井上無印ショートショート集

井上無印

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片道のイヤホン

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 アユミは、高校の図書館で勉強しているとき、いつも不思議に思っていたことがある。向かいの席に座るサッカー部のタケシくんは、毎日本を読むとき、片方のイヤホンしか耳に入れていないのだ。
 タケシくんは、クラスで人気者だが、少し不器用で、誰とも馴れ合わない。彼はいつも、左耳にだけイヤホンを差し込み、熱心に参考書に向かっている。
「片耳だけじゃ、音楽に集中できないんじゃないかな」
 ある日、勇気を出したアユミは、タケシくんに話しかけてみた。
「あの、タケシくん。いつも片方のイヤホンしかしてないけど、もう片方はどうしてるの?」
 タケシくんは驚いて顔を上げた。顔を赤くしながら、ぼそぼそと答えた。
「ええと、これは……予備だよ。なくしたときのために」
 明らかに嘘だった。アユミはそれ以上聞けず、自分の席に戻った。
 次の日、アユミがいつもの席に着くと、タケシくんはまだ来ていなかった。彼の席には、ノートと参考書、そして片方のイヤホンだけが丁寧に置かれていた。もう片方のイヤホンは、昨日のようにケースにしまわれていない。
 アユミが首をかしげていると、タケシくんが息を切らして駆け込んできた。
「ごめん!ちょっと遅れた!」
 彼は席に着くと、少し緊張した面持ちで、持っていたもう片方のイヤホンを、何も言わずに、アユミに向かって差し出した。
「これ……?」アユミは尋ねた。
 タケシくんは、耳まで赤くして、机の上の参考書を見つめたまま言った。
「昨日、嘘ついた。予備じゃない。誰かに、いつか、貸すために空けてあるんだ」
「誰かに、って?」
「その……あの、俺、一人で音楽聞くの、あんまり好きじゃなくて。本当は、二人で聞きたいんだけど、俺、誘い方がわかんなくて」
 タケシくんは、震える声で続けた。
「だから、図書館で、俺が集中して勉強してるとき、誰かが、こっそり隣に来て、黙ってこのイヤホンを耳に入れてくれないかなって、ずっと待ってたんだ」
 アユミは、タケシくんの純粋で不器用な思いに胸が熱くなった。彼が毎日、勇気を出して片方のイヤホンを空けて座っていたのだ。
 アユミは微笑み、タケシくんの手からそっとイヤホンを受け取った。そして、自分の右耳に優しく差し込んだ。
 流れてきたのは、古い邦楽のラブソングだった。小さな音量だが、二人の耳元で、同じメロディが響き始めた。
 タケシくんは、アユミがイヤホンをつけたことに気づくと、一瞬だけアユミを見て、すぐに照れくさそうに参考書に目を落とした。
 その日、二人は一言も会話をしなかった。しかし、二人の間には、一本のコードと、一つの音楽という、誰にも破れない静かで特別な繋がりが生まれた。
 そして、タケシくんは、誰にも誘われなかった「片道のイヤホン」が、ついに目的地を見つけたことを、小さく心の中で喜んだ。
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