5 / 5
5. 賓客を囲んで
しおりを挟む
「ほう、これがあの王家の異端児か」
「大きくなったのお、あんときゃ枝みたいな腕だったのによお」
「覚えとるか? わしじゃ、わしじゃ」
「お前なんぞ覚えとるわけなかろ。こんな皺くちゃの爺をよ」
「なんだとぉっ!?」
「う、う、う、うるさーいっ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ年寄り連中に囲まれ、ウィルはとうとう耐えきれず大声を上げた。
「人んちにいきなり来たと思ったら朝飯の邪魔しやがって! 何かあったら伝えるって言っただろ!? 何で皆でおしかけてんだよ!」
テーブルをだん、と叩くと、齧りかけのパンが皿の上で跳ねた。
向かいに座るセドリックはぱちくりと目を瞬かせたが、次の瞬間には薄いスープを啜っていた。左右を爺共に囲まれても臆せず食事を続けられる図太さは尊敬に値する。
「何でってそりゃあ、暇だからよ」
いつの間にか空いている椅子へ腰掛けていたトム爺が言うと、皆がうんうんと同意した。
「それになぁ、ひっさしぶりのお天道さまは有り難いっちゃあ有り難いんだが、どうにも暑くての」
「あんな屋根もないとこじゃあ居られたもんじゃねぇ」
「やることもねえんで、客人の顔を拝みに来たのよ」
口々に話すジョン、マルティン、ダニエルも言いながら手近な椅子に腰掛ける。食堂には六人分しか用意が無いため、しまいには物置部屋から使っていない椅子が運ばれてきた。
この町の住人がウィルと十人足らずの爺だけになって長い。
互いの家の間取りなど把握しきっているため、椅子の場所などウィルが言わずとも分かるのだ。今も勝手知ったるとばかりに棚から茶葉を取り出し、湯を沸かしている者さえいる。
「まったく、彼は病み上がりなんだぞ。なあ?」
セドリックに話を振ると、すっかり皿を空にした彼は「いや」と首を振った。
「いきなり来たのは私の方だ。おかげで体調もすこぶる良い。迷惑をかけて申し訳なかった。すぐにも発つつもりだ」
座ったまま深々と頭を下げる姿に、一拍置いてその場の全員が慌てて腰を浮かせた。
「待て待て若いの、そう焦るな。死に急ぐこたぁねえよ」
「そうだそうだ、ゆっくりしてけよ。鎧も傷んでんだろ」
「なら俺が直してやるよ。こう見えても昔は騎士団御用達の鍛冶屋に勤めてたんだぜ」
やいのやいのと話す年寄り連中に混じり、ウィルも「そうだよ」と口を開いた。
「お前、一人で魔王を倒しに行くってんだろう? いくらなんでも無茶じゃないか。せめて、仲間でもいりゃあ……」
「俺と居たら皆が死ぬ」
ウィルの言葉を遮りセドリックが放った台詞に、皆が一様に眉を顰めた。
彼がこれまで歩んできた道を、誰もが伝え聞いていたからだ。
「死んだ奴らにも家族がいた。これ以上、不幸な人間を増やしたくない」
その場の全員を見渡しながらセドリックが言う。真摯な瞳に、安易な慰めが憚られた。
自分以外の全員が命を落とすという壮絶な経験をしている彼だ。何を言っても響くことはないだろう。
無力さに唇を噛むが、そんなウィルの前でセドリックがふっと瞳を和らげた。
「それに、今ならあの魔王にも勝てる気がする。あなたのおかげだ。ウィル」
ずっと硬い表情を崩さなかったセドリックが、この時初めて微笑んでみせた。
僅かに上がった口角。それだけでずいぶん印象が変わる。
何故か居心地が悪くなり、ウィルは曖昧な笑みを浮かべ、セドリックから視線を逸らした。
そんなウィルとは反対に、年寄り連中は感じ入ったように頷いていた。こころなしか、鼻息も荒い。
「じゃあせめて、手助けくらいはさせてくれ。さっきも言ったが、俺は鍛冶の腕には覚えがある。あんたの鎧と武器を見せてくれんか」
「ワシは靴を見てやろう。槍すら刺さらない丈夫な靴にしてやるよ」
「その鬱陶しい前髪を切れば視界が良くなるんじゃないか。床屋の道具は毎日磨いてるんだぜ」
前のめりに言う彼らの頬は紅潮し、いつになく活き活きとしている。自分たちの孫といっても差し支えのない世代の青年、その覚悟に触れ、高揚しているのは間違いなかった。
「感謝する」
そう言ってセドリックが再び頭を下げる。年寄り達の何人かは立ち上がり、彼の肩を抱いていた。
ウィルが保管していたセドリックの胸当てと兜、履き物を元職人の面々が検分している間に、セドリックは庭先でマルティンに髪を切られていた。
元々住人の散髪を一手に引き受けているマルティンである。その手際はさすがだ。
大人しく椅子に座り、ケープを首に巻いて鋏を当てられているセドリックを横目に見ながら、ウィルは盥に水を張り、泥に汚れた衣類を洗っていた。
本当ならシーツと下着も洗ってしまいたかったが、皆の前で洗うのは何となく気が引けた。
目ざとい爺たちにはセドリックの着物が窮屈なことも指摘され、午後には町を出た家族が残していった服を持ち寄ることにもなった。
「すまない、長居をするつもりは無いのだが」
髪を切られながら恐縮するセドリックに、マルティンが軽快に笑う。
「わかっとるよ。わしら久しぶりに張り切っとるんだ。好きにさせてくれると有り難いんだがの」
「そうだぜセドリック。年寄りにゃ良い刺激だ。それに何より、俺たちも少しは役に立ちてえのよ」
ウィルが加えて言うと、セドリックは神妙な面持ちで頷いた。頭を動かすな、とマルティンに叱られながら。
洗濯物をロープへ干してしまうと、ウィルは昼ごろまで居座るつもりらしい皆のために家の中へ入って昼食の準備を始めた。
正直、食材に余裕は無いが、町長としてそんなことを言っていられない。
そうして十分ほどした頃、「おーい」という声と共に玄関からマルティンが入ってきた。
土間に座り込んで武具を検分していた爺さん達が、おっ、と沸き立つのに振り向くと、ウィルはあわや包丁を落としかけた。
「どうだ、男前になっただろう」
ふん、と胸を張るマーティンに背を押されるようにして、背の高い偉丈夫が入ってくる。
豊かな黒い髪を短く切り揃え、前髪を横に流しているから、なだらかな額がよく見える。切れ長の瞳がよく見え、目が合うと思わずどきりとさせられた。
すっきりと刈られた襟足は、そこだけ肌の色が他と僅かに違っている。日焼けの跡だ。たったそれだけのことに、ウィルは唾を飲み込んだ。
どこから持ってきたのか整髪剤もつけているようで、服さえボロでなければどこかの王子と言われても不思議でなかった。
いや、実際に彼は王子だ。けれど、一度だって公の場に王子として装束をまとい、披露されたことはないだろう。
いいじゃないか、と皆が言うのにはっと我に返る。
ウィルは慌てて包丁を握り直し、皆に合わせて「似合うよ」と声をかけた。セドリックは何か言いたそうにウィルを見たが、そんな彼の袖をダニエルがぐいと引く。
「ワシの若い頃みてえだな! ほれ、こっち来い。採寸させてくれ」
「わかった。世話になる」
三人ほどに寄ってたかって頭、胸、脚、と至る所を測られながら、武具の修理について話し合うセドリックは、この短い時間ですっかり町の住人に馴染んでいた。
皆、この若い青年を案じ、助けになりたいと思っているのだ。過去、瀕死の状態で運ばれてきた少年を忘れた者はいない。国王の仕打ちに憤っているのはウィルと同じだ。
それに、セドリックには不思議な魅力があった。決して見目が華麗なわけではない。むしろ、堅実で無骨な印象だ。
なのに、どこか人を惹きつけるのは、彼の持って生まれた性質なのかもしれない。
いっそ、魔王の討伐などやめてずっとここで暮らせば良いと言いたいほどだ。
けれど、己のようないち町長にそれが言えるはずもない。
ウィルは皆に知られぬようにそっとため息をつくと、サンドウィッチの乗った大皿を掲げて振り向いた。
「おーい、飯出来たぞー」
おう、という気のない返事が返ってくる。ウィルは苦笑しながら、食卓へ皿を運んだ。
「大きくなったのお、あんときゃ枝みたいな腕だったのによお」
「覚えとるか? わしじゃ、わしじゃ」
「お前なんぞ覚えとるわけなかろ。こんな皺くちゃの爺をよ」
「なんだとぉっ!?」
「う、う、う、うるさーいっ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ年寄り連中に囲まれ、ウィルはとうとう耐えきれず大声を上げた。
「人んちにいきなり来たと思ったら朝飯の邪魔しやがって! 何かあったら伝えるって言っただろ!? 何で皆でおしかけてんだよ!」
テーブルをだん、と叩くと、齧りかけのパンが皿の上で跳ねた。
向かいに座るセドリックはぱちくりと目を瞬かせたが、次の瞬間には薄いスープを啜っていた。左右を爺共に囲まれても臆せず食事を続けられる図太さは尊敬に値する。
「何でってそりゃあ、暇だからよ」
いつの間にか空いている椅子へ腰掛けていたトム爺が言うと、皆がうんうんと同意した。
「それになぁ、ひっさしぶりのお天道さまは有り難いっちゃあ有り難いんだが、どうにも暑くての」
「あんな屋根もないとこじゃあ居られたもんじゃねぇ」
「やることもねえんで、客人の顔を拝みに来たのよ」
口々に話すジョン、マルティン、ダニエルも言いながら手近な椅子に腰掛ける。食堂には六人分しか用意が無いため、しまいには物置部屋から使っていない椅子が運ばれてきた。
この町の住人がウィルと十人足らずの爺だけになって長い。
互いの家の間取りなど把握しきっているため、椅子の場所などウィルが言わずとも分かるのだ。今も勝手知ったるとばかりに棚から茶葉を取り出し、湯を沸かしている者さえいる。
「まったく、彼は病み上がりなんだぞ。なあ?」
セドリックに話を振ると、すっかり皿を空にした彼は「いや」と首を振った。
「いきなり来たのは私の方だ。おかげで体調もすこぶる良い。迷惑をかけて申し訳なかった。すぐにも発つつもりだ」
座ったまま深々と頭を下げる姿に、一拍置いてその場の全員が慌てて腰を浮かせた。
「待て待て若いの、そう焦るな。死に急ぐこたぁねえよ」
「そうだそうだ、ゆっくりしてけよ。鎧も傷んでんだろ」
「なら俺が直してやるよ。こう見えても昔は騎士団御用達の鍛冶屋に勤めてたんだぜ」
やいのやいのと話す年寄り連中に混じり、ウィルも「そうだよ」と口を開いた。
「お前、一人で魔王を倒しに行くってんだろう? いくらなんでも無茶じゃないか。せめて、仲間でもいりゃあ……」
「俺と居たら皆が死ぬ」
ウィルの言葉を遮りセドリックが放った台詞に、皆が一様に眉を顰めた。
彼がこれまで歩んできた道を、誰もが伝え聞いていたからだ。
「死んだ奴らにも家族がいた。これ以上、不幸な人間を増やしたくない」
その場の全員を見渡しながらセドリックが言う。真摯な瞳に、安易な慰めが憚られた。
自分以外の全員が命を落とすという壮絶な経験をしている彼だ。何を言っても響くことはないだろう。
無力さに唇を噛むが、そんなウィルの前でセドリックがふっと瞳を和らげた。
「それに、今ならあの魔王にも勝てる気がする。あなたのおかげだ。ウィル」
ずっと硬い表情を崩さなかったセドリックが、この時初めて微笑んでみせた。
僅かに上がった口角。それだけでずいぶん印象が変わる。
何故か居心地が悪くなり、ウィルは曖昧な笑みを浮かべ、セドリックから視線を逸らした。
そんなウィルとは反対に、年寄り連中は感じ入ったように頷いていた。こころなしか、鼻息も荒い。
「じゃあせめて、手助けくらいはさせてくれ。さっきも言ったが、俺は鍛冶の腕には覚えがある。あんたの鎧と武器を見せてくれんか」
「ワシは靴を見てやろう。槍すら刺さらない丈夫な靴にしてやるよ」
「その鬱陶しい前髪を切れば視界が良くなるんじゃないか。床屋の道具は毎日磨いてるんだぜ」
前のめりに言う彼らの頬は紅潮し、いつになく活き活きとしている。自分たちの孫といっても差し支えのない世代の青年、その覚悟に触れ、高揚しているのは間違いなかった。
「感謝する」
そう言ってセドリックが再び頭を下げる。年寄り達の何人かは立ち上がり、彼の肩を抱いていた。
ウィルが保管していたセドリックの胸当てと兜、履き物を元職人の面々が検分している間に、セドリックは庭先でマルティンに髪を切られていた。
元々住人の散髪を一手に引き受けているマルティンである。その手際はさすがだ。
大人しく椅子に座り、ケープを首に巻いて鋏を当てられているセドリックを横目に見ながら、ウィルは盥に水を張り、泥に汚れた衣類を洗っていた。
本当ならシーツと下着も洗ってしまいたかったが、皆の前で洗うのは何となく気が引けた。
目ざとい爺たちにはセドリックの着物が窮屈なことも指摘され、午後には町を出た家族が残していった服を持ち寄ることにもなった。
「すまない、長居をするつもりは無いのだが」
髪を切られながら恐縮するセドリックに、マルティンが軽快に笑う。
「わかっとるよ。わしら久しぶりに張り切っとるんだ。好きにさせてくれると有り難いんだがの」
「そうだぜセドリック。年寄りにゃ良い刺激だ。それに何より、俺たちも少しは役に立ちてえのよ」
ウィルが加えて言うと、セドリックは神妙な面持ちで頷いた。頭を動かすな、とマルティンに叱られながら。
洗濯物をロープへ干してしまうと、ウィルは昼ごろまで居座るつもりらしい皆のために家の中へ入って昼食の準備を始めた。
正直、食材に余裕は無いが、町長としてそんなことを言っていられない。
そうして十分ほどした頃、「おーい」という声と共に玄関からマルティンが入ってきた。
土間に座り込んで武具を検分していた爺さん達が、おっ、と沸き立つのに振り向くと、ウィルはあわや包丁を落としかけた。
「どうだ、男前になっただろう」
ふん、と胸を張るマーティンに背を押されるようにして、背の高い偉丈夫が入ってくる。
豊かな黒い髪を短く切り揃え、前髪を横に流しているから、なだらかな額がよく見える。切れ長の瞳がよく見え、目が合うと思わずどきりとさせられた。
すっきりと刈られた襟足は、そこだけ肌の色が他と僅かに違っている。日焼けの跡だ。たったそれだけのことに、ウィルは唾を飲み込んだ。
どこから持ってきたのか整髪剤もつけているようで、服さえボロでなければどこかの王子と言われても不思議でなかった。
いや、実際に彼は王子だ。けれど、一度だって公の場に王子として装束をまとい、披露されたことはないだろう。
いいじゃないか、と皆が言うのにはっと我に返る。
ウィルは慌てて包丁を握り直し、皆に合わせて「似合うよ」と声をかけた。セドリックは何か言いたそうにウィルを見たが、そんな彼の袖をダニエルがぐいと引く。
「ワシの若い頃みてえだな! ほれ、こっち来い。採寸させてくれ」
「わかった。世話になる」
三人ほどに寄ってたかって頭、胸、脚、と至る所を測られながら、武具の修理について話し合うセドリックは、この短い時間ですっかり町の住人に馴染んでいた。
皆、この若い青年を案じ、助けになりたいと思っているのだ。過去、瀕死の状態で運ばれてきた少年を忘れた者はいない。国王の仕打ちに憤っているのはウィルと同じだ。
それに、セドリックには不思議な魅力があった。決して見目が華麗なわけではない。むしろ、堅実で無骨な印象だ。
なのに、どこか人を惹きつけるのは、彼の持って生まれた性質なのかもしれない。
いっそ、魔王の討伐などやめてずっとここで暮らせば良いと言いたいほどだ。
けれど、己のようないち町長にそれが言えるはずもない。
ウィルは皆に知られぬようにそっとため息をつくと、サンドウィッチの乗った大皿を掲げて振り向いた。
「おーい、飯出来たぞー」
おう、という気のない返事が返ってくる。ウィルは苦笑しながら、食卓へ皿を運んだ。
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる