追放エンドだと思ったら世界が私を選んだ、元聖女のざまぁ再生記

タマ マコト

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第14話:アルベルトの推論、未来の自分の罪

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神託が落ちた言葉は、紙に書くとただの一行だった。

――一度、世界は聖女を失った。

だがその一行は、王太子の執務室の空気を変えた。
書架の影を濃くし、燭台の炎を細くし、夜を余計に冷たくした。

アルベルト・フォン・アイゼンリートは机に座り、指先で羊皮紙の端を押さえた。
指は震えていない。
呼吸も乱れていない。
ただ、瞳だけが忙しい。

机の上には記録が並ぶ。
司祭が刻んだ神託の写し。
祭壇火の色の変化の報告。
目撃者の証言。
聖女候補アデル・ルミエールの祈りの記録。
そして、名前が何度も現れる。

エリシア・ノクス=セレスティア。

「……前例のない反応」
側近の書記官が、喉を鳴らしながら言った。
若い男だが、顔色が青い。神託の余韻がまだ抜けていない。

アルベルトは視線を上げずに言った。
「前例は、ないとは限らない。記録に残っていないだけだ」

「しかし、神託が“失った”と――」

「“失った”が重要なのは、時制だ」
アルベルトは淡々と言った。
「現在形でも未来形でもない。過去形だ」

書記官が唾を飲み込む音がした。
アルベルトはそれを気に留めない。
恐れは情報として価値が低い。
恐れは判断を遅らせる。

彼は紙に線を引いた。
短く、真っ直ぐな線。
定規の線。

「過去形が事実なら、我々の認識が誤っている」
アルベルトは独り言みたいに言う。
「聖女は既に失われた。だが、王都は今も機能している。候補も存在する。矛盾だ」

書記官が恐る恐る言った。
「神が……警告を……?」

アルベルトは首を僅かに振る。
「神託は感情を持たない。機構だ。機構が過去形を出したなら、過去形を出す理由がある」

彼の言葉には祈りがない。
神に縋る代わりに、仕組みに縋る。

アルベルトは書架の方へ目をやり、指先で机を二度叩いた。
合図だった。

扉が開き、護衛が一人、男を連れて入ってきた。
白銀の髪。眠たげな目。
だらしない外套。
それでも視線だけが深い男。

ヴァイス・アストラル。

「こんばんは、王太子さま」
ヴァイスが軽く手を振る。
「夜更かし? 顔が“世界に殴られた顔”してる」

護衛が苛立ち混じりに言う。
「口を慎め」

アルベルトは手を上げ、護衛を制した。
「構わない。彼の口の悪さは既知だ」

ヴァイスが肩をすくめる。
「既知なら話が早い。で、僕を呼んだ理由は?」

アルベルトは机上の紙を一枚滑らせた。
神託の写し。
ヴァイスはそれを見て、ふっと笑った。

「うわ。出ちゃったんだ」
軽い声。
でも目の奥が一瞬だけ鋭くなる。

アルベルトはその変化を見逃さない。
「知っていたのか」

「知ってた、じゃない。予測してた」
ヴァイスは指で紙を弾いた。
「世界はね、同じ失敗を繰り返したくないんだよ。……まあ、繰り返すんだけど」

アルベルトの瞳が細くなる。
「“失敗”とは何だ」

ヴァイスは眠たげに瞬きをして、言った。
「聖女喪失。世界の修復機構の破綻。……たぶんね」

アルベルトは即座に言葉を繋ぐ。
「世界線の修正、か」

書記官が息を呑む。
護衛も一瞬動きを止める。
その単語は禁句に近い。
だがアルベルトは躊躇しない。

ヴァイスは軽く指を鳴らした。
「さすが合理の塊。言語化が速い」

アルベルトは感想を返さない。
質問を投げる。

「時間逆行の可能性」
彼は言った。
「あるか」

ヴァイスは一瞬だけ笑う。
「ある。というか、“起きてる”」

書記官が顔を引きつらせた。
「馬鹿な……!」

アルベルトは書記官を一瞥し、黙らせる。
視線だけで。温度のない支配。

「証拠は」
アルベルトが言う。

ヴァイスは机に肘をついて、軽い口調で答える。
「痕跡。時間が逆流すると、魂や場所に焼け跡が残る。焦げた紙みたいなやつ。……それが王都に漂ってる」

「王都全域か」
アルベルトが問う。

「中心がある」
ヴァイスはあくび混じりに言った。
「裂け目は一点から始まる。だいたい、失われたものの近くにできる」

アルベルトの脳内で、線が繋がる。

神託の過去形。
祭壇の青白い揺れ。
祈りなしで選ばれた少女。
そして――“失われたもの”。

アルベルトはペンを取り、紙に短い図を描いた。
一本の線。
途中で裂け、戻り、縫い直される線。

「世界線の修正が起きたと仮定する」
アルベルトは言う。
「原因は“聖女喪失”。聖女を失えば王国は瓦解する可能性が高い。ゆえに世界が修復を発動した」

ヴァイスがにやりとする。
「そうそう。そういう感じ」

アルベルトは続ける。
「修復の結果、過去に“戻った”存在がいる。神託が過去形を語るのは、世界が一度起きた事象を記録しているから」

「記録、って言うとロマンチックだね」
ヴァイスが言った。
「実際はエラー履歴だけど」

アルベルトは眉ひとつ動かさない。
「戻った存在は誰だ」

ヴァイスは答えない。
眠たげな目で、アルベルトを見るだけ。
その沈黙は交渉だ。

アルベルトは理解する。
情報はタダではない。
彼は最短の条件を出す。

「資料を見せろ」
アルベルトが言った。
「君が持つ“裂け目”の研究資料。見せれば、王宮の保護と研究資金を出す」

書記官が驚いた顔をする。
ヴァイスが笑った。

「うわ、即決。怖」
でも嬉しそうでもある。
「いいよ。条件は、僕の研究に口出ししないこと」

「結果に影響しない範囲で許可する」
アルベルトは即答した。

ヴァイスは紙束を取り出した。
星図、裂け目の記録、過去の神託の解析。
そして最後に、一枚の薄い紙。

そこには短い文章が書かれていた。
“聖女喪失の主因:政治判断による切り捨て”

アルベルトは、その一文を読んだ瞬間だけ、視線を止めた。

切り捨て。

政治判断。

彼はゆっくりと、その紙を机に置いた。
そして、淡々と言った。

「主因は誰だ」

ヴァイスは眠たげに笑う。
「さあ? “王権”って書いてあるけど。……たぶん、君の立場に一番近い人」

書記官が青ざめる。
護衛の手が拳を握る。
でもアルベルトは震えない。

彼は自分の胸の内を探る。
恐怖があるか。
罪悪感があるか。
後悔があるか。

――ない。

代わりにあるのは、計算だけ。

もし未来で、自分が聖女を切り捨てる。
その結果、世界が裂ける。
世界が修復を発動する。
修復後の世界でも、同じ因果が残る。
ならば対策は一つ。

「失う前に、管理する」

アルベルトはそう言った。
声は冷たく、揺れない。

書記官が震える声で言う。
「……管理、とは」

アルベルトは答える。
「聖女を“予測不能な個人”のままにしない。意思決定の外に置かない。制度に組み込み、監視し、保護する。必要なら隔離する」

隔離。
その単語が、護衛の背筋を伸ばす。
命令を受け取った身体になる。

ヴァイスが机にもたれ、軽く言った。
「それ、だいたい失敗するやつだよ」

アルベルトは視線を上げる。
「失敗の定義は?」

ヴァイスは指を一本立てる。
「世界がもう一回裂ける」

アルベルトは静かに頷いた。
「裂けないようにする」

「簡単に言うね」
ヴァイスが笑う。
「君、怖くないの? 未来の君が“罪を犯す”って知ったのに」

アルベルトは答えた。
「罪は結果だ。結果が悪いなら、手段を変える」

感情より早い合理。
後悔より先に走る計画。
彼の中で、罪はまだ芽にならない。
芽になる前に、剪定する。

アルベルトは立ち上がり、窓の外を見た。
王都の灯りが揺れている。
不穏が街全体に漂う。

「聖女を失った世界線が存在するなら」
アルベルトは淡々と言った。
「この世界線は、それを避けるために修正された。……ならば修正の中心にいる存在は、最重要資産だ」

資産。
その言葉が、書記官の喉を鳴らした。
ヴァイスは目を細める。

「エリシアのこと?」
ヴァイスが軽い声で言う。
「君、あの子を“物”みたいに呼ぶんだね」

アルベルトは即答した。
「国家運営は感傷で回らない」

「感傷がないと、同じ失敗するよ」
ヴァイスがぼそりと言う。
眠たげな目が、一瞬だけ鋭い。

アルベルトはその言葉を、紙の端に押し込むように無視した。
今必要なのは、心の痛みではない。
手順だ。

「明日から動く」
アルベルトは護衛に命じる。
「エリシア・ノクス=セレスティアの周辺を調査。同行者の騎士も含め、接触者全てを洗う。教会長ミレイユの動きも監視対象だ」

「御意」
護衛が即答する。

アルベルトは最後に、ヴァイスを見た。
「君の研究は王宮の管理下に置く。必要な人員と資材を提供する。その代わり、情報は全て共有しろ」

ヴァイスは笑った。
「はいはい。……王太子さま、世界を管理したいんだね」

「管理できないものは、国を壊す」
アルベルトは淡々と言う。
「壊れる前に、枠に入れる。それが王の仕事だ」

窓の外で、遠くの鐘が鳴った。
祈りの鐘でも警告の鐘でもない。
ただ、夜を刻む音。

その音の中で、アルベルトは結論を固める。

未来の自分が罪を犯すなら、
罪が形になる前に、仕組みで縛る。
失う前に、手の内に置く。

彼の胸に後悔は芽吹かない。
合理はいつも、感情より早い。
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