役立たずの魔女、転生先で最強魔導士に育てられ、愛されて困ってます

タマ マコト

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第8話 王都と、最強魔導士の噂

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 フェルネウスの塔の最上階の窓から見える王都は、夜になると別世界みたいだった。

 昼間は、ただ遠くに灰色の屋根が並んでいるだけに見えるのに、日が落ちると、そこにぽつぽつと灯りが増えていく。

 最初は、点。

 それが、徐々に線になり、面になって、ひとつの“光の塊”に変わる。

 どこかで楽器の音がして、笑い声が風に乗って届くこともある。祭りの日には、色とりどりの紙灯りがふわりと浮かび上がり、空に小さな花が咲く。

「……いいなぁ」

 ノワリエは、窓枠に頬を乗せて、うっとりとため息をついた。

 塔の中は好きだ。アークがいて、エリアナがいて、マルタがいて、本と魔法と、落ち着いた時間がある。

 それでも。

 外の世界に、ちょっとくらい憧れを抱いたって、バチは当たらないと思う。

「お祭り、近くで見たらきれいなんだろうなぁ……」

「行きたいの?」

 背後から聞こえた声に、ノワリエは飛び上がった。

「うわっ、アーク!」

 振り返ると、扉のところにアークが立っていた。本を片手に、少しだけ困ったような顔をしている。

「ノックしてよ、心臓止まるかと思った」

「ノックしたけど、君が外の景色に夢中で反応しなかっただけだ」

「うっ、それは否定できない」

 ノワリエはむくれながらも、窓の外を指さした。

「ねぇアーク。王都って、どんなところ?」

「人が多い。うるさい。面倒な連中も多い」

「感想が陰の者」

「事実だ」

 アークはさらっと言い捨てる。

「ただ、店も多いし、珍しい品や本も集まる。魔導研究の中心でもある。……祭りが多いのも、君の好みかもしれないな」

「うわ、やっぱりお祭りいっぱいあるんだ」

 ノワリエの目がきらきら光る。

 塔の中での生活は、ある意味で「完成された箱庭」だ。

 でも、その外に広がる「ごちゃごちゃしてるけど楽しそうな世界」に、ノワリエはずっと少しだけ、指先を伸ばしてみたいと思っていた。

「ねぇアーク」

「何だ」

「いつか、王都連れてってよ」

 子どもじみたお願いだと思った。

 でも、言わずにはいられなかった。

 アークは一瞬だけ目を細める。

 すぐに、「いつか」という曖昧な言葉を使おうとした自分を、心の中でたしなめた。

(逃げるなら今だが……ここで逃げたら、多分ずっと連れていけなくなる)

 ノワリエは、もう十ニ歳だ。

 魔法の基礎も身につき始め、塔の中だけでは学べないことも増えてくる。

 そしてなにより――

 フェルネウスの塔以外の世界を知らずに育てることが、果たして“守る”ことになるのかどうか、アーク自身も分からなくなっていた。

「……近いうちに、な」

「えっ、本当に!?」

 ノワリエの顔がぱっと輝く。

「どうせ近々、王宮から呼び出しが来る。魔導障壁の調整の件で」

「呼び出しって、また偉い人たちに“兵器”扱いされるやつでしょ」

「言い方」

 アークは苦笑する。

 否定しきれないところが腹立たしい。

「そのとき、一緒に来るか?」

 ノワリエは、一瞬固まった。

「え……」

 耳に入ってきた言葉を、もう一度頭の中で再生する。

「一緒に……王都に?」

「そうだ」

「わ、私が?」

「他に誰がいる」

「いや、エリアナとかマルタとか……」

「エリアナは仕事があるし、マルタは塔を空にしたくないだろう。――君が来るのが一番自然だ」

 ノワリエは、口をぱくぱくさせた。

 嬉しさと驚きと不安が、一気に押し寄せてきて、うまく咀嚼できない。

 窓の外の灯りが、いつもより近く感じた。

「……行く」

 少しだけ震える声で。

「行きたい。アークと一緒なら」

 その答えに、アークは小さく頷いた。

「分かった。では、準備をしなければな」

「じゅ、準備ってなにするの? 荷造り? 服? 王都仕様のオシャレ服? ねぇドレスとか必要!?」

「落ち着け」

 饒舌になったノワリエの額を、アークは軽く指で弾いた。

「まずは、マルタとエリアナに相談する。それから服だ」

「やった……!」

 ノワリエはその日、興奮しすぎてなかなか眠れなかった。

 窓の外の王都の灯りが、初めて「行ける場所」として胸に刺さった夜だった。

   ◇ ◇ ◇

 王都エルディアは、想像の何倍も眩しかった。

 城壁をくぐり抜けると、まず飛び込んでくるのは、人。人。人。

 行商人が声を張り上げ、子どもたちが走り回り、屋台からは焼いた肉や甘い菓子の匂いが漂ってくる。

 馬車の車輪が石畳を鳴らし、遠くの広場からは楽団の音が微かに聞こえてくる。

「わ、うわぁ……!」

 ノワリエは、馬車の窓から身を乗り出しそうになって、アークに襟首を掴まれた。

「落ちる」

「だって! 見て! 人がいっぱいいる! あれお菓子!? あっちなんか変な魔導具売ってない!?」

「だから落ちるな」

 アークはため息をつきながらも、どこか目を細めていた。

 ノワリエが、外の世界に目を輝かせている姿を見るのは、悪くない。

 馬車が石畳の上を進むたび、ノワリエの体にもわずかな振動が伝わる。

 塔の階段の感触とは違う、世界のリズム。

 石畳に足を下ろしたとき、その冷たさが、足の裏からじん、と上ってきた。

「……ほんとに来ちゃった」

 馬車から降り立った瞬間、ノワリエは思わず呟いた。

 石畳の模様。建物の高さ。人々の服装。すべてが“絵本の中の世界”から飛び出してきたみたいだ。

「ここが、王都エルディアだ」

 アークが隣に立ち、淡々と言う。

 ノワリエはくるりと見回した。

 青空を背景に、尖塔をいくつも持つ城が遠くに見える。その手前には、魔導で動く列車の線路や、浮遊灯を吊るした街路樹が並んでいる。

「すご……」

 視界のすべてが、新鮮だった。

 屋台の匂い。パンを焼く香ばしい匂い、香辛料の刺激的な香り、甘い蜜のような匂い。

 横を通り過ぎていく人々の声も、全部違う。商人の威勢のいい声、子どもの笑い声、誰かの怒鳴り声。

 塔の中の静けさとは真逆の、騒がしい世界。

(ここが、アークの昔の戦場でもあるんだよね)

 ふと、そんなことを思う。

 王都は、華やかな顔の裏に、血と汗の歴史を抱えている。

 アークがこの国を救ったことも、その力を“兵器”として利用されてきたことも、ノワリエはエリアナやマルタから少しずつ聞いていた。

 だからこそ。

 耳に入ってきたひそひそ声が、嫌でも引っかかった。

「あれ、フェルネウス様じゃないか?」

「本物だ……初めて見た……」

「うわ、近くで見ると圧がすご……」

 人々の視線が、一斉にアークへと向かう。

 ノワリエは反射的にアークを見上げた。

 いつもと同じ黒いコート。いつもと同じ無表情。金の瞳だけが、王都の光を冷たく反射している。

 その姿を見て、ノワリエはなんだか落ち着かない気持ちになった。

 家では、もっと違う顔を知っている。

 ミルクを焦がしたり、寝不足で本を持ったままソファで居眠りしたり、ノワリエがこっそり作ったお菓子を「甘すぎる」と言いながら全部食べてくれたりする、ちょっと抜けた大人。

 今、街の人たちが見ているのは、そのアークじゃない。

「アレが“最強の魔導士”か」 「聞いたことある。ひとりで前線を支えたって」 「王の兵器ってやつだろ? 人間じゃないみたいだ」

 その言葉に、ノワリエの眉がぴくりと動いた。

(兵器)

 簡単に口にされるその単語に、喉の奥がきゅっと痛くなる。

 アークは聞こえないふりをしていた。あるいは、本当に気にしていないのかもしれない。

 ノワリエは、でも、気にせずにはいられなかった。

「ねぇアーク」

「何だ」

「兵器って言われてるの、嫌じゃないの?」

 ストレートに聞いた。

 アークは、少しだけ目を細める。

「……好きな呼び方ではないな」

「やっぱり」

「だが、そう呼ばれていたのは事実だ」

 アークは淡々と言う。

「そして俺自身も、しばらくの間は“それでいい”と思っていた。そう呼ばれることでしか、自分の存在価値を納得できなかったから」

「……」

 その言葉に、ノワリエの胸がちくっとする。

 “役立たず”と呼ばれることで、自分の無価値さを納得させられていた前世の自分と、どこか重なった。

「でも、今は?」

「今は――」

 アークはふと、ノワリエを見た。

 ノワリエは、じっとその目を受け止めている。

「君の師匠だ」

 短く、それだけを言った。

 ノワリエの耳が、じんわりと熱くなる。

「へ、変な言い方する」

「事実だろう」

 アークの口元が、ほんの少しだけ緩む。

 周囲に向ける無機質な顔とは違う、塔の中で見せる表情。

 それを見て、ノワリエの胸の中のちくりは、少しだけ溶けた。

(この人は、兵器なんかじゃない)

 不器用で、めちゃくちゃ最強で、でもちゃんと人のことを考えてくれる。

 それを知らない人たちの言葉に、彼の価値を決められたくなかった。

 だから、ノワリエは決める。

(アークのこと、私はちゃんと見てるから)

 兵器じゃなくて、人として。

 塔の中だけじゃなくて、この騒がしい王都の真ん中でも。

   ◇ ◇ ◇

 王宮の門は、高く、白い石で造られていた。

 アークとノワリエが近づくと、衛兵たちが一瞬緊張の色を浮かべ、それから慌てて敬礼する。

「フェルネウス様、ようこそお越しくださいました!」

「ああ」

 アークは軽く頷くだけで、特に威張ることもしない。その自然さが余計に“格の違い”を際立たせる。

 ノワリエは、巨大な門と、その向こうに広がる敷地を見上げて、再び「すご……」と呟いた。

 手入れされた庭。噴水。石畳の道の両脇に並ぶ彫像。

(ここが、国のいちばん偉い人たちの家……)

 場違いなところに来てしまった気がして、足がすこしすくむ。

 そんなノワリエの腕を、アークが軽く押した。

「行くぞ」

「う、うん」

 王宮の中は、外よりも静かだった。

 足音がやわらかい絨毯に吸い込まれていく。天井には大きなシャンデリア。壁には絵画やタペストリー。

 あちこちから、ひそひそとした視線が向けられているのを、ノワリエは肌で感じた。

 アークを見て、ざわめく空気。

「やっぱり本物だ……」 「あの年であの魔力……」 「王太子殿下のところへ向かうのか?」

(王太子……)

 ノワリエは、アークから聞いた王族の話を思い出す。

 この国には、幼い頃から「理想の王」であることを求められる少年がいる。勉強、礼儀、政治、軍事、すべてにおいて完成度を求められる、息苦しい立場。

 ――ルキアン・フロース。

 王太子殿下。

 彼の名は、塔にもたまに届いていた。国政の場に顔を出し始めたとか、民の間で人気があるとか、そんな噂話と一緒に。

(どんな人なんだろ)

 ノワリエは、半分好奇心、半分緊張で、心臓をどくどくさせながら、アークの後について歩いた。

   ◇ ◇ ◇

「アーク・フェルネウス様と、そのお弟子さん、ノワリエ様をお連れしました」

 侍従の声が響き、重厚な扉が開く。

 通されたのは、王宮の一角にある小さな応接室だった。

 広すぎず、狭すぎず。窓から光が差し込む、落ち着いた空間。

 そして、その中央に――彼はいた。

「いらっしゃい。来てくれてありがとう、アーク」

 柔らかな声。

 白金に近い銀髪が、光を受けて淡く輝いていた。

 淡い青の瞳。氷のように透き通っているのに、そこに貼り付いているのは“完璧な笑み”。

 整いすぎていて、少しだけ不自然に見える笑顔。

 少年としては背が高い。着ているのは、王族らしい白と青を基調とした礼服。でも、その姿から漂うのは、「訓練された優雅さ」と「疲れた影」の両方だった。

「久しいな、ルキアン殿下」

 アークが軽く頭を下げる。

「そんなに畏まらなくていいのに」

 ルキアン・フロースは、柔らかく笑った。

 その笑顔に、ノワリエはぞわっとした。

(……仮面、だ)

 直感的に分かった。

 この笑顔は、人前に出るためにつくられた「正しい王太子の笑顔」だ。

 その裏側に、本音を隠している。

「そして、君が――」

 ルキアンの視線が、ノワリエへと向いた。

 青い瞳に映る自分の姿。

 黒髪。灰紫の瞳。アークの弟子として、王宮に足を踏み入れたばかりの少女。

 ノワリエは、緊張で背筋を伸ばした。

「は、初めまして。ノワリエです。アークの……弟子、です」

 最後だけ、ちょっと照れくさくなって声が小さくなる。

 ルキアンは、ふっと目を細めた。

「――君がノワリエ?」

 その声音には、興味がにじんでいた。

「アークの弟子……なんだよね?」

「は、はい」

 こくんと頷く。

 ルキアンは、少しだけ首をかしげた。

「もっと、怖い顔の子が来るのかと思ってた」

「え、それどういうイメージ?」

「アークの弟子だから、こう……常に険しい顔で、闇魔法とかばんばん撃ちそうな」

「撃たないからね!? というか闇魔法ってなにそのイメージ!」

 思わず素でツッコんでしまう。

 ルキアンが、くすっと笑った。

 その笑い方は、さっきまでの“完璧な笑み”と、ほんの少しだけ違った。

 本音が、ちらっと漏れた笑い方。

(……あ、今の笑い方は、素だ)

 ノワリエは直感でそう思う。

「ごめん、ごめん。変なこと言ったね」

 ルキアンは、肩をすくめた。

「でも、なんだか安心した。アークの隣に立ってる子が、ちゃんと“人間らしい”反応をする子で」

「人間らしいってなに」

「褒めてるんだよ?」

 そう言って見せた笑顔は、さっきより少しだけ自然だった。

 とはいえ――

 その瞳の奥にある「疲れ」は、やっぱり隠しきれていない。

 夜遅くまで炎に照らされている蝋燭みたいに、綺麗だけど、いつか燃え尽きてしまいそうな光。

(……しんどそう)

 塔の窓から見える王都の灯りと同じ。

 遠くから見れば綺麗なのに、近くで見ると、補修だらけでヒビだらけの現実が透けて見える。

「ノワリエ」

 アークが、軽くノワリエの肩に触れた。

「殿下に失礼のないようにな」

「一回も失礼なことしてないよね!? 今のツッコミもセーフだよね!?」

 ノワリエが慌てて言うと、ルキアンがふっと笑った。

「大丈夫。むしろ歓迎だよ」

 青い瞳が、ノワリエだけを見る。

「ここでは、あまり遠慮しないで。……“仮面”で話されるのに、ちょっと疲れてるから」

 その一言が、やけに静かに響いた。

 ノワリエは、一瞬言葉を失う。

 仮面。

 自分でそう言えてしまうところに、この少年のしんどさが詰まっている気がした。

「じゃあ、私も一個だけ正直なこと言っていい?」

「うん?」

「その“完璧な王子スマイル”、最初見たときちょっと怖かった」

「……っ」

 ルキアンの目が一瞬だけ見開かれ、それから盛大に吹き出した。

「ははっ……言ってくれるなぁ、君」

 笑いながら、目尻に少しだけ涙が浮かぶ。

 その笑顔は、完璧じゃない。

 作り物みたいに整っていない。

 でも、そのほうが、ずっと綺麗だった。

「でも、今の笑い方は好き」

 ノワリエは、正直に付け足した。

「さっきより、ぜんぜん自然で」

「……そう?」

 ルキアンは照れたように首をかく。

「あんまり、そう言われたことないな。いつも“立派でした”とか“さすがです”とか、そういうのばっかりで」

「それ、しんどくない?」

「まぁね」

 ルキアンは、ソファの背にもたれかかりながら、天井を見上げた。

「王太子だからね。完璧じゃなきゃいけない。間違えちゃいけない。……そういう世界でずっと育ってきたから」

 その声は、驚くほど淡々としていた。

 愚痴というより、ただの事実の報告。

 でも、その淡々さが逆に重い。

(アークに似てる)

 ノワリエはちらっとアークを見た。

 アークは黙っている。けれど、ルキアンの言葉を聞きながら、少しだけ目を細めていた。

 似ている。

 違う立場、違う生まれ方をしていても、「自分の役割を優先して、自分の気持ちを置いてきぼりにする癖」があるところが。

「……」

 ノワリエは、ルキアンの“仮面めいた笑顔”を、直感で理解していた。

 前の世界で、自分も似たようなことをしていたから。

 失敗して怒られるのが怖くて、とりあえず笑っておく。頑張ってますアピールしておく。期待に応えられないときは、自分を責めて全部飲み込む。

 そうやって、「大丈夫なふり」をしてきた。

(この人、たぶんずっと大丈夫なふりしてきたんだ)

 自分の感情にまで完璧を求められた少年。

 ノワリエは、同情というより、妙な親近感を覚えた。

 だから、距離の取り方が分かった。

 べったり甘えるわけでもなく、畏れ多がって距離をとりすぎるわけでもなく。

 少しだけ、肩の力を抜かせる“他人”として。

「ねぇ、ルキアン殿下」

「ルキアンでいいよ」

「ルキアン」

「うん」

 呼び慣れない名前を呼ぶ。言葉の端が少しくすぐったい。

「私、王宮のこととか、よく分かんないし。王太子がどんだけ大変かも、ちゃんとは分かんないけど」

「うん」

「アークが“兵器”って呼ばれてるの、なんかムカつくのと同じくらい、ルキアンの“完璧な笑顔”も、ちょっとムカつくからね」

「……へ?」

 ルキアンが固まる。

 アークが「おい」と小さく突っ込んだ。

「いや、えっと……」

 ノワリエは慌てて続ける。

「ムカつくっていうか、その……そういう顔しなきゃいけないの、しんどそうだなって。だから、ここにいる間くらいは、別に完璧じゃなくてもいいんじゃないかなーって。私は思うだけだから!」

「…………」

 短い沈黙。

 ルキアンは、ふっと息を吐いた。

「……君、変な子だね」

「よく言われる」

「でも、なんか新鮮だ」

 青い瞳が、少しだけ柔らかくなった。

「ここで完璧じゃなくてもいいって言ってくれた人、あんまりいなかったから」

 その言葉に、ノワリエの胸がゆるむ。

 塔の中で、アークやエリアナに言われたことを、そのまま返しているだけだ。

 「失敗してもいい」とか、「完璧じゃなくていい」とか。

 自分が救われた言葉を、今度は誰かに渡す番がきたんだと思うと、胸の奥がほんのり温かくなった。

   ◇ ◇ ◇

 こうして、ノワリエの「初めての王都」と、「王太子ルキアン・フロース」との出会いは、静かに幕を開ける。

 外の世界は、楽しくて、眩しくて、時々ちょっとムカつく。

 でも、その全部が、塔の中だけでは見えなかった「現実」で。

 そしてその現実は、ノワリエとアーク、ルキアン――三人の人生を、少しずつ絡めていくことになる。
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