帝国の鬼と呼ばれる騎士 皇女の世話係となる

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第1章 帝国の鬼と天使の出会い

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帝国の鬼と天使の出会い

帝国の鬼、呼び出される

エルドラド帝国の中心にそびえる壮麗な宮殿。その最深部、皇帝陛下の執務室は、重厚な扉と緻密な彫刻が施された壁に囲まれ、威厳と歴史の重みを静かに湛えていた。部屋に差し込む陽光は、磨き上げられた大理石の床に反射し、柔らかな光の帯を作り出している。だが、その荘厳な雰囲気の中心で、若き騎士はどこか場違いな空気を漂わせていた。

アレン・クロウ、28歳。帝国第一騎士団の近衛騎士隊長にして、準男爵の地位を持つ男。平民出身ながら、その才能と戦果によって異例の出世を遂げた彼は、剣と魔法の達人として知られていた。しかし、その名声の裏にはもう一つの呼び名があった――「戦場の鬼」。敵兵を容赦なく屠る姿は、味方からも恐れられ、ザルド王国の兵士たちの間で彼の名は恐怖の代名詞となっていた。

「アレンよ。また戦場で敵兵を虐殺したと報告があがっておるぞ」

重々しい声が執務室に響いた。玉座に座る皇帝陛下、ヴィルヘルム三世の声だった。白髪交じりの髪と鋭い眼差しを持つ彼は、帝国を長年統べる威厳ある指導者だ。だが、その口調にはどこか親しみと諦めが混じっていた。

アレンは、黒い革のブーツを床に軽く鳴らし、片膝をついて頭を下げた。黒髪に鋭い青い瞳、戦場で鍛え上げられた筋肉質な体躯は、騎士の鎧に身を包むと一層際立っていた。だが、その口から出た言葉は、場にそぐわない軽快なものだった。

「旦那! そりゃあ誤解ですよ!」

瞬間、部屋にいたもう一人の人物――第一騎士団長、ガルド・ヴァインハルトの顔が真っ赤に染まった。50歳を過ぎた彼は、筋骨隆々とした体と厳格な雰囲気を漂わせる男だ。帝国軍の重鎮であり、アレンを幼少期から育て上げた人物でもある。

「お前! 皇帝陛下に向かって『旦那』だと! 不敬罪で打首だ!」

ガルドの怒声が執務室に響き渡る。アレンは慌てて手を振った。

「へっ……陛下、すいません!」

一応、頭を下げるアレン。だが、その態度はどこか気楽で、反省しているようには到底見えなかった。皇帝はそんなアレンを見つめ、父のような温かい眼差しを向けた。

「よい。こいつを拾って育てたのは私だ。それに今日は非公式の場だ、構わんよ」

皇帝の言葉に、ガルドは肩を落とし、深いため息をついた。執務室の隅に立つもう一人の人物――第二騎士団長、リディア・フォン・エルザスが、くすくすと笑いをこぼした。彼女は公爵令嬢という高貴な出自ながら、男勝りの気性と剣技で騎士団長の座に上り詰めた異例の存在だ。赤い髪を高く結い、鋭い美貌を持つ彼女は、どこか楽しげにアレンを見やった。

「ふふふ、アレンらしいね」

「陛下! こいつは本当に……!」ガルドが再び声を荒げるが、皇帝は軽く手を上げて制した。

「騎士団長、お前だってアレンを可愛がっているだろうに」

その言葉に、ガルドの顔が一瞬だけ緩んだ。確かに、彼にとってアレンは息子のような存在だった。8歳の孤児だったアレンを戦場で拾い、育て、帝国高等学園に入学させたのも彼だ。だが、その期待とは裏腹に、アレンは学園でも問題児だった。

「幼かったアレンを16歳で帝国高等学園に入れたのも、少しは大人しくなると思って……。主席で卒業したから少しはまともになるのかと……」

ガルドの言葉に、リディアがにやりと笑った。

「第一騎士団長殿ではアレンを手に余すようだね。なら、私がもらおうか?」

「リディア、お前もいつもそうやってアレンを甘やかすから……!」

ガルドの嘆きに、リディアは肩をすくめて笑った。彼女とアレンは、互いに気心の知れた戦友のような関係だった。リディアの公爵令嬢としての気品と、戦場での豪快な振る舞いが、アレンとは妙に噛み合っていたのだ。

「それに、魔法師団長からも色々文句を言われるんだよ! 少しわきまえろって!」

ガルドがさらに声を荒げると、アレンは首をかしげた。

「あぁ……そうか、あいつら……」

リディアが目を細め、興味深そうにアレンを見やった。

「あいつら? 心当たりがあるのか?」彼女の声には笑いが滲んでいる。

アレンは少し気まずそうに頬をかいた。

「魔法師団には学園の同期が結構いて……平民を馬鹿にしてたから、裸にして2階から吊るしたり……」

「アレン! あん時どれだけ俺が裏で苦労したか!」

ガルドが頭を抱える。皇帝は静かに微笑みながら、アレンに視線を戻した。

「アレン、理由があるのだろう?」

その問いに、アレンの青い瞳が一瞬鋭く光った。

「ザルド王国の兵が村から略奪して、子供を泣かせてたから……同じ目に遭わせてやっただけだよ」

その言葉に、リディアは声を上げて笑い、ガルドは胃を押さえてうめいた。

「ははは! さすがアレン! 義侠心は立派だよ!」

「リディア、笑い事じゃない!」

皇帝は静かに笑い、穏やかな口調で話を進めた。

「アレン、今日はお前に新たな任務を与えるために呼んだ」

アレンは一瞬、目を丸くした。新たな任務。戦場での任務なら、彼にとって日常茶飯事だ。だが、皇帝の口調にはどこかいつもと異なる響きがあった。

「我が娘、第一皇女の世話係になってもらう」

「は……?」

アレンの口から思わず間の抜けた声が漏れた。ガルドもリディアも一瞬言葉を失い、執務室に静寂が広がった。

「陛下、それは……?」ガルドが恐る恐る尋ねる。

「第一皇女、セレナのことだ。歳を重ねてからの子ゆえ、大切に育ててきた。だが、そろそろ信頼できる者に預けたい。アレン、お前なら適任だ」

アレンは目を瞬かせた。皇女の世話係。それは、戦場で敵を切り伏せる彼の生き方とはあまりにもかけ離れた任務だった。

「旦那……いや、陛下、俺、戦うのは得意ですけど、子守りは……」

「アレン」皇帝の声が柔らかく、しかし有無を言わさぬ響きを持っていた。「セレナは大切な娘だ。お前を信じている」

アレンはしばらく皇帝の目を見つめ、ため息をついた。

「……了解しました、陛下」

リディアがにやりと笑い、ガルドは再び胃を押さえた。

帝国の至宝

第一皇女セレナ・フォン・エルドラド。8歳。帝国の至宝、宮殿の天使と呼ばれる少女だった。彼女の存在は、帝国の民にとって希望の象徴だった。白磁のような肌、淡い金色の髪、透き通るような青い瞳。まるで絵画から抜け出したような美貌は、幼さの中に気品を宿していた。だが、彼女は極めて大人しく、恥ずかしがり屋で、必要以上の言葉を発することはなかった。

その日の午後、アレンは皇女の私室へと通された。宮殿の奥深く、柔らかな絨毯が敷かれ、花の香りが漂う部屋。窓から差し込む光が、セレナの金色の髪を輝かせていた。彼女は小さな椅子に座り、本を手にしていたが、アレンが入室すると静かに本を閉じ、視線を上げた。

「お嬢、今日から世話係になるアレンと申します」

アレンは片膝をつき、丁寧に頭を下げた。戦場では鬼と恐れられる彼だが、こうして穏やかな場では、どこか不器用な優しさが滲み出ていた。

セレナは小さく頷き、囁くような声で答えた。

「アレン……様」

その声は、まるで鈴の音のように澄んでいた。アレンは少し驚いたように彼女を見上げ、苦笑した。

「お嬢、アレンとお呼びください。様はいらねえよ」

セレナは一瞬目を丸くし、すぐに視線を落とした。頬がほんのりと赤らんでいる。恥ずかしがり屋の彼女にとって、初対面の相手との会話は緊張の連続だったのだろう。

「……アレン」

小さな声でそう呟くと、セレナは再び本に視線を落とした。アレンは立ち上がり、彼女の小さな姿を見つめた。戦場で剣を振るう自分と、この繊細な少女。どうやって向き合えばいいのか、彼にはまだわからなかった。

だが、その瞬間、セレナの青い瞳が再びアレンを見上げた。そこには、ほのかな好奇心と、わずかな信頼の光が宿っていた。

新たな始まり

執務室での騒動から数時間。宮殿の庭園では、アレンが一人、剣を手に軽く素振りをしていた。戦場ではない場所で過ごす時間は、彼にとってどこか落ち着かないものだった。だが、頭の中にはセレナの小さな姿が浮かんでいた。

「世話係、か……」

彼は剣を鞘に収め、空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。ザルド王国との戦いはまだ終わりを見せず、帝国の未来は不透明だった。だが、皇帝の信頼と、セレナの純粋な瞳が、アレンの心に新たな決意を刻んでいた。

「ま、やってみるか」

アレンは軽く笑い、宮殿へと戻った。戦場の鬼と宮殿の天使。まるで正反対の存在が、これからどんな物語を紡ぐのか。それは、まだ誰も知らない。
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