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第九話 伝説の秘密

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 一行は森林地帯にいた。理由はこの地に存在する『ウルフィンガー』と呼ばれる猛獣を討伐する為だ。

 ランク一最後の昇格クエストで一番の難関。生存率十パーセントと言われ、年間に何百人と冒険者の死亡報告が来ている。仮に生き残ったとしても心を砕かれて冒険者を引退する人が続出している敵だった。

「でも、イリスがいるから心配しないでね」

「心強いです」

「まぁ、確かにな」

 ソロで最高ランクの称号を手に入れている伝説の女がいるので、前述した内容は無意味になるだろう。それだけで不安という重荷はかなり降りる。

 イリスの『千里眼せんりがん』を利用して敵を探りながら前へと進んで行く。特に険しい場所ではないと聞いていたので、少しだけ調子に乗っていたのだが……

「はぁ、はぁ、少し待ってくれ」

「もう息切れしたんですか?」

「情けないね。イリスの『千里眼せんりがん』壊れちゃったのかも」

 運動など一切していなかったアラタにとっては、長時間歩くという行為はかなり体にくる。しまいにはリコにもため息をつかれる始末。最悪だ。

 なんだかんだ辛辣な言葉を浴びせてくるが、二人は優しかった。アラタの歩く速度に合わせてくれる。しかし、女の子に気を遣わせるのは少し情けなかった。

 無理をすると倒れてしまうので、途中休憩を挟みつつしっかりと水分補給をしながら目的地へと向かって行く。

 かれこれ数十分進んで行くが、全然敵と遭遇する気配がないので、アラタはイリスに声をかけていた。

「まだ着かないのか」

 徐々に近づいてくる険悪なマナが見え、「大丈夫。もうすぐだよ」とアラタに言う。

「待って」

 急に手で合図を出し、木に隠れるように指示を出した。

 イリスが木から顔だけを覗かせ、一点に視線を集中させていく。アラタも彼女の視線が送られている箇所に目線を合わせていき、何がいるのかを確認していく。

(うわ!)

 声を出しそうになり、咄嗟とっさに口を塞いで漏れそうな言葉を閉じ込める。

 と、いうのも、このような反応になっても無理はなかった。視線の先には羽の生えた動物が食いちぎられている光景が広がっていたからだ。

 むごい殺し方をし、食事をしている動物は灰色の毛で覆われ、鋭い眼光を持つ。体長は現実にいるおおかみのひとまわりは大きく、化け物と称してもおかしくない獣だった。

(あんなのが星一だと……スライムの時もそうだが、この世界の難易度は狂ってやがる)

 そう思うアラタだったが、これはゲームとは違うので簡単に考えている方が痛い目を見る。現にランク一から昇格できていない冒険者は約八割を占める。昇格できている冒険者がどれだけ凄いか、統計を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

「ラッキーだね。群れてない」

「そうなんですか」

 彼女の言葉から奴らは基本的には群れて行動しているらしい。だからこの機はチャンスだ。イリスは絶対に逃さないようにしようとする。

「じゃあ、狩りを始めようか」

 そう言いながら、腰につけていた双剣を引き抜き、獲物を仕留める際の鋭い目つきをする。

「俺も出る」

「アラタはダメ。彼女を守ってあげて」

「でも……」

「イリスに任せなさい。必ず役に立ってみせるから」

 優しい笑みを向ける。表情や雰囲気からもイリスという女性はアラタ達に安心感を与えてくれる。その為、アラタは首を縦に振って素直にリコを守る体制に入れる。

 木の影から一気に飛び出し、獣のへと突き進んで行く。

 気配を感じ取った獣はイリスの方を振り向き、獣特有の俊足でイリスを狩りに来る。

 五感で動いているだけあって初動が早い。人間が失った野生の本能を研ぎ澄ませて自慢の牙でイリスを捉えにくる。だが……獣に勝る速度でイリスはウルフィンガーを切り裂き、森林には大きな咆哮ほうこうが響いた後、獣はその場に倒れ伏した。

 一撃。これが伝説の女冒険者──イリスの実力。それを間近で見てアラタは言葉を失い息を呑んだ。

 凄い……なんて一言で表していい所業ではない。動きから双剣の振りかぶるタイミング、息遣いに間合いの取り方など、全てが洗練されていた。

 それがアラタには理解できた。だからこそ口から何も発せなかったのだ。しかし……

「凄いです!」

 リコはその言葉だけで片付けてしまう。

「どんなもんよ! これがイリスの実力だよ~」

 自分がどれだけ美しい業を見せたのかを理解していないのか、呑気にピースをしながら自慢する。

「これでクリアだね。集会場に戻って……」

「イリス!」

 イリスに目を奪われていたおかげだ。後ろに倒れている獣が立ち上がってくるのがアラタには見えた。

 彼の言葉を聞いてイリスはすぐに反応。獣の攻撃をかわしてみせた。

「なんで! 今ので殺せたはずでしょ!」

「スライムの時と同じか……」

「どういう事?」

 アラタが嫌な可能性を考え、初クエストで起きた異常を簡潔に伝えていく。

「そんな事が……」

「確かにあれは異常でしたよ。あんなでかいスライム見た事ないですから」

 何が起きているのかわからないが、もしそうだとしたらこの敵も厄介になってくる。規格外の敵になり、従来の考えは通じないかもしれない。

「こっからは俺も出る。いいな」

「良いけど……」

 リコを見てイリスは不安を覚える。経験則からこの戦いにはついて来れないと本能で察知したからだ。

「やっぱりイリスがひとりでやる」

「なんで!」

「いいから!」

 突然強い口調でアラタに当たる。穏やかな雰囲気からは想像もできない迫力で、アラタは萎縮してしまった。

「お願い。イリスにやらせて……」

「どうして……」

「お願い」

「わかった」

 リコを思っての行動なのだろう。アラタはまたもリコを守る布陣になる。

 イリスが突進していく。速度は十分。これなら、あの化け物相手にも引けを取らないだろう。

 獣が腕を振りかぶり、それを地面を蹴って跳躍して回避。だが、外れた獣の腕は地面を強烈に叩き、地響きを起こした。

 地震のような強烈な揺れ。流石はフィンガーと呼ばれているだけあり、指の力が並外れている。

 立っているのが困難で二人は膝を突いた。だが、イリスは近くにある木を利用してバランスを保っていく。そして、そのまま獣のふところへと進んでいき、双剣を振りかぶった。

 タイミングは完璧。次こそ……

「嘘!」

 獣の爪に弾かれ、渾身の攻撃は防がれた。

 強すぎる。ランク一のクエストと呼ぶにはあまりにも……

 異常過ぎる獣の強さに、イリスは動機を起こす。

(ダメ……イリスが、倒さなくちゃ。また……また……)

 過去に起きた事件がフラッシュバックした。

 ゲリラと呼ばれるまれに出現するクエストに遭遇してしまい、自分以外の仲間が全滅した事件を。

 あの日からイリスは誰かとクエストに行くのが怖くなった。また誰かの死を目の当たりにするから。そして、強くなる為に、ソロで修行を積んで、なんとか最強の称号を手に入れたのだ。

 今度なら大丈夫だと思った。また楽しく、一緒に誰かとクエストに行けると思った。自分が守ってあげれば、誰も死なせずに済むから……でも……

 無理。そんな感情が彼女の中で渦巻いていた。

 しかし、化け物はイリスなど待ってはくれない。立ち止まっている彼女に突き進んで行き、自慢の腕を振るう。

 完全に意識を獣から外していた彼女は反応に遅れた。気づいた時にはもう既に遅く、回避するだけの時間はない。完全に終わったと思った彼女は、自分が獣に狩られる瞬間を想像してしまい腰を砕き、目を逸らしてしまう。しかし……

「────大丈夫か!」

 自分の魔法──『防護壁ディフェンダー』を利用してイリスを守る。

「どうして……」

「どうしてって……仲間だからだろ?」

 この言葉でイリスは泣きそうになった。仲間という言葉を久しぶりに聞いたから。助けられる人など永遠に現れないと思っていたから。

 だが、アラタにはそれだけの力がある。だから……

「下がってろ。攻守交代だ。俺がコイツを倒す」

「でも、アラタが死んじゃう!」

 誰も死なせたくなかったイリスは、彼の行動を止めたかった。だが、それを聞いたアラタは、

「大丈夫さ。俺は死なねぇ。約束する。必ず、三人でクリアしよ」

 座り込んでいるイリスに背を向けながら答え、自身のあいぼう──『闘神とうじん』を振り抜いて化け物へと突き進んでいった。

 渾身の一撃を振りかぶるが、化け物は軽々と攻撃をかわす。その間隙かんげきを見逃さず、ウルフィンガーは自慢の腕を振るうが、今度は反対にアラタが魔法を起動し、それを防いだ。

 その後も、どちらも自分の得意分野を利用して互角の戦いを見せていく。

「嘘……アラタって何者……」

「さぁね? けど、これだけは言える。彼は私の恩人で冒険者として信頼できる。
それだけあれば、どんな人でも良いんじゃない?」

 伝説すらも魅了する戦いを見せるアラタを見てリコが答えた。いつの間にか足の震えもなくなっている。それだけ、アラタという人物は彼女に安心感を与えるらしい。

 それでも戦いは終わらない。彼には弱点があるからだ。それは……

(やっぱ、決定打がねぇ)

 『防護壁ディフェンダー』は防御専門で攻撃力はない。『反射カウンター』は魔法を跳ね返す力で、物理戦しかしてこないウルフィンガーには使えない。前のクエストで手に入れた『火操作ギーグ』は近くにある火を操るだけで、自ら発火する力はない。

 一般程度の力しかない彼に物理戦で勝利を掴むのは至難の業。だから……

(魔法に賭けるしかねぇんだが……)

 肝心な魔法が増える気配はなかった。

(なら……)

 今使えるカードで戦うしかない。

「リコ! イリス! 許力してくれ!」

『えっ!』

 この場にいる人と共に許力して勝つ。それが最善策だ。

 リコには火魔法を使用してもらう事を。イリスには磨かれた身体能力を使用してもらう事を提案し、作戦を伝える。

「わかった!」「わかりました!」

 二人はアラタの指示に従い、それぞれの役割につく。

 イリスが化け物へと突撃し、アラタと共に接近戦を仕掛けていく。二手に分かれ、アラタは左から、イリスは右から、自身の相棒を使用して敵を追い詰め、逃げ場をなくしていく。

 だが、大柄な体を無理矢理に動かし、獣は上空へと逃げた。それにより二人の攻撃は空振りに終わるが……彼らの狙いはそれではなかった。

 本当の狙いは、リコの火魔法を付与した矢を確実に当てる事。

 空中であれば逃げ場はなくなり、命中率は跳ね上がる。後は、リコの腕次第になるのだが……

「大丈夫だ。俺は君を信じてる」

 リコがアラタに絶対的な信頼を寄せているように、アラタもリコに絶対的な信頼を寄せていた。外す事は万に一つもない。そして、彼の期待は現実になった。

 矢が刺さり、獣が燃えていく。が……火力が足りず攻撃にすらなっていなかった。

「効いてなんじゃ……」

「大丈夫」

 イリスの言葉を聞いたアラタは、まるで勝ちを確信しているかのように、笑みを浮かべて宣言した。

ギーグ

 その言葉が詠唱された後、化け物の中にできた火種が、強烈な業火に生まれ変わり、標的を火炎地獄へと包み込んだのだった。
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みんなの感想(1件)

2023.05.23 ユーザー名の登録がありません

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