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家を出る

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「じゃあアンタと家は元から何も関係がないから。強姦されようが殺されようが家には来ないで。一生。」

そう言って着の身着のまま、荷物もなくただ出された。
この大きな家の使用人専用の小さなドアから。
腕を引っ張られ、投げ捨てられ、地面に這う。
ずっとそこにいられたら迷惑だから立ち上がってすぐに離れた。

今日、生まれた家から捨てられた。
今まで出たのは一度、たった一度だけだった。それ以外は一切無い。
ひさしぶりに外から見た家は、成長した今の自分でもとてつもなく大きい。
もう一度近づかないようにか戸口に使用人達がいる。怖い目から逃げる為に震える裸足に鞭打って走る。とにかく走る。

どこに行きたいかなんか分からない。どこにも行きたい場所なんかない。どこにも行くことが出来ない。
自分にはそんな力がないから。
もっとも、普通の人間ならばある程度何もなくたって大丈夫かもしれない。
親戚、友達、近所の人。思いつく頼れる人を頼って。
一人だってどこでも大丈夫だったかもしれない。
それでも全うに生きてきたことがない人間にはこの世界は酷だ。それくらいは学の無い自分にも分かること。
今の自分に出来ることはなにもない。

走って走ってただ走る。
足が傷ついて血が出てもただ走る。
それでもろくに栄養のとっていない短い足では、早く走っているつもりでもよたよたとゆっくりになってしまう。

息が切れて、疲れて果てて、大きな家が見えなくなって安心して止まった。
誰もいない。
今日は早すぎる夏の暑さがやって来ているせいか、一人もいない公園。
汗でぐちゃぐちゃで呼吸もぐちゃぐちゃだった。もうどうしても足が動かない。
近くにあった椅子に座った。自分が使ってはいけないのだろうけど、どうにももう動けない。

最後の力を使って、手を動かす。こっそり懐に隠しておいた。
少しだけ汗を吸ったけど、それでもカサカサしたそれを取り出した。
誰が見ても何の価値もないと言われるだろうそれは、何もない、何も出来ない人間が唯一持ってこられた宝物。
よれていて少し色あせた薄い紫色の折り紙は歪な形をしている。
だけどその子にとっては何よりも綺麗で可愛くて暖かい宝物だった。
もう、自分にはこれしかない。

ひどく疲れてしまった。弱い身体はもう動かせない。
最後にそれだけ持って、それだけを見た。
ごめんなさい。ここで、身体は置き去りにします。
置いてかれた身体がどうなるかなんて分からないけど、ものすごく迷惑だけど、それだけは分かってるけど、ごめんなさい。
ゆっくりと目を瞑る。


「君は…。」

誰もいなかったはずなのに、突然聞こえた声に思わず目を開くと、目も髪も艶々で真っ黒の男の子が立っていた。

「いた……、本当に……。本当に、会えたの……?」

男の子は何かつぶやくと近づいてくる。
何かするのかもしれない。分からない。だけどきっとすぐ無くなってしまう自分は何か出来る?
不思議と怖くはなかった。何をされる分からないのに。

すぐ目の前に立った男の子は突然ガバリと大きな腕に抱きしめた。

「ずっと、ずっと、もう一度会いたかったんだ。」
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