天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ

文字の大きさ
86 / 139

焚き火

しおりを挟む
レイシーラに来て数日。ここまで特に音沙汰はなく、さすがに休みが開けても学園へ戻ることは遅れそうだと踏んできた。
ずっと家にいても息が詰まってしまうよと言われ、よく出かけてはいるので暇に感じることはまったくなく、むしろこの自然豊かなレイシーラ領が好きになった。
王都にいては体験ができないことばかりだ。

「今日は夏芋を焼こうかなと。」

「でも今は落ち葉もあまりありませんよ?」

「大丈夫、これを使います。」

それはここ数日でたまったノートだった。勉強を遅らせる訳にもいかず勉強はしているのでノートを町で買って使っているが、ノートはアレンシカの直筆の文字がギッシリ書かれていて証拠の宝庫。アレンシカがここにいたことはバレてしまう。荷物にもなるので持っていけないとなると早々に処分してしまうことにしている。
屋敷の裏手には湖へ続く道があり、万が一の水も確保できるのでそこで燃やせばいいとのライトン伯爵の勧めにより、メイメイとジュスティを連れ今日はノートをひとつ残らず燃やしに来たのだ。ついでに芋を焼けばいいと言ったのはジュスティだった。

「エレシュカ様ー!」

「あっエイリ!」

外ということもありエイリークも呼んだ。エイリークの父フォルマからもらった芋もあったので呼んだのだ。

「エレシュカ様のいるところならどこだって行っちゃいますもん。いつでも一番に呼んでくださいねっ!」

一応外にいるということもあり呼び名は隣国式だ。
エイリークはアレンシカの隣に並び立ち手伝った。ここに来る途中で木を拾ってきたのか枯れ枝も持っている。

「燃やすのはいいけど、それで居場所が分かってしまうとかはない?煙とか……。」

「ここは畑ばっかで誰かしらしょっちゅう燃やしてるので大丈夫ですよ。」

木の枝の間にノートを挟みこみながらエイリークが答えた。
準備ができていざ火をつけるとノートはあっという間に燃えていった。

「エレシュカ様の文字がひとつ残らずなくなっちゃうなんて悲しいです……。」

「どこに行けばいいか分からないのに持っていけないからしょうがなくて……。」

「残念……。」

「レイシーラで過ごした思い出を消してしまうのは悲しいよね。」

エイリークとアレンシカのもったいないには隔たりがあるのだがそれはアレンシカには分からなかった。

「お芋って結構時間かかるんだね。」

「でもその分楽しめますから。」

「そうだね。」

湖の畔は全体的に涼しいレイシーラ領の中でもさらに涼しいので火の暖かさが体に染みる。

「エレシュカ様、ここでの生活はどうですか?王都とは結構違うこともあるでしょう?」

「そうだね、でも楽しいことが沢山あって楽しい。今まで体験したことないこともしているから……。」

「そうですか……。」

パチパチと燃える日に手をかざしながら暖をとる。火を見ているからか心が落ち着いてきている。

「今までいっぱいいっぱいだったから、すごく心が休めてるというか……、今自分は逃げてるんだってことは分かるんだけど、……本当になんか旅行に来たみたいだなって。」

「そうですね……。」

エイリークが学園で最後に見た時は暗く落ち込んだ表情だった。気丈に振る舞ってはいたけど、気を抜けばすぐに涙がこぼれて泣き崩れてしまいそうな脆く壊れそうな姿だった。
だからこうして穏やかな表情でのんびりとしているアレンシカを見られることがエイリークは何より嬉しい。

「あの……。」

「ん?」

「ア……エレシュカ様は……。」

ふいに今、ウィンノルのことを聞いてみたくなった。あんなことになって、傷ついて、今は離れて心に余裕ができ始めている今、ウィンノルのことをどう思っているのか。
あれだけ酷く責められても見限らずに尽くして期待に答えようとしているのはアレンシカがウィンノルのことを好きだからなんだろう。それくらいはエイリークにだって分かっている。自分は傷つきはしない。元から手に届かないから。
でもだからこそ離れた今、アレンシカがウィンノルとの婚約関係をこれからどうするのか気になった。

「……いえ、何でも。」

「ん?」

「お芋、楽しみですね。」

だがそこまでだ。いくら自分が想いを寄せていようともそこまで干渉してはいけない。貴族なんだから言ってはいけないこともあるし、せっかくアレンシカの心が落ち着いているとはいえまだ王都から離れてそこまで経っていないし、また心を波立たせてはいけない。
エイリークは特に何でもないふりをした。

「えっ?!」

すると突然ジュスティがどこかに向かって全力疾走した。

「ジュスティ⁉どうしたの?」

問いにも答えず全力で茂みに向かってかけていると何かに向かって飛びかかった。

「ぎゃ!」

「お前!そこで何を見ている!まさか手先の者か!」

何者かを捉えたのか掴みかかり茂みから引っ張りだした。

「やめてよ!いたい!私が悪かったから!悪い人じゃないんです!」

「エレシュカ様。怪しいやつがいました!」

後ろ手にして皆の前に突き出された人は美しい黒髪の女性だった。年はアレンシカやエイリークと同じ年頃に見える。

「ごめんなさいいい、本当に本当に、悪いことするつもりなんてないんですうう、ただ……ただちょっと見てみたかっただけなんですううう……。」

「あ、アイリーナ!なんでここに!」

「お兄ちゃん……。」

「えっ、」

後ろ手に掴まれたままの少女は涙を流しながらエイリークを見ている。

「こいつはアイリーナです!ボクの妹です!」

「えっ、ジュスティ、すぐ離してあげて!」

「でも……。」

「エイリの妹なら大丈夫だから!」

「わかりました。」

ジュスティが拘束を解くとアイリーナはその場に座り込みびっくりした顔をしている。

「驚いた……騎士?の人って強いのね……。」

「ごめんなさい、手荒な真似をしてしまって。すぐに治療をしなきゃ。メイメイ、診てあげて。」

「大丈夫です、どこも痛くないですし。私がこっそりしていたのが悪いんですから。怪しまれて当然だと思います。」

アイリーナはすぐに立ち上がりしっかりした足取りでスカートの端を持ってアレンシカに向かって礼をした。

「はじめまして、私はエイリークの妹のアイリーナ・アンティアと申します。」
しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

徒花伐採 ~巻き戻りΩ、二度目の人生は復讐から始めます~

めがねあざらし
BL
【🕊更新予定/毎日更新(夜21〜22時)】 ※投稿時間は多少前後する場合があります 火刑台の上で、すべてを失った。 愛も、家も、生まれてくるはずだった命さえも。 王太子の婚約者として生きたセラは、裏切りと冤罪の果てに炎へと沈んだΩ。 だが――目を覚ましたとき、時間は巻き戻っていた。 この世界はもう信じない。 この命は、復讐のために使う。 かつて愛した男を自らの手で裁き、滅んだ家を取り戻す。 裏切りの王太子、歪んだ愛、運命を覆す巻き戻りΩ。 “今度こそ、誰も信じない。  ただ、すべてを終わらせるために。”

恋人が出て行った

すずかけあおい
BL
同棲している恋人が書き置きを残して出て行った?話です。 ハッピーエンドです。 〔攻め〕素史(もとし)25歳 〔受け〕千温(ちはる)24歳

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

王太子殿下のやりなおし

3333(トリささみ)
BL
ざまぁモノでよくある『婚約破棄をして落ちぶれる王太子』が断罪前に改心し、第三の道を歩むお話です。 とある時代のとある異世界。 そこに王太子と、その婚約者の公爵令嬢と、男爵令嬢がいた。 公爵令嬢は周囲から尊敬され愛される素晴らしい女性だが、王太子はたいそう愚かな男だった。 王太子は学園で男爵令嬢と知り合い、ふたりはどんどん関係を深めていき、やがては愛し合う仲になった。 そんなあるとき、男爵令嬢が自身が受けている公爵令嬢のイジメを、王太子に打ち明けた。 王太子は驚いて激怒し、学園の卒業パーティーで公爵令嬢を断罪し婚約破棄することを、男爵令嬢に約束する。 王太子は喜び、舞い上がっていた。 これで公爵令嬢との縁を断ち切って、彼女と結ばれる! 僕はやっと幸せを手に入れられるんだ! 「いいやその幸せ、間違いなく破綻するぞ。」 あの男が現れるまでは。

処理中です...