迷える龍神と、命を巡る物語

海生まれのネコ

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第二章 龍神の決断

2 ミンスさんと猫

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1・

土曜日の授業は、とても早く終わった。

ミンスさんがホームルームにフライング登場したあと、一緒に駐車場に行った。

昼からも授業があるローレルさんは仕方ないとしても、イツキは一緒に遊びに行くもんだと思っていたのに、用事が出来たとかでサッサとどこかに行ってしまった。

イツキという護衛がいなくても町中を歩いていいのかという問題は、僕が神殿から帰って来た時に付いてきてしまったオーランドさんの存在があるので大丈夫だ。

オーランドさんは中央神殿の神官になる前は宇宙軍でパイロットをしていたそうで、表向きは僕の送迎用の飛空車の運転手としてガイアスさんに雇われた形になっている。

そのオーランドさんが駐車場で僕らを待っていてくれたので、ミンスさんと僕だけでも出かけていいようだ。

そして出かける先を唯一知っているミンスさんは、オーランドさんに耳打ちしてそれを教えたのに、僕には教えてくれなかった。

車中で聞いても、秘密と言って笑うばかり。僕はもどかしくてドキドキしつつも、どこかに到着するのを楽しみに待った。

時間は、そんなにかからなかった。

飛空車が到着して扉を開いた先にあったのは、可愛い猫の絵が看板にある喫茶店だった。

普通の喫茶店かと思って中に入ると、お客さんがいないのに猫ちゃんが沢山いた。

世に言う猫カフェだと気付いてミンスさんを見ると、得意げな表情をした。

「ここは、ウチの企業の関連会社よ! ショーン君が猫好きなのはイツキ君に聞いたから、どうしても来てもらいたかったの」

「ええ? ああ……うん、猫は可愛いですよね」

実際に大好きで、ここにいる全ての猫を全部触っていいんだ思うとワクワクする。けれど、心のどこかに引っかかりもある……。

だとしても逃げるほどではないし、ミンスさんをがっかりさせたくないので、ミンスさんと一緒に奥の方のテーブルに行った。

猫の顔の形に焼かれたパンケーキのセットを注文してから、周囲にいる猫たちを眺めた。

ミンスさんは積極的に触りに行き、僕は眠ってる猫を起こさないように観察した。

そのうちにパンケーキセットが来たので席に座り、もぐもぐしながらマイペースな猫たちを眺めた。

「ショーン君、どう? 楽しい?」

ミンスさんも、食べながら質問してきた。

「あ、はい、楽しいですよ。見知らぬ猫たちでも、見ているとほんわか出来ますね」

「……うん。楽しいならいいんだけどね」

ミンスさんは、そう言いながら目を伏せた。何か言いたそうなんだけど……。

小さな声が聞こえたので、僕の足下を見た。

大きな長毛のトラ猫が、僕の足にすり寄りつつウニャアと言っている。

思い出したくなかったのに、気持ちがあふれ出てきた。

重たいトラ猫を抱き上げてしっかりと胸に抱くと、堪えられない涙がこぼれ落ちていった。

「母さん」

違うと分かってるけど、口から出た。

「母さん……」

ミンスさんに悪いから、泣き止みたい。それなのに震えて涙が出る。

「ショーン君、辛抱しなくていいのよ」

「え……」

「イツキ君に、ちょっとだけ事情を聞いたの。お母さまが……亡くなられたんでしょう? だから、泣いてもいいのよ?」

「いや……でも、母さんとは……違う形になったけど、会えるし」

「うん。でもね、泣きたいのに辛抱しちゃダメよ。心に疲れが溜まって、余計に辛くなっちゃうんだから」

「それは……」

言われて、そうだよなって思えた。だからもう辛抱しない思い切り泣いてしまおうかと息を吸い込んだ時。

「こんちわ~! お久しぶり~す!」

陽気な口調で、誰かが入店してきた。

「あら、本当お久しぶりですね、お客さん」

女性の店員さんが、常連なのかその黒髪の男の人に笑顔で話しかけた。

黒スーツ姿の彼はさっそく周囲を見回し、目当ての猫たちを発見して詰め寄っていった。

「いや~、今日も可愛いねフランシスちゃん! リザちゃんもモッチリ感が増したな~! エイラちゃんも、毛艶が良くなって大人の色気が出てきたね~!」

彼は名を呼んだ猫たちを一通り撫でたあと、一匹を抱き上げるとその毛皮に顔を埋めた。

「お客さん、吸うのは禁止です!」

「はっ、済まない!」

店員さんに猫じゃらしでいさめられた彼は一度猫から離れ、オレンジジュースを注文すると、今度はしゃがみ込んで猫目線になり、オモチャを振り回して遊び始めた。

「うひょ~、女の子のお触りし放題サイコ~! この日のために俺は生きてきたあ~!」

物凄く満喫し始めた彼を見ていると、泣けなくなってきた。

ミンスさんは、彼にとても冷たい視線を向けている。

「ショーン君、見ちゃダメ。もうお店出る?」

「いえ、その、でも、まだ食べ切ってませんし」

「じゃあ早く食べよっか」

ミンスさんはあのお客さんが気に入らないようなので、僕も猫を自由にして早く食べることにした。

パンケーキ三枚と生クリームとフルーツに、メロンソーダがついている。とても美味しい。

足下ではさっきの猫が寝そべり、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれている。

幸せだと満足感に浸れたのに、ミンスさんはあのお客さんのせいでイラついている。早く店を出なければ。

そういう事で、食べ終わってすぐに席を立ち、足下のトラ猫を撫でてからレジでお金を支払った。

店を出ようとして、あの彼が床に倒れて猫に踏まれたがっているのが奇抜すぎて思わず見てしまうと、彼は突然に飛び起きてこちらに向けて走ってきた。

ミンスさんが本気の悲鳴を上げた。

僕は身構えず、ただ進路から退いて彼を店の外に出した。

撫で逃げ? と思った瞬間、店の外で雷が落ちたような轟音がして、店だけじゃなく地面までビリビリ震えた。

僕は驚き一瞬だけミンスさんに抱きついたものの、轟音がそのまま続いているので、確認したくて店の外に出ていってみた。

大通りの向こうの方で、どうしてそうなったか分からないけれど、消火栓が壊れてそこから多量の水が噴出している。

高さ十メートルほどの太い水柱が出来ていて、周囲の道路が既に水浸しだ。

僕の足下まで、水が及んでいる。

このままだと、商店街全体が水浸しになるかもしれない。

これは大変な状況だと、ようやく頭の中に情報を落とし込んだ。

僕に何か出来ないかと思ってキョロキョロしていると、その水柱の噴出がいきなり止まった。

もう消防署の人か水道局の人が来たかと思ったんだけど、騒いでいる野次馬さんたち以外にそういう存在は見られない。

ただ、さっきのお兄さんが少し離れた位置で、壊れた消火栓と水柱があった方に向かって手を差し伸べているだけだ。

この人、力のあるポドールイの方だと気付いた。

もう大丈夫かなと思ったら、僕からは背中しか見えない彼が何か呟いているのが聞こえた。

「ダメだ~。ちくしょ~、抑えきれん!」

ダメなのはダメだ。

僕は咄嗟に周囲の水に意識を飛ばし、手を差し伸べた。

その一瞬で、水が全て僕の体の一部のように思えた。

消火栓の地下にある複雑に組まれた送水管の流れも把握でき、遠くにある水槽というか……水たまりのような広大な水源の存在すら感じ取れる。

この見えないものまで簡単に掴み取れた感覚が、とても不思議で戸惑った。

でもポドールイ人のお兄さんが大変な状況みたいなので、取りあえず水が吹き出ないように近辺の水の流れを止めるように念じた。

そうすると、当たり前だけれども他の水の流れが変化して、上流の方で圧力が溜まっていくように感じた。

これをどうしようか考えている間に、突然に圧力が低下した。

まさかどこかで同じように消火栓の蓋が飛んだのかとギクッとしたけど、すぐにそれは間違いだと気付いた。

細かな水の動きを遠距離でも感じ続けてみると、上流のこの水流を管理している建物で、どうにか対応をしてくれているように思えた。

そしてこの現場にも、救急飛空車に乗って水道局の人たちがやって来た。

彼らが蓋を修理するまで止めておいた方がいいのかなと思っていたら、イツキが傍に来て僕の腕を降ろさせた。

「ショーン様、もう行きましょう」

「えっ、でも──」

「大丈夫です。ほら……」

イツキが見た方を僕も見た。

あのお兄さんが周囲をキョロキョロ見回していて、すぐこちらに気付いたという風に僕を見た。

視線が合い、怖くなった。でも彼はすぐイツキを見て、怪訝そうな表情をした。

「ん? あっ、イツ──」

「ほらあの方、ユールレムの補佐官ですよ! 彼が水を止めてくれたんですよ、凄いなあ!」

彼の言葉より大声でイツキが叫んだから、周囲の人々はどよめいて彼に注目した。

そして知らぬ間に僕の横に立っていたミンスさんが、本気の驚きを込めて叫んだ。

「えっ、本当にユールレムの補佐官なの!? あの人が!」

それにイツキが、張り切って答える。

「本当にですよ! バンハムーバの龍神衣装と同じで、ユールレムの補佐官の衣装は本職の方以外が着ると罰せられるんです! あの人は本物です!」

「イツキ、どうしたの?」

いつもと違うイツキに驚いて言ったものの、イツキがギュウギュウ押してきたので現場から立ち去るしかなかった。

全く気付かなかったけれど、すぐ傍にいたオーランドさんも、僕を立体駐車場の方に押した。

そうしてみんな揃って飛空車に乗り込んでから考えてみて、ようやく気付いた。あれは僕の龍神としての力だから、人目にさらしたらダメなのだと。

龍神というのを秘密にできないと、普通の生徒としては学校に通えなくなる。みんなが、距離を置いてしまう。

ミンスさんだって、僕が龍神なんて知ったらどう思うだろうか? 絶対に、友人じゃいられなくなる!

こんな簡単なことに気付けなかった自分に驚き、そして怖くなってミンスさんを見た。

「うーん、ああいう客は入店拒否したほうがいいかも? でも、権力あるしなあ……」

ミンスさんは、補佐官さんについて悩んでいた。

僕の事は、全く気付かれていないようだ。

というよりも、イツキがあの補佐官さんに全部なすりつけたのを、信じてくれたようだ。

「イツキ……」

「はい?」

「あ……ありがとう」

バレる恐怖を今さらながら感じつつ、オドオドしながら感謝した。

イツキは、微笑んでくれた。

「任務のうちです。お気になさらず」

「いやでも……うん」

イツキは本当にいい友達だなと思った…………けど、本当に友達だろうか?

僕が龍神じゃなくなったら、きっと離れて行ってしまう存在だ。よく考えれば、友達じゃない。

ここに来て、母さんが僕を龍神じゃ無くす方法を持っていたことを思い出した。

宝石になってしまった母さんや、レリクスじゃない僕にはもう扱えない方法かもしれないけれど。

それがあれば、僕は、たった一人の僕に戻れる。神族でレリクスだった存在としても、普通の存在として生まれた家に帰れるかもしれない。

ミンスさん達とも、普通の生徒として付き合えるかもしれない。

……なんて、無理か。発した言葉が現実になる力が無くならないと、たとえ龍神じゃなくなっても監視され、自由になるのは無理だろう。

親しく感じるイツキとも、きっと……主従関係のままだ。

色んな事が頭をよぎり、辛くて俯いた。

「ショーン君? 気分が悪いの?」

ミンスさんが、声をかけてくれた。僕をただの生徒として受け入れてくれている、僕の友達が。

「いえ……そうじゃないんです。ただちょっと、考え事をしていたんです」

「……難しい事は、考えない方がいいわよ? ねえ、これからどこに遊びに行く?」

「……遊びにですか」

正直、もう帰りたくなった。家に閉じこもっていたい。そう願った。

でもイツキが、僕の腕を優しく叩いてくれた。

「海に行きませんか。今は季節はずれですから泳がない方が良いでしょうが、景色は楽しめます」

「……うん、行きたい」

広大な海が見たくなった。

ミンスさんも、笑顔で頷いてくれた。
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