その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大

文字の大きさ
25 / 139
Lithium

第二十五話 魔力の災難

しおりを挟む

「し、シン様ぁぁ……」
「わかってる、待ってろ。今の状態でこれ以上沈むと不味い」


 真は考えていた。 
 沼、強度がなく水分も多いために足が沈む。
 だが動かなければそれ以上沈むことは無い。

 不思議な現象だがそんな現象もあった気がする。ニュートンの流動理論だったか何かだと真は思う。
 チキソトロピー、そうだと真は思い出した。
 水に溶かした片栗粉の様な物は圧力を加えると固体化し、力を抜くとまた液状化する。これをダイラタンシーと呼び、今この状況はその反対。非ニュートン流動の一つだと真は拙い科学の知識を何とか絞り出した。

 泥沼、即ち個体が力によって一度液状化しまた今固体化している為にこの様な現象が起きている。
 つまりは完全な液状化にしてしまえば何とかなりそうだと真は考えた。


「しかしな……どうす――――そうか、ルナ!泳げるか?」
「えっ!へっ、は、はいぃ」


 ルナは魔導師とやらだ、信じがたい事だが実際に水そのものを操り試験官のハイライトと戦っていたのをこの目で見ている。
 もしルナが水を自在に操れるとしたらどうか……この辺り一体を泥水化出来るのではと真は考えたのだ。

「ルナ、魔導師なんだろ。この辺一体を水辺にしてみろ、行けるか?」
「えっ!へっ!?」


 ルナは困惑した表情を真へと向ける。
 だが真は真剣そのもの。
 手加減して余計な泥沼を生成してはかなわない、最悪の場合呼吸困難視界困難だ。
 ならばいっその事この辺りを池か湖にしてしまう方がいいとそう判断したのだ。


「シン様、ど、ど、どうすればぁっ!」
「いいかよく聞けよ、お前の作った水でその泥沼を水溜まりに変えるんだ。大量の水がいる、体が緩んだらそのまま泳げ!」

「へぇえっ!?」


 ルナの困惑仕切った言葉を他所に真は考えた事をとにかく伝える。
 いざと言う時の為に自分は地面のしっかりしている所まで後ずさりながら。


「し、シン様ぁ!何か離れていってませんかぁ!?置いていかないで下さいぃ」
「大丈夫、お前なら出来る。英雄の連れだろう!」

「……はっ!そうでした……私は、こんな所で立ち止まるわけには…………水の魔力マナよ、力を貸して」


 ルナはあっさりと真の言葉を真に受け、半身を泥沼に沈めたまま目を瞑って意識を集中させ始めた。


 するとルナの周りの泥濘から水が段々と浮き上がってくる。
 一瞬、泥水に含まれる水分を吸い上げてしまっているのかとも考えたがどうやらそうでもないらしい。 
 ルナの周りの泥は段々と緩くなって行き、水面に波を立てる程になっていた。
 万が一泥水の水分を引き上げてしまったとしたら余計に動けなくなる可能性を危惧しただけにその光景は不可思議よりも安堵を真にもたらせた。


「……あっ、動けっ、ぅぶっ!」

 辺りが緩い泥混じりの池に代わった事でルナも自分がその場から少し動ける事に気がついた様だった。
 足元も緩くなり多少溺れかけそうになっていたルナだったが、何とか泥池の中をカエルの様に泳ぎ真の無事な地面の所まで来て這い上がる。


「はぁ……はぁ……助かった。さすが、は……シン、様」

 ここまでの成り行きをただ傍観していただけの真に対して文句の一つ所か賛嘆する言葉を口にするルナは、泥だらけになったローブを身体に張り付けながら息も絶え絶えの様子でその場にしゃがみこんでいた。

「よくやったな、所でその水の……魔法、か?それで体も洗えないのか?」

 口にするのも憚れる不可思議な力、魔法。
 そんな言葉を口にする自分に自虐的な笑みを浮かべながら真はルナに体を洗えと提言した。


「……そうですね、それはやった事があるので……魔力マナよ」

 そう言うとルナは頭上に水の塊を生成し、それを自らに落とした。
 そこまでの量でも無いが、水の入ったバケツをひっくり返した様な状況にルナは元より近くにいた真までもがずぶ濡れとなったのは言うまでもない。











「あ、あの……シン様、怒ってます……?」
「いや?」


 あれから再び森を出る頃には夕刻を回っていた。王都に着く頃には夜中になっているかもしれない。

 ルナが真に対してそんな事を言うのは自分の魔力マナで出した水が真にぶっかかった事を悔やんでいるからであるが、真はそれに対して別に機嫌が悪い訳ではない。

 強いて言うならあの後のラベール花群生地は泥沼に沈み、花の回収が殆ど出来なかった事位な物だ。
 結局回収出来たラベール花は二人合わせて二十に満たない。一日分の宿代にもならないこの仕事を実際にこなしてみて改めて一攫千金を狙う人間の気持ちが分かった様な気がした。


「あの……次は、獸とか魔物とか相手にしますか?……その、シン様ならきっと余裕ですっ」


 ご機嫌取りか、否ルナならば本気でそう思っているのだろう。


「でもお前はその獣と仲間、なんだろう?仲間を殺してその皮を剥ぐのか?」


 標的を魔物とやらに絞るならば別に構わないのだろうが、ルナにとって獣とやらが一体どう言った立ち位置にいるのかその辺りを一度聞いておきたかった。
 真自身もそこまで意地で獣を狩って金を稼ぎたい訳でもない、あくまで日々の生活に困らなければいいのだ。
 何なら何処かの店舗に直談判して住み込みで働かせて貰う事すら考えている位だ、王都の城下町ならそれも叶う様な気がしていた。

「仲間……と言うか、たまたま気が合えばそうなる事もあるってだけですよ。気性が荒い子もいますからその時は獣達が嫌がる音の指笛を鳴らします、指笛も音の鳴らし方で色々ありますから……村では仲良くなってからその獣を生活の糧にする風習もありますが、私はどうにもそれが……その、苦手で」


 とてつもない文化だと真は感じた。
 地球でも養殖した生物を食うと言う概念もあったが、それでも意思疏通がそこまで出来ていないからこその処遇だろうと真は思う。
 ならば意思疏通が完全に出来る状態でその獣をその手で殺めると言うのは友人を殺して食うと言うような考えになるのではないか、鬼畜の思考だ。

「苦手で、いいんじゃないのかそれは。不思議な村だな、彼処は」
「……そう、ですかね。私の母もあまりそう言うのが好きでは無いようでしたから、私も似てしまったのかもしれないですね」



 柑子色の夕陽が王都の城下町を染め上げる。
 まるで舞台上の役者にスポットを当てるかの様だ。
 遥か向こうの山々の空は既に夜の蚊帳が下り始め、時刻の進みを感じさせた。


「……魔物なら、まぁいいか」
「え、あ、シン様、別に私の事は気にしないで下さい!もうバンバン獣を斬って斬って斬り散らかして下さいっ、私はシン様の行動は正義だと感じていますのでっ」

「……俺はそこまで狂ってない。早く帰るぞ、その格好じゃ風邪を引く。そもそもそれも魔力マナとやらで乾かないのか?」


 人を快楽殺人犯の様に言うルナの濡れた服を指さし真はそう言った。
 正直な所、服が水で濡れてルナの身体に張り付き透けているのだ。
 中には朝方見たようなキャミソールを着ている様だがそれもあまり役に立っているとは言えない、真はずっとそんなルナに対して目のやり場に困っていたのだった。


「……え、ひぁぁああっ!!み、見ないで下さいっ!シン様ぁっ!」
「今頃か……」


 その後喚き散らすルナを必死で説得し、風の魔力マナとやらでその衣服を乾かす手伝いをしてやった真だったが、羞恥からか風を上手く操れず突風を巻き起こすルナをいい加減ひっぱたいてしまったのはここだけの話である。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...