平凡メイドの私が追放された結果、女神の加護を独占して国が騒然

タマ マコト

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第19話「女神と人間、その狭間で」

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 最近、空が近い。

 そんな、ふわっとした違和感からだった。

 王宮のテラス。

 高い塔の上から見下ろす庭は、いつも通りきれいに整えられている。
 人が米粒みたいに小さい。

 でも、今日は――

(なんか、“見下ろしてる”って感じが、前より強い……)

 風が頬を撫でる。

 風の流れ。
 空気の温度。
 遠くで騎士たちが振るう木剣の音。

 それら全部が、一度に「分かってしまう」感覚。

 まるで、自分の意識が体の外側まで広がっていくみたいだ。

 足元の石畳。
 遠くの城壁。
 その先の街並み。

 そして、もっと遠く――国境の山々の気配まで、うっすらと感じ取れる気がした。

(……こわ)

 ユナ・アークレットは、テラスの手すりにそっと手を置いて、ぎゅっと握った。

 あの日、森の泉でエリュシアから正式に授かった三つの加護。

 《癒しの雫》
 《真実の香》
 《女神の祝福》

 それらは日を追うごとに、少しずつ、少しずつ、強くなっていった。

 疫病の町での祈りのとき。

 辺境への援助を決めたとき。

 誰かの「救いたい」という気持ちに、自分の「救いたい」が重なるたび。

 加護は、静かに、でも確実にユナの内側で大きくなっていく。



 最近、一つ気づいたことがある。

 《癒しの雫》を使うとき、相手の体の「悪いところ」が、前より具体的に見えるようになってきた。

 この人は、胸のここが固まってる。
 この人は、昔の傷がここに残ってる。

 そんなふうに。

 目に見えないはずのものが、「分かってしまう」

 《真実の香》も、前より鮮明だ。

 数人が同じ空間にいるとき、それぞれの感情の匂いの層まで、区別できるようになってきた。

「あ、この人、笑ってるけど内心むちゃくちゃイライラしてる……」
「あの人は、すごく遠くで“心配してる”って香りだけ飛ばしてる……」

 冗談みたいに聞こえるけど、本当の話だ。

 便利だし、役にも立つ。

 でも――

(……全部“人間じゃない角度”から見てる感じが、ちょっとこわい)

 テラスから見下ろす庭で、侍女たちが談笑している。

 笑い声。
 小さなため息。

 そこに、ふわっと花の香りが混じる。

 誰かが誰かを好きだと思っている匂い。

 同時に、湿った土も混ざっている。

「会えないとさみしいけど、会えないままの方が楽かもしれない」なんて、複雑な感情の匂い。

(前の私なら、“仲良さそうだなあ”くらいで終わってたはずなのに)

 今は、「表面」と「中身」が同時に見える。

 それは、世界が二重写しになっていく感覚だった。



「……ユナ」

 背後から声がして、振り向く。

 王太子ルシアンが、テラスの入口に立っていた。

 最近は、王族にしてはラフな格好のときが多い。

 少し柔らかめのシャツに、上質なコートだけ。

 それが逆に、距離を近く感じさせる。

「こんなところで、一人で立ってると落ちそうで怖いんだけど」

「落ちませんって」

「いや、物理的にじゃなくて」

 ルシアンは、肩まで歩み寄り、手すりにもたれた。

「顔が完全に“難しいこと考えてます”って顔してた」

「えっ。そんな顔でした?」

「うん。王宮の石像より難しい表情してた」

「石像に謝ってください……」

 いつもの軽口。

 でも、ユナの胸のざわめきは、完全には消えない。

 ルシアンが、横目でちらりと彼女を見る。

「最近、力が強くなってるんだって?」

「……誰情報です?」

「巫女長」

 セラフィナの顔が頭に浮かぶ。

 (“最近のユナは、祈るときの光の量が明らかに増えています”)

 さっき、神殿からの報告でそんな話が出ていた。

「悪い意味ではない。

 ただ、“女神との距離が近づいている”とは言われた」

「……近づいている、ですか」

 その言葉が、ぐさりと胸に刺さる。

 女神エリュシア。

 あの泉のほとり。

 夜ごとの夢の中。

 彼女はいつもユナを見ている。

 そのこと自体は、安心でもある。

 でも。

(最近、夢と現実の境目も、ちょっと曖昧になってきてる気がするんだよなあ……)

 夢の中で見た誰かの涙が、目覚めた後も「匂い」として残っていたりする。

 祈っただけで、遠くの土地の空気が変わるのが分かったりする。

 嬉しいのと、怖いのと。

 両方が、胸の中でぎゅうぎゅうに詰まっていた。

「……怖くないのか?」

 ルシアンが、珍しく真面目な声で訊いた。

「力が強くなること。

 女神に近づいていくこと」

 ユナは、少し考えてから――正直に答えた。

「怖いです」

「やっぱりな」

 ルシアンは、どこかホッとしたような顔をした。

「怖くないって言われたら、“このまま消えるルートだな”って焦るところだった」

「消えるルートってなんですか。ホラーすぎます」

「いや、ほら。

 伝承とかでよくあるだろ、“神に愛されすぎて、最後は人間の世界からいなくなりました”ってやつ」

「あー……ありますね」

 そういう話を、昔、孤児院の本で読んだ。

 神に選ばれた巫女が、最後は空へ昇っていく話。

 その結末を、あの頃の自分は「すごいな」とだけ思っていた。

 でも今なら――

(……嫌だな)

 王宮の廊下。
 庭の草いきれ。
 厨房のパンの匂い。

 ルシアンの笑い声。

 ミアの小言。

 ディランの適当な励まし。

 セラフィナの「ちゃんと食べてる?」という視線。

 そういう「人間の世界」を手放すイメージが、どうしても浮かばない。

 ルシアンは、手すりに肘をつきながら、ぽつりと言った。

「君がさ。

 最近、時々――すごく遠くを見てるような顔をするんだ」

「遠く?」

「ここじゃないどこか。

 俺たちの届かないところを見てるみたいな顔」

 ユナの胸が、ズキッと痛む。

 そんな顔をしていたのか。

「だから、ちょっと心配している。

 このまま君が、どこか“上の方”へ歩いて行ってしまうんじゃないかって」

「……行きませんよ、そんな簡単には」

 冗談めかして言ってみせる。

 でも、ルシアンは笑わなかった。

「“簡単には”ってつくあたりが、余計に怖い」

「う」

 言葉の端まで、見逃してくれない。

 それがありがたい日もあれば、今日みたいに苦しい日もある。



 その日の夜。

 ユナは、やっぱりあの泉に立っていた。

 森の中。

 月明かり。

 水面に映る星たち。

 夢の中だと分かっていても、ここはいつも「現実より現実らしい」。

「また来たのね」

 泉の縁に腰をかけながら、女神エリュシアが微笑んでいた。

 いつもの白銀の髪。

 いつもの、人間臭い目。

 でも、今日は――

「なんか、近くないですか」

 ユナは、思わず口にしていた。

 エリュシアとの距離。

 物理的な話じゃない。

 感覚的な距離。

 前よりも、ずっと「同じ高さ」にいるような気がした。

 エリュシアは、軽く首を傾げる。

「……そうかしら?」

「絶対そうです。

 前はもっと、“見下ろされてる感”があったのに」

「あら失礼」

 女神は笑いながらも、少しだけ真顔に戻った。

「でも、あなたの感覚は、多分正しいわ」

 その声は、いつもより少しだけ、深いところに響いた。

「ユナ。

 あなたの加護は、前よりずっと強くなっている。

 世界の“痛み”を受け取る力も、“願い”を届ける力も」

 そう言って、エリュシアは泉の水を指ですくう。

 水滴が、指先からぽとりと落ちる。

 落ちたところから、静かな光の輪が広がった。

 それが、そのままユナの胸の中にも広がる感覚。

「あなたはもう――完全に“人”でもなく、完全に“神”でもない」

 月明かりの下、その宣告はあまりにも静かに落とされた。

 ユナは、喉がきゅっと締まるのを感じた。

「……じゃあ、私は」

 声を絞り出す。

「私は、どこに属しているの?」

 孤児院の子どもだった頃は、「ただの孤児」だった。

 オルフェリア家にいた頃は、「下級メイド」。

 今は、「女神の娘」、「王宮付きの巫女」。

 肩書きはいくつかある。

 でも、それが「自分の居場所」と一致している気が、最近しなくなってきた。

 人間の痛みも分かる。

 女神の視点も、少しずつ分かるようになってきた。

 そのどちらにも完全には入れない、宙ぶらりんの感覚。

 エリュシアは、すぐには答えなかった。

 泉の水面を見つめ、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「……“狭間”ね」

「狭間」

「人と神の、ちょうど真ん中。

 どちらにも属しているようでいて、どちらにも完全には属せない場所」

 それは、なんとなく自分でも薄々感じていた答えに、名前を与えられたみたいだった。

 エリュシアは、ユナの顔をじっと見る。

「怖い?」

「……怖いです」

 正直に言うと、女神はふっと笑った。

「でしょうね。

 “ここが私の席です”って言える椅子がないのは、不安よね」

「はい……」

 孤児院には、「孤児」という席があった。

 メイドには、「使用人」という席があった。

 そのどれもが、窮屈で、でも分かりやすかった。

 今、自分が座っている椅子は――透明で、輪郭が曖昧で、たまに足元から消えそうになる。

 エリュシアは、優しくユナの頬に触れた。

 その指は、ひんやりしているのに、妙に安心する温度だった。

「でもね、ユナ」

「……はい」

「“どこに属しているか”を決めるのは、必ずしも世界じゃない。

 時々は、自分で決めていいのよ」

「自分で、決める……」

「そう。

 “私はここにいたい”。

 そう思える場所を、自分で選んで、そこに立ち続けることだってできる」

 エリュシアの瞳が、柔らかく揺れる。

「あなたは、人間の痛みを知っている。

 女神の視点も、少しは分かるようになってきた。

 だったら、その狭間に立って、両方に手を伸ばせばいいわ」

 その言葉は、きっとこの上なく正しい。

 でも――

「……それでも、怖いです」

 ユナは、胸に手を当てた。

「もし、このまま加護が強くなって。

 人のことを“可愛い”“いとしい”じゃなくて、“守るべき対象”ってだけで見てしまうようになったら。

 もし、全部を“女神の目”でしか見られなくなったら――」

 自分が、自分じゃなくなる。

 そんな恐怖が、静かに膨らんでいた。

 エリュシアは、少しだけ寂しそうに目を細めた。

「あなたは本当に、“人間”が好きなのね」

「……嫌いになりきれないです」

 ずるい人もいる。
 醜い人もいる。

 それでも――

 笑い合って、泣いて、悩んで、間違えて、また立ち上がる。

 そんな姿が、どうしようもなく愛おしい。

 エリュシアは、指先でユナの額を軽く弾いた。

「だったら、その怖さも、ちゃんと抱えて生きなさい」

「女神様、励まし方ちょっとスパルタですよね」

「今さらでしょ?」

 二人で笑い合う。

 でも、その笑いの奥には、確かに重い何かがあった。



 夢から覚めたのは、夜明け前だった。

 寝台の上。

 薄暗い部屋。

 ユナは、暫く天井を見つめてから、そっとベッドを抜け出した。

 眠っていない顔を、鏡で見る。

「……女神の娘、って顔してる?」

 問いかけても、鏡は何も答えない。

 そこに映っているのは、どう見ても、普通の少女の顔だった。

 髪は少し跳ねていて、目の下には薄くクマ。

 偉そうなオーラなんてどこにもない。

 でも、胸の奥には――

 確かに、女神の光が宿っている。

 そのギャップが、自分でもおかしくて、苦しい。



 その日の午後。

 ルシアンに呼ばれて、ユナは城の裏庭に出ていた。

 あまり人目につかない、静かな場所。

 大きな木が一本、影を落としている。

「最近、“神殿”と“王宮”の予定ばかりで、外の空気を吸う暇もなさそうだったからな」

 ルシアンは、木の幹にもたれながら言った。

「たまには、仕事じゃない外出をしても罰は当たらないだろう」

「罰は当たらないと思いますけど……護衛の人たちが倒れそうですね」

「そのときはディランに全部押し付ければいい」

「ディラン様、くしゃみしてそう」

 二人で笑い合う。

 風が吹いた。

 木の葉がざわざわと揺れる音。

 鼻先に、土の匂いと、乾いた草の匂い。

 そして――ルシアンから漂う、優しい花の香り。

(あ、今日も“心配してる”匂いだ……)

 気づかないふりをした。

 けれど、ルシアンの方は、気づいたように息を吐いた。

「……なあ、ユナ」

 その声は、いつになく真剣だった。

「はい?」

「ここ最近の君、見ててさ」

 ルシアンは、少し言葉を選ぶように口を噤んだ。

 その沈黙さえも、真面目で、優しくて、ユナの胸を締め付ける。

「少しずつ、“この世界から半歩外側に行きかけてる”ように見えるときがある」

 ユナは、息を呑んだ。

「それは……」

「女神に近づいてる証拠なんだろうし。

 加護が強くなるのは、国にとっても救いなのかもしれない。

 でも、同時に――」

 ルシアンは、ユナを見た。

 真っ直ぐ。

 逃げ場がない。

「俺は、怖い」

 短く、はっきりと言った。

「このまま君が、“人間でいること”をやめてしまうんじゃないかって」

 胸が痛い。

 でも、その痛みは不快じゃない。

 自分のことを本気で見てくれている人の言葉が、刺さっている痛みだ。

「ユナ」

 ルシアンは、一歩近づいた。

 距離が縮まる。

 心臓がうるさい。

「君がどこに属していようと――」

 そこで、一度言葉を切る。

 深く息を吸い、吐く。

 その仕草が、変に人間らしくて、妙に安心する。

「君が“人間”から半歩外に出ていようと、“女神の娘”としてこの国を見ていようと。

 俺は君を選ぶ」

 宣言は、とても静かで、とても重かった。

「それだけは、もう決まってる」

 花の香りが、強くなる。

 ルシアンの胸から。

 ユナの胸から。

 《真実の香》が、二人の感情を包む。

(ああ……やっぱり、この人ってば…)

 ユナは、胸の奥で小さく呟いた。

 こんな言い方をされたら――

「場所」とか「立場」とか「属する世界」とか、全部どうでもよくなりそうになる。

「俺は、王太子として、“女神の器”を守らなきゃいけない立場でもある」

 ルシアンは、ほんの少し苦笑した。

「でも、それとは別に――」

 その先は、照れくさそうに目を逸らしながら続ける。

「それとは別に、一人の人間としてユナを選んでる。

 だから、君が“どっち側”に片寄ろうが、俺の選択は変わらない」

 頭の中が、真っ白になった。

 さっきまで「狭間が怖い」とか、「どこに属してるか」なんて考えていたのに。

 今、この瞬間は――

 その全部が、どうでもよくなるくらい。

 ひとつの言葉に、心が飲み込まれそうだった。

「……そんなこと言われたら」

 ユナは、やっと声を振り絞った。

「“どこにも属せないんです”なんて、甘え言いづらくなるじゃないですか」

「甘えでいいよ」

 即答だった。

「甘えてくれていい。

 “狭間にいるのが怖い”って何回でも言ってくれていい。

 そのたびに、“ここにいていい”って言うから」

 その言葉は、約束だった。

 ユナの喉の奥が熱くなる。

 涙が、じわっと滲んだ。

(ずるいな、ほんと……)

 人間って、ずるい。

 神様みたいな理屈じゃなく、「好き」とか「選ぶ」とか、そういう感情で、平気で世界の見え方を変えてしまう。



 その夜。

 夢の泉で、その様子を見ていた女神エリュシアは――

「……あなた、本当に人間を選ぶのね」

 少しだけ寂しそうに笑った。

 泉の水面に映される、ユナとルシアンの姿。

 胸を押さえるユナの顔。

 真剣に見つめるルシアンの目。

 あの表情を見せられて、「気づきませんでした」は嘘だ。

 ずっと前から知っていた。

 この子は、いつか「誰か」を選ぶ。

 神ではなく。
 祝福ではなく。
 正しさでもなく。

 一人の人間を。

「寂しい?」

 自分で自分に問いかける。

 泉に映る自分の顔は、どこか苦笑いだった。

「……まあね」

 素直に認める。

 孤児院でこっそり泣いていたユナを見た夜。

 メイドとして、必死に働きながらも、誰かのことを気にかけ続けていた日々。

 雨の道で、「私、そんなにいけなかったのかな」と呟いたあの瞬間。

 その全部を、自分だけが知っていた時間。

(それを、今は“王子様と共有してる”って思うと、まあ……少しだけムッとはするわよね)

 女神の嫉妬なんて、聞いていて楽しいものではないかもしれない。

 でも、それも本音だ。

「でもね」

 エリュシアは、泉に指先を沈める。

 水面に、静かな輪が広がった。

「あなたが“人間の世界”を選ぶのは、きっと最初から決まってた」

 痛みも、醜さも、優しさも、全部抱えた世界。

 そこに立つことを選んだ娘を、誇らしく思う気持ちが、嫉妬よりも少しだけ大きかった。

「あなたが幸せでいてくれたら――それが、私の祝福そのものだから」

 昨夜、ユナに言った言葉を、もう一度繰り返す。

 泉の底から、淡い光が立ち上がった。



 翌朝。

 ユナは、何かが少しだけ「定まった」感覚で目を覚ました。

 夢の中の出来事は、いつもより鮮明に心に残っている。

 エリュシアの声。
 ルシアンの言葉。

 それらが、胸の内側に折り重なっていた。

(私、女神の娘なんだよね)

 その事実は、変わらない。

 加護は、きっとこれからも強くなる。

 もっと遠くの痛みが見えるようになるかもしれない。

 もっと高い場所から、世界を見下ろす瞬間も増えるかもしれない。

 でも――

「私は、ユナ・アークレットでもある」

 布団の中で、小さく呟いた。

 孤児院で泣いていた子ども。

 オルフェリア家のメイドだった子。

 パンの香りと、洗濯物の温度と、雑巾の感触を知っている女の子。

 そして今、王宮で、誰かに「選ぶ」と言われて戸惑っている、ただの一人の少女。

 全部ひっくるめて、自分だ。

(“女神の娘”として、この国を見る)

(“ただのユナ”として、誰かの手を握る)

 その両方をやりたいと、心から思った。

 それは、きっと矛盾している。

 神様らしくも、聖女っぽくもない。

 でも――

「私、完璧な神様にも、完璧な聖女にもなれないし」

 枕に顔を埋めながら、苦笑いする。

「だったら、“狭間でユナとして生きる”しかないよね」

 足元は、まだ少しぐらぐらする。

 たぶん、この先もずっと揺れる。

 女神の声。
 人間の声。

 両方に引っ張られながら、その真ん中で立ち続けるのは、簡単じゃないだろう。

 でも、昨日のルシアンの言葉が、背中を押す。

 ――君がどこに属していようと、俺は君を選ぶ。

 その宣言が、足元に一本、しっかりした杭を打ってくれている気がした。

「よし」

 布団から勢いよく抜け出す。

 床に足をつく。

 ふかふかの絨毯が、今日も足裏を甘やかしてくる。

「……掃除したくなるなあ」

 危うくまた雑巾を取りに行きそうになって、慌てて自制した。

 女神の娘。
 王宮付きの巫女。

 それでも、心の中には、まだ「床を拭きたいメイド」の自分がいる。

 その全部を抱えたまま――

 ユナ・アークレットは、女神と人間、その狭間で、自分の足で立ち続けることを選ぶのだった。
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