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焚き火
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レイシーラに来て数日。ここまで特に音沙汰はなく、さすがに休みが開けても学園へ戻ることは遅れそうだと踏んできた。
ずっと家にいても息が詰まってしまうよと言われ、よく出かけてはいるので暇に感じることはまったくなく、むしろこの自然豊かなレイシーラ領が好きになった。
王都にいては体験ができないことばかりだ。
「今日は夏芋を焼こうかなと。」
「でも今は落ち葉もあまりありませんよ?」
「大丈夫、これを使います。」
それはここ数日でたまったノートだった。勉強を遅らせる訳にもいかず勉強はしているのでノートを町で買って使っているが、ノートはアレンシカの直筆の文字がギッシリ書かれていて証拠の宝庫。アレンシカがここにいたことはバレてしまう。荷物にもなるので持っていけないとなると早々に処分してしまうことにしている。
屋敷の裏手には湖へ続く道があり、万が一の水も確保できるのでそこで燃やせばいいとのライトン伯爵の勧めにより、メイメイとジュスティを連れ今日はノートをひとつ残らず燃やしに来たのだ。ついでに芋を焼けばいいと言ったのはジュスティだった。
「エレシュカ様ー!」
「あっエイリ!」
外ということもありエイリークも呼んだ。エイリークの父フォルマからもらった芋もあったので呼んだのだ。
「エレシュカ様のいるところならどこだって行っちゃいますもん。いつでも一番に呼んでくださいねっ!」
一応外にいるということもあり呼び名は隣国式だ。
エイリークはアレンシカの隣に並び立ち手伝った。ここに来る途中で木を拾ってきたのか枯れ枝も持っている。
「燃やすのはいいけど、それで居場所が分かってしまうとかはない?煙とか……。」
「ここは畑ばっかで誰かしらしょっちゅう燃やしてるので大丈夫ですよ。」
木の枝の間にノートを挟みこみながらエイリークが答えた。
準備ができていざ火をつけるとノートはあっという間に燃えていった。
「エレシュカ様の文字がひとつ残らずなくなっちゃうなんて悲しいです……。」
「どこに行けばいいか分からないのに持っていけないからしょうがなくて……。」
「残念……。」
「レイシーラで過ごした思い出を消してしまうのは悲しいよね。」
エイリークとアレンシカのもったいないには隔たりがあるのだがそれはアレンシカには分からなかった。
「お芋って結構時間かかるんだね。」
「でもその分楽しめますから。」
「そうだね。」
湖の畔は全体的に涼しいレイシーラ領の中でもさらに涼しいので火の暖かさが体に染みる。
「エレシュカ様、ここでの生活はどうですか?王都とは結構違うこともあるでしょう?」
「そうだね、でも楽しいことが沢山あって楽しい。今まで体験したことないこともしているから……。」
「そうですか……。」
パチパチと燃える日に手をかざしながら暖をとる。火を見ているからか心が落ち着いてきている。
「今までいっぱいいっぱいだったから、すごく心が休めてるというか……、今自分は逃げてるんだってことは分かるんだけど、……本当になんか旅行に来たみたいだなって。」
「そうですね……。」
エイリークが学園で最後に見た時は暗く落ち込んだ表情だった。気丈に振る舞ってはいたけど、気を抜けばすぐに涙がこぼれて泣き崩れてしまいそうな脆く壊れそうな姿だった。
だからこうして穏やかな表情でのんびりとしているアレンシカを見られることがエイリークは何より嬉しい。
「あの……。」
「ん?」
「ア……エレシュカ様は……。」
ふいに今、ウィンノルのことを聞いてみたくなった。あんなことになって、傷ついて、今は離れて心に余裕ができ始めている今、ウィンノルのことをどう思っているのか。
あれだけ酷く責められても見限らずに尽くして期待に答えようとしているのはアレンシカがウィンノルのことを好きだからなんだろう。それくらいはエイリークにだって分かっている。自分は傷つきはしない。元から手に届かないから。
でもだからこそ離れた今、アレンシカがウィンノルとの婚約関係をこれからどうするのか気になった。
「……いえ、何でも。」
「ん?」
「お芋、楽しみですね。」
だがそこまでだ。いくら自分が想いを寄せていようともそこまで干渉してはいけない。貴族なんだから言ってはいけないこともあるし、せっかくアレンシカの心が落ち着いているとはいえまだ王都から離れてそこまで経っていないし、また心を波立たせてはいけない。
エイリークは特に何でもないふりをした。
「えっ?!」
すると突然ジュスティがどこかに向かって全力疾走した。
「ジュスティ⁉どうしたの?」
問いにも答えず全力で茂みに向かってかけていると何かに向かって飛びかかった。
「ぎゃ!」
「お前!そこで何を見ている!まさか手先の者か!」
何者かを捉えたのか掴みかかり茂みから引っ張りだした。
「やめてよ!いたい!私が悪かったから!悪い人じゃないんです!」
「エレシュカ様。怪しいやつがいました!」
後ろ手にして皆の前に突き出された人は美しい黒髪の女性だった。年はアレンシカやエイリークと同じ年頃に見える。
「ごめんなさいいい、本当に本当に、悪いことするつもりなんてないんですうう、ただ……ただちょっと見てみたかっただけなんですううう……。」
「あ、アイリーナ!なんでここに!」
「お兄ちゃん……。」
「えっ、」
後ろ手に掴まれたままの少女は涙を流しながらエイリークを見ている。
「こいつはアイリーナです!ボクの妹です!」
「えっ、ジュスティ、すぐ離してあげて!」
「でも……。」
「エイリの妹なら大丈夫だから!」
「わかりました。」
ジュスティが拘束を解くとアイリーナはその場に座り込みびっくりした顔をしている。
「驚いた……騎士?の人って強いのね……。」
「ごめんなさい、手荒な真似をしてしまって。すぐに治療をしなきゃ。メイメイ、診てあげて。」
「大丈夫です、どこも痛くないですし。私がこっそりしていたのが悪いんですから。怪しまれて当然だと思います。」
アイリーナはすぐに立ち上がりしっかりした足取りでスカートの端を持ってアレンシカに向かって礼をした。
「はじめまして、私はエイリークの妹のアイリーナ・アンティアと申します。」
ずっと家にいても息が詰まってしまうよと言われ、よく出かけてはいるので暇に感じることはまったくなく、むしろこの自然豊かなレイシーラ領が好きになった。
王都にいては体験ができないことばかりだ。
「今日は夏芋を焼こうかなと。」
「でも今は落ち葉もあまりありませんよ?」
「大丈夫、これを使います。」
それはここ数日でたまったノートだった。勉強を遅らせる訳にもいかず勉強はしているのでノートを町で買って使っているが、ノートはアレンシカの直筆の文字がギッシリ書かれていて証拠の宝庫。アレンシカがここにいたことはバレてしまう。荷物にもなるので持っていけないとなると早々に処分してしまうことにしている。
屋敷の裏手には湖へ続く道があり、万が一の水も確保できるのでそこで燃やせばいいとのライトン伯爵の勧めにより、メイメイとジュスティを連れ今日はノートをひとつ残らず燃やしに来たのだ。ついでに芋を焼けばいいと言ったのはジュスティだった。
「エレシュカ様ー!」
「あっエイリ!」
外ということもありエイリークも呼んだ。エイリークの父フォルマからもらった芋もあったので呼んだのだ。
「エレシュカ様のいるところならどこだって行っちゃいますもん。いつでも一番に呼んでくださいねっ!」
一応外にいるということもあり呼び名は隣国式だ。
エイリークはアレンシカの隣に並び立ち手伝った。ここに来る途中で木を拾ってきたのか枯れ枝も持っている。
「燃やすのはいいけど、それで居場所が分かってしまうとかはない?煙とか……。」
「ここは畑ばっかで誰かしらしょっちゅう燃やしてるので大丈夫ですよ。」
木の枝の間にノートを挟みこみながらエイリークが答えた。
準備ができていざ火をつけるとノートはあっという間に燃えていった。
「エレシュカ様の文字がひとつ残らずなくなっちゃうなんて悲しいです……。」
「どこに行けばいいか分からないのに持っていけないからしょうがなくて……。」
「残念……。」
「レイシーラで過ごした思い出を消してしまうのは悲しいよね。」
エイリークとアレンシカのもったいないには隔たりがあるのだがそれはアレンシカには分からなかった。
「お芋って結構時間かかるんだね。」
「でもその分楽しめますから。」
「そうだね。」
湖の畔は全体的に涼しいレイシーラ領の中でもさらに涼しいので火の暖かさが体に染みる。
「エレシュカ様、ここでの生活はどうですか?王都とは結構違うこともあるでしょう?」
「そうだね、でも楽しいことが沢山あって楽しい。今まで体験したことないこともしているから……。」
「そうですか……。」
パチパチと燃える日に手をかざしながら暖をとる。火を見ているからか心が落ち着いてきている。
「今までいっぱいいっぱいだったから、すごく心が休めてるというか……、今自分は逃げてるんだってことは分かるんだけど、……本当になんか旅行に来たみたいだなって。」
「そうですね……。」
エイリークが学園で最後に見た時は暗く落ち込んだ表情だった。気丈に振る舞ってはいたけど、気を抜けばすぐに涙がこぼれて泣き崩れてしまいそうな脆く壊れそうな姿だった。
だからこうして穏やかな表情でのんびりとしているアレンシカを見られることがエイリークは何より嬉しい。
「あの……。」
「ん?」
「ア……エレシュカ様は……。」
ふいに今、ウィンノルのことを聞いてみたくなった。あんなことになって、傷ついて、今は離れて心に余裕ができ始めている今、ウィンノルのことをどう思っているのか。
あれだけ酷く責められても見限らずに尽くして期待に答えようとしているのはアレンシカがウィンノルのことを好きだからなんだろう。それくらいはエイリークにだって分かっている。自分は傷つきはしない。元から手に届かないから。
でもだからこそ離れた今、アレンシカがウィンノルとの婚約関係をこれからどうするのか気になった。
「……いえ、何でも。」
「ん?」
「お芋、楽しみですね。」
だがそこまでだ。いくら自分が想いを寄せていようともそこまで干渉してはいけない。貴族なんだから言ってはいけないこともあるし、せっかくアレンシカの心が落ち着いているとはいえまだ王都から離れてそこまで経っていないし、また心を波立たせてはいけない。
エイリークは特に何でもないふりをした。
「えっ?!」
すると突然ジュスティがどこかに向かって全力疾走した。
「ジュスティ⁉どうしたの?」
問いにも答えず全力で茂みに向かってかけていると何かに向かって飛びかかった。
「ぎゃ!」
「お前!そこで何を見ている!まさか手先の者か!」
何者かを捉えたのか掴みかかり茂みから引っ張りだした。
「やめてよ!いたい!私が悪かったから!悪い人じゃないんです!」
「エレシュカ様。怪しいやつがいました!」
後ろ手にして皆の前に突き出された人は美しい黒髪の女性だった。年はアレンシカやエイリークと同じ年頃に見える。
「ごめんなさいいい、本当に本当に、悪いことするつもりなんてないんですうう、ただ……ただちょっと見てみたかっただけなんですううう……。」
「あ、アイリーナ!なんでここに!」
「お兄ちゃん……。」
「えっ、」
後ろ手に掴まれたままの少女は涙を流しながらエイリークを見ている。
「こいつはアイリーナです!ボクの妹です!」
「えっ、ジュスティ、すぐ離してあげて!」
「でも……。」
「エイリの妹なら大丈夫だから!」
「わかりました。」
ジュスティが拘束を解くとアイリーナはその場に座り込みびっくりした顔をしている。
「驚いた……騎士?の人って強いのね……。」
「ごめんなさい、手荒な真似をしてしまって。すぐに治療をしなきゃ。メイメイ、診てあげて。」
「大丈夫です、どこも痛くないですし。私がこっそりしていたのが悪いんですから。怪しまれて当然だと思います。」
アイリーナはすぐに立ち上がりしっかりした足取りでスカートの端を持ってアレンシカに向かって礼をした。
「はじめまして、私はエイリークの妹のアイリーナ・アンティアと申します。」
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