追放から始まる宇宙放浪生活

海生まれのネコ

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二章 バンハムーバ復興作戦

十二 再会

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1・

このまま真っ直ぐ問題の時空獣の巣までワープを多用して向かえば、それこそ三日後ぐらいには現場に到着していたかもしれない。

しかし準備があるということで、カート商会の船ギャリートロット号は旅路の途中にあるラスベイという星の一つに立ち寄り、二日間をそこで過ごす事になった。

しごく平凡なバンハムーバ勢力圏内の人間族の星だからこそ、一触即発のバンハムーバやユールレムの国際問題から適度に離れているのか、穏やかな雰囲気がある。

せっかくなので遊びに出掛けようとした俺を、レヴァンだけでなく他の全員も止めた。

物凄く基本的な問題として、俺にはこの時代の身分証明書がない。つまりは犯罪行為を行わないと、船から降りられない。

落ち込む俺を置いておいて、皆はそれぞれの事情で船を降りていった。

大事の前に問題を起こす訳にいかないので大人しく留守番をするけれど、面白くないからコッソリとコックピットの船長席に座りにいった。

電源もついておらず誰もいないコックピットでふんぞり返って座っていると、さっき出掛けた筈のツキシロが戻ってきた。

「なんだ。告げ口しないでくれよ?」

「一人での留守番は退屈じゃろう? 今のうちに会っておくといい」

ツキシロは両手を前に出し、その上に小さな影を召喚した。それは見紛う事なく、俺の天使の黒猫ピッピちゃんだった。

動揺の余り声すら上げず飛び付いて行ったものの、ピッピの緑色の目と俺の目が合い、何か違う意思の働きがあるような気がして、寸前で立ち止まった。

子猫らしくない、冷静かつ知的な目。感じる雰囲気が、少し悪びれているようながら、よく見知ったものに思える。

まさかと思いつつ、俺はその名を口にした。

「クロなのか」

俺がそう言うと、ツキシロはクロを床に置いて、コックピットから立ち去った。

もじもじする黒猫は、瞬時に黒いワンピースを着た黒髪黒目の少女に変身した。

「クロ? これは一体、どういう事だ?」

「エリック様。これはピッピの体を通じて、私の意識を投影している術です。今の私は、貴方様が立ち去った後の未来にいながらも、過去の時代と通信をしている状態です」

クロは、俺に向けてそっと手を差し出してきた。

俺はその細くて白い指に触れようとしたものの、物理的な感触は一切せずただ突き通ってしまった。

ここにいないと分かると、胸が潰れそうなぐらい苦しくなった。でも心配させたくないから、絶対に顔にも態度にも出さなかった。

「これは、ピッピには負担じゃないのか」

「はい。その……カシミア様の時空転移術は二人の人間を過去に飛ばせる威力はありませんでしたので、同行させる事が可能なのは、このピッピだけでした。本当ならば子猫にかけるような術ではないものの、エリック様を助ける為にと……」

クロが悪びれている原因は、それなのか。

「分かった。なら早く済ませよう。いま俺は、生きて未来に戻る作戦を展開中だ。上手いこといけば、俺は死なずにそちらに帰れる。けれど、まだそれは確定じゃない。あまり、期待を持ちすぎないでいてもらいたい」

本当ならこんな仕事モードじゃなく、クロに縋り付いて泣きたい。長々とおしゃべりして、笑ったりマッタリしたり、叱られて殴られたりしたい。

「俺がこの時代ですべきことの九割以上は、何とかメドが立った。だから、もう……こうして心配して様子を見に来なくていい。次はピッピを連れて帰った時に、直に会おう。それでいいだろう?」

「……はい。了解しました」

「そっちは……何も変化はないだろうか? 俺、それなりに歴史と違う行動を取ってしまっていて、未来が変化してるんじゃないかとヒヤヒヤしてるんだ。クロが知る限りでいいが、何かおかしな現象はないか?」

「それは、今のところは確認されておりません。どうぞご安心下さい」

「良かった。それじゃあ、もう……」

さようなら、と言うべきだろう。クロの足元に丸まる子猫が、辛くない筈がない。

だけど、下手したらもう会えない。だからあと少しだけ。

暗い表情だが気を強く持っている、何者にも負けない気質が垣間見えるクロの凛とした顔。

俺は変わりない彼女を見つめつつ、言った。

「クロ。あのな、俺がクロを好きになったのは、クロが俺のことを真正面から受け止めてくれたからだ。俺は一応は癒やされたものの、この心にはまだ古傷がある。俺は前世でも今も、必要とされない子供時代を送った。だから、俺は誰かに存在を知ってもらいたくて、追いすがるのに必死なんだ。誰かに救ってもらいたくて、誰かを追いかけ続けている」

今も、クロを想う心の一部は病によるもののような気がする。でも、それは全部じゃない。最後に残った、消え去る前の陰だと思う。

「そんな俺は龍神になり、誰からも恐れられる存在になった。誰からも認められてもチヤホヤされて、大勢の中心にいれるようになった。でもそれは、ほとんどの存在は俺じゃなく龍神という存在だけを見ている。本当の俺という人物を、分かってくれようとしている者は少ない」

「エリック様、しかし――」

「ああ。みんな、徐々に俺そのものを受け入れてくれつつあるっていうのは分かっている。でもさ、クロはみんなよりもっと俺のことを理解してくれている。同じように龍神だったからその孤独を分かってくれるし、それに、こんな馬鹿な俺でも後輩だから、色々とあったものの大事にして立ち直らせようとしてくれている。だから俺は、クロに感謝して、尊敬している」

辛抱したけど、やっぱり涙がこぼれ落ちた。

「俺がそっちに帰った後でいいから、こんな俺でも受け入れてくれるっていうなら、そう返事をくれ。俺はクロと一緒に生きていきたいんだ。俺の恋人になってくれ」

また手を差し出し、クロの頬に触れようとしたが、やはり何の抵抗もなく突き通ってしまった。

クロは涙目になり、小さく頷いてくれた。

「さようなら」

俺が小声で言うと、クロは俯いてから姿を消した。

クロの足元にいたピッピが目を覚まし、ゆっくりと起き出して思い切り良く伸びをした。

「ピッピ。今までごめんな。ありがとう」

俺のせいで過去にまで飛ばされてしまった愛猫を抱き上げ、優しく撫でた。

2・

ピッピをホルンから貰ったのは、五ヶ月ほど前にあった俺の二十歳の誕生日だ。

その直前に行った宇宙海賊の掃討作戦で、アジトに取り残されていたという。

誰もいなくなった場所に置いておく訳にいかないからと連れ戻り、そして俺の力になるだろうと言って譲ってくれた。

俺は別にネコが好きな訳でなく、宇宙を旅する実習船で同じ部屋で暮らし始めた当時は、どうして傍にいるのかと不思議に思えた程。

だけど日々触れ合い、本当に小さな命なのに一生懸命に生きようとしている姿を見ていると、とても愛おしくて仕方なくなった。

馬鹿力のある俺が少し間違えれば終わってしまうような儚い命なのに、一丁前に俺に噛み付いてじゃれつき、嫌なことは嫌だって主張するし、ニャンニャン鳴いては甘えてくる。

そうして一緒に暮らし始めて一ヶ月後には、俺は密かにピッピを娘にすると決めた。俺の父性が誕生した瞬間だった。

龍神として守るべきものはあるけれど、それは大きすぎてよく見えないし自覚できない。けれどか弱いピッピは俺の手の中で、助けを求めて守ってもらおうとしてくる。

そんな風にはっきり見える形で守るべきものがあるのは、確かに俺の力になった。命を守るということがどういう事か、しっかり教えてもらえたから。

だから俺がたとえ帰れなくても、ピッピだけは未来に戻す。

そんな事を考えながら船長席で居眠りしていると、頬に冷たい何かが当たったので目覚めた。

懐かしのバニラシェイク。龍神になってからというもの疎遠になった、ファストフード店の品だ。

レヴァンが俺のために買ってきてくれたのでありがたく受け取り、飲みながらコックピットから出た。

通路に、これ以上ないぐらい美味しそうな匂いが漂っている。これはシェイクだけではないと気付いた俺は食堂までダッシュし、素早く駆け込んだ。

ピッピが先にいて、サッシャにプレーン味のチキンをほぐしてもらって食べようとしている。

その愛らしい姿を見つめながら、定番メニューのハンバーガーとポテトをもらって着席して食べ始めた。

同じテーブルの斜め前にいるイージスが、俺に話しかけてきた。先にタメ口でお願いすると頼んでおいたから、彼はありがたいことにタメ口だ。

「エリック様は、ネコ以外は見てないよな?」

「それ以外に何を見ると?」

意味が分からないので、本気でそう返した。

イージスだけでなく、俺の隣の席のクラッドも少し笑った気配がした。

「それにしても、未来の龍神様はファストフードも普通に食べるんだな。あんまり縁が無いようなイメージがあるんだけど」

イージスがそんな事を言うので、俺は彼に視線をやった。

「縁が無いからいま食べるんだよ! 未来に戻れたら、美味しいのは美味しいんだけど、格式張った料理ばっかりになっちゃうんだよな。だからチャンスは逃さない」

喋りながらポテトを食い尽くしたからどうしようかと周囲を見回すと、通りかかった見知らぬカート商会の人がアップルパイをくれたので、受け取っておいた。

「アップルパイは幾度かデザートに出たけど、ファストフードのとは違う本格的な奴だったもんなあ。俺、こっちのシンプルな方が好きだ」

「本当に庶民派なんだな。今の時代の龍神たちとちょっと違うけど……もしかしたら、未来は全員エリック様みたいだったりするのか?」

「いや全然……って、そういえば似たのが一人いた。あと二人はバンハムーバ王家出身の龍神とその妻だから、ファストフードは食べたことがなさそうだ。俺自身は二年前に龍神に覚醒するまでは一般市民でさ、こういうのも親しんでるし大好きだ」

普通に世間話で言ったのに、何故か二人の動きが止まった。

「二年前に? 龍神に?」

イージスが食いついてきた。

「ああ。二年前に捕獲されて、うっかりした事にこないだ自分で作ってしまった龍神育成計画に則って、今までずっと学生をしていたんだ。めっちゃ勉強がハードで、平々凡々な学力しかない俺は毎日死んだような気分だった。そこに登場したのがクロという女神と、ピッピという天使だ」

「なるほど」

クラッドが、とても納得したという雰囲気をかもし出して言った。

そしてイージスも言った。

「あー、それでそんな感じ……」

「何?」

そこは放っておいてもらいたい。

「そういえば、エリック様は何歳なんだよ。俺と同じぐらいか?」

童顔のイージスが言うので難しい。

「イージスが何歳か知らないんだが……二十八歳ぐらいか?」

「ちょっと惜しい。三十三だ」

「へえ。俺は二十歳だぞ。俺ってそんなに年上に見えるか?」

「……」

二人は食事をやめた。

「二十歳?」

イージスが改まって聞く。俺は頷いた。

「……俺ってオッサンくさ――」

「いやそんな事ないから! じゃなくて、二十歳でよくここまで出来たなあと驚いただけだ」

「それな。……過去に、色々とあり過ぎたんだ」

思い出したくない過去をチラリと考え、少し落ち込んだ。

その俺に、クラッドが聞いてきた。

「一つ聞きたいことがあるんです。質問しても構いませんか?」

「もう隠しごとはしなくて良い立場だから、何でもいいよ」

「我々……ロゼレムが貴方に黙って植民地対策を構えた事を、どうして責められないのですか。普通ならば裏切り者扱いされて罰せられても、おかしくない状況なのですが」

いきなりシリアス路線にきた。

俺も食べるのをやめて、少し考えた。

「先にローザ船長に色々と教えてもらって、そっちが大変な状況なのは知ってたしな。俺の方の作戦に絡んできて驚いたものの、それだけだ。逆に、よく考えて動けたもんだと感心した。フィルに入れ知恵されていたとしても、実行を思い切った事が凄いと思う」

「しかし、貴方の作戦を邪魔するものでしたが?」

「あのさ、それを言われたら俺も同罪なんだよ。俺がバンハムーバに対して黙って龍神の力を奪い取った事は、本来ならば罰せられて首を斬られるような大罪だ。だけど俺は、バンハムーバに謝罪しない。命を賭けて彼らも満足するような結果を残して、それで分かってもらえる努力をするだけだ」

そういえば俺が未来に帰れば、せっかく仲良くなれたみんなと別れてしまうと、ふと思った。

「だからそっちも俺に悪いと思わず、ロゼレムとその周辺の状況が良くなるように頑張ってくれ。正しい心を忘れず、笑顔の溢れる世界を作ってくれ。もちろん、そうしてくれるだろう? 信じてるぞ」

俺は笑顔でクラッドに握手を求めた。

クラッドも笑顔で返してくれ、続いて握手してくれたイージスもいい笑顔をくれた。

そうして、より仲良くなれたのは嬉しい。でも、別れがたくなってきたと後悔もした。
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