異世界OLは忙しい、ざまぁも恋もプロジェクト管理で制覇します

タマ マコト

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第6話 名札を配ったら、押し付け合いの楽園が崩れた

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黒板が文字で埋まった日の夜、久しぶりに「終わった」という感覚を味わった。

完全に終わったわけじゃない。未処理はまだ山ほどある。でも、山の形が見えた。形が見えれば登れる。登り方を考えられる。
その小さな達成感を胸に抱いたまま、私は翌朝もギルドの扉を押した。

開いた瞬間、汗と紙と焦りの匂いが鼻を叩く。
相変わらずの喧騒。相変わらずの怒鳴り声。
でも、ひとつだけ違う。

黒板を見た人たちが、無意識にそこへ目をやるようになっていた。

「お、昨日のやつ残ってるな」
「俺の依頼、まだ審査待ちか」
「精算のところ、増えてね?」

その“視線”だけで、現場が少しだけ大人しくなる。見られてるって、抑止力になる。現代でも監視カメラがあると人が真面目になるのと一緒だ。

私はカウンターの内側に入り、袖をまくる。
センパイがすでに席にいて、紙束をいじりながら欠伸をしていた。

「新人、昨日、よく持ったね。寝た?」

「……通知音が鳴り止まなくて」

「通知音?なにそれ」

「脳内のやつです。呪いです」

センパイがけらけら笑う。

「何それ怖。異界人って面白い」

面白がられるうちはいい。
問題は、面白がられなくなった時。変化は反発を呼ぶ。私はそれを知っている。

そして——

今日、次の変化を入れる。

見える化の次。

責任者の明確化。

黒板があるだけじゃ足りない。
“何があるか”が見えても、“誰がやるか”が見えなければ、結局、紙は流れていかない。現代で何度も見た。タスク一覧が完璧でも、担当者が曖昧だと、誰も拾わない。落ちたまま、床で踏まれる。

私は、カウンターの内側の職員たちを見回した。
人数は少ない。四人。私を含めて五人。
それでも、役割が曖昧すぎる。

受付の人が精算もしている。
精算の人が依頼審査もしている。
誰かが装備管理もしている。
そして誰かがクレームの矢面に立ち、ついでに掃除もしている。

全部、誰かがやっているようで、誰もやっていない。

私は深く息を吸い、黒板の横に立った。

「みなさん、ちょっといいですか」

声を張る。
怒鳴り声に負けない音量。
現代の会議で鍛えた“通る声”。

職員たちが一瞬だけ手を止める。
冒険者たちも、今日は黒板に慣れてきたのか、あからさまな反発は少ない。
でも、油断はしない。

私はチョークで、黒板の端に大きく四つの枠を描いた。

【受付】
【依頼審査】
【精算】
【装備管理】

「今日から、この四つに分けます」

精算担当の男が眉を寄せる。

「分けるって……今まで通りじゃだめなのか?」

「今まで通りだと、今まで通り燃えます」

私は即答した。
口調は柔らかくしない。柔らかくしても伝わらない場面がある。今がそれ。

依頼審査の女性が口を開く。

「……分けたら、他のこと手伝えなくなるじゃない」

「手伝えます。でも、基本の担当を固定します。担当を名札で固定しましょう」

私は、バッグから木札を取り出した。
昨日、王城で渡された木札の名札。あれは私のものだった。でも、私は同じ仕組みを作るために、ギルドの倉庫から木の端材をもらい、夜な夜な削っていた。

不器用だから、指先が痛くなった。ささくれが増えた。
でも、削るたびに心が静かになった。紙ではなく木に触れると、現代の通知音が少し遠ざかる。

私は、机の上に木札を並べた。

受付。
精算。
装備管理。
依頼審査。

それぞれの文字は、少し歪んでいる。けど読める。読めればいい。

「名札を首から下げます。今日から、誰がどの担当か見てわかるようにします」

センパイが肩を揺らして笑った。

「うわ、名札!遠足みたい!」

「遠足でもいいです。迷子にならないので」

センパイが「うまいこと言うじゃん」と言う。笑いが少し起きる。
でも、その笑いとは別に、空気の奥で“嫌な硬さ”が生まれるのを私は感じた。

職員の中の一人——年配の男が、腕を組んで睨んでくる。頬に深い皺。目が冷たい。現場に長くいる人の目。
こういう人は、仕組みの変化を嫌う。なぜなら、今までの仕組みで“得”をしてきたから。

男が、吐き捨てるように言った。

「名札で固定?ふざけるな。そんなことしたら……」

「したら?」

私が促すと、男の声が大きくなる。

「押し付け合いができなくなるだろ!」

その瞬間、空気が凍った。

職員の手が止まる。
センパイの笑いが止まる。
冒険者の一人が「え?」という顔をする。

私は、心の中で冷ややかに笑った。

やっぱり。

押し付け合いができる仕組みが、地獄を作る。
それを“できなくなる”と言って怒鳴る人がいる時点で、この現場がどう腐っているかがよくわかる。

私は笑わない。
顔は平坦なまま、言葉だけを落とす。

「押し付け合いができないのが、正常です」

男が一歩前に出た。

「お前なぁ!ここがどういう場所かわかってんのか!?人手が足りねぇんだよ!だから融通し合って回してんだ!」

融通し合って。
聞こえはいい。
でも実態は“責任の押し付け合い”。やったふり、知らないふり、後回しの連鎖。融通は、責任が明確な上で初めて機能する。曖昧な融通は、逃げ道だ。

私は一度、息を吸って吐いた。

「融通は否定しません。でも、今は“誰が何を持ってるか”が誰にもわからない。だから融通じゃなくて混乱になってます」

「混乱?ふざけんな!こっちはずっとこうやって——」

「ずっとこうやって、死亡報告書が棚で放置されてたんですか」

私の言葉が、男の口を止めた。

周囲がざわつく。
“死亡報告書”という単語が、空気の温度を下げる。
みんな、見ないふりをしてきた部分だから。

男は口を歪めた。

「……それは」

「それは、何ですか。誰の担当ですか」

私は畳み掛ける。
優しくしない。ここは押し込まれてきた現実の扉だ。開けないと、また誰かが死ぬ。

男が黙る。
黙るってことは、答えがないってこと。

センパイが、私の横で小さく息を吸った。
でも止めない。止められない。
現場が必要としているのは、今まさにこの“言語化”だから。

私は木札を一枚手に取り、年配の男に差し出した。

「あなたは、どれが得意ですか」

「は?」

「受付、精算、装備管理、依頼審査。どれが一番回せますか」

「……俺は、何でもできる」

「じゃあ、どれでもいいですね」

私は淡々と言って、男の首に名札の紐をかけようとした。

男が手で払いのける。

「触るな!」

勢いで木札が床に落ちた。カツン、と乾いた音。
周囲の冒険者がざわめく。「何やってんだ」と。

私はしゃがんで木札を拾った。
割れてない。よかった。
割れたら割れたで、また作る。私はそういうの、慣れてる。

立ち上がり、男を見た。

「じゃあ、決めます。あなたは装備管理」

「はぁ!?なんで俺が!」

「装備管理は今、誰も見てません。誰も見ない場所が一番腐ります。腐る場所は、経験がある人が見ないと止まりません」

男の顔が赤くなる。

「押し付ける気か!」

私は、淡々と答えた。

「押し付けじゃないです。割り当てです。あなたが嫌なら、別の人に割り当てます。その代わり、あなたは別の担当を持ちます。担当を持たない人は、今日からこの内側に立てません」

強い言葉。
自分でもわかる。
でも、強く言わないと変わらない。
変わらないと、また死が積み上がる。

空気がぴんと張る。
誰かが息を飲む音。

センパイが、口を開いた。

「……あのさ」

全員の視線がセンパイに集まる。

センパイは頭をかきながら、いつもの軽さで言った。

「新人の言い方、ちょい強いけどさ。正直、名札いいと思うんだよね。だって今、誰に聞けばいいかわかんないじゃん。冒険者に怒鳴られるの、私たちだし」

「……」

年配の男が睨む。

センパイは睨みに負けない。口調は軽いけど、目が強い。
この人、普段は雑なのに、守るものがある時だけ強いタイプだ。そういう人は信用できる。

「だからさ、装備管理は……うん、あんたやれば?一番ベテランだし。私、装備のことわかんないし」

年配の男が「チッ」と舌打ちした。

「……勝手にしろ」

それは了承じゃない。
でも、拒否でもない。
現場の抵抗が一枚剥がれた音だった。

私は静かに頷き、装備管理の木札をもう一度差し出す。

「ありがとうございます」

「礼なんかいらねぇ」

「礼は、仕事を回す潤滑油です」

「うるせぇ」

でも、男は木札を取った。
首にかけるのは嫌なのか、手に握ったまま。
それでもいい。最初はそれで十分。仕組みは、押しつけるものじゃなく、染み込ませるもの。

次。

精算担当の男に、精算の名札。
依頼審査の女性に、依頼審査の名札。
センパイには受付の名札。
私は——

一瞬迷った。
私は“補佐”だ。どこに入るべき?

でも、迷っている暇はない。私は自分の木札を手に取った。そこには、王城で渡された私の名——綴原ペンナ。
肩書きではなく、名前。
それを首に下げる。

「私は全体管理と調整をします。黒板更新と、担当の詰まりの解消」

センパイが口笛を吹く。

「うわ、偉そう!」

「偉くないです。責任が増えるだけです」

「それを偉そうって言うんだよ」

私は笑わない。
笑うと、責任が軽く見える。
軽く見えた責任が、また誰かの命を軽くする。

私は黒板の前に立ち、チョークで四つの枠を太く囲んだ。

そして、枠の下に矢印を描く。

受付→依頼審査→割り当て→報告→精算

装備管理は、割り当ての前後に絡む。
冒険者の装備貸し出し。修理。補充。
それも矢印でつなぐ。

仕事の入口と出口を線で繋ぐ。

線は、世界を整理する。
線は、責任を逃がさない。

「今日から、依頼が来たらまず受付。受付は黒板に書く。依頼審査は承認印が必要なら、印の場所を確認してから押す。精算は、精算待ちを黒板に書いて順番に出す。装備管理は——」

私は年配の男を見る。

「あなたが“装備の入口と出口”を管理してください。貸し出し、返却、修理。記録してください」

男が不機嫌そうに言う。

「記録って……紙に書くのか」

「はい。紙でいいです。なくさない場所を決めます。棚のここ」

私は棚の一角を指さす。昨日、死亡報告書が押し込まれていた棚とは別の、目につく高さの棚。
“見える場所”に置く。
それだけで、なくなる確率は下がる。

男が小さく唸る。

「……めんどくせぇ」

「めんどくさいのは、最初だけです。慣れたら手が勝手に動きます」

センパイが笑う。

「新人、説教うまいな」

「説教じゃないです。現場の生存戦略です」

その瞬間、カウンターの外で冒険者が叫んだ。

「おい!誰に言えばいい!装備の貸し出し!」

昨日までなら、全員が一瞬固まって、誰かが押し付けて、また混乱していた。

でも今日は違う。

センパイが即答する。

「装備?装備管理!あの人!」

彼女が指さした先で、年配の男が顔をしかめながら立ち上がった。
冒険者がそちらへ行く。
他の職員は、自分の作業に戻る。

流れができた。
小さいけど、確かに。

私は胸の奥で息を吐く。

名札はただの木札だ。
でも、それは“逃げ道”を塞ぐ鍵になる。

「……おい、ペンナ」

年配の男が、名札を握ったまま私を呼ぶ。
声は不機嫌。けど、さっきより少しだけ“現場の声”になっている。

「装備の修理の依頼、どこに入れる」

私は即答した。

「装備管理の枠です。修理は“期限”を書いてください。いつまでに必要か冒険者に聞いて。わからなければ、次の出発予定を聞いて」

男が目を見開いた。

「……お前、よくそんなスラスラ出るな」

「出ます。前世で似たような地獄を見たので」

男が「意味わかんねぇ」と吐き捨て、でも背中は少しだけ軽くなった気がした。

私は黒板を見上げた。
線と枠が増え、文字が動き始めている。
まだ荒れてる。まだ足りない。まだ揉める。
でも、揉め方が変わる。

“誰のせいか”の揉め方から、
“どうやって進めるか”の揉め方へ。

それだけで、地獄の温度は少し下がる。

私はチョークの粉を払って、もう一度、全員に向かって言った。

「担当は固定です。助け合いは、固定の上でやります。逃げ道としての押し付け合いは、今日で終わり」

言い切った瞬間、誰かが小さく笑った。
センパイだ。

「新人、まじで怖い。でも……ちょっと好き」

私は返事をしなかった。
返事をしたら、感情が溢れてしまいそうだったから。

名札が揺れる。
木の軽い音。
その音が、このギルドの新しいルールの始まりを、静かに刻んでいた。
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