追放された悪役令嬢、転生先で最強聖女とか神級とか聞いてないんだけど!?

タマ マコト

文字の大きさ
9 / 20

第9話「護衛騎士契約と、距離ゼロの共同生活」

しおりを挟む


 王国の決定は、思ったよりも早く降りてきた。

 ――ラグナリア王国は、地方神殿に在る聖女候補レアを、正式に「国の聖女候補」として保護する。

 その文言が書かれた公文書を、神殿長が震える手で持っていた。

 神殿の応接室。
 窓から差し込む光が、羊皮紙の上の文字をきらりと照らす。

「……は?」

 レアは、間抜けな声を出した。

「わ、わたし……?」

「他に誰がおると思うんじゃ」

 神殿長は、頭を抱えながらもどこか誇らしげだ。

「王都の大神殿に移り、そこで本格的な聖女教育および管理を受けること。
 同時に、王国はお前を“特別保護対象”として扱う」

「とくべつ、ほご……?」

 意味は分かる。
 でも、それが「自分」に向けられていることが、うまく飲み込めない。

 神殿長は視線を横にずらした。

 そこには、壁にもたれかかるようにして立っている男――アルヴァがいる。

 姿勢は崩しているようで、実は重心が一本の線で通っている。
 鎧は今日は簡略版だが、それでも存在感は薄まらない。

「そして、これがもうひとつの決定じゃ」

 神殿長は咳払いをし、別の文書を持ち上げる。

「王国騎士団長アルヴァ・グレンフォードを、レアの専属護衛騎士として任命する」

「…………」

 一瞬、時間が止まった。

 レアは、神殿長とアルヴァを交互に見た。

「……はい?」

 頭が追いつかない。

「えっと……いま、“せんぞくごえいきし”って聞こえたんですけど、気のせいですか?」

「気のせいじゃない」

 アルヴァが即答する。
 灰色の瞳が、いつものように冷静だ。

「王都は、お前の力を“国の資産”と判断した。
 同時に、“狙われる可能性の高い存在”ともな」

 淡々と続ける声は、現実を容赦なく突きつける。

「強い聖属性を持つ者は、時に国をも揺るがす。
 ゆえに、王国直属の剣による常時護衛が必要だ、という結論になった」

「常時……」

 その単語の意味に、レアはじわじわと顔色を変える。

「じょ、常時って、あの、その……ずっと一緒、ってことですか?」

「基本的にはな」

 アルヴァは、少しだけ顎を引いた。

「移動のとき、大神殿での生活のとき、外出のとき。
 お前の身に“戦闘の可能性”がある場所には、俺がいる」

(いやいやいやいや)

 レアの頭の中で、何本ものツッコミの矢印が飛び交った。

 騎士団長。
 王国最強の剣。
 王子より戦場率が高い男。

 そんな人が、「自分ひとりの護衛」に張り付く――?

「む、むりむりむりむり……!」

「レア、言葉が漏れておるぞ」

「だって! 私なんかに、そんな立派な人……!」

 思わず本音があふれ出す。

「もっと、王子さまとか、お姫さまとか、大事なひとを守るのが、騎士団長の仕事じゃないんですか!?
 わたし、そんな、国の一番の人に見張られるほど、えらくないです!」

「見張ると言うな」

 アルヴァが、わずかに眉をひそめた。

「それに――」

 そこで、一瞬だけ視線を逸らし、すぐに戻す。

 その短い間に、彼の瞳の硬さが少しだけ溶けた気がした。

「これは任務だ」

「……任務」

「王の命令でもあり、俺自身が判断して受けた任務だ。
 お前が“希望になり得る”のなら、その芽を途中で折らせるわけにはいかん」

 淡々としているのに、重い。

 “仕事だから”と言い切ればもっと冷たく聞こえたはずなのに、
 今の言い方には、少しだけ「自分の意思」が混じっていた。

 レアは唇を噛む。

(わたしなんか、って言葉……また出しかけた)

 でも、前に神殿長に言われたことを思い出す。

 ――必要以上に自分を貶めすぎてもいかん。

 胸の奥で、小さく深呼吸する。

「……わかりました」

 レアは、ぎゅっと拳を握った。

「お、お世話になります……。たくさん、まもってもらうのに恥ずかしくないように、ちゃんとがんばります」

 最後の方は声がすこし震えたけれど、それでもちゃんと言えた。
 自分で自分を「なんか」扱いしないで。

 アルヴァの灰色の瞳が、じっとレアを見つめる。

 その中に、一瞬だけ――本当に一瞬だけ、柔らかい光が宿った気がした。

「……ああ」

 短い返事。
 でも、その「ああ」は、昨日までのそれより、少しだけ温度が高い。

 レアは、その微妙な変化を、なぜかちゃんと感じ取ってしまった。

(あ、なんか、すこしだけ……)

 胸が、くすぐったくなる。

◇ ◇ ◇

 王都への出立の日は、あっという間に来た。

 神殿の前には、村人たちが集まっていた。
 泣きそうな顔、誇らしそうな顔、寂しそうな顔――いろんな感情が、同じ場所で揺れている。

「レア様、本当に行っちゃうんですか」

 エナが、半泣きでレアの手を握っていた。

「うん……行っちゃう」

「うう、素直……」

「だって、行かなきゃダメだし。でも……」

 レアは、神殿を振り返る。

 こじんまりとした石造りの建物。
 何度も掃除した階段。
 裏庭の、みんなで遊んだ土の匂い。

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

「さみしいです」

 素直な言葉が口から出た。

 誰かに気を遣って、平気なふりをすることもできた。
 でも、ここでだけは、そんな仮面はかぶりたくなかった。

 エナが鼻をすすり、レアをぎゅっと抱きしめる。

「レア様、絶対に偉くなっても、私のこと忘れないでくださいね……!」

「えらくならなくていいけど、わすれない……」

「いや、偉くなってくださいそこは!」

 エナが半分本気で言うから、レアもつい笑ってしまった。

「レア」

 神殿長が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
 いつもより背筋が伸びている気がした。

「お前は、ここで生まれて、ここで育った。
 だが、ここが全てではないことも知るべきじゃ」

「はい」

「王都は騒がしい。人も多い。思惑も、欲も、噂も渦巻く場所じゃ。
 正直に言えば、わしはあまり好きではない」

「神殿長様、そ、それ言っていいんですか」

「本音じゃ」

 エナのツッコミを軽くあしらってから、神殿長はレアの頭に手を置いた。

「じゃが、その分だけ“見えるもの”も多い。
 お前の力が、どれほどのものなのか。
 お前が“何をしたいのか”を、ここよりずっと遠くまで試せる場所じゃ」

 レアは、ぎゅっと唇を結んだ。

 怖い。
 でも、ワクワクもある。

 前世では「王都」は断罪の舞台だったけれど――この世界では、まだ何色にも塗られていない。

「レア」

 神殿長の声が少し柔らかくなる。

「お前は、“恥ずかしくない”なんて小さな目標じゃなくていい」

「……え?」

「恥ずかしくないだけじゃ、もったいない。
 お前は、“胸を張って誇れる聖女”になれ」

 その言葉は、やけにまぶしく聞こえた。

 照れくさくて、でも、嬉しい。

「……わたし」

 レアは、胸の前でぎゅっと手を握った。

「絶対に、恥ずかしくない聖女になります。
 そして、できるなら……神殿長様が胸を張って『あの子はうちの子だ』って言えるくらいの聖女になります」

 言い終わった瞬間、自分でも少し笑いそうになった。
 エナが後ろで「やば、泣く」と小声で呟く。

 神殿長は、ほんの少しだけ目を潤ませたように見えた。

「最初から、十分自慢の子じゃよ」

 その一言で、レアの目からも、涙が一粒こぼれた。

◇ ◇ ◇

 王都へ向かう馬車の中。

 クッションのきいた座席。
 窓から見える景色は、いつも見ていた村の周辺より、ずっと広くて多様だった。

 畑が遠ざかり、林が続き、丘を越える。
 小さな村が点々と現れ、そのたびにレアは窓に顔をくっつける勢いで外を眺めた。

「わぁ……あの川、すごくひろい」

「おい。あまり身を乗り出すな。落ちる」

 向かいの席に座るアルヴァが、低い声で注意する。

 彼は鎧の上に黒いマントを羽織り、腰には剣を帯びたまま。
 どこからどう見ても、完全に護衛モードだ。

 表情は、いつも通り無愛想。
 でも、時々ほんのわずかに視線が外の警戒に流れるあたり、ちゃんと仕事をしているのが分かる。

「だって、こんなに外に出るの、はじめてなんです」

「巡礼のときも、ここまで遠くは行っておらんからのう」

 同乗している若い神官が補足する。

 レアは素直に頷いた。

「王都って、もっと先ですよね?」

「ああ」

「どのくらい先ですか?」

「このペースなら、今日中には着く」

「えっ、思ったより近い……」

 もっと遠いはずだと思っていた。
 こうやって、街道が整備されていて、馬車で走れるようにしてあるからだろう。

 文明ってすごい、と心の中でぼそっと呟く。

 馬車が少し大きく揺れた。
 石でも踏んだのか、車輪ががたんと跳ねる。

「きゃっ――」

 レアの身体が浮き、バランスを失った。

 咄嗟に窓枠を掴もうとするが、手が空を切る。
 視界がぐらりと傾いた瞬間――強い腕が彼女の腰を支えた。

「っ……」

 勢いのまま、レアの身体は、がっちりとした胸板にぶつかる。
 鎧の硬さの上からでも分かる、筋肉の厚み。

 アルヴァの腕が、反射的にレアの背を押さえていた。

「……怪我は?」

 すぐ耳元で、低い声がする。

 距離が、近い。
 いつも以上に近い。

「だ、だいじょぶです! すみません!」

 反射的に叫びながら、レアの心臓はとんでもない速度で暴走していた。

(ちかいちかいちかい、え、なにこれ、こわい、いやこわくない、え、どっち!?)

 頭の中がパニックだ。

 アルヴァの鎧の匂い――金属の冷たい匂いと、かすかな革の匂い。
 それに混じる、彼特有の体温の気配。

 全部が一気に襲いかかってきて、レアの五感を刺激する。

 アルヴァは、何事もなかったかのようにレアを元の座席に戻した。

「前のめりになりすぎるなと言ったはずだ」

「う……ごめんなさい」

 怒られているのに、なぜか顔が赤くなる。
 それを隠そうとして、余計に視線があちこち泳いだ。

 自分の胸に手を当てると、鼓動がまだ早い。

(なにこれ。すごく、うるさい……)

 自分の心臓のくせに、うるさいと文句を言いたくなるレベルだ。

(これが……うわさに聞く、“恋”ってやつ……?)

 頭の片隅で、妙なワードが浮かんだ。

 神殿の子どもたちがこそこそ話していた、「好きな人ができると胸がドキドキするんだって」みたいな話。

 今の状況は、その説明と妙に一致する。

(いやいや、まって。落ちそうになったからびっくりしただけでしょ)

 自分で自分にツッコミを入れる。

(落ちそうになって支えられたら、誰でもこうなるよね? ね?)

 説得しながらも、頬の熱はなかなか引かない。

 アルヴァは、そんなレアの内心を知ってか知らずか、いつもの無表情で窓の外に視線を戻していた。

 でも――ほんの一瞬だけ、彼の耳が微かに赤くなっていたことに、
 このときのレアは気づいていない。

◇ ◇ ◇

 王都は、思っていたよりも、ずっと大きかった。

 高い城壁。
 石畳の広い通り。
 行き交う人の多さ。馬車の数。屋台の喧騒。

 レアは、窓からその光景を見るだけで、わぁ、と小さく声を漏らした。

「すごい……人が、いっぱい」

「初めてなら、目が回るかもしれませんね」

 同乗していた神官が苦笑する。

 馬車は人混みを抜け、やがて王都の中心部へと向かう。
 そこに建っていたものを見た瞬間、レアは息を呑んだ。

「……あれが、大神殿」

 丘の上にそびえる巨大な建物。

 白い石でできた壁。
 天を突くような尖塔。
 広い階段と、その先に広がる重厚な扉。

 地方神殿とは、規模も空気も桁違いだ。

 近づくにつれて、空気がひんやりと澄んでいく。
 でも、それは森の冷たさではなく、「浄化された空気」とでもいうべきものだった。

 馬車が止まり、扉が開かれる。

 外に出た瞬間、レアは足がすこしすくんだ。

(おっきい……)

 見上げても、全部が視界に入らない。
 天井はどこまで続いているのか、よく分からない。

 自分が、すごくちっぽけに思える。

「歓迎するよ、レア・ラグナリア神殿所属聖女候補」

 大神殿の神官長が出迎えに出てきた。
 威厳はあるが、どこか柔らかい笑みを浮かべた初老の男だ。

「遠いところ、ご苦労だったね」

「あ、ありがとうございます……」

 ぎこちなく頭を下げる。
 地方神殿の神殿長とはまた違う種類の圧に、ちょっとだけ押されそうになる。

「今日からここが、君の修行の場だ。
 部屋もすでに用意してある。案内しよう」

 レアはこくりと頷いた。

◇ ◇ ◇

 レアの部屋は、大神殿の中庭に面した場所にあった。

 廊下の窓からは、きれいに整えられた庭が見える。
 中央には噴水。その周りにベンチと木々。
 花壇には季節の花が並び、鳥が枝で休んでいた。

「わ……」

 通された部屋は、地方神殿のものより一回り広かった。

 大きなベッド。
 しっかりした机と椅子。
 本棚には、すでに何冊かの祈りの書や神話の本が収められている。

 窓を開けると、中庭から柔らかな風が吹き込んだ。

「ここが、私の部屋……」

 実感がじわじわくる。

「護衛の都合上、君の部屋の隣に、騎士団長殿の詰所を設けてある」

 神官長が、廊下の向こうを顎で示した。

 レアは、その方向を見て、固まる。

 隣の扉。
 そこには、すでに“近衛騎士詰所”と書かれた札がかかっていた。

「……ちかい」

「護衛とはそういうものだ」

 いつの間にか廊下に立っていたアルヴァが、淡々と言う。

「何かあれば、すぐに駆けつけられる距離でないと意味がない」

「まあ、それはそうですけど……」

(距離ゼロに近すぎない……?)

 心の中でだけ抗議する。

 でも、安全面だけ考えれば、これ以上ない配置だ。
 むしろ、「自分の安全がここまで重視されている」という事実に、圧倒されそうになった。

「何か不都合があるか?」

 アルヴァが問う。

 レアは慌てて首を振る。

「い、いえっ! 全然! ぜんっぜん!」

「そうか」

 アルヴァはそれ以上何も言わず、自分の詰所に視線を向けた。

 扉を開けると、中には簡素なベッドと机、武器を掛けるスタンドがある。
 最低限の生活と、即座の戦闘準備だけを考えた部屋だ。

(本当に……すぐ隣)

 レアの部屋の壁の向こうには、常にアルヴァがいることになる。

 心強いような、緊張するような、不思議な感覚。

◇ ◇ ◇

 その夜。

 新しいベッドで横になってみたものの、レアはなかなか眠れなかった。

 シーツは柔らかいし、枕も心地いい。
 部屋の温度も快適だ。

 それでも、「いつもと違う」というだけで、身体が落ち着かない。

(なんか、そわそわする……)

 天井を見上げて、何度目か分からないため息をついた。

 地方神殿でなら、この時間にはとっくに眠っていた。
 夢の中の金髪の少女に会って、また胸を痛めている頃かもしれない。

 今夜は――まだ、その夢も来ていない。

 ベッドから起き上がる。
 足音を立てないように気をつけながら、窓辺へと歩いた。

 カーテンを少しだけ開けて、外を見る。

 中庭は、月の光に照らされていた。
 昼間見た噴水が、淡く輝いている。
 木々の影が、地面に揺れる模様を描いていた。

 空は地方の村よりも少し明るい。
 街の灯りが遠くに見えているからだ。

(きれい……)

 静かに息を吐き出したそのとき――。

 視線の先に、人影が動いた。

 黒いマント。
 鎧のきらめき。
 歩き方で、すぐ分かる。

(アルヴァさん……)

 中庭を斜めに横切るように、巡回している。
 剣を帯び、周囲に警戒を向けながら。

 レアは、思わず身を引こうとした。
 が、その前に――アルヴァがふと顔を上げた。

 視線が、ぴたりと合う。

「……あ」

 レアは固まった。
 逃げるにも、もう遅い。

 アルヴァは、足を止める。
 月明かりの下で、灰色の瞳が少しだけ細くなった。

 彼は中庭の端にある扉から建物の中に入り、ほどなくレアの部屋の前に現れた。

 ノックの音。

「レア。起きているか」

「お、おきてます」

 慌てて返事をすると、扉が少しだけ開いた。

 アルヴァが廊下側から顔を覗かせる。
 完全には入ってこないあたり、微妙な距離感を保とうとしているのが分かる。

「部屋に何か問題でも?」

「あ、いえ、その……」

 レアは、少しだけ視線を逸らした。

「ねむれなくて……中庭を、みてました」

 正直に言うと、アルヴァは一瞬だけ黙った。

「そうか」

 短い返事。
 でも、非難も呆れも含まれていない。

「知らない場所では、眠りづらいものだ」

「アルヴァさんも、ですか?」

「俺はどこでも寝られる」

「つよい……」

 思わず素で感想を漏らす。
 アルヴァは、少しだけ口元を引きつらせた。

「鍛えられただけだ」

「……こわくないんですか? ここ」

「怖い場所か?」

「いえ、その、わたしには……すこし、ひろすぎて」

 レアは、窓の外をちらりと見た。

「神殿もおおきいし、人も多いし……
 みんな、わたしのこと、“聖女候補”って目でみてくるし」

 地方神殿とは違う、視線の重み。
 期待と、好奇心と、計算。

 その全部が、自分一人に向けられるのは、正直少し怖い。

「ここで、うまくやっていけるのかなって……」

 口にしてから、「また“わたしなんか”モードだ」と内心で苦笑する。

 アルヴァはしばらく黙っていた。

 廊下には、遠くの足音と、夜風の音しかない。

「……お前は」

 やがて、彼は静かに口を開いた。

「地方神殿で、うまくやれていたか?」

「え?」

「うまくやれていたか、と聞いている」

 レアは少し考え、ゆっくりと頷いた。

「はい。みんな、やさしくしてくれて……
 わたしも、できることをすこしずつやって……
 あそこは、だいすきな場所です」

「そうか」

 アルヴァは、ごく僅かに表情を緩めた。

「なら、ここでも大丈夫だ」

「……そんな、かんたんに言いますけど」

「うまくやれた場所が一つあるなら、二つ目もうまくやれる可能性は高い」

 理詰めすぎる理屈に、思わず笑ってしまう。

「アルヴァさんって、たまに、すごく適当な励まし方しますよね」

「事実を言っただけだ」

 そう言いながらも、その声は少しだけ柔らかくなっている。

 レアの胸の中のざわざわが、少しだけ静かになった。

(ああ……)

 知らない場所。
 知らない人たち。
 その中で、「知っている人」がそばにいるというだけで、こんなにも心が軽くなる。

 前世の断罪の夜、誰も自分の隣に立ってくれなかった記憶が、
 遠くでかすかに軋む。

 今は――少なくとも、廊下一本挟んだ先に、剣を持った誰かがいてくれる。

 それだけで、世界の色が少し違って見えた。

「……ありがとうございます」

 レアは、小さな声で言った。

「少し、安心しました」

「そうか」

 アルヴァは短く頷き、

「何かあれば、すぐ扉を叩け」

 とだけ言って、廊下の巡回へ戻っていった。

 扉が閉まる。

 レアは、しばらくその扉を見つめていた。

 胸の中の孤独感は、まだ完全には消えていない。
 でも、その隣に、小さな灯りがともった気がする。

(ここでも、ちゃんとやってみよう)

 自分にそう言い聞かせる。

 ベッドに戻り、もう一度横になる。
 さっきよりも、布団の重みが心地よく感じた。

 目を閉じる直前――
 レアは、なぜかふと、こんなことを思った。

(もし、あの夢の中の女の子が、この世界のどこかで一人きりだったとしたら)

(今度は、わたしがだれかの“そばにいる人”になれたらいいな)

 その願いは、まだ形にならない。
 ただの、ぼんやりとした未来への祈り。

 それでも、確かに胸の奥で灯っていた。

 外の中庭では、黒髪の騎士が夜空を見上げ、
 静かに、同じ月を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...