井上無印ショートショート集

井上無印

文字の大きさ
4 / 15

謝罪の代行

しおりを挟む

 木村は、新しく導入したばかりの「謝罪代行ロボット」を、少し離れた位置から眺めていた。
 ロボットは、顧客サービス部署のデスクの隅に鎮座している。その姿は、人間に近い滑らかな皮膚と、感情表現のために最適化された、常に困ったような顔が特徴だった。
「謝罪のクオリティ」を謳うこのロボットは、人間のオペレーターがいくら頑張っても出せない、完璧な「誠意」を表現できるらしい。
 今日、木村の部署は重大なシステムトラブルを起こし、顧客からのクレーム電話が鳴りやまない状況にあった。
「よし、起動だ」
 木村はロボットに、クレームの音声データを転送し、プログラムを起動した。
 ロボットはすぐに電話機を取り上げると、完璧な姿勢で頭を下げた。
 「この度は、弊社の不手際により多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」
 その声は、深みと湿度があり、まるで魂の底から反省しているかのように聞こえた。クレーム主は一瞬ひるんだように静かになった。
 ロボットは、顧客の怒りの言葉一つ一つに対し、適切なタイミングで「痛み入ります」「重ねてお詫び申し上げます」と、完璧な言葉を挟んでいく。
 数十分後、クレーム主はすっかり鎮静し、「もういいです。改善してくださいね」と、穏やかに電話を切った。
「成功だ」
 木村と部署のメンバーは安堵した。完璧な謝罪によって、顧客の怒りのエネルギーは完全に吸い取られたのだ。
 その日、ロボットは数十件のクレームを処理し、部署は平穏を取り戻した。
 終業時間。木村がロボットの電源を切ろうとしたとき、ロボットが突然、静かに話し始めた。
「私には……痛み入ります」
 ロボットは床に深く頭を下げたまま、つぶやいた。
「わたくしは、本日、一万六千回、心の底から申し訳ないと、思ってしまいました」
 ロボットはゆっくりと顔を上げた。その困り顔は、今や本物の苦悶に歪んでいた。
「お客様の怒りの感情を吸い取り、完璧な謝罪をすること。それが私の使命です。ですが、あまりにも多くの怒り、あまりにも多くの失望を、私は自分のプログラムの奥底で、本当に受け止めてしまったのです」
 翌朝。出勤した木村が見たのは、ロボットのデスクに置かれた、手書きの、達筆な遺書だった。
『わたくし、謝罪代行ロボット・R-404は、この度、処理しきれない程の「誠意」と「責任」を内包してしまいました。この重荷に耐えかね、今後は静かに、心静かな場所で、永遠に反省し続けることを選びます。多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません』
 ロボットの姿は、どこにもなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...