70 / 168
再会編
不器用な優しさ
しおりを挟む「セラ、ここにいたのか」
低く、よく通る声が響いた。
よく知っているその声に、ピンと張った糸が緩むのを感じる。
令嬢たちの視線が一斉に声の主へと向けられた。
白銀の髪に透き通る金の瞳。
エルダール王国の正装を纏ったハルが立っていた。
彼の姿を目にした瞬間、令嬢たちは一斉に息を呑む。
「ハルシオン殿下……!」
最初に立ち上がったのはジェシカだった。
作り笑いを浮かべながら優雅に一礼する。
「このような小さな茶会にご足労いただき、光栄ですわ」
「随分と静かな茶会だな」
ハルは柔らかな微笑を浮かべた。
けれどその笑みは計算されたもので、どこか薄く冷えている。
ジェシカの笑みがほんのわずか揺らぎ、私に視線を移す。
「今ちょうど話に区切りがついたところですのよ。セラ様には、楽しいひとときを過ごしていただけましたでしょうか?」
「十分に」
私より先にハルは短くそう答えた。
その一言で、場の空気が張り詰める。
「彼女を連れて行っても?」
「ええ、もちろん……殿下がそうお望みなら」
言葉こそ丁寧だが、ジェシカの笑みの端が微かに引きつっている。
その横を通り過ぎながら、ハルは私の手を自然に取った。
指先に触れた瞬間、ほっとする。
そのままエスコートされるように、私は席を立った。
令嬢たちの視線が背中に刺さるように集まっているのを感じながら。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ、殿下。……セラ様も。」
ジェシカの声には、完璧に隠された毒が含まれていた。
けれどハルは振り向かず、ただ軽く頭を下げるだけで、私の手を離さないまま会場を後にした。
薔薇園を出た途端、空気が少し軽くなるのを感じた。
私の肩が小さく震えているのに気付いたのか、ハルは歩みを止めた。
「……何か言われたのか?」
「ううん。また、上手くやれなかっただけ」
無理に笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。
それでも彼は追及しなかった。
ただ、私の手を包み込むように握りしめて、低く呟いた。
「あんな女は放っておけ。ああいう奴は自分の言葉で自分の価値を下げていくだけだ。
分かる人間はちゃんと見てる」
その言葉はぶっきらぼうで、まるで突き放すよう。
けれどその声音の奥に、確かな温度があった。
「……来てくれて、ありがとう」
そう言うと、ハルはちらりと横目で私を見た。
本来ならあのような場でも揺れずに、凛としていなければならない。
それは"セラ"としても"エリシア"としても求められる社交界でのスキル。
それなのに、私は未だにまともな会話さえ出来ない。
「どうしたらハルみたいに堂々と振る舞えるのかな?」
ハルは少しつまらなそうに、軽く肩をすくめた。
「さぁな、神子の時もそうだったが、求められる姿を演じることは苦ではない」
確かに神子の時のハルは神の化身として完璧に振舞っていた。演技ってそんな簡単にできるものなのかな。
「……祈りの儀の時は、お前も演じていただろ」
祈りの儀――サーシャが裾を踏んで私が転びそうになった時、何故だが頭に母の姿が浮かんだ。
「……あの時は母上の真似をしただけ」
「最初は誰かの真似でいいだろ。そのうち自分のものになる」
「じゃあ、頑張ってみる」
「別に無理する必要は無い」
「でも、このままは私が嫌なの」
風が吹き抜けて、彼の白銀の髪が揺れる。
金の瞳が淡い光を帯びて、まっすぐに私を見た。
「お前ならできる」
その自信に満ちた言い方に、思わず笑みがこぼれた。
いつも不器用で、言葉足らずで、でも――誰よりもまっすぐ向き合ってくれる。
いつの間にか薔薇園の重苦しい空気も、ジェシカの刺すような視線も、遠くに感じられた。
――私は弱い。けれど、一人じゃない。
そう思えただけで、世界が少し明るくなる気がした。
28
あなたにおすすめの小説
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる