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思考
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空もすっかり暗くなり、使用人達ですらもうとっくに眠ってしまった夜。
アレンシカは明日の予習をしながら考える。
(あの、目……。)
普段ならもうとっくに自分も寝ているはずの時間。
それでもそんな時間を過ぎてまで起きているのには訳があった。
(エイリのあの目は……。)
少しでも目をつむれば思い出すのは、エイリークが殿下に向けていたあの強い眼差しだった。
その為どうしても眠れず、かといって起きていても手持ち無沙汰であるから予習を続けている。
(あんまり、頭に入らないな……。でも予習することに意味があるし……。)
思考に沈もうとして止まりそうな手を叱咤して、ペンを握り直す。
それでもどうしても塞いでは隙間から思考が湧き上がってくる。
沢山の人に囲まれて去りゆく殿下の後ろ姿を見続けたあの真剣な目。
アレンシカは真正面からその目を見た訳ではなかったが、熱心に見ていたあの目は、アレンシカから見れば焦がれるような目に見えた。
(もしかしたらエイリは、殿下に話しかけたいのではないか?)
学園には確かに「生徒は皆友人」という学園に在籍する限り身分不問の校則がある。
だけど相手は王族で平民のエイリークは話しかけたいと思ってもなかなか話しかけられないのではないか。ましてや毎日あんなに多くの貴族の子を侍らしている。
エイリークが一言でも話しかけたくても、なかなか話しかけられないのではないか。
(エイリはたぶん、殿下と結ばれる天啓を見ているけど、それでもあの殿下の状況では……。)
一生懸命勉強して、殿下の隣りに立つ為に努力しているエイリーク。
テストでは見事に結果を出したというのに。
(……僕が、友人として、エイリと殿下を近づけてあげられればいいんだけど……。)
アレンシカ自身は殿下から接近を禁じられている為に難しい。
せめて殿下と仲がそれなりにでも良ければ、せめて挨拶だけでも出来る関係であったなら、紹介くらい出来るはずなのに。
それすら上手く出来ないのだ。友人の為に。
(友人の為にすら、動けないのか、僕は……。)
ただでさえ自分の存在が殿下への迷惑となっているのに、何も出来ないことが悲しい。
そして諦める覚悟はあるのに、いまだに持ち続けている感情も。
(本当に、僕は相応しくない……。)
トントン。
けしていつもは誰にも見せない机に突っ伏す姿勢で唸っていたが、小さく控えめに叩かれた戸の音が聞こえてパッと起き上がる。
すでに皆寝ている時間だが、その音はいつも突然だけど聞き馴染みのある音で、ササッと立ち上がって開けた。
「お父様、お帰りなさい。」
扉の先には案の定父が立っていて、アレンシカの顔を見た瞬間微笑んだ。
「ただいまアレンシカ。こんな夜まで勉強か?」
「ええ、お父様もこんな時間までお疲れ様です。」
「本当は明日帰る予定だったのだけど、アレンシカを一人には出来ないからね。」
「僕はもう小さい子ではないんですよ?みんなもいるから大丈夫です。」
「分かっているよ。本当はただ愛する息子の顔が見たかっただけさ。」
パチリと片目を閉じて笑う父。
幼い頃に母が亡くなってから、使用人達の力も借りながらも一人で頑張って来た父は、ひとり息子のアレンシカが心配で心配でたまらなくて大変ななスケジュールをだというのにアレンシカの為の時間を捻出しようといつも一生懸命に時間を作る。
子としては父の頑張りが心配になる時もあるが、嬉しいものだった。
「学校は順調か?」
「ええ、とても。仲のいい友達もいますし。楽しい学園生活を送らせてもらっています。」
「この間来たあの子とも仲良く出来ているみたいだね。」
「プリムのことですか?ええ、とても素晴らしい友人ですよ。」
「そうか。あの子もいるなら友人関係は大丈夫そうだ。アレンシカは賢いから勉強も問題ないだろう。」
「……はい。」
その瞬間に思い出したのは、テストの結果で大きく失望させてしまった殿下の顔だった。
それは学園の中では立派で素晴らしい結果だったが、殿下の隣りに立つには相応しくない、愚かな結果。
失望させて怒らせた殿下の顔。
「……アレンシカ。」
目の前にいる父に心配かけまいと努めて平静を装っているが、父はアレンシカの機敏は即座に察知してしまう。
「……アレンシカ。お前はレイスによく似て我慢してしまう子だから、何かつらいことがあるなら、つらいと言ってほしい。」
「……いいえ、僕につらいなんてことは何もありませんよ。変なお父様。」
いつもとは違う無邪気な笑みをするアレンシカ。
だけどそれは空元気なのだと父親にはよく分かるものだった。亡くなった妻によく似た誤魔化し方だからだ。
ここで問い詰めることも出来るが、父として子に頼られたい気持ちもある。
それにすでに何について悩んでいるのかなんて分かっていた。
「お父様もお疲れなんですから、すぐに寝ましょう。僕も明日は早いんです。感謝祭の準備があって。」
アレンシカは父の背中を押して、自室に促した。
その様子に心配になりながらも、アレンシカが隠す気持ちを尊重することも大事だと思い、押される力には逆らわずに自室に向かう。
「アレンシカ。」
「はい。」
「私は父親として、いつもアレンシカの幸せを一番に願っているからね。」
「……ありがとう、お父様。」
最後に扉を閉める前に、アレンシカの目を見てしっかりと伝えた。もしも何かあったら、その時は、誰であろうと毅然とする。
何も言わず、心の中だけで誓って、父はアレンシカを見送った。
アレンシカは明日の予習をしながら考える。
(あの、目……。)
普段ならもうとっくに自分も寝ているはずの時間。
それでもそんな時間を過ぎてまで起きているのには訳があった。
(エイリのあの目は……。)
少しでも目をつむれば思い出すのは、エイリークが殿下に向けていたあの強い眼差しだった。
その為どうしても眠れず、かといって起きていても手持ち無沙汰であるから予習を続けている。
(あんまり、頭に入らないな……。でも予習することに意味があるし……。)
思考に沈もうとして止まりそうな手を叱咤して、ペンを握り直す。
それでもどうしても塞いでは隙間から思考が湧き上がってくる。
沢山の人に囲まれて去りゆく殿下の後ろ姿を見続けたあの真剣な目。
アレンシカは真正面からその目を見た訳ではなかったが、熱心に見ていたあの目は、アレンシカから見れば焦がれるような目に見えた。
(もしかしたらエイリは、殿下に話しかけたいのではないか?)
学園には確かに「生徒は皆友人」という学園に在籍する限り身分不問の校則がある。
だけど相手は王族で平民のエイリークは話しかけたいと思ってもなかなか話しかけられないのではないか。ましてや毎日あんなに多くの貴族の子を侍らしている。
エイリークが一言でも話しかけたくても、なかなか話しかけられないのではないか。
(エイリはたぶん、殿下と結ばれる天啓を見ているけど、それでもあの殿下の状況では……。)
一生懸命勉強して、殿下の隣りに立つ為に努力しているエイリーク。
テストでは見事に結果を出したというのに。
(……僕が、友人として、エイリと殿下を近づけてあげられればいいんだけど……。)
アレンシカ自身は殿下から接近を禁じられている為に難しい。
せめて殿下と仲がそれなりにでも良ければ、せめて挨拶だけでも出来る関係であったなら、紹介くらい出来るはずなのに。
それすら上手く出来ないのだ。友人の為に。
(友人の為にすら、動けないのか、僕は……。)
ただでさえ自分の存在が殿下への迷惑となっているのに、何も出来ないことが悲しい。
そして諦める覚悟はあるのに、いまだに持ち続けている感情も。
(本当に、僕は相応しくない……。)
トントン。
けしていつもは誰にも見せない机に突っ伏す姿勢で唸っていたが、小さく控えめに叩かれた戸の音が聞こえてパッと起き上がる。
すでに皆寝ている時間だが、その音はいつも突然だけど聞き馴染みのある音で、ササッと立ち上がって開けた。
「お父様、お帰りなさい。」
扉の先には案の定父が立っていて、アレンシカの顔を見た瞬間微笑んだ。
「ただいまアレンシカ。こんな夜まで勉強か?」
「ええ、お父様もこんな時間までお疲れ様です。」
「本当は明日帰る予定だったのだけど、アレンシカを一人には出来ないからね。」
「僕はもう小さい子ではないんですよ?みんなもいるから大丈夫です。」
「分かっているよ。本当はただ愛する息子の顔が見たかっただけさ。」
パチリと片目を閉じて笑う父。
幼い頃に母が亡くなってから、使用人達の力も借りながらも一人で頑張って来た父は、ひとり息子のアレンシカが心配で心配でたまらなくて大変ななスケジュールをだというのにアレンシカの為の時間を捻出しようといつも一生懸命に時間を作る。
子としては父の頑張りが心配になる時もあるが、嬉しいものだった。
「学校は順調か?」
「ええ、とても。仲のいい友達もいますし。楽しい学園生活を送らせてもらっています。」
「この間来たあの子とも仲良く出来ているみたいだね。」
「プリムのことですか?ええ、とても素晴らしい友人ですよ。」
「そうか。あの子もいるなら友人関係は大丈夫そうだ。アレンシカは賢いから勉強も問題ないだろう。」
「……はい。」
その瞬間に思い出したのは、テストの結果で大きく失望させてしまった殿下の顔だった。
それは学園の中では立派で素晴らしい結果だったが、殿下の隣りに立つには相応しくない、愚かな結果。
失望させて怒らせた殿下の顔。
「……アレンシカ。」
目の前にいる父に心配かけまいと努めて平静を装っているが、父はアレンシカの機敏は即座に察知してしまう。
「……アレンシカ。お前はレイスによく似て我慢してしまう子だから、何かつらいことがあるなら、つらいと言ってほしい。」
「……いいえ、僕につらいなんてことは何もありませんよ。変なお父様。」
いつもとは違う無邪気な笑みをするアレンシカ。
だけどそれは空元気なのだと父親にはよく分かるものだった。亡くなった妻によく似た誤魔化し方だからだ。
ここで問い詰めることも出来るが、父として子に頼られたい気持ちもある。
それにすでに何について悩んでいるのかなんて分かっていた。
「お父様もお疲れなんですから、すぐに寝ましょう。僕も明日は早いんです。感謝祭の準備があって。」
アレンシカは父の背中を押して、自室に促した。
その様子に心配になりながらも、アレンシカが隠す気持ちを尊重することも大事だと思い、押される力には逆らわずに自室に向かう。
「アレンシカ。」
「はい。」
「私は父親として、いつもアレンシカの幸せを一番に願っているからね。」
「……ありがとう、お父様。」
最後に扉を閉める前に、アレンシカの目を見てしっかりと伝えた。もしも何かあったら、その時は、誰であろうと毅然とする。
何も言わず、心の中だけで誓って、父はアレンシカを見送った。
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