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高遠 加奈

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仕事終わりに、会場を見回すとミオの姿がなかった。


いつもなら、最後に供されるデザートから新婦の手紙、花束贈呈のあたりまで会場に姿があるのに、今日は見える場所にはいなかった。



とは言えミオは裏方のスタッフだから、目立つ場所にいるわけじゃない。

ケーキバイキングを片付けながらとか、照明スタッフに紛れて、うるうると手紙の朗読を聞いていたりする。


なんとなく気になって厨房に向かうことにすると、食事を担当している御山さんと行き会った。


御山さんは本場で修業してきたフレンチのシェフで、外国人と混ざっても引けをとらない長身と、柔らかな物腰、色素の薄い茶色の髪と瞳をしている。


この施設の人は皆いい人だけれど、御山さんも貧乏カメラマン見習いに試作品の試食をさせてくれたり、パーティーで余ったパンをくれたりする。


「ミオがこっちに来ませんでしたか」


問い掛けると、少し首を傾げてみせたけれど、それだけでも人目をひく華やかさがある。


「たしか厨房にいたはずだよ」


そのまま行きかけた背中に、質問がかぶさる。


「相模くんは、三島さんのことどう考えているの」


振り返って目を合わせると、いい大人が困った顔をしてこちらを見ていた。

「真剣にお付き合いしています」


「……そう。

なら、どうして棚橋さんを捜してるの」


僅かづつでも、加わっていく感情はどろりとして纏わり付く。


「用があるからですよ。探しちゃいけませんか」


見返した顔は険しいものに変わっていく。


「はっきりしないなら、沙那に近づかない方がいい。

でないとお互いに傷つくだけだ」


「……いい加減な気持ちなんかじゃ……」


「沙那がちらつかせる結婚だって、お互いの気持ちだけでどうにかなるものじゃないんだ」


御山さんは、ふうっと深いため息をついた。


「御山さんは、沙那さんと付き合っていたんですか?」


「付き合っているつもりだったよ。ほんのついさっきまで。

沙那に俺との未来を考えられないと言われるまでね」


「沙那の全部、彼女自身のことや家族を知っても、君は逃げたりしないかい。

結婚ってそういうものだよ。

沙那は結婚を焦っているところもあるけれど、その理由もそのうち知ることになるはずだよ」


御山さんは一方的に別れを告げられても、まだ沙那さんを心配している。

それはまだ、沙那さんを好きなんだと思わせた。


「俺は自分がしっかりしていないから、まわりに心配されてしまうけど……それでも…やっぱり沙那さんを諦めたりできません」


ふわっと御山さんが笑った。


「若いなぁ。自分もそんなふうに沙那にぶつからないといけなかったんだよ。

だから、沙那に愛想を尽かされたんだね」


淋しそうに笑う御山さんはとても大人で、自分なんて太刀打ちできないとしか見えなかった。

なんで、沙那さんは御山さんを選ばなかったのか不思議になるくらい……


「相模君は相模君のやり方で、沙那を愛してあげて」


そう言うと踵を返して去って行った。


御山さんは、まだ自分が知らない沙那さんの事について忠告してくれた。

御山さんがためらうほどの何があるというのだろう。

沙那さんがいれば、二人で協力して乗り越えていけるはずじゃないのか……




頭をひとつ振って、厨房へ向かう。

厨房はしんとして、何も音が聞こえてこない。中を覗くと、ぴかぴかに磨かれたステンレスの調理台いっぱいにノートを広げて顔をしかめているミオがいた。

なにやら真剣に考えていて、俺が来たのに気づきもしない。


「ミオ」


声に驚いて、ぱっと顔をあげる。


「なに辛気臭い顔してんの」

ミオは、はあっと長いため息を吐き出した。


「あたしがどんな顔しててもいいでしょ」

「雰囲気が暗くなるだろ」


「もう披露宴は終わったでしょう。これはプライベートだから」


ミオが手をついているノートを覗き込む。


広げてあるスケッチブックには、ありとあらゆるケーキ、ケーキ、ケーキだった。

自分でデザインしたもの、雑誌の切り抜きに感想を書いたもの、有名なコンクールの作品、全てケーキだった。


「ケーキばっか」

「いいでしょ、別に」

いらいらとしたミオが爪を噛む。それは今まで見たことはなかったけれど、いらいらした時の癖らしく、親指の爪だけは白い部分が見えないほど短くなっていた。


「悪いけどヒマじゃないの」

眉間にシワを寄せて、しっしっと手で追い払われる。

「犬じゃないし。困ってるなら力になろうか」


厨房の隅に重ねてあった椅子を、自分とミオの分出して置き、自分はさっさと腰掛ける。


「ここまでミオが悩むなんて珍しいだろ。クライアントへ提案するケーキの試作が上手くいかないのか」


ため息をついて頭を振るミオを、力ずくで椅子に座らせてコーヒーをいれることにする。


「そんなの、悩まないわよ。みーんな披露宴には夢があるんだから、いくつか提案させてもらうもの。あれこれケーキを悩むのも楽しいのよ」


考えこむ視線の先には、コンクールの申し込み用紙が置いてあった。

よく見ると、ミオはこのコンクールの記事をスクラップしているようで、年度ごとの入賞者や、受賞したケーキの写真まであった。


「デザインが決まらないのはこれ?」


コーヒーを置きながら、応募用紙を弾くと、今度は頭を抱えて苦悶の表情を浮かべた。


「そうよ。おかしいでしょ。ウエディングで提案するケーキは迷うことなく幸せなケーキを作れるのに、ごく普通にケーキを買って食べる人のためには、どう作っていいのかわからなくなってるのよ」


そのままミオは顔を隠して、ごしごしと擦った。


「あーもう、わかんない」


広げられているノートやスケッチブックには、ちいさなきちんとした文字で感想が書いてある。


『すっごい夢みたいなケーキ!!』『憧れの飴ドーム』『こぼれそうなベリー!!ゼラチンがキラキラしてる!!』


どれも素直に感動した部分について書いてあって、ケーキを目の前にしたミオの嬉しそうな顔が浮かんでくる。


「誰かのためにいつもケーキを作っていたから、どんな理由でケーキを作ったらいいのかわからない?」


こくりとミオの頭が垂れる。


「ケーキを食べる理由なんて、たくさんあるわけ。誰かの誕生日だったり、お友達への手土産だとか、ちょっと頑張った自分へのご褒美だとか、失恋のヤケ食いだとか……考えたらきりがない。

あたしがここで作っているケーキは、華やかな幸せの象徴なの。

でも、普通の人はいつ、どんなケーキを食べたいのかわからなくなったの」


普段なら悩むよりも手を動かして試作するミオが、ここまで悩むことに驚く。

ストレスが溜まるとお菓子を作って、食べて発散させるのがミオのやり方だ。


「好みを知らない、どこかの誰かのために作るなんて難しすぎるんじゃないの」


身を乗り出して、ミオのまぶたに指で触れる。


「目を閉じてみて」



ミオはためらいながらも、そっと目を伏せる。お菓子のためにお化粧はごく薄くしているだけなのに、肌のきめの細やかさや、長い睫毛がミオの顔の造形の良さを語っていた。

黙っていたら、凄くかわいいのに。負けず嫌いの頑張りやなので勿体ない。



「誰の顔が浮かんだ?」

目を閉じたまま、首を傾げる。


「両親?兄弟?それとも親友?」


うーんと眉間にしわが寄る。ちょっと違うみたいだ。

「じゃあミオが、一番好きな人は?憧れている人でもいいよ」


ぱあっとミオの顔が明るくなって、目を閉じたまま幸せそうに笑った。

ミオが笑うと、探していた答えが見つかったようで嬉しくなる。

お菓子の知識なんてまったくない素人の悪あがきなのに、こんなことで笑ってくれるなら、こんなささいなことでいいなら、いくらでも付き合ってやりたい。


「ミオが食べて欲しい誰かのために作るのが一番だよ」


「……うん……」


ゆっくり目を開けたミオは、笑っていてやっぱりかわいかった。


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