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第一章 龍神に覚醒したはずの日々

1 旅の途中で

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故郷のコルトズという星で普通の高校時代を送るはずだったバンハムーバ人の僕ショーン・ショアは、入学して早々に出会った同級生たちと険悪な仲というものになってしまった。

男っぽくなくナヨナヨとしていて、ハッキリと意見を言えない僕を、逆に男っぽい性格の同級生が気に入らなく思ったのが始まり。

実力行使が始まるまでに、喋るのも上手くない僕が言葉を間違えて向こうを傷つけた事件もあった。どっちが加害者か被害者かというのは無くて、状況がグダグダになってしまって僕は不登校になった。

仲直りしたくない訳はなかったけれど、もう通学したくなかった。傷つきたくない。

そうして家に閉じこもるばかりの僕を当たり前ながら気にした両親は、バンハムーバの準母星クリスタにいる母のお兄さん、僕から見ると伯父さんの家を頼るように勧めた。

そこで新しい学生生活を送るように言われ、僕はそうすることにした。

宇宙船の定期航路を使用して三週間もかかる遠くまで行けば、嫌なことは何も追いかけて来ないだろうと思ったから。

そうして僕は夏休み期間に、大きなカバンを二個引きずり、たった一人でクリスタへと向かう旅に出た。

旅の途中、一人旅の僕を気遣ってくれる大人たちが沢山いた。

全く見知らぬ僕に良くしてくれて、本当にこの世はいい人が多いと思った。

だから旅の格安チケットの都合上、バンハムーバ母星の隣にある星、バンハムーバ王国の植民地であるウィスタリアの空港に降り立った時は、もうこれからは良い人としか出会わないんじゃないかと思った。

旅もあと三日で終わる。次の船に乗ればもうクリスタだ。そこではきっと良い生活が待っているだろう。

最後に乗る船が出るまであと四時間もあるから、待合室から宇宙港の商業施設の方に暇つぶしに向かった。

旅費を浮かせる為に安いパンを一個買い、飲み放題の水を入れた紙コップを片手に、フードコートの片隅にある椅子に座った。

周囲を見回し、旅人なのか現地の方なのか分からない方々や、窓から見える宇宙港の様子に目をやったりして、ぼんやりした。

ウィスタリアのすぐ隣には、目視できる位置に宇宙に散らばるバンハムーバ人の母星があり、そこには全てのバンハムーバ人の守護の任務についている龍神様が暮らしている。

バンハムーバ王国の王様も従える、強くて格好よくて頭も良くてとても優しい龍神エリック様。

バンハムーバ人ならば誰だって覚醒する可能性がある龍神という存在になってから、五百年もの長きに渡り国のトップに君臨する尊敬すべきお方。

僕が引っ越す準母星クリスタには、エリック様と同じく男らしくて格好良いロック様がおられる。

お二方とも、人と思えない身体機能を身につけていて、龍神の形態に変身すると単独で宇宙空間を飛んでいけたりもするし、人を食らう化け物である時空獣にも圧勝できる戦闘力がある。まさに、男が憧れる程に男らしい。

どちらとも会ってみたいものの、宇宙船で半時間というすぐ隣にあるからといっても、母星へ降りるには厳しい審査が必要で、思い立ったからと今すぐ立ち寄れるものではない。

それに母星に行けたからといっても、エリック様のお住まいでもある龍神の中央神殿にチラ見だけとしてもお姿を拝見しに行くには、前もってネットで申し込んで抽選で得られるチケットが必要になる。

そうやって厳しい規制が必要なぐらい、宇宙文明の中に数兆人もいるバンハムーバ人たちは、人気者のエリック様に会いたくて仕方がない様子だ。

僕はというと、会いたくない訳はないけれど、そんな幸運は自分にはないと最初から諦めている。

いつかクリスタの龍神の中央神殿に行き、ロック様のお姿をチラリと拝見するだけでいい。

バンハムーバ人の普通の寿命で二百年ほどかければ、取りあえず叶うかもしれない夢だ。

そんな叶わないかもしれない夢よりも、まず今度こそ学生生活を失敗しないようにしたい。

そして無事に卒業してからは大学に行けるなら行き、行けないなら就職しよう。

学校の勉強が苦手な方なので、きっと出世なんかできないけれども、質素で楽しい生活を営もう。それが、今の僕の真の夢だ。

こんな風に洒落たフードコートの片隅で物思いに耽っていると、少し離れた遠くの方で叫び声が上がり、大勢の人がザワついた。

何が起こったのかと視線をやると、さっき直に会うには一生かかっても無理っぽいと思っていたエリック様が、立派な勇ましい龍神衣装を身につけて、何かを必死に探すような素振りを見せてウロウロしていた。

時空獣だけじゃなく一般的な犯罪者にも対応しているエリック様だから、今も何か悪いことをした人を探しているに違いない。

周囲の人々が叫んでいるのは、エリック様に会えた嬉しさからのようで、問題の犯罪者がここにいるようには思えない。

けれど僕は巻き込まれたくないので、紙コップをゴミ箱に放り込むと荷物を両手に持って逃げ出した。

僕が移動し始めてすぐ、エリック様の声が響いた。

「いた!」

驚いて立ち止まり、エリック様のおられる方を見た。

エリック様は僕のいる方を指差して、僕の方を凝視している。何ということか、目が合った。

何かいけないことが起こりそうな予感がしたから本気で走って逃げようとしたのに、一瞬にしてエリック様が僕の目の前に出現した。

僕は驚き、立ち止まり、振り向いてもっと逃げようとした。

なのに一瞬のち、エリック様に背後から抱きつかれて捕獲された。

「ギャー!?」

「よし、もう逃がさないぞ! 俺と一緒に来い!」

「いや――っ!」

「嫌っつっても、もう俺のものだ!」

意味が分からない!

両手の荷物を取り落とし、どうしようもなく攫われようとしたその時、目前に影が走ってエリック様にパンチを食らわした。

当たったかどうか分からないが、エリック様は僕を離して床に落としてくれた。

僕の救い主は見紛うことなくもう一人の龍神ロック様で、殺気をみなぎらせてエリック様を睨み付けている。

「抜け駆けすな! クリスタに来るところなんだから、俺のだ!」

「馬鹿を言うな。俺が先に発見して捕らえたんだぞ? 彼女は俺が貰う!」

エリック様は叫び、僕を指差した。

「いや、俺が貰う! 彼女は俺と暮らすんだ!」

ガーン。

「ぼ、ぼぼぼぼ僕は男です!」

必死になって叫んだ。するとお二方とも、僕を驚きの目で見た。

「彼は俺が貰う!」

「言い直してもやるもんか! エリック、決闘しろ!」

エリック様とロック様は怯える僕の前でヒートアップし、お互いが龍神衣装の胸ぐらを掴んだ。

これはヤバすぎるから、荷物も拾わずに走って逃げた。

二人の喧嘩する騒音が遠くになったところで、息を切らせて立ち止まった。

ロビーの隅っこで振り向いてみると、二人はとうとう巨大な龍神の姿に変身して宇宙港から離れ、上空で大決戦を繰り広げ始めた。

しばらく呆然として何も考えられなかった。でも捨ててきた荷物の中に財布もパスポートもスマホもあると思い出し、拾いに戻ろうとした。

すると、傍に立っていた僕と同い年ぐらいの黒目黒髪の男の子が、僕のカバンを二つとも持ち片方を差し出してくれていた。

「あ、ありがとう」

僕は状況が飲み込めないまま感謝し、カバンを一個受け取った。

すると、クールな感じの彼は言った。

「名前は?」

「僕? 僕は、ショーン・ショアだよ。君は?」

思わず聞き返してしまった。

「私はイツキ。あっちで一緒に話をしないか」

「……うん」

疲れた僕は、彼の言う椅子のある方に移動した。

椅子に座ると、彼は持っていたもうひとつのカバンを横に置いてくれた。

そして一度離れて自販機でジュースを二本買い、僕の隣に座ってから一本をくれた。

爽やかなレモン水で、走った後だからとても美味しい。

「ええと……イツキ君?」

「うん」

「助けてくれてありがとう」

「別に良いよ。こっちが迷惑をかけたから」

こっち?

「その……さっきの見た?」

「見たよ」

「なんで……僕がエリック様に攫われそうとしたか、知ってたりする?」

不思議な雰囲気の彼だから知ってるかなあと、思わず聞いてしまった。バンハムーバには、黒目黒髪の宇宙一の予言者集団であるポドールイ人たちも沢山いるらしいから、彼がその一員じゃないかと思い。

イツキは冷静な視線をくれた。

「君が龍神の一人だから」

「……は? え?」

「まだ覚醒してないけれど、このウィスタリアで覚醒するってポドールイの人たちが言ったから」

「…………うん?」

理解できなくて、頭の中で復唱した。

君が龍神の一人だから。

まさか。

「いやそれは勘違いだ。僕は本当に平凡な一国民なだけで、エリック様みたいに賢くないし、ロック様みたいに強くない」

「それでもそうなんだ。ここから移動した方がいい」

イツキはまた、僕のカバンを一個持って立ち上がった。

カバンを取り戻したい僕は、イツキについて行くしかなかった。

そのうち、ただの疲れか心労からか、頭がボウッとしてきた。

空の見える窓のある通路の途中で立ち止まり、何気なく上を向いた。

昼の空のずっと向こうにある小さな白い星がある。バンハムーバ母星が見えているんだと気付いて、不思議な心地になった。

引き寄せられるような、そうして近付き過ぎて焼かれるような。

不思議なことに、白く見える筈のバンハムーバ母星が、恒星のように青白く光り輝いて見える。

そんな光をまとう星じゃないと思ってから、そういえば龍神様には星の生命エネルギーが青白く見えるらしいと聞いたことがあると思い出した。

じゃあ、それが見える僕は何なのか。

イツキが言った通りなら、僕は……。

驚きと体調不調で足がよろけ、カバンを取り落としてその場にへたり込んだ。

僕の傍に来たイツキがスマホで誰かと話しているのを見た。

僕が見ていると、イツキは僕の顔の前で手を振った。

意識が途切れた。
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