君までの距離

高遠 加奈

文字の大きさ
55 / 80

見えたもの

しおりを挟む

「渡辺ならやりそうだ」


そう言って尾上さんは笑った。


「渡辺が高遠君の前に立っているのが見えるようだよ」


「会社の力を借りないで、自分の力で高遠さんの前に立ちたいんです」



「大変だぞ?それでもやってみる気なんだな。もし、高遠君に飽きたら、俺の所に来い。渡辺一人、食べさせていけるだけの仕事は出来るから」



「その時はお願いします」


冗談みたい、だった。



ほんとの本気だとしても、冗談みたいに言ってくれた。

気づかない訳はなかった。

自分に自信がないとか、自意識過剰だとか、そんなの有り得ない、とかそんな言葉でごまかしてしまえる言葉ではなかった。


たとえ冗談みたいだって、その言葉は頑張って絞り出した言葉に違いなかった。

それにアタシが気づいたのは、高遠さんを好きになったからだ。高遠さんを知りたいと思うようになって、アタシはいろんなものが見えるようになった。


「帰りましょうかー。アタシ、お礼に美味しい鯛焼きをご馳走します!」


「鯛焼き?なんか庶民だね」


ははっと尾上さんが笑った。



「あんことか、クリームとか選べるんですけど、ハムやチーズの入った甘くないのもあるんですよ」

「それって鯛焼きの形じゃないといけないの?お好み焼きでもいいんじゃないの」



尾上さんは、さっぱりした顔をしていた。気持ちを言葉にしたことで心が軽くなったのかもしれない。



「お好み焼きはお好み焼きです卵と豚バラは外せません。だったら、大判焼きでも同じようなものがあるよって言われたんですけど、鯛焼きはあの形で、しっぽがカリカリなのがいいんです」


「………そうか任せる。それはやっぱり渡辺のアパート近くだよね?」



「そうですけど……?」



「悪いけど俺、腹減って死にそうなんだよ。近場で何か食べさせて」



顔の前で片手を上げて、拝むように言った。そして言うなり尾上さんのお腹がなった。お昼なんてとっくに過ぎていて、アタシもお腹がすいていたのに気づいた。



「仕方ないですよね。じゃあ尾上さんの奢りですね」

「ひでぇな。車出したのに、まだたかるか」

「アタシが絶対美味しいって自信を持って言えるのは、この鯛焼きくらいなんです!だから言ったのに…」

「わかったよ。いいよ奢りで」




最後にアタシは振り返ってもう一度だけ撮影現場を見た。

もう一度来たくても、どうやって来たらいいかわからないからだ。

高遠さんは芸能人で、アタシは一般人だけど、さっきまではこの場所でそんな垣根なんてなく話ができた。


次に会えても、姿を見れるだけかもしれない……



だから、はっきりと胸にも目にも焼き付けておきたかった。

深呼吸をして目を閉じる。


そしてアタシは目を開けて歩き出した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

強引な初彼と10年ぶりの再会

矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。

恋は、やさしく

美凪ましろ
恋愛
失恋したばかりの彼女はひょんなことから新橋の街中で上司にお姫様抱っこされ……!? ――俺様な美形上司と彼女とのじんわりとした恋物語。 性描写の入る章には*マークをつけています。

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

触れる指先 偽りの恋

萩野詩音
恋愛
武井夏穂は、お人よしな性格が玉にキズなカフェ店員。 ある日、常連のお客様のトラブルに遭遇し、とっさに彼を手助けしたところ、そのまま「恋人のふり」をすることになって――。 <登場人物> 武井夏穂(たけい かほ)28歳 カフェ店員   × 貴島春樹(きじま はるき)35歳 エリートサラリーマン 『本当の自分』を受け入れてくれるひとに、出会えたかもしれない。

かりそめ婚のはずなのに、旦那様が甘すぎて困ります ~せっかちな社長は、最短ルートで最愛を囲う~

入海月子
恋愛
セレブの街のブティックG.rowで働く西原望晴(にしはらみはる)は、IT企業社長の由井拓斗(ゆいたくと)の私服のコーディネートをしている。彼のファッションセンスが壊滅的だからだ。 ただの客だったはずなのに、彼といきなりの同居。そして、親を安心させるために入籍することに。 拓斗のほうも結婚圧力がわずらわしかったから、ちょうどいいと言う。 書類上の夫婦と思ったのに、なぜか拓斗は甘々で――。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...