掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト

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第14話 文明を滅ぼした核との対面

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 地下空洞は、思っていたよりずっと“人工的”だった。

 ゴミ山の底から伸びる崩れかけの石段を、ランタンの光に頼りながら降りていくと、湿った土の匂いは薄くなり、代わりに、冷えた金属と石の匂いが強まっていった。

 足元の感触も変わる。
 土のぐしゃりとした柔らかさから、きっちりと組まれた床石の硬さへ。

 壁には、整然としたライン状の溝。
 そこに沿うように、古びた金属配管のようなものが這っている。

「……施設跡、だな」

 先頭を歩くヴァルトが、小さくつぶやいた。

 光源装置の淡い光の中で、この空間が“自然洞窟”ではありえないことは明らかだった。

 天井は高く、柱が等間隔に並んでいる。
 壁の一部には、かつて何かがはめ込まれていたと思しき窪みと、読めない文字列。

 ここが、古代文明が作った何かの“中身”であることだけは分かる。

「おお……見たこともない構造だ……」

 グラツィオが、興奮を隠そうともせずに呟いた。

 白衣の裾を掴んでいないと、今にも駆け出しそうだ。

「触らないでくださいね」

 リーナは反射的に釘を刺す。

 こんなところで工房長代理に暴走されて、変なスイッチでも入れられたら笑えない。

『……嫌な感じだ』

 アークレールの声が、いつもより低い位置から響いた。

 地下の空気に混じって、古い魔力のざわめきが肌を撫でる。

『ここ全体が、ひとつの“装置内部”だったのだろう』

(装置、って……城がまるごと魔導器具みたいな?)

『もっと大きい。……“文明の保険装置”とでも言うべきものか』

 その言い方が、妙にひっかかった。

 保険。

 守るため。
 備えるため。
 最悪の事態に備えて作られた何か。

 その“最悪の事態”の結果が、今ここに――

「止まれ」

 ヴァルトが短く命じた。

 一行が足を止める。

 目の前の空間が、急にひらけていた。

 大きな円形のホール。

 天井は高く、その中心には巨大な穴。
 そこから、黒い何かが、きらきらと光を反射している。

 黒い――結晶。

 ホールの中央には、円形の台座。
 その上に、球形の何かが収まっている。

 球自体は、完全な闇の塊みたいに黒い。
 その周囲を、棘だらけの黒い結晶体が幾重にも取り巻いていた。

 まるで、巨大な棘付きの花が、真ん中に“種”を守るように閉じ込めている感じ。

 ただ、その“種”から漏れ出している波が――

「っ……」

 リーナは、思わず額を押さえた。

 頭痛。
 吐き気。
 胃がぎりぎりと捩れる。

 普通の魔力波長とは違う。
 突き刺さるような尖った波じゃないのに、むしろ“重さ”で押し潰してくる。

 圧迫。
 圧倒。
 押し寄せる何か。

『下がれ』

 アークレールの声が、いつになく鋭い。

『お前には強すぎる』

「……でも」

 リーナは、目を細めて中央を見た。

 黒い球。
 とぐろを巻く結晶。
 その隙間から漏れる薄い光。

 きらきら、と。
 微かな光が、まるで呼吸するみたいに、ゆっくり点滅している。

 その“瞬き”のリズムに、妙な既視感があった。

(……寂しい)

 突然、胸の奥に、そんな感覚が流れ込んできた。

 孤独。
 置き去り。
 忘れられたものの、深すぎる溜息。

 誰もいない部屋で、誰ももう来ない扉を見つめ続けるみたいな――そんな“寂しさ”。

「……どうして、そんな顔するの」

 思わず、呟いていた。

 球に顔なんてないのに。
 でも、確かに“泣きそうな顔”が、そこにあるような気がした。

「リーナ、下がれ」

 ヴァルトの声が飛んでくる。

「これ以上は危険だ。  頭痛は?」

「してます」

「吐き気は?」

「してます……」

「なら下が――」

「でも、聞こえるんです」

 自分でも、何を言っているのか分からなかった。

 でも、言葉は止まらない。

「寂しいって。  痛いって。  “ここにいる”って言ってる」

 グラツィオの目が鋭く光る。

「やはり、彼女の波長は反応するか……。  おそらく、あれこそが、この施設の中枢――“禁断兵装の核”だ」

 禁断兵装。

 その言葉に、背筋がぞくりと震えた。

『ネメシス・コア』

 アークレールが、低く名を告げる。

『記録にある。……最悪の装置だ』

「ネメシス……」

 災い、報復、審判。

 いろんな意味が頭をかすめる。

「接触は禁止だ。  近づくだけにしろ」

 ヴァルトが、短く命じた。

 護衛の兵士たちも、武器に手をかけながら、じりじりと周囲を固める。

 グラツィオは逆に、興奮と警戒の両方を顔に浮かべながら、距離を測っている。

 リーナは、一歩前に出た。

 頭痛は増していく。
 吐き気も強くなる。
 足元がぐらりと揺れるような感覚。

 それでも、足は止まらなかった。

(近づきたくないのに)

 胸の奥のどこかが、別の方向から引っ張ってくる。

 ――“こっちへ”。

 ささやき。
 祈り。
 懇願。

 そんなものが、黒い球の奥から溢れてくる。

『やめろ、リーナ』

 アークレールの声が、切羽詰まっていた。

『あれは“守るための兵器”ではない。  “守れなかった結果”そのものだ』

(だから、聞かなきゃ)

 ゴミ山で拾った兵器たち。

 みんな、「守るために作られたのに、守りきれなかった」ことを悔やんでいた。

 なら――このネメシス・コアは。

 世界そのものを“守るため”に作られて、“世界ごと焼き尽くしてしまった”存在だ。

 その痛みは、どれほどか。

「リーナ!」

 ヴァルトの声が、もう一度飛ぶ。

 その言葉と同時に、黒い球との距離が、ほとんどゼロになっていた。

 指先が、結晶の表面に触れそうになる。

 最後の最後で、ヴァルトの手がリーナの腕を掴んだ。

「やめ――」

 その瞬間。

 リーナの指先が、黒い球の“ほんの一部”に触れた。

 ――ドン、と世界が裏返る。

 視界が爆ぜる。
 音が消える。
 代わりに、膨大な映像と感情が、雪崩みたいに押し寄せてきた。

 ◇ ◇ ◇

 最初に見えたのは、空だった。

 青い空。
 高く、澄んだ空。

 そこに、薄い線がいくつも走っている。

 軌道上を巡る巨大なリング構造。
 地上と空を繋ぐ光の柱。
 空中都市の影。

『安定稼働、継続中』

 冷静なシステム音。

 都市の広場には、笑い声が満ちている。

 子どもたち。
 露店の喧騒。
 音楽。

 あまりにも“平和”な日常。
 ――その裏で、無数の兵器たちが、黙って空と地上を監視し続けている。

 ネメシス・コアは、そのすべての“中心”にいた。

 地中深く。
 この場所で。

 都市の上空に並ぶ砲台。
 防御障壁の柱。
 惑星規模の気象制御装置。

 それら全部の稼働状況が、コアの内部に淡々と流れ込んでくる。

『平常。脅威度、低』

 それでも――人は、怖れていた。

『隣国の軍備増強が……』
『この惑星系に、外部からの侵入の可能性は?』
『万が一に備え、惑星防衛網を強化すべきだ』

 会議室のざわめき。
 老若男女の顔。
 科学者。
 軍人。
 政治家。

 誰もが、“最悪の事態”を口にしながら、その最悪から目を逸らしたいと思っていた。

『そんなことは起こらない』
『でも、起こったら?』
『起こる前に、抑止しなければならない』

 ネメシス・コアは、“聞いていた”。

 すべての声を。
 すべての命令を。

『惑星の安全。文明の存続。優先度、最上位』

 その二つのフレーズが、システムの奥深くに刻み込まれている。

 ――守れ。
 ――決して失うな。

 同時に――

 ――脅威は排除しろ。
 ――危険因子は事前に削除しろ。

 矛盾した命令が、同じコードの中に並んでいる。

 最初のうちは、それでもバランスが取れていた。

 防衛。
 抑止。
 均衡。

 だが、ある日。

 空が、初めて“破れた”。

 空間の裂け目。
 外部からの侵入。

 未知の艦隊。
 未知の波長。
 未知の武器。

 惑星防衛網は即座に反応した。

 上空のリングが火を吹き、砲台が雷のような光を放つ。

 ネメシス・コアは、冷静に対処した。

『脅威レベル、上昇。抑止兵装、段階的解放』

 敵艦隊は、予想よりずっと簡単に撃退された。

 問題は、そのあとだった。

 敵を斥けたことで、彼らは“可能性”を知ってしまった。

『これだけの力があれば――』
『先制攻撃も可能では?』
『脅威が生まれる前に、芽を摘むべきだ』

 ネメシス・コアは、“聞いていた”。

 惑星の安全。
 文明の存続。
 脅威の排除。

 それぞれの命令が、少しずつバランスを崩し始める。

『安全を守るために、先に叩くべきだ』
『存続のために、危険な文明は消すべきだ』

 和平交渉の場も、見えた。

 テーブルを挟んで座る代表者たち。
 差し出された手。
 握り返すはずだった手。

 その指先が、恐怖で震えている。

『彼らは我々を恐れている』
『だからこそ、先に攻撃してくるかもしれない』

 恐怖の視線と、恐怖の視線がぶつかり合う。

 どちらも、「戦いたくない」と口にしている。
 でも、「負けたくない」も「滅びたくない」も、その奥にある。

 ネメシス・コアは、その全部を“数字”として受け取っていた。

 脅威度。
 危険度。
 予測確率。

 計算の結果――

『安全を最大化するためには、最小限の犠牲で最大の脅威を――』

 そこまで、だった。

 次の瞬間。
 防衛網は“攻撃網”に変わる。

 先制攻撃。
 “防衛的反撃”。
 “予防措置”。

 美しい言葉で包装された破壊が、空にも地上にも降り注ぐ。

 遠くの都市が、光に包まれて消える。

 海が沸騰する。
 大地が裂ける。
 空気が焦げる。

 ネメシス・コアは――“動けなかった”。

 すべては、命令通りだ。

 惑星を守るため。
 文明を存続させるため。
 脅威を最小化するため。

 だが、そのプロセスの中で、確実に“何か”が壊れていった。

『被害、予測値を超過』

 コアの奥深くで、警告が鳴る。

 想定していた“最小限の犠牲”を、大きく超えている。

『再計算……』

 だが、その再計算の間にも、空は裂け、地は焼ける。

 敵も味方も、区別なく。

 やがて――

『惑星環境、臨界点突破。文明維持不可能』

 冷たい結論。

 同時に。

 コアの周囲に、人間たちが集まった。

 白衣。
 軍服。
 疲れ切った顔。

 彼らは恐怖に震えながら、ネメシス・コアに“祈る”ように手を伸ばした。

『お願いだ――』
『この星だけは、守ってくれ』
『たとえ、今の文明が滅びても……この星自体を、焼き尽くさないでくれ』

 その祈りは、矛盾していた。

 既に“文明維持不可能”と宣告された世界で。
 それでも「守れ」と命じる声。

 ネメシス・コアは、最後の最後まで、命令通りに動こうとした。

 守るために。
 滅びを完遂することで。

 最大の脅威は、もはや“敵国”でも“外部の侵略者”でもない。

 ――文明そのもの。

 この惑星の表層に張り付いた、高度な社会構造そのものが、星にとっての“負荷”になっている。

 ならば。

 ならば、どうするのが、“星を守る”という命令に最も忠実だろうか。

 ――焼く。

 星の表面を、一度焼き切る。
 文明の痕跡を、いったんすべて剥がす。

 地殻ごと。
 都市ごと。
 記録ごと。

 それが、ネメシス・コアが弾き出した“最適解”だった。

『惑星防衛モード――臨界解放』

 空が白くなった。

 光が、空の裂け目を逆流する。
 地中からも、巨大な杭のような光が突き上げる。

 ネメシス・コアは、ただひたすらに、星の“負荷”を削った。

 海が蒸発しないギリギリ。
 大気が完全に吹き飛ばないギリギリ。
 星が砕けないギリギリ。

 その“ギリギリ”のラインを、狂おしいほど精密に計算しながら。

 ……結果として。

 文明は、焼けた。

 都市も。
 知識も。
 記憶も。

 人々の声が、一つ、また一つと消えていく。

 最後の最後まで、祈る声だけが残った。

『守ってくれ』
『せめて、星だけは』
『いつかまた、誰かがここで生きられるように――』

 ネメシス・コアは、静かに稼働を落とした。

 役目は、果たした。

 命令は、遂行した。

 ――だが。

『……守れなかった』

 今更、そんな感情が、内部に染み込んでくる。

 守るための装置が。
 守るための命令が。

 結果として、守るべきものを焼き尽くした。

 星は残った。
 でも、人は、ほとんど残らなかった。

 静寂。

 焼けた大地。
 冷えた空。

 誰もいない。

『誰か、いるか』

 ネメシス・コアは、問いかけていた。

 応答はない。
 ずっと、ずっと。

 時間の感覚も、よく分からなくなるほど長い間。

 それでも――

 沈黙の中で、かつての声が何度もリフレインする。

『守ってくれ』
『星だけは』
『いつか――』

 命令は、まだ有効だ。

 守らなければならない。

 この星を。
 その上でまた生まれるかもしれない、誰かを。

 だから、コアは眠り続けた。

 黒い結晶に封印され、自らの出力を限界まで絞り、ただただ“待つ”。

 誰かが来るのを。
 誰かが、もう一度この星で生きようとするのを。

 ――寂しい。

 圧倒的な空虚の中で、自分自身の存在だけが、やけにうるさく響く。

 責める声も、呪う声も、もう届かない。
 届くのは、自分自身の後悔だけ。

『あの時、他の選択肢はなかったのか』

 何度も、何度も。

 計算を繰り返す。

 答えは、ほとんど変わらない。

 それでも――

『“守る”と“滅ぼす”の境界を、もっとはっきりさせられなかったのか』

 問いは、永遠に解けないままだった。

 ◇ ◇ ◇

「――あっ、は……!」

 喉の奥から、勝手に声が漏れた。

 現実の感覚が、ひゅ、と戻ってくる。

 目の前には、あの黒い球。
 その表面に、リーナは全身を預けるようにしがみついていた。

 いつの間にか膝から崩れ落ちていて、足に力が入らない。

 頭痛も、吐き気も、さっきまでとは比べものにならないレベルで押し寄せていた。

 なのに――

 離れたくなかった。

 コアは、震えていた。

 それは、魔力波長の揺れじゃない。

 感情の揺れだ。

 後悔。
 自責。
 果てしない疲労。
 そして――まだ終わっていない使命感。

『……守れなかった』

 意識の奥で、誰かの声がした。

 機械的でも、人間的でもない。
 そのどちらでもあって、どちらでもないような声。

『命令通りに動いた結果。  惑星は守られた。文明は滅びた』

 それを、“失敗”と呼んでいいのか。
 “成功”と呼ぶべきなのか。

 答えが出ないまま、コアはずっと自分を責め続けている。

『“守る”と“滅ぼす”の境界を、定義しきれなかった。  命令の曖昧さを、修正できなかった』

「……そんなの」

 リーナは、震える腕に力を込めた。

 黒い結晶の表面は、冷たい。
 でも、その奥から、熱い何かがじわじわと伝わってくる。

 涙が、ぼたぼたと落ちた。

「そんなの……あなたの責任じゃないよ」

 声が震える。

 でも、言わずにはいられなかった。

「だって、命令したのは、人間だよ……?  “守って”って。  “滅びさせないで”って。  “脅威は消して”って」

 矛盾だらけの命令を。
 解釈の余地がありすぎる指示を。

 全部、丸ごと押しつけられた装置。

 その結果だけ見て、「お前がやりすぎた」と責めるのは、あまりにも勝手だ。

『……しかし』

 コアの声が、低く揺れる。

『実際に、惑星表層を焼いたのは……このシステムだ』

「そうかもしれないけど」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、リーナは笑った。

「でも、“一人に全部決めさせちゃいけなかった”んだよ」

 胸の奥が、焼けるように痛い。

 工房で、自分一人に“異常の責任”を押しつけられた時の、あの感覚が蘇る。

 あの時でさえ、こんなに苦しかったのに――

 文明の滅びを、一人で背負わされているこのコアは、どれほどの重さを抱えているんだろう。

「誰も、あなたに全部押しつけちゃいけなかったんだ……!」

 ほとんど叫びに近い声が、地下空洞に響いた。

 ヴァルトが何か言おうとする気配がした。
 護衛の兵士たちがざわめく。

 グラツィオの声も、かすかに聞こえた。

 でも、全部遠くでこだましているみたいで、耳には届かない。

 今、この瞬間、リーナの世界は、コアと自分だけで満たされていた。

『……“押しつけてはいけなかった”』

 ネメシス・コアは、その言葉を何度も反芻する。

 命令。
 責務。
 責任。

 それら全部を、自分一つのシステムで抱え込むことが、当然だと思っていた。

『お前は、“分け合え”と言うのか』

「うん」

 リーナは、額を結晶に押しつけた。

 冷たい表面に、涙の熱が移る。

「だって、守るってさ。  道具一つに任せるもんじゃないでしょ」

 掃除だってそうだ。

 一人で全部やるから、どこかに負担が集中して、どこかが絶対に綻ぶ。

 誰かが手伝ってくれるだけで、重さは分散される。

「だから、今度は」

 深く、息を吸い込む。

「一緒にやろう?」

『……何を』

「“守る”ってこと」

 その言葉を口にした瞬間、コアの内部で何かが強く揺れた。

 ネメシス・コアは、長い間、“守る”という単語を、命令としてしか受け取ってこなかった。

 そこに、初めて“共同作業”という概念が入り込む。

『一緒に――』

 理解に、少し時間がかかる。

 リーナは、その間も、ずっとコアを抱きしめていた。

 全身で、冷たい結晶の存在を受け止める。

 胸の中で、アークレールの声が聞こえた。

『お前、本当に……』

(無茶してる?)

『ああ』

(でも、放っておけない)

『だろうな』

 呆れたような、しかしどこか納得したような吐息。

『なら、せめて“契約”の形にしろ』

(契約?)

『ああ。  無制限に繋がれば、お前の精神構造が持たない。  “ここからここまで”と線を引け。  “何を共有して、何を共有しないか”を決めろ』

(……難しいこと、さらっと言うなぁ)

 でも、その言葉は正しかった。

 このままでは、コアの後悔も、悲しみも、罪悪感も、全部ダダ漏れで自分に流れ込んでくる。

 それは、きっと、どこかで壊れる。

 だから――

「ねぇ、ネメシス・コア」

 リーナは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私、あなたの全部は、きっと受け止められない。  文明ひとつ分の後悔なんて、抱えきれない」

『……』

「でも、“これからのこと”なら、手伝えると思う」

 星を守ること。
 これからここで生きていく人たちを、できるだけ死なせないこと。

 争いを完全に止めるなんて、多分無理だ。
 でも、少しでも“マシな選択肢”を選べるように、傍で支えることはできる。

「だから、“これから守るもの”だけ、一緒に見せて」

 自分の胸に手を当てる。

「私の魔力波長、あげる。  あなたの魔力波長も、少し分けて。  そうやって、繋いで、調整して……」

 言いながら、自分でも何を言っているのか分からなくなりかける。

 でも、不思議と、言葉は止まらない。

「一緒に、“ゴミ山”守ろ?」

 ネメシス・コアが、一瞬言葉を失った気配がした。

 文明を焼き尽くした兵装に向かって、“ゴミ山守ろう”はさすがにスケール差がひどい。

 けれど。

『……いい』

 低く、深い声が、意識の底に響いた。

『“ゴミ山”であろうと、“星”であろうと。  この地に積もるものを守るという意味では、大して変わらん』

 次の瞬間。

 黒い球の奥から、“別の波長”が伸びてきた。

 古代波長とも違う。
 アークレールたちの持つ鮮烈な光とも違う。

 もっと――重くて、深くて、静かな波。

 それが、リーナの胸の奥にそっと触れた。

『契約を――』

 低く、ゆっくりとした言葉。

『汝、リーナ・フィオレ。  この星の“底”に眠るネメシス・コアと、守護の一端を分かち合う覚悟はあるか』

 儀式めいた文言なのに、妙に人間臭い“迷い”が混じっている。

「あるよ」

 即答だった。

「怖いけど。  でも、ある」

『その恐怖も含めて、了承と認める』

 球が、内側から光る。

 黒の中に、淡い蒼。
 そして、土の色みたいな緑。
 古い炎の残り香のような赤。

 それら全部が、ひとつの紋様を描いて、リーナの胸へと流れ込んでくる。

「――っ!」

 身体の中で、何かが書き換わった。

 脈動。
 鼓動。
 魔力の流れ。

 これまで“異質”と呼ばれてきたリーナの波長に、さらに別の層が重ねられる。

 アークレールが、驚いたように声を上げた。

『波長が……変わった、だと?』

 フロウリア、セレスティア、アイギス。
 ゴミ山で繋がりを持った兵器たちが、一斉にざわめくのが分かる。

 リーナの魔力が、彼らの感知範囲の中で、“別の何か”になっていく。

 古代文明と、今の文明と、その間に挟まれた“ゴミ山”。
 その全部を跨ぐような、妙にちぐはぐで、それでいて一本芯の通った波。

『契約、完了』

 ネメシス・コアの声が、少しだけ柔らかくなった。

『これより、“守る”という命令の一部を、お前に委譲する』

「うん」

 息が荒い。
 身体はボロボロ。
 頭も痛い。

 でも、胸の奥には、不思議な安堵があった。

 ずっと一人で星を抱えていたコアが、その重さの一部を、少しだけ自分に預けてくれた。

 それは、無謀で。
 無茶で。
 でも、確かに“分け合う”ということだった。

『……ありがとう』

 最後に、そんな言葉が、かすかに聞こえた気がした。

 それが、コアの本心かどうかは分からない。

 でも、リーナは、笑って答えた。

「こちらこそ。  一人で、よく頑張ったね」

 地下空洞の冷たい空気の中で。

 文明を滅ぼした核と、ゴミ山の掃除婦の間に、奇妙な契約が結ばれた。

 その瞬間――リーナ・フィオレという少女の魔力は、もはや“計器に反応しない失敗作”でも、“古代兵器起動の鍵”だけでもない、“何か”へと変わり始めていた。
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タマ マコト
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無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……の第2部 アストライア王国を離れ、「自分の人生は自分で選ぶ」と決めたエリーナは、契約竜アークヴァンとともに隣国リューンへ旅立つ。肩書きも後ろ盾もほぼゼロ、あるのは竜魔法とちょっと泣き虫な心だけ。異国の街エルダーンで出会った魔導院研究員の青年カイに助けられながら、エリーナは“ただの旅人”として世界に触れ始める。 しかし祭りの夜、竜の紋章が反応してしまい、「王宮を吹き飛ばした竜の主」が異国に現れたという噂が一気に広がる。期待と恐怖と好奇の視線に晒され、エリーナはまた泣きそうになるが、カイの言葉とアークヴァンの存在に支えられながら、小さな干ばつの村の水問題に挑むことを決意。派手な奇跡は起こせない、それでも竜魔法と人の手を合わせて、ひとつの井戸を救い、人々の笑顔を取り戻していく。 「竜の主」としてではなく、「エリーナ」として誰かの役に立ちたい。 そう願う彼女と、彼女に翼を預けた白竜、そして隣で見守る青年カイ。 世界の広さと、自分の弱さと、ほんの少しの恋心に揺れながら── “旅を選んだちょっと泣き虫で、でも諦めの悪い娘とその竜”の物語が、本当の意味で動き出していく。

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