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第一章 龍神に覚醒したはずの日々
十二 親友たち
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1・
僕が中央神殿で暮らさなきゃいけなくなった翌日、クリスタで仕事があるエリック様の代わりに、本来ならばクリスタ在駐のロック様が母星の守護を担うために旅立ってしまった。
神殿を出発する前は行くのをとても嫌がっていたロック様なんだけど、正面玄関から出て行ってマスコミのカメラが向くと物凄くノリノリになった。
僕もいつか、本音と建て前を使い分ける大人な龍神になれるだろうか。それ以前に、普通の龍神になれるだろうか。
僕がレリクスであり、母とバンハムーバの人々の仲がとても悪いことについては、ロック様を見送った朝のうちにエリック様に重ねて説明してもらえた。
そうして何度も時間をかけて教えてもらえた事で、他の全員が言うように自分がレリクスなんだと信じる心が生まれてきた。
そして、エリック様の言うように、バンハムーバの人々と僕の母を仲直り……仲良くさせるのは、いい作戦だと思えた。
その方法として、僕の神族としての力を借りたいとのことだ。
感情を込めて自分の言葉として発するようにイメージして、母がやって来てくれた時にそれを言う。
そうしたら、僕も母もみんなも仲良しになれる。だから僕は、簡単な文章を言うだけの任務だけど、それを間違えずに口にしようと決めた。
笑って約束すると、エリック様も喜んでくれた。その言葉なら誰も傷つかないって、嬉しそうに言ってくれた。
だから僕は、その時が来たら本気で頑張る!
そう意気込んでエリック様と別れた後、お昼の時間ということで食事の準備をしてもらえた。
何たることか、きらびやかな神殿の一室に、豪華な料理から質素な料理まで揃えられてしまった。
それが僕が何を好きか言ってなかったせいだとイツキに教えてもらえて、先に聞いてもらいたかったと思った。
しかし多く作られたものは無駄にならず、神官さんたちの昼食に回るようなので、それなら良いかと少しだけ思った。
明日からは普通の料理を普通の量だけでお願いしますと給仕役の神官さんに告げ、とりあえず今日はイツキと一緒に美味しいエビピラフを分け合って食べた。
その途中、僕のスマホが鳴った。
気になるけれど連絡するにもできないでいたミンスさんから、直接の質問だ。
僕はどう誤魔化そうとドキドキしつつも、電話に出た。
「はい」
「あっ……風邪引いたの? 学校休んでるよね?」
「ええと、実家……の方で、ちょっとした問題が発生しちゃったんです」
「それは、ティリアン家の方なの?」
「あ、母方のですけど」
嘘ではない。
「え、じゃあショーン君の母方も、有名な家なのかしら? ああ、答えなくていいわ。困るでしょうから」
「え、あ、う……ええ?」
じゃあ何を話せと?
「明日は来られるの?」
「え~と、それが、いつ帰れるか分からないんです。本当は学校に行きたいんですけど、しばらく家で自習しないといけないみたいで」
「はあ……せっかく転校してきたばかりなのに、ついてないわね。でも、戻ってくるんでしょう?」
「もちろん、戻りますよ。僕は、普通の高校生活を楽しみたいんです!」
「そうよね。ショーン君、学校好きだもんね」
「えっ……いつ、ば、バレてました?」
「うんとね、出会った時からずっと楽しそうにしてるから」
僕、まだ友達が少ないのに、ずっと楽しそうだったみたいだ。確かにミンスさんたちと出会えて、大変だけど楽しいし。
「それは、ミンスさんとローレルさんのおかげですよ。僕と友達になってくれましたから」
「ウフフ、私もショーン君と出会えて楽しいわ。じゃあ、そのうちに学校に戻って来てね。いつ来るか予告してくれたら、お弁当作って持っていくからね」
「あ……りがとうございます。いつになるか分かりませんが、その時には連絡します」
「あと、休んでても適当に電話していい?」
「出られる時は出ますよ」
「良かった。なら、またその時にね。またね~」
「はい。また……その──」
最後まで言う前に、電話が切れた。
電話と食事が終わってから、学校に行けない分の自習をする時間を取った。
小休止を挟みつつ四時間ほどミッチリと勉強して、僕なりに充実感を得て終了した。
既に夕暮れ時を迎えており、僕が寝泊まりしている部屋のベランダからは、とても綺麗な夕焼け空が見えた。
神殿の裏手は神殿の所有する森と池が広がり、その向こうに海がある。
残念ながら夕日は遠くの高層ビル群の影に重なり、見ることができない。
プライベート対策がされているというのでイツキと一緒にベランダに出て、そよ風に吹かれつつそれでも美しい風景を楽しんだ。
紅色の空の中、ホワホワした形の雲が浮かんでいる。
「わ~、今日の空って凄い。あれもこれも綿飴に見えて美味しそうだよ」
「そうですね」
「赤いからりんご飴……イチゴ飴……うん、写真撮る」
スマホを取り出し、まず雲を撮影してから自撮りで自分も写した。
途中でイツキと写真を撮ったことがないと気付いて、頼んで一緒に写ってもらった。
「やった、イツキと撮れた! ええと……待ち受けにする」
「そんなに嬉しいですか?」
クールなイツキは、不思議そうだ。彼は友人が多いんだろう……。
「そういえば、ミンスさんとも撮ってなかったな。帰ったら、すぐ撮らせてもらおっと」
「そちらを待ち受けにされると良いですよ」
「ええ? イツキも一緒に写ってよ……」
「ああ、そうでした。私も写ります」
「ありがとう」
その時のことを考えると嬉しくて、先に感謝した。
それからしばらく空を眺めていたら、母の……あの小さなレリクスのような形の雲が出現した。
「そういえば不思議なんだけど、レリクスの母さんは僕を一人で産んだっていうけど、そういうことも出来るんだね」
「確かに不思議な生態ですね。生き残った一匹……失礼。一人でも子を産むことが可能な生物は他にもおりますが、なかなか見かけることはありませんしね」
「そうだよねえ。僕も初めて聞いた。……ん? でも、聞いたことあったや」
「そうなのですか? ショーン様は、生物学に興味がお有りなのですね」
「いや、ミーナ母さんが言ってたんだ。世の中には、そういう人もいるんだって。一人で子供を産むんだって」
「…………はい?」
「えーとね、確かシングルマザーっていうらしい。それにシングルファーザーもいるって聞いたような。……ということは、男の人も一人で産めるんだね。いま気付いたよ!」
「……」
何故か、イツキの表情が少し強ばった。
「ショーン様? 少し微妙な話なのですが、伺っても宜しいでしょうか」
「何でもいいよ~」
「子供の作り方をご存知ですか」
「うん、知ってる。ミーナ母さんが、気合いだって言ってた」
「……」
「好きな人ができて結婚してから、二人で子供が欲しいって気合いを入れたら、お腹から出てくるって言ってたよ」
「…………ショーン様、その、今回の問題が無事に解決した後、私に少しばかり時間を下さいませんか。お教えしたいことがあるんです」
「うん。みんな仲良しになれたら、少し暇になるだろうし。……でも、今でもいいよ?」
「後にしましょう。今は問題に集中し、全力で挑みましょう」
「やっぱり、その方がいいかな」
「はい。問題は一つずつ解決しましょう。さて、もう中に入りますか」
「えーと、夕食の時間まで自習したい」
「少しずつ頑張りましょう」
僕はイツキと一緒に、部屋に戻っていった。
2・
中央神殿の別の客間のベランダで、優雅な造りの白い椅子にそれぞれ座るエリックとホルン。
エリックは白いテーブルから七百五十ミリリットル入りの地ビールの瓶を手に取り、一度は栓抜きを使おうとしたが止め、噛み付いて王冠を剥ぎ取った。
「エリック様、王冠は吐いて下さい」
ホルンの注意で、エリックは王冠を吐き出して机の上に置いた。
「いや、俺だったらもしかしたら食べられるんじゃないかと思ったんだ」
「かもしれませんが、そういう下品なことは止して下さいね」
ホルンも栓抜きを使わないが、神殿暮らしではほぼ使用しない念動力で、別の瓶ビールの王冠を外した。
二人はビンを軽くぶつけて乾杯してから、暮れゆこうとしている空を見上げた。
「……俺はあの手の話、小学生の頃から自力で漁ってたなあ」
「世間一般的な男子としては、それが普通でしょうね」
「ホルンもか?」
「我々は一応教えてもらいますが、大体先に察します」
「ポドールイ人は、子供時代の楽しさが少ないようだな」
「でも、勘の鈍いポドールイ人もいますよ? かくいう私もバンハムーバ人とのハーフですから、本当はそんなに力が強くないのです」
ホルンは話しながら、紫から藍色に変化していく空の様子を見つめた。
「そうは思えないけどな」
「それは、エリック様が私に苦手意識を持たれているからです。それに、本当に力のあるポドールイ人に出会った時に、そうだと理解されたでしょうに」
「まあ、向こうは本職のポドールイ人だからな。ホルンは龍神の神官だ」
「そう表現されるのは、嬉しいですね」
エリックは、自分のせいでホルンが神殿に長く居着いているのを知っており、複雑な気持ちになった。
「そういえば、ショーンは生まれたての子鹿なんだな。魂に一片の曇りもない、足をプルプル震わせながら立っている、ピッカピカの一年生だ」
「それをいうなら、可愛い子猫ですねえ。エリック様の弱点の」
「……俺は、撫でないように耐えている」
「はい」
「……で、俺みたいに大昔に魂が生まれて転生しまくり、経験を積み過ぎた者なら、記憶を無くして生まれ変わってもなんとなく生き方が分かっているから要領がいい。だから俺は場を与えられたらすぐ活躍できて、未成年でも宇宙の英雄にまつり上げられた訳だろう?」
「そうですね。逆に、ショーン様は己の魂の経験値がゼロです。引き出せる記憶がなにも無く、新しい物事を教えてもらえても、かつて覚えた経験が一度として無いので吸収しにくいのです。だからあれほど幼く、学力に恵まれず、純粋です。普通の人生を歩まれるとすれば、周囲の者が驚くほど愚かで幼いままに、年老いて死にゆくでしょう」
「何事も無けりゃな。でも……運命は、どうあってもショーンを過酷な道に突き落とす。だから俺たちが、それを阻止して引き上げる。子を護るのは親の役目だ。協力してくれ」
「分かっています。ポドールイ人は、この問題に関して宇宙的な中立の立場を捨てたようです。私は出来る限り、ショーン様と貴方の盾になります」
「…………済まないな」
「今更何を言うんですか。私は神官としての生き方を気に入っているんです。仕えるべき主人も、親友もいますしね」
「本当にごめん」
「それ以上言うと、貴方の初体験について一晩中語りますよ」
「やーめーろーよー」
エリックは、いつまでそのネタでイジられるのと落ち込み、瓶ビールを飲み干した。
僕が中央神殿で暮らさなきゃいけなくなった翌日、クリスタで仕事があるエリック様の代わりに、本来ならばクリスタ在駐のロック様が母星の守護を担うために旅立ってしまった。
神殿を出発する前は行くのをとても嫌がっていたロック様なんだけど、正面玄関から出て行ってマスコミのカメラが向くと物凄くノリノリになった。
僕もいつか、本音と建て前を使い分ける大人な龍神になれるだろうか。それ以前に、普通の龍神になれるだろうか。
僕がレリクスであり、母とバンハムーバの人々の仲がとても悪いことについては、ロック様を見送った朝のうちにエリック様に重ねて説明してもらえた。
そうして何度も時間をかけて教えてもらえた事で、他の全員が言うように自分がレリクスなんだと信じる心が生まれてきた。
そして、エリック様の言うように、バンハムーバの人々と僕の母を仲直り……仲良くさせるのは、いい作戦だと思えた。
その方法として、僕の神族としての力を借りたいとのことだ。
感情を込めて自分の言葉として発するようにイメージして、母がやって来てくれた時にそれを言う。
そうしたら、僕も母もみんなも仲良しになれる。だから僕は、簡単な文章を言うだけの任務だけど、それを間違えずに口にしようと決めた。
笑って約束すると、エリック様も喜んでくれた。その言葉なら誰も傷つかないって、嬉しそうに言ってくれた。
だから僕は、その時が来たら本気で頑張る!
そう意気込んでエリック様と別れた後、お昼の時間ということで食事の準備をしてもらえた。
何たることか、きらびやかな神殿の一室に、豪華な料理から質素な料理まで揃えられてしまった。
それが僕が何を好きか言ってなかったせいだとイツキに教えてもらえて、先に聞いてもらいたかったと思った。
しかし多く作られたものは無駄にならず、神官さんたちの昼食に回るようなので、それなら良いかと少しだけ思った。
明日からは普通の料理を普通の量だけでお願いしますと給仕役の神官さんに告げ、とりあえず今日はイツキと一緒に美味しいエビピラフを分け合って食べた。
その途中、僕のスマホが鳴った。
気になるけれど連絡するにもできないでいたミンスさんから、直接の質問だ。
僕はどう誤魔化そうとドキドキしつつも、電話に出た。
「はい」
「あっ……風邪引いたの? 学校休んでるよね?」
「ええと、実家……の方で、ちょっとした問題が発生しちゃったんです」
「それは、ティリアン家の方なの?」
「あ、母方のですけど」
嘘ではない。
「え、じゃあショーン君の母方も、有名な家なのかしら? ああ、答えなくていいわ。困るでしょうから」
「え、あ、う……ええ?」
じゃあ何を話せと?
「明日は来られるの?」
「え~と、それが、いつ帰れるか分からないんです。本当は学校に行きたいんですけど、しばらく家で自習しないといけないみたいで」
「はあ……せっかく転校してきたばかりなのに、ついてないわね。でも、戻ってくるんでしょう?」
「もちろん、戻りますよ。僕は、普通の高校生活を楽しみたいんです!」
「そうよね。ショーン君、学校好きだもんね」
「えっ……いつ、ば、バレてました?」
「うんとね、出会った時からずっと楽しそうにしてるから」
僕、まだ友達が少ないのに、ずっと楽しそうだったみたいだ。確かにミンスさんたちと出会えて、大変だけど楽しいし。
「それは、ミンスさんとローレルさんのおかげですよ。僕と友達になってくれましたから」
「ウフフ、私もショーン君と出会えて楽しいわ。じゃあ、そのうちに学校に戻って来てね。いつ来るか予告してくれたら、お弁当作って持っていくからね」
「あ……りがとうございます。いつになるか分かりませんが、その時には連絡します」
「あと、休んでても適当に電話していい?」
「出られる時は出ますよ」
「良かった。なら、またその時にね。またね~」
「はい。また……その──」
最後まで言う前に、電話が切れた。
電話と食事が終わってから、学校に行けない分の自習をする時間を取った。
小休止を挟みつつ四時間ほどミッチリと勉強して、僕なりに充実感を得て終了した。
既に夕暮れ時を迎えており、僕が寝泊まりしている部屋のベランダからは、とても綺麗な夕焼け空が見えた。
神殿の裏手は神殿の所有する森と池が広がり、その向こうに海がある。
残念ながら夕日は遠くの高層ビル群の影に重なり、見ることができない。
プライベート対策がされているというのでイツキと一緒にベランダに出て、そよ風に吹かれつつそれでも美しい風景を楽しんだ。
紅色の空の中、ホワホワした形の雲が浮かんでいる。
「わ~、今日の空って凄い。あれもこれも綿飴に見えて美味しそうだよ」
「そうですね」
「赤いからりんご飴……イチゴ飴……うん、写真撮る」
スマホを取り出し、まず雲を撮影してから自撮りで自分も写した。
途中でイツキと写真を撮ったことがないと気付いて、頼んで一緒に写ってもらった。
「やった、イツキと撮れた! ええと……待ち受けにする」
「そんなに嬉しいですか?」
クールなイツキは、不思議そうだ。彼は友人が多いんだろう……。
「そういえば、ミンスさんとも撮ってなかったな。帰ったら、すぐ撮らせてもらおっと」
「そちらを待ち受けにされると良いですよ」
「ええ? イツキも一緒に写ってよ……」
「ああ、そうでした。私も写ります」
「ありがとう」
その時のことを考えると嬉しくて、先に感謝した。
それからしばらく空を眺めていたら、母の……あの小さなレリクスのような形の雲が出現した。
「そういえば不思議なんだけど、レリクスの母さんは僕を一人で産んだっていうけど、そういうことも出来るんだね」
「確かに不思議な生態ですね。生き残った一匹……失礼。一人でも子を産むことが可能な生物は他にもおりますが、なかなか見かけることはありませんしね」
「そうだよねえ。僕も初めて聞いた。……ん? でも、聞いたことあったや」
「そうなのですか? ショーン様は、生物学に興味がお有りなのですね」
「いや、ミーナ母さんが言ってたんだ。世の中には、そういう人もいるんだって。一人で子供を産むんだって」
「…………はい?」
「えーとね、確かシングルマザーっていうらしい。それにシングルファーザーもいるって聞いたような。……ということは、男の人も一人で産めるんだね。いま気付いたよ!」
「……」
何故か、イツキの表情が少し強ばった。
「ショーン様? 少し微妙な話なのですが、伺っても宜しいでしょうか」
「何でもいいよ~」
「子供の作り方をご存知ですか」
「うん、知ってる。ミーナ母さんが、気合いだって言ってた」
「……」
「好きな人ができて結婚してから、二人で子供が欲しいって気合いを入れたら、お腹から出てくるって言ってたよ」
「…………ショーン様、その、今回の問題が無事に解決した後、私に少しばかり時間を下さいませんか。お教えしたいことがあるんです」
「うん。みんな仲良しになれたら、少し暇になるだろうし。……でも、今でもいいよ?」
「後にしましょう。今は問題に集中し、全力で挑みましょう」
「やっぱり、その方がいいかな」
「はい。問題は一つずつ解決しましょう。さて、もう中に入りますか」
「えーと、夕食の時間まで自習したい」
「少しずつ頑張りましょう」
僕はイツキと一緒に、部屋に戻っていった。
2・
中央神殿の別の客間のベランダで、優雅な造りの白い椅子にそれぞれ座るエリックとホルン。
エリックは白いテーブルから七百五十ミリリットル入りの地ビールの瓶を手に取り、一度は栓抜きを使おうとしたが止め、噛み付いて王冠を剥ぎ取った。
「エリック様、王冠は吐いて下さい」
ホルンの注意で、エリックは王冠を吐き出して机の上に置いた。
「いや、俺だったらもしかしたら食べられるんじゃないかと思ったんだ」
「かもしれませんが、そういう下品なことは止して下さいね」
ホルンも栓抜きを使わないが、神殿暮らしではほぼ使用しない念動力で、別の瓶ビールの王冠を外した。
二人はビンを軽くぶつけて乾杯してから、暮れゆこうとしている空を見上げた。
「……俺はあの手の話、小学生の頃から自力で漁ってたなあ」
「世間一般的な男子としては、それが普通でしょうね」
「ホルンもか?」
「我々は一応教えてもらいますが、大体先に察します」
「ポドールイ人は、子供時代の楽しさが少ないようだな」
「でも、勘の鈍いポドールイ人もいますよ? かくいう私もバンハムーバ人とのハーフですから、本当はそんなに力が強くないのです」
ホルンは話しながら、紫から藍色に変化していく空の様子を見つめた。
「そうは思えないけどな」
「それは、エリック様が私に苦手意識を持たれているからです。それに、本当に力のあるポドールイ人に出会った時に、そうだと理解されたでしょうに」
「まあ、向こうは本職のポドールイ人だからな。ホルンは龍神の神官だ」
「そう表現されるのは、嬉しいですね」
エリックは、自分のせいでホルンが神殿に長く居着いているのを知っており、複雑な気持ちになった。
「そういえば、ショーンは生まれたての子鹿なんだな。魂に一片の曇りもない、足をプルプル震わせながら立っている、ピッカピカの一年生だ」
「それをいうなら、可愛い子猫ですねえ。エリック様の弱点の」
「……俺は、撫でないように耐えている」
「はい」
「……で、俺みたいに大昔に魂が生まれて転生しまくり、経験を積み過ぎた者なら、記憶を無くして生まれ変わってもなんとなく生き方が分かっているから要領がいい。だから俺は場を与えられたらすぐ活躍できて、未成年でも宇宙の英雄にまつり上げられた訳だろう?」
「そうですね。逆に、ショーン様は己の魂の経験値がゼロです。引き出せる記憶がなにも無く、新しい物事を教えてもらえても、かつて覚えた経験が一度として無いので吸収しにくいのです。だからあれほど幼く、学力に恵まれず、純粋です。普通の人生を歩まれるとすれば、周囲の者が驚くほど愚かで幼いままに、年老いて死にゆくでしょう」
「何事も無けりゃな。でも……運命は、どうあってもショーンを過酷な道に突き落とす。だから俺たちが、それを阻止して引き上げる。子を護るのは親の役目だ。協力してくれ」
「分かっています。ポドールイ人は、この問題に関して宇宙的な中立の立場を捨てたようです。私は出来る限り、ショーン様と貴方の盾になります」
「…………済まないな」
「今更何を言うんですか。私は神官としての生き方を気に入っているんです。仕えるべき主人も、親友もいますしね」
「本当にごめん」
「それ以上言うと、貴方の初体験について一晩中語りますよ」
「やーめーろーよー」
エリックは、いつまでそのネタでイジられるのと落ち込み、瓶ビールを飲み干した。
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