84 / 168
建国祭編
群衆の悪意
しおりを挟む
「わたくしの指輪が盗まれたのよ!
誰か、すぐに探しなさい!」
ソフィアと共に足早にティーパーティーの会場へと戻ると、あの大公爵家の公女――ジェシカが、盛大に騒ぎ立てていた。
たとえ本当に盗みがあったとしても、格式高い外交の場でこのような騒ぎを起こすべきではない。私は主催者である皇帝夫妻の気苦労を思い、小さくため息をついた。
その時、ソフィアが私の手のひらの中にあるペリドットの指輪を震えるように指差した。
「……これ、もしかして――」
ソフィアが小声で呟く。
(あ、そういうこと……)
私は自らが置かれた芳しくない状況を察知し、もう一度、深く息を吸ってから一歩前へ出た。
「この指輪、私が拾いました。庭園の小道に落ちていて……」
だが、その言葉を最後まで聞くことなく、ジェシカは私を射抜くように睨みつけた。
「拾った? 嘘よ。あなたが盗んだに決まっているわ。
身分の低いあなたなら、尚更ね!」
周囲がざわめき、視線が向けられる。
予想のついていた状況だったが、気分の良いものではない。それでも私は、身の潔白を証明するようにできるだけ堂々と真っ直ぐに立った。
隣で、ソフィアが反論しようと一歩前に出る。
私は慌てて、その手首を掴んだ。
ソフィアはフローレンス家の公女だ。
――フローレンス家とドゥーカス家。
皇位継承を巡り、対立する二つの家門。
この場で彼女が声を上げれば、個人の問題では済まなくなる。
けれど、このまま私が盗人に仕立て上げられれば、エルダールに――ハルにまで迷惑が及ぶ。
「ジェシカ様、どうかお話を……」
私が彼女を宥めようとした時だった――
場の空気を切り裂くように、軽い声が飛んできた。
「あれ、おかしいっすね~。その指輪は主の物ですよ!」
現れたのはキースだった。
彼はノアが人選してくれた私の護衛だ。恐らく私の不利になるようなことはしないと思いたいけれど、話がどう転ぶか分からず落ち着かない。
「誰よ!貴方!何言ってるのか分かっているの?」
ジェシカの標的が私からキースへと移る。
「これはこれは、名乗り遅れました。
私の名前はキース・ルーズベルト、アルヴェイン公爵家に仕える者です」
彼の返事にその場が騒めく。
「どういうことだ?指輪はアルヴェイン公爵家の物?つまり婚約者であるドゥーカス令嬢に差し上げたのか?」
「やはり盗んだのはあの女か?」
「じゃあ彼はどうして名乗り出たのよ」
「そうよ!その指輪はアルヴェイン公爵が自ら私にプレゼントしてくれた物ですわ」
ジェシカが高らかに宣言する。
「それをこの女が盗んだのですわ!
夜会で公爵に色目を使っているとは思いましたが……ここまでとは。
どこの馬の骨かも分からない下賎の者が、帝国の公爵を狙うなんて愚かですわ。
小国の王子を籠絡できたからと、調子に乗るのも大概になさい」
その言葉を合図にしたかのように、帝国貴族たちの囁きが広がる。
「まぁ、なんてはしたない」
「身分知らずも甚だしい」
「売女が」
まるで神殿にいた時のような冷えた空気に私は指先が冷たくなるのを感じた。
「違うわ!」
いても立っても居られなかったソフィアが私の手を振り払って叫んだその時、
「何事ですか?」
騒ぎを聞きつけた主催者である皇帝夫妻がやってきた。近くにいた貴族の一人が事の経緯を二人に伝える。恐らく、ジェシカの言い分ばかりを伝えているに違いない。
自分自身はどう言われようと構わなかったが、このままではエルダールとハルに迷惑がかかる。
焦燥からか手が震え始めた。
話を聞き終えた皇后が私の方を一瞥する。
「その指輪、見せてもらえるかしら」
想定外の言葉だった。すぐにでも捕縛され、牢につれて行かれるかと思った私は目を瞬きさせながらも、こちらに歩み寄ってきた近衛に指輪を手渡す。
その指輪を受け取った皇后は柔らかく微笑むと、キースの方に声をかけた。
「宮廷にいるアルヴェイン公爵を呼んできなさい」
「はい!承知しました~」
キースはそう答えると、いつもの軽い調子で走っていく。状況を読めない私は、どうしていいかわからず、ただただ嫌な汗をかき続けた。
誰か、すぐに探しなさい!」
ソフィアと共に足早にティーパーティーの会場へと戻ると、あの大公爵家の公女――ジェシカが、盛大に騒ぎ立てていた。
たとえ本当に盗みがあったとしても、格式高い外交の場でこのような騒ぎを起こすべきではない。私は主催者である皇帝夫妻の気苦労を思い、小さくため息をついた。
その時、ソフィアが私の手のひらの中にあるペリドットの指輪を震えるように指差した。
「……これ、もしかして――」
ソフィアが小声で呟く。
(あ、そういうこと……)
私は自らが置かれた芳しくない状況を察知し、もう一度、深く息を吸ってから一歩前へ出た。
「この指輪、私が拾いました。庭園の小道に落ちていて……」
だが、その言葉を最後まで聞くことなく、ジェシカは私を射抜くように睨みつけた。
「拾った? 嘘よ。あなたが盗んだに決まっているわ。
身分の低いあなたなら、尚更ね!」
周囲がざわめき、視線が向けられる。
予想のついていた状況だったが、気分の良いものではない。それでも私は、身の潔白を証明するようにできるだけ堂々と真っ直ぐに立った。
隣で、ソフィアが反論しようと一歩前に出る。
私は慌てて、その手首を掴んだ。
ソフィアはフローレンス家の公女だ。
――フローレンス家とドゥーカス家。
皇位継承を巡り、対立する二つの家門。
この場で彼女が声を上げれば、個人の問題では済まなくなる。
けれど、このまま私が盗人に仕立て上げられれば、エルダールに――ハルにまで迷惑が及ぶ。
「ジェシカ様、どうかお話を……」
私が彼女を宥めようとした時だった――
場の空気を切り裂くように、軽い声が飛んできた。
「あれ、おかしいっすね~。その指輪は主の物ですよ!」
現れたのはキースだった。
彼はノアが人選してくれた私の護衛だ。恐らく私の不利になるようなことはしないと思いたいけれど、話がどう転ぶか分からず落ち着かない。
「誰よ!貴方!何言ってるのか分かっているの?」
ジェシカの標的が私からキースへと移る。
「これはこれは、名乗り遅れました。
私の名前はキース・ルーズベルト、アルヴェイン公爵家に仕える者です」
彼の返事にその場が騒めく。
「どういうことだ?指輪はアルヴェイン公爵家の物?つまり婚約者であるドゥーカス令嬢に差し上げたのか?」
「やはり盗んだのはあの女か?」
「じゃあ彼はどうして名乗り出たのよ」
「そうよ!その指輪はアルヴェイン公爵が自ら私にプレゼントしてくれた物ですわ」
ジェシカが高らかに宣言する。
「それをこの女が盗んだのですわ!
夜会で公爵に色目を使っているとは思いましたが……ここまでとは。
どこの馬の骨かも分からない下賎の者が、帝国の公爵を狙うなんて愚かですわ。
小国の王子を籠絡できたからと、調子に乗るのも大概になさい」
その言葉を合図にしたかのように、帝国貴族たちの囁きが広がる。
「まぁ、なんてはしたない」
「身分知らずも甚だしい」
「売女が」
まるで神殿にいた時のような冷えた空気に私は指先が冷たくなるのを感じた。
「違うわ!」
いても立っても居られなかったソフィアが私の手を振り払って叫んだその時、
「何事ですか?」
騒ぎを聞きつけた主催者である皇帝夫妻がやってきた。近くにいた貴族の一人が事の経緯を二人に伝える。恐らく、ジェシカの言い分ばかりを伝えているに違いない。
自分自身はどう言われようと構わなかったが、このままではエルダールとハルに迷惑がかかる。
焦燥からか手が震え始めた。
話を聞き終えた皇后が私の方を一瞥する。
「その指輪、見せてもらえるかしら」
想定外の言葉だった。すぐにでも捕縛され、牢につれて行かれるかと思った私は目を瞬きさせながらも、こちらに歩み寄ってきた近衛に指輪を手渡す。
その指輪を受け取った皇后は柔らかく微笑むと、キースの方に声をかけた。
「宮廷にいるアルヴェイン公爵を呼んできなさい」
「はい!承知しました~」
キースはそう答えると、いつもの軽い調子で走っていく。状況を読めない私は、どうしていいかわからず、ただただ嫌な汗をかき続けた。
24
あなたにおすすめの小説
あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。
婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。
しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。
儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで——
「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」
「……そんなことにはならない」
また始まった二人の世界。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる