異世界OLは忙しい、ざまぁも恋もプロジェクト管理で制覇します

タマ マコト

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第19話 言葉より先に、温かい茶が置かれていた

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王国初の“プロジェクト統括官”。

その肩書きが、口に出すとやけに大げさで、私は最初、笑ってしまいそうになった。
でも笑えなかったのは、その肩書きが“逃げ道を消す”重さを持っていたからだ。

王城の印章が押された任命書は、紙のくせに鉄みたいに重い。
封を切る音が、今までの人生のページを破る音に似ていた。

「……綴原ペンナ。王国初のプロジェクト統括官に任ず」

王子の読み上げる声は、相変わらず柔らかい。
でもその柔らかさは、私の首に鎖をかける柔らかさでもある。

私は一歩前に出て、頭を下げた。

「承知しました」

返事は短く。
返事は軽くしない。軽くすると、また奪われる。
私はそれを学びすぎた。

任命式のあと、私はギルドへ戻った。
ギルドの空気は、少し変わっていた。

黒崎の甘い香水が消えた。
代わりに、いつもの汗と紙と鉄の匂いが戻る。
それだけで、世界が呼吸を取り戻す。

センパイが私を見るなり言った。

「統括官さま~?」

「やめてください。胃が縮みます」

「胃縮むの、通常運転じゃん」

精算担当の男が後ろからぶっきらぼうに言う。

「で?偉くなったから、俺らの給料上がんのか」

「上がるようにします。根拠と計画があれば」

「……計画って言うな。怖い」

依頼審査の女性が小さく笑った。
笑いが戻っている。それだけで、胸が少し温かい。

私は机の上に、紙束を置いた。

【制度案】と太く書いた紙。

「今日から“制度”を作ります」

職員たちが固まる。
冒険者たちが「制度?」と首を傾げる。
ギルド長が奥から顔を出し、「制度?なにそれ面倒そう」と言いかけて、私の名札と王城の印章を見て口を閉じた。

私は、黒板の横に新しい板をぶら下げた。

黒板は“仕事”の見える化。
新しい板は、“人”の見える化。

そこに、太く書く。

【勤務】
【残業】
【休日】
【業務範囲】

センパイが眉を上げた。

「え、仕事の板とは別に?それ、必要?」

「必要です。仕事が回っても、人が潰れたら終わりです」

精算担当の男が鼻を鳴らす。

「潰れてから回るのが現場だろ」

「潰れて回るのは、ただの消耗です。人材を捨てる仕組みは、国が破綻します」

言い切ると、センパイが小さく口笛を吹いた。

「統括官さま、言うね」

「言います。もう“便利”には戻りません」

その言葉に、職員たちの目が少しだけ変わった。
疑いじゃない。期待でもない。
“様子を見る”目だ。現場の目。

私は紙束を一枚ずつ配った。

「まず、残業申請制を導入します」

「残業……申請?」

依頼審査の女性が不安そうに聞き返す。

「はい。残業するなら、理由と作業内容と見込み時間を申請します。申請が通らない残業はしません」

精算担当の男が笑いそうになって、でも笑えない顔をした。

「通らないなら、終わんねぇだろ」

「終わらないなら、終わらないと報告します。終わらないのに終わらせるのは、どこかで嘘が生まれます。嘘が死を生みます」

装備管理の年配男が、腕を組み直す。

「……じゃあ、申請は誰が通す」

「私です。統括官の権限で、業務量を調整します。調整できないなら、王城に増員か外注を提案します」

外注、という言葉に冒険者が「がいちゅう?」と首を傾げる。
私は噛み砕いた。

「手が足りない仕事を、外の人に頼むってことです。例えば、倉庫の整理だけ専門の人に頼むとか」

年配男が「倉庫整理…」と呟いて、ほんの少しだけ目が光った。
倉庫が地獄なのを、彼が一番知っている。

「次。休日固定」

センパイが「え?」と声を漏らす。

「休日、固定……?」

「はい。週に一日は必ず休み。全員。担当ごとに交代制で固定します。休みの日に呼び出しません」

精算担当の男が思わず笑った。

「無理無理。冒険者が来るだろ」

「来ます。だから交代制です。休みの人を呼び出さないために、代わりの人を置きます」

センパイが私を見て、小さく言った。

「……それ、夢みたい」

「夢じゃなくします。夢のままだと、死にます」

依頼審査の女性が、唇を噛んで頷いた。

「……眠れる、ってことですか」

「眠れます。眠れない職員が、正しい承認印を押せるわけがない」

その瞬間、空気が少しだけ明るくなった。
人は眠れると聞くと、顔つきが変わる。
希望が、背骨を立たせる。

「次。業務範囲の明確化」

私は名札を指した。

「担当ごとに、入口と出口を明文化します。やること、やらないこと。やらないことを決めるのは、怠けじゃないです。事故防止です」

センパイが笑った。

「新人、言い方がいちいち強い」

「強くしないと守れないものがあるので」

精算担当の男が、ぶっきらぼうに言う。

「じゃあ、俺の“やらないこと”は?」

「受付のクレーム一次対応は、あなたはやらない。精算は精算に集中してください」

男が一瞬固まって、次の瞬間、顔を背けた。

「……あ?いいのかよ」

「いいです。むしろやらないでください。あなたがクレーム対応で詰まると、支払いが詰まります」

男の喉が小さく鳴った。
照れ隠しの舌打ちが来るかと思ったら、来なかった。

代わりに、短く頷いた。

装備管理の年配男が言う。

「俺は?」

「装備管理は装備管理。受付の雑務は持ちません。ただし、貸し出し記録と返却記録の形式は統一します。あなたの手が楽になるように」

年配男が鼻を鳴らして、でも悪くなさそうな顔をした。

制度は、紙の上では綺麗だ。
問題は、現場に染み込むかどうか。

最初の一週間は、混乱した。

「残業申請って、書く時間がない!」
「休日固定って、今日どうすんの!?」
「業務範囲?その仕事、誰が拾うの!」

怒鳴り声も戻る。
紙も散らばる。
現場は抵抗する。いつもそうだ。変化は痛い。

でも私は、痛みを誤魔化さなかった。
痛いときほど、線を引く。

「じゃあ、ここは申請のテンプレを作ります」
「休日の穴は、短期で臨時職員を雇います。王城に申請します」
「拾う人がいない仕事は“やめる”か“外に頼む”か選びます」

選択。
優先順位。
意思決定。

私は現場に、選ぶ権利を渡した。
選べると、人は少しだけ強くなる。
選べないと、ただ潰れる。

二週間目。

職員の目の下の影が、薄くなった。
センパイが昼休みに「寝れるって最高」と言って笑った。
その笑いが、久しぶりに“息のある笑い”だった。

精算担当の男は、舌打ちの代わりに「今日は定時で帰る」と言った。
言って、帰った。
帰れるようになった。

依頼審査の女性は、承認印を押す手が安定した。
焦って押す癖が消えた。
そして、事故報告書の束が、少しずつ薄くなっていった。

ギルドは、“人が死なない仕組み”を手に入れていく。

冒険者側も変わった。

チェックリストは最初こそ面倒がられたが、今では当たり前になった。
「地図ある?」
「解毒は?」
そんな言葉が、パーティの中で自然に飛び交う。

死の数字が減る。
未払いが減る。
クレームが減る。

数字が静かに良くなると、現場の空気も静かに良くなる。
拍手はない。
でも、小さな頷きが増える。
小さな頷きが積み上がると、文化になる。

ある夕方。

私は机に向かって、制度の改訂案を書いていた。
紙は相変わらず山みたいにある。
でも、これは“死の山”じゃない。未来の山だ。

ランプを灯す前の薄暗い時間。
窓の外が青く沈み、ギルドの喧騒が少し落ち着く時間。

私はペンを走らせながら、目の奥が熱くなるのを感じた。
疲労だ。
でも、あの頃の疲労と違う。

奪われる怖さで震える疲労じゃない。
積み上げた重さで肩が凝る疲労だ。

そのとき、机の上に何かが置かれた。

音がしない。
誰が置いたか、気配でわかる。

温かい茶。

湯気が、細く立っている。
香りは素朴で、少し甘い。
喉の奥の荒れを撫でる匂い。

私は顔を上げた。

ルーラが立っていた。

相変わらず無表情。
相変わらず直線。
でも、手元には彼の資料の束がある。
整えられた紙。揃えられた角。
私の机に置くために抱えてきたのだろう。

ルーラは何も言わない。

ただ、資料と茶を置く。

私は一瞬、言葉を失った。

「……ありがとうございます」

やっと言うと、ルーラは短く頷いただけだった。
返事すら少ない。
でも、その少なさが、押し付けじゃない。

言葉はない。
行動が、愛情の代わりに積まれていく。

現代なら、こういう優しさはなかった。
誰かが茶を置くなら、それは「これ終わらせて」だった。
温かさは、命令の温かさだった。

でも今の茶は、違う。

「……飲め」

ルーラが、ようやく一言だけ言った。
命令みたいに短いのに、労りの形をしている。

私は笑ってしまった。

「統括官は私ですけど」

「知っている」

「じゃあ、部下ムーブやめてください」

「これは……合理的支援だ」

合理的支援。

言い方が不器用で、胸がきゅっとなる。
私は湯気を吸い込み、茶を一口飲んだ。

温かい。

喉の奥が、ほどける。
胸の底が、少しだけ柔らかくなる。

私は思った。

必要とされることは、こんなに温かい。
奪われない必要は、こんなに安心できる。

「……明日、休日です」

私が言うと、ルーラは一拍置いて頷いた。

「契約書通りだ」

「守ってくださいね。破ったら議事録残します」

「残せ」

その短いやり取りが、妙に嬉しい。

私は茶を飲みながら、資料の角を揃えた。
制度を、また少し整える。
人が死なない仕組みを、もう少し強くする。

ルーラは無表情のまま、でも確かに私の机の横に立っていた。
それだけで、夜が少しだけ明るく感じた。
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