、ほんの少し落ち着く。
ライアンは続ける。
「いや、将来“シワシワおばあちゃんエリア”になるの嫌だろ」
「やめて!! 未来予知やめて!!」
完全にツボを突かれた。
頭の中に、歯車の檻の代わりにシワシワの自分が浮かんでしまって、逆に力が抜ける。
息がしやすくなり、歯車の回転も「暴走モード」から「高速回転」くらいに落ちていく。
空間の軋む感じも薄れた。
「……今の、狙ってやった?」
まだ肩で息をしながら聞くと、ライアンは片眉を上げた。
「半分はな」
彼の頭の中に浮かんだ、未来の線。
「このままエリアがパニックを起こして時間軸をひび割れさせる未来」
「真面目に落ち着けと言っても聞こえない未来」
「変な冗談を挟んで余計混乱させる未来」
そんな線が、幾本も見えていた。
その中から、彼は「一番マシそうなやつ」を選んだ。
──エリアがツッコミに回って、結果的に緊張が緩む未来。
その線以外を、さりげなく切る。
どうでもいい小さな分岐だ。
世界の行く末を左右するほどじゃない。
だから、頭痛もかすかにするだけで済む。
(こういう使い方なら、多少は安全か)
ライアンは内心でそう判断していた。
エリアが少し落ち着いたのを確認し、彼は真面目な声に戻る。
「今の感じ、覚えとけ。
暴走しそうになったら、わざと“どうでもいいこと”を考えるんだ」
「どうでもいいことって……」
「例えば今日の晩ご飯何にするかとか、村のネコどっちがかわいいかとか」
「どっちも重要案件なんだけど」
そこまで言ったとき。
草むらの奥で、ガサリと音がした。
二人同時に顔を上げる。
低いうなり声。
草の間から、黄色い目が二つ、こちらをじっと見ていた。
「来た」
ライアンが剣を構える。
姿を現したのは、黒い毛並みを持つ犬のような魔獣だった。
大きさは大型犬くらい。
でも、背中からは硬そうな棘のようなものが生えている。
口には鋭い牙。
そこからは、あの森の魔獣ほどではないけれど、じっとりした黒い唾液が垂れていた。
「グルルル……」
低い唸り声が、喉の奥から響く。
「サイズ感だけ見れば“ちょっと怖い野犬”なんだけど、棘とよだれが完全にアウトだね」
私が小さく呟くと、ライアンが苦笑した。
「エリア。さっきみたいに暴走はさせるな。
“守る”ことだけに意識を絞れ」
「……うん!」
もう一度、胸の奥の歯車に意識を向ける。
今度は、ゆっくり。
大きく息を吸って──吐く。
回転は、さっきほど急じゃない。
じわじわと、でも着実に速度を上げていく。
掌に、光の粒が集まる。
今度は、暴れさせない。
「前に出す」方向じゃなくて、「周りに巡らせる」イメージで。
「──来る」
ライアンの声と同時に、魔獣が飛びかかってきた。
低い姿勢から、一気に踏み込み。
地面を蹴る力が、土を跳ね上げる。
牙が、まっすぐこちらに向かってくる。
私の足が思わずすくみそうになった、その瞬間。
光の歯車が、ぱんっと弾けた。
「──《展開》」
自分でも驚くくらい、自然に言葉が出ていた。
足元から、無数の光の線が上へと伸びる。
それが空中で絡まり、重なり合い、鎖の形を取る。
鎖と鎖が繋がり、輪になり、歯車の縁を縫うように走る。
目の前に、光の防御陣が展開された。
円形の、幾重にも重なった光の輪。
その周囲を、鎖と歯車がぐるぐると回転している。
──鎖と歯車で構成された、防御陣。
魔獣の牙が、そこにぶつかった。
ギィン、と金属を殴ったような音がして、衝撃が腕に伝わる。
「っ……!」
腕が痺れる。
でも、防御陣は破れなかった。
鎖が震え、歯車が一瞬空回りしかける。
けれど、そのたびに別の鎖が絡み、回転を補正していく。
魔獣の牙が、光の表面を引っ掻く。
火花みたいな光が散る。
(守れてる……!)
それだけで、胸が熱くなる。
ライアンが、その隙を逃さなかった。
彼の視界には、魔獣から伸びるいくつかの線が見えていた。
「このまま突進を続けて、防御陣を破る未来」
「跳ね飛ばされて逆に暴れ回る未来」
「鎖の隙間を狙ってエリアにかみつく未来」
どれも、ロクでもない。
その中から、ひとつだけ違う線があった。
──防御陣に弾かれて一瞬バランスを崩す未来。
彼は迷わず、それ以外の線を切る。
バツン、バツン、と小さな音が連続して響くような感覚。
結果として──
魔獣は、防御陣に突撃した勢いを殺しきれず、前足を滑らせた。
肩から地面にぶつかり、体勢が崩れる。
背中の棘が、空を切った。
「今だ」
ライアンが駆ける。
一歩。
二歩。
距離を詰めながら、頭の中にまた線が走る。
「自分が喉を狙って失敗する未来」
「棘の反撃で肩を抉られる未来」
「エリアの防御陣に自分がぶつかって転ぶ未来」
(最後のは切っとく)
どうでもいい未来線を一本切ると、体が少し軽くなった気がした。
剣を振りかぶる。
魔獣の首筋。
血管の走り方、筋肉の流れ──そういうものが、妙にクリアに見える。
そこで、また一本の線が見えた。
「ここを斬れば、一撃で決められる未来」
その線は、細いけれど、まっすぐだった。
彼は、その線だけを残し、その他を切る。
──シュッ。
剣が走る。
抵抗。
骨に当たる感触。
それを押し切る力。
次の瞬間、魔獣の唸り声が止まった。
ドサリ、と重い音を立てて、地面に崩れ落ちる。
鎖の防御陣が、役目を終えたように静かにほどけていく。
光の歯車が、ひとつ、またひとつと消えていった。
「……や、れた……?」
私はまだ信じられない気持ちで、倒れた魔獣を見下ろしていた。
森のときみたいな、世界を揺るがすような戦いじゃない。
相手はあくまで“小型の魔獣”だ。
でも。
今度は、偶然じゃない。
狙って呼び出した。
狙って守った。
狙って倒した。
「わぁぁぁぁぁ!!」
遠くから歓声が上がった。
振り向くと、畑の端で村人たちが手を振っている。
村長、男衆、子どもたち。
みんな、安心したような、興奮しているような顔で、こっちを見つめていた。
「やったぞー!!」
「さすがだ!」
「ほんとに倒しちゃった……!」
その中から、小さな影が数人、全力で走ってくる。
診療所で見たのと同じ子どもたちだ。
「おねーちゃんすげえ!!」
「光ばんって出て、ガーンってなって、ドカーンって倒した!!」
「説明雑!!」
気づけば、私は子どもたちに取り囲まれていた。
誰かが私の腕に抱きつき、誰かが腰に飛びつき、誰かが勝手に私の防御陣の真似をして「カチャカチャ~」と謎の効果音をつけている。
「ありがとう、おねーちゃん!」
眩しい笑顔。
ありがとう。
その言葉が、胸の中心に、じんと染み込んでいく。
「……っ」
視界が滲んだ。
ぼろぼろと涙が溢れてきて、自分でも驚いた。
(やだ、こんなとこで泣いたらカッコつかない──)
そう思っても、止まらない。
嬉しい。
でも、怖い。
ちゃんと役に立てたのが、嬉しい。
偶然じゃなくて、「守れた」のが嬉しい。
その一方で。
私の中のこの力が、もし暴走したら。
誰かを守るどころか、壊してしまうかもしれない。
その怖さも、同時に押し寄せてくる。
喜びと怖さが、ごちゃごちゃに混ざって、涙腺の蛇口を完全にぶっ壊してきた。
「エリア」
そっと、背中を支える手があった。
ライアンだ。
彼はさっき魔獣を倒したばかりで、呼吸もまだ整っていないのに、いつもの落ち着いた顔でそこに立っていた。
その目は、「よくやった」と言ってくれている。
声に出さなくても、それがわかった。
「……ありが、とう……ございます」
子どもたちに向けたのか、ライアンに向けたのか、自分でもわからない言葉が漏れた。
村長が近づいてきて、深々と頭を下げる。
「本当に助かった。
あんたらがいなきゃ、畑も人も、もっと酷いことになっていた」
「そんな、大袈裟です」
反射的に否定しかけると、村長は目を細めた。
「エリア。
自分のしたことを、ちゃんと自分で認めなさい」
その一言で、また胸が詰まる。
王都では、一度も言われなかった言葉。
私は、震える手で涙を拭った。
「……はい」
ちゃんと認める。
まだガタガタで、未熟で、怖くて。
完璧とは程遠い。
それでも──
「私の力が、誰かの役に立った」
その事実だけは、誇っていい。
そう、自分に言い聞かせる。
そのとき。
「無能のお姉ちゃん、すごかった!!」
近くで、子どもの元気な声が響いた。
え。
一瞬、時間が止まった。
さっき腰に抱きついてきていた、小さな男の子が、満面の笑顔で私を見上げていた。
「だってさー、前にみんなが“あのお姉ちゃん無能なんでしょ”って言ってたけどさー、
今の見たら、全然無能じゃないじゃん! めちゃくちゃすごいじゃん!!」
純粋無垢なキラキラ笑顔。
悪意ゼロ。
尊敬100。
……それが、一番破壊力高いんだってば。
「え、あの、その、えっと……」
言葉が、喉の途中でごちゃごちゃに絡まって出てこない。
“無能”という言葉に、心が勝手にざわつく。
でも、今のは侮辱じゃない。
「前提が覆された」という感想だ。
村長が焦ったように子どもの頭をぽかっと叩く。
「こら、お前、何てこと言う。
エリア嬢に失礼じゃろうが」
「えっ、でも、本当のこと──」
「いいんです、村長」
私は慌てて首を振った。
胸の奥は、まだざわざわしている。
でも、そのざわめきの中に、
ほんの少しだけ、くすぐったい温かさが混じっていた。
「……“無能”って呼ばれてたのは、本当なので」
自嘲じゃなく、事実として口にする。
「でも、今の私は……ちょっとだけ、“そうじゃない”って思えたので」
言いながら、涙がまた滲む。
子どもが、にこっと笑った。
「じゃあ、今日から“すごいお姉ちゃん”って呼ぶ!」
「それはそれで、ハードル上がるね!?」
全力でツッコみながら、
私は心のどこかで、その呼び名を、少しだけ嬉しく感じてしまっていた。
隣で、ライアンが小さく笑った気配がする。
村の外れの小さな戦い。
それはきっと、世界規模で見れば些細な出来事だ。
でも、私とライアンにとっては──
初めて「二人で」選び取った、未来の一歩だった。
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