異世界OLは忙しい、ざまぁも恋もプロジェクト管理で制覇します

タマ マコト

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第1話 コピー用紙みたいな私が、白い光で折り畳まれた夜

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終電の窓に映る自分が、まるで薄いコピー用紙みたいに見えた夜だった。

蛍光灯に焼かれた車内の白さが、肌の血色を奪って、頬の影だけがくっきり残る。目の下には、クマというより“インクの滲み”が居座っている。髪は結び直す気力もなく、ゆるくほどけたまま肩に落ち、コートの袖口には乾いたコーヒーの染みが古傷みたいに広がっていた。

「……私、何枚目のコピーなんだろ」

誰にも届かない声でつぶやくと、窓の中の“私”も、同じ口の形をした。人間って、疲れすぎると魂まで複写されるんだなって、変な納得が胸の奥で鳴る。

スマホが震える。通知音は、もう心臓の鼓動と区別がつかない。

『黒崎:明日朝イチで例の資料、最終版お願い!助かるわ~』

助かるわ~、の波線がやけに軽くて、指先が冷える。助かるのは誰。私の睡眠はどこへ行く。私の明日はどこに予約されてる。

画面を閉じたはずなのに、視界の端に文字が残像みたいに残った。

黒崎マーカー。私の上司。声がでかくて、責任は小さくて、成果は他人のものを塗りつぶして自分色にする人。

思い返すだけで、胃がきゅっと縮む。

——今日の評価面談。

昼過ぎ。会議室の空気は冷房で乾いていて、ホワイトボードの消し残りみたいな匂いがした。黒崎はいつものように、腕時計をいじりながら、うまく笑ってみせる。

「いや~、ペンナさんさ、ほんと優秀。マジで助かってる」

「……ありがとうございます」

私は“ありがとうございます”を言うのが上手くなりすぎた。心が入っていない言葉ほど、口から滑らかに出る。現代のサバイバル術ってこういうやつだ。

黒崎は資料をぱらぱらめくり、私の実績欄に目を落とす。そこには、私が骨を削って作ったプロジェクトの工程表と、火消しの記録と、納期短縮の実績が詰まっていた。数字が整然と並んでいるのに、黒崎は眩しそうに目を細める。

「たださぁ」

出た。ここからが本題。

黒崎は、椅子に深く沈み込み、困ったみたいな顔を作る。困ってるのは私なのに。

「君、優秀なんだけど……空気がね」

「……空気、ですか」

「そう。ほら、周りのモチベとかさ。チームの和とかさ。もうちょい柔らかくできない?言い方とか」

私は、喉の奥が乾くのを感じながら、ゆっくり息を吸った。言い方。柔らかく。つまり、言葉を丸めて、真実を曖昧にして、誰も傷つかないふりをして、結局誰も救わないやつ。

「私は、締切が危ない時に危ないって言っただけです」

「うん、それがね。正論すぎるとさ、みんな萎えちゃうんだよね~」

萎える?納期が燃えてるのに?炎上してるのに?
私の中で、何かがプチッと切れかけて、でも私は切らなかった。切ったら負けだって、何度も学んできたから。

「だからさ、評価としては——B。うん、Bだね。伸びしろ!」

伸びしろ。便利な呪文。切り捨てる時に使う言葉。
私は笑おうとしたけど、頬の筋肉が動かない。

「それと、もう一つ。人員整理があってさ」

黒崎が、軽い声のまま、封筒を机に滑らせた。白い封筒。まるでコピー用紙を入れる箱みたいに、無機質で、真っ白で、私の体温を拒む白。

「君さ、優秀すぎて逆に浮いちゃってるところあるし。次のチームには合わないかもって話になって」

「……それ、追放ってことですか」

言ってしまった。口が勝手に。

黒崎は苦笑する。人の心を測る道具がないみたいな顔で。

「追放って言い方はやめよ?ほら、円満な……異動?みたいな?」

異動先はどこ?って聞きたかった。でも、封筒の中身を見なくてもわかった。私の居場所は、この会社にはもうない。

会議室を出た後、廊下の窓に映った自分の顔は、さっき終電の窓で見た顔より、さらに薄かった。インクが抜けたみたいに、輪郭だけが残っていた。

——そして今、終電。

私は駅からの道を、ほとんど自動運転みたいに歩いた。冬の夜の空気は、鼻の奥が痛くなるくらい冷たい。吐いた息が白くて、まるで私の中身が外に逃げていくみたいだった。

コンビニの前で立ち止まる。ガラス越しの光は、どこかの天国みたいに白い。棚の上に並ぶおにぎりのパッケージが、妙に輝いて見える。私は何を買いに来たんだっけ。胃は空っぽなのに、食欲は遠い。

スマホがまた震えた。今度はメール。

件名:『人事発令通知』

指が、微妙に震える。怖いというより、冷たくなる感じ。冬の指先の冷えが、心臓まで侵食していく。

開いた瞬間、文字が目に刺さった。

『◯月◯日付で、綴原ペンナを——』

その先が、ぼやけた。
喉の奥が、紙やすりみたいに荒れて、息がうまく入らない。呼吸って、こんなに手動だったっけ。吸って、吐いて、って自分に命令しないと動かない。

「……あは」

変な声が出た。笑いじゃない。壊れた輪ゴムみたいな音。

コンビニの入口の自動ドアが開いて、誰かが出てくる。レジ袋が擦れる音。会話の笑い声。世界は普通に回っている。私だけが、紙の端っこみたいに、ちぎれかけている。

「助かるわ~、か」

黒崎の声が頭の中で再生される。波線付きで。

私は横断歩道の手前に立った。信号は赤。車のライトが流れ、アスファルトが濡れていないのに、なぜか光が滲む。私の目が滲んでるだけかもしれない。

信号が青に変わった。

足が動く。
ふらり、ふらり。まるで風に押される紙片みたいに。

その瞬間、背後から声が飛んできた気がした。誰かの「危ない!」だったのか、私の脳内の警報だったのか、もう区別がつかない。

白い光が、視界いっぱいに広がる。

車のライト?コンビニの蛍光灯?それとも、何か別のもの?

“白”が、私を包む。
温度も匂いも音も、全部、白い紙に吸い込まれるみたいに消えていく。世界が一枚の紙に折り畳まれて、私もその中に挟まれて、ページがめくられる感覚。

そして——

冷たい。

頬に触れるものが、硬くて、冷たくて、ざらりとしている。
石?
体の重さが、やけに現実的に戻ってくる。肩が痛い。背中が痛い。指先が、ちゃんと自分のものとして動く。

「……え」

声が出る。喉はまだ荒れているけど、ちゃんと息が入った。

目を開けると、天井が高い。高すぎる。
薄暗いのに、どこかから青白い光が差している。空気が、湿っている。土と、古い布と、鉄の匂いが混ざって、鼻の奥に沈む。

私はゆっくり起き上がり、手のひらを床についた。石の冷たさが掌から腕へ登ってくる。掌の感覚が生々しい。夢じゃない、っていう嫌な確信が育つ。

「……ここ、どこ」

返事はない。
遠くで、水滴が落ちる音がした。ぽつ、ぽつ。時間を刻むみたいに。

私は自分の体を確かめる。スーツのまま。コートのまま。バッグも——ある。肩に食い込んだまま、私と一緒に落ちてきた。現代の遺品みたいに。

スマホを取り出す。画面は真っ黒。電源ボタンを押しても反応しない。さっきまで私の首を締めていた通知音が、今はどこにも鳴らない。

静かだ。

怖い。
でも、同時に——息がしやすい。

その感覚に気づいた瞬間、涙が出そうになって、私は慌てて唇を噛んだ。泣いたら、戻れなくなる気がした。何に戻るんだよ、って思うのに。

「……まさか」

ラノベで散々見た展開が、脳内に浮かぶ。
異世界。転生。召喚。
笑うしかない。現実が一番フィクションだ。

そのとき、足音がした。

硬い靴が石を踏む音。複数。
私は反射で立ち上がろうとして、膝がガクッと震えた。体の奥に残ってる疲労が、遅れて主張してくる。

「誰……?」

声が、掠れる。
暗闇の向こうから、火の揺れる光が近づく。松明。火の匂い。
影が伸びて、壁に踊る。

現れたのは、鎧を着た男たちだった。金属の擦れる音が、現代のオフィスのキーボードの音と違って、異様に生々しい。先頭の男が私を見下ろし、眉をひそめる。

「……目覚めたか」

日本語じゃないはずなのに、なぜか言葉が理解できる。脳が勝手に翻訳しているみたいな違和感。

私は喉を鳴らして、言った。

「ここ、どこですか」

男は短く答える。

「王城地下の召喚祭壇だ」

召喚。祭壇。
胸の奥で、何かがカチッと音を立ててはまった気がした。
終電の窓の中の薄い私が、白い光で折り畳まれて——ページをめくられて——ここに落とされた。

私は、笑いたかった。泣きたかった。怒りたかった。
でも一番先に出たのは、現代で鍛えた“仕事の声”だった。

「……確認です。私、何として呼ばれたんですか。役割、ありますよね」

鎧の男たちは一瞬、顔を見合わせた。
その沈黙が、いやに嫌な予感を連れてくる。

そして先頭の男が、ため息みたいに言った。

「勇者ではない」

その言葉が、胸のど真ん中に落ちる。

——また、違うんだ。
——また、私は“主役”じゃない。

薄いコピー用紙みたいな私が、異世界に来てもなお、紙の端っこに追いやられる気配がした。

それでも。

石床の冷たさを掌で確かめながら、私は思う。
ここがどこでも、私が私である限り、やることは一つだ。

——状況整理。
——全体像の把握。
——そして、生き残るための段取り。

私は唇を拭って、顔を上げた。

「じゃあ、私の配属先はどこですか」

白い光が弾けた夜の続きが、今、始まろうとしていた。
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