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第10章 サプライズと絆の贈り物
しおりを挟むサプライズと絆の贈り物
ソワソワの朝
ルミナスの光の城塞に、春の柔らかな陽光が差し込む朝。いつも通りの穏やかな時間が流れるはずの宮殿に、どこか不思議な雰囲気が漂っていた。第一皇女セレナ・フォン・エルドラドの様子が、朝から明らかにいつもと違っていた。彼女は普段の静かで落ち着いた雰囲気とは異なり、ソワソワと落ち着かない様子で朝食の席に着いていた。青い瞳をキョロキョロと動かし、小さな手を膝の上でモジモジさせている。アレン・クロウは、セレナの世話係としてその変化にすぐ気づいた。
「お嬢、なんかソワソワしてますね。どうしたんですか?」
アレンの声に、セレナは一瞬ビクッと肩を震わせ、慌てて顔を伏せた。
「な、なんでもないよ……」
その声は小さく、どこか誤魔化すような響きがあった。アレンは首を傾げたが、深く追及せず、いつもの笑顔で言った。
「まぁ、なんでもいいですけど、今日も学園、頑張ってくださいね、お嬢」
セレナは小さく頷き、朝食のパンを口に運んだが、いつもより食べる速度が速い。まるで早く席を立ちたいかのようだった。アレンは不思議に思いながらも、馬車でセレナを帝国学院初等科に送る準備を始めた。
馬車の中でも、セレナのソワソワは止まらなかった。彼女は窓の外をチラチラ見たり、カバンをぎゅっと抱きしめたりしていた。隣に座るトマス・ヴァルディも、なぜか落ち着かない様子で、手を擦り合わせたり、意味もなく咳払いをしたりしている。アレンはトマスを横目で見て、怪訝な顔をした。
「トマス、お前もソワソワしてんじゃねえか。なんか知ってんのか?」
トマスは目を泳がせ、慌てて答えた。
「な、ななな、なんですか、アニキ!? なんにも知りませんよ!」
そのあまりにも不自然な反応に、アレンは眉をひそめた。
「怪しいな……まぁ、いいや。お嬢、学園に着いたらしっかり勉強してくださいね」
セレナは小さく「うん」と答えたが、彼女の頬はほんのり赤く、どこかそわそわしたままだった。アレンはさらに不思議に思ったが、ひとまずセレナを学園に送り届け、護衛の任務を終えた。
不思議な一日
学園から帰ってきたセレナは、いつもならアレンと少し話してから部屋に戻るのだが、この日は馬車から降りると一目散に自室に駆け込んだ。アレンはその後ろ姿を見送り、トマスに近づいて尋ねた。
「トマス、お前、絶対なんか知ってるだろ? お嬢、なんか変だぞ」
トマスは目を泳がせ、汗を拭いながら答えた。
「な、なんにも知らないっすよ、アニキ! ほ、ほんとっす!」
「もういいよ。隠し事下手すぎんだろ、お前」
アレンはため息をつき、セレナの部屋に向かう準備をした。約束の時間に迎えに行くため、まずは自分の部屋に戻り、護衛服を整えた。だが、宮殿の廊下を歩いていると、次々と不自然な出来事が起こった。
最初に現れたのは、第二騎士団長リディア・フォン・エルザスだった。彼女はいつもの豪快な笑顔でアレンに声をかけた。
「よお、アレン! 久しぶりに剣の稽古でもどうだ? お前の剣、鈍ってないか?」
アレンは怪訝な顔で答えた。
「リディアさん、急にどうしたんですか? 悪いですけど、今お嬢のところに行くんで」
リディアは少し慌てたように笑い、肩を叩いた。
「そ、そうか! まぁ、忙しいよな! また今度な!」
アレンは首を振って歩き続けたが、今度は第一騎士団長ガルド・ヴァインハルトが廊下の角で声をかけてきた。
「アレン、天気がいいな! こんな日は訓練所で汗を流すのも悪くないぞ!」
アレンは立ち止まり、ガルドをじっと見つめた。
「団長、急にどうしたんですか? なんか変ですよ、今日。忙しいんで、また後で」
ガルドは少しバツが悪そうに咳払いし、「そうか、忙しいな!」と誤魔化した。アレンはますます怪しく思いながら歩を進めたが、今度は第一皇太子ヴィクターに呼び止められた。
「アレン、ちょっと待て。この前の遠征でのモンスター戦のシミュレーションなんだが、意見を聞かせてくれないか?」
アレンは少しイラつきながら答えた。
「殿下、軍師殿に見てもらった方がいいですよ。俺、現場の騎士なんで」
ヴィクターは笑い、食い下がった。
「いやいや、現場の声こそ重要だ。ほら、これを見てくれ」
ヴィクターが差し出した書類に、アレンは仕方なく目を通した。モンスターの動きや戦術について、短く的確な意見を述べたが、心はすでにセレナのところに飛んでいた。
「殿下、急ぎますんで!」
アレンはそう言い残し、急いでセレナの部屋に向かった。だが、部屋の扉を開けると、そこには誰もいなかった。
「お嬢?」
アレンは部屋を見回し、ベッドや机、窓際を確認したが、セレナの姿はない。カバンだけが机に置かれ、刺繍の道具がちらりと見えた。アレンの胸に一瞬不安がよぎったが、すぐに冷静さを取り戻し、他の部屋を探すことにした。
食堂のサプライズ
アレンはまず食堂に向かった。セレナが何か食べ物を求めて行った可能性を考えたのだ。食堂に近づくと、トマスが扉の前に立っているのが見えた。トマスは明らかに緊張した様子で、アレンを見ると手を広げて立ちはだかった。
「アニキ! ここは通しませんよ!」
アレンの目が鋭くなった。彼は一歩踏み出し、低い声で言った。
「お嬢をどこにやった? トマス、さすがにお前でも切るぞ」
トマスは顔を真っ青にし、慌てて手を振った。
「うわっ、アニキ、怖いっす! もう無理です、降参!」
アレンはトマスを押しのけ、食堂の扉を勢いよく開けた。すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。食堂のテーブルには色とりどりの菓子や料理が並び、壁には花やリボンで飾られた飾り付けが施されている。部屋には、セレナを中心に、第一騎士団長ガルド、第二騎士団長リディア、魔法師団長エリオット、第五騎士団長バルテュス、料理長パンチョ、庭師長モス、馬小屋のトトじいさん、そして衛兵のラグとペグ、さらには侍女頭マリアやクララまでが集まっていた。
セレナが小さな手を広げ、恥ずかしそうに、しかし力強く叫んだ。
「アレン、お誕生日おめでとう!」
アレンは一瞬呆然とし、目を丸くした。セレナの笑顔、皆の温かい視線、そして食堂に響く拍手。すべてが、アレンの29歳の誕生日を祝うためのサプライズだった。朝からのソワソワ、トマスやメイドたちの不自然な態度、騎士団長や皇太子の時間稼ぎ――すべては、セレナが企画したこのサプライズのためのものだった。
セレナの贈り物
アレンはまだ状況を飲み込みきれず、食堂の中心に立つセレナを見つめた。セレナは少し緊張した様子で、アレンに近づき、小さな包みを差し出した。それは、青と金の糸で丁寧に刺繍されたハンカチだった。中央には、帝国の象徴である鷲の紋章が、セレナの小さな手で縫い上げられていた。
「アレン、これ……私が作ったの。プレゼント」
セレナの声は小さく、頬は真っ赤だった。アレンはハンカチを受け取り、その精巧な刺繍に目を奪われた。彼はセレナの努力を思い、胸が熱くなった。
「お嬢、ありがとうございます。こんな素晴らしいハンカチ、初めてです」
セレナは照れくさそうに微笑み、続けて言った。
「それと……パンチョと一緒に、プディングも作ったの」
テーブルの中央には、セリンディア連邦で流行中のプディングが並んでいた。滑らかな表面に、セレナがデコレーションした小さな花の砂糖菓子が飾られている。パンチョがにやりと笑い、肩を叩いた。
「お嬢と一緒に作ったんだ。なかなかいい出来だろ、アレン?」
アレンはプディングを見て、笑顔で頷いた。
「最高ですよ、パンチョ。お嬢、ありがとう」
ガルドが少し不満げに呟いた。
「なぜ私たちがこんな時間稼ぎを……」
セレナが振り返り、小さな声で尋ねた。
「お祝いしたくなかったの?」
ガルドは慌てて手を振った。
「違います! 違います、セレナ様! アレンの誕生日、喜んでお祝いしますよ!」
リディアが笑いながらガルドをからかった。
「ガルド殿、素直になりなよ。アレンのためなら、時間稼ぎくらいやるでしょ?」
エリオットが静かに微笑み、バルテュスが豪快に笑った。トトじいさんは目を潤ませ、モスは花束を手にアレンに差し出した。ラグとペグは「アレン殿、誕生日おめでとう!」と大声で叫び、マリアとクララは紅茶を振る舞いながら微笑んだ。
絆の誕生日
パーティーは和やかに進み、食堂は笑い声と温かな雰囲気に包まれた。セレナはアレンの隣に座り、プディングを一緒に食べながら、楽しそうに話した。
「アレン、びっくりした?」
「めっちゃびっくりしましたよ、お嬢。こんなサプライズ、初めてです」
セレナはくすっと笑い、目を輝かせた。
「アレンがいつも私のこと、助けてくれるから……お礼したかったの」
その言葉に、アレンの胸が温かくなった。彼はセレナの頭をそっと撫で、言った。
「お嬢、俺の方がいつも助けられてますよ。このハンカチ、大事にします」
パーティーの最後、ヴィクターが静かに現れ、アレンに微笑みかけた。
「アレン、良い誕生日になったな。セレナの成長は、お前の功績だ」
アレンは一礼し、笑った。
「ありがとうございます、殿下。お嬢のおかげで、俺も毎日楽しいですよ」
夜が更け、セレナは少し眠そうな目でアレンを見上げた。
「アレン、来年もお祝いするね」
「楽しみにしてます、お嬢」
戦場の鬼と宮殿の天使。二人の絆は、笑顔とハンカチ、プディングの甘さに包まれ、さらに深まっていた。ルミナスの夜空の下、帝国の未来は温かな光に照らされていた。
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