18 / 84
第二章 龍神の決断
3 ごまかしても、そこにあるもの
しおりを挟む
1・
首都にある、一番の近場の海水浴場に行ってみた。
ミンスさんがいなけりゃ、中央神殿傍の龍神専門プライベートビーチに行っても良かったけど、ミンスさんがいなきゃ行く意味が無い。
だって、イツキは友達じゃないし……。
変な事にこだわり始めたと分かっているのに、気にするのが止められない。僕の友達は、ミンスさんだけのような気がする。
龍神になる前に、正体が知られる前に、イツキと出会えて友人になれていれば、こんなに悩まなくても良かったのに。
辛いなと思いつつも、ミンスさんとイツキと一緒に波打ち際まで散歩に行った。
少し黄土色がかった白く美しい砂浜と、澄んだ海。もうすぐ秋になる涼しい気候に、和らいできた空の青色に、まだ夏のような白い雲が見える。
ミンスさんは楽しそうに海水に触れたり、打ち寄せる波から逃げたり、貝殻を拾い集めたりしている。
僕はその元気なミンスさんを時折目で追いつつ、波のこない砂浜に立って遠くの方を眺めた。
背後に、イツキの気配がする。
僕からは声をかけられないと変に緊張していると、イツキの方から話しかけてきた。
「ショーン様。少し、お時間を頂いても構いませんか」
何かの決意が込められた力強い声に思えたので、振り向いた。
イツキは二本の木刀を持っていて、一本を僕に向けて差し出していた。
「手合わせしてください」
「手合わせって言っても、木刀なんて振った事ないよ」
「訓練だと思って下さい」
イツキが真剣だから、そういうのも必要だろうなと受け入れた。
それで木刀を持ってみたものの、思った以上に重くて、両手で構えてようやくゆっくり振れるぐらいでしかない。
こんななのに、訓練って無理だ。
困ってただ笑うと、鋭い目付きのイツキが言った。
「ショーン様は、母親を失った現実が辛くて、それから目を逸らしているのではないですよね」
「……え?」
「貴方が直視しないのは、自分で母親を殺した現実ですよ」
言われた瞬間、体中に衝撃が走った。
考えないようにしてたのに。みんなが……エリック様が、僕のせいじゃなく、みんなが悪かったって謝ってくれたのに。
だけど、僕が殺した。状況がおかしいのに気付かずに、ただ言われた事だけ頭に入れて、自分で考えずに言葉を伝えてしまって、母さんをあんな風に苦しませて、殺してしまった……!
「よくも……言ったな!」
辛くて悲しくて苦しくて、胸が押し潰されそうだ。
「僕は、ただ、仲良くしたかった……!」
頭の中もぐるぐるして、ただ怒りに流される。
「みんなと、母さんと、友達になりたかった、だけなんだ!」
僕が本気で打ちかかっても、イツキは冷静に全てを受け流す。
彼を慌てさせる事すらできない。それも悔しくてしょうがなくて、ただひたすら木刀を打ち付けた。
すぐに息が上がり、腕が上げられず、動かせなくなった。
それでも悔しくて向かっていこうとして、木刀が手からすっぽ抜けて砂浜に落ちた。
汗を流して肩で息をし、震える手で頬に触ってみて、ようやく自分が情けないぐらいに泣いてるのに気付いた。
それに、手が血まみれだ。必死すぎて、手の皮がむけた事にも気付かなかった。
でも気付くと、ジンジン痛んだ。その強い痛みが、余計に僕の苦しみになった。
「痛い、痛いよ」
そう言ってから、どうしようもなく声を上げて泣いた。
「大丈夫です。すぐ治しますから」
イツキが木刀を捨てて僕の手を取り、白の治癒魔法なんだろうものを発動させた。
少しの白い光が走り、僕の手の傷は消えた。
痛みが無くなったから、少しだけ落ち着いた。でも悲しくて寂しくてしょうがない。
まだ泣き止めないでいると、イツキが強く抱き締めてくれた。
ようやく少し安心できたけど、でも……彼は仕事でここにいる。
そう考えてまた悲しくなってくると、イツキは僕から離れて片手を差し出してきた。
「ショーン様、私は貴方の護衛官です。けれど私は、貴方の友人に……友達に、なりたいのです。なって下さいますか」
「え……」
そりゃもちろん、なりたい。なりたいけど……。
「ショーン様、私を友達にして下さいますか?」
「…………分かった。僕も、友達になりたい。なって……くれて、ありがとう」
僕がこう言っても、イツキは死なない。嬉しそうに僕の手を取り、握り締めてくれている。
良かった。僕、友達を増やそうとする度に、殺したりしなくていいみたいだ。
僕からも、イツキの手をギュッと握り締めた。
それから突然に嬉しくなり、やっぱり涙が止まらないけどニッコリ笑えた。
そのうちにオーランドさんがタオルを持って来てくれたので、それで涙と鼻水と血を拭いた。
泣き止めてもシャックリが出てろくに話せないでいると、微笑ましい感じで笑ってるミンスさんが、僕に綺麗な貝殻をくれた。
「あ、りがと、う」
「うん。あのね、私……考えたんだけど、文化祭に出るわ。一人でも歌ってみせるわよ。だから応援よろしく!」
「え……あ、うあ?」
「心配しなくても大丈夫よ。私、ギター弾きながら歌えるからね。まあ、期待してて」
「いや……そのう、でも、一人じゃ……」
「なによ。私に出て貰いたがってたのに、今さら反対するの?」
「そ、そうじゃ、なくて……誰か、他に……」
イツキを見たけど、笑顔で首を横に振った。僕も無理だ。
「じ、じゃあ僕、誰か一緒に出てくれる人、探してみる」
「もうあと一週間しかないから、練習できないでしょ? オールドクラシックを知ってる人は少ないし、一人でいいわ」
でも、ミンスさんは一人で出るのを嫌がってた。だから、僕が助けたい!
「歌える人、じゃなくて、楽器演奏が、できる人は、どう?」
「あのね、軽音部の人たちなら別枠で出場するから、誘えないわよ」
「う~。じゃあ、軽音部じゃない人を、当たって、みる」
「ショーン君、無茶しないでね」
「大丈、夫」
シャックリしながら言う大丈夫は、大丈夫そうじゃないなあと自分で思った。
その後は、みんなで仲良くして心を温めつつ帰宅した。
2・
深夜、エリックは仕事があった城から中央神殿に帰宅する途上にいた。
電話がかかってきて、即座に対応する。
「今日はなにが?」
電話口の向こうで、イツキは答える。
「少し長引きますが、よろしいでしょうか?」
「うん。ちょっと待ってろ」
エリックは乗っている飛空車を駐車場に停車させ、同乗していた神殿長と龍神助手官、龍神副長官と警護官たちをコンビニに追い払った。
「よし話せ」
「ショーン様に内情を吐露させました。一番辛いことから逃げて隠せば無くなると思っていたようですので、表に出させて泣かせました」
「そうか。よくやってくれた。それで一応、なにが問題か理解できただろうから、今後は自分だけでも立ち向かえるだろう」
エリックは、自分のせいであれ程まで傷つけたと思い、ため息をついた。
「しかし……本来は、受けなくても良かった傷だ。俺は、ショーンにどう償えばいいか分からない」
「ショーン様は、エリック様に償ってもらいたいなどと思っていませんよ」
「今はな。イツキも理解しているだろうが、今のショーンはまだ幼児だ。自分が定まらず、ただ感情に流されて表情をコロコロと変える。レリクスだと周囲が教え込んだことを素直に信じて、二度しか会っていない猫を母と信じる。だが、彼もいつかは大人になる」
「しかし……レリクスの母については、やはりそう深い愛情を持っていないように見えます。母という単語に反応し、悲しくなり泣いているだけのようです」
「かもしれないが、それでも十分だろう。レリクスとして最後の一人となったことに思いをめぐらせ、俺に復讐したく思う時もあるかもしれない。その時は、彼の邪魔をするな」
「いえ、ですが──」
「イツキはイツキの仕事をしろ。命令だ」
「……了解しました」
「しかし……彼の心が大人になった時、長寿の俺でももう寿命で死んでるかもしれないな。その時は、墓石でも壊させてあげてくれ」
「まあ……そうですよね。先は長いですね」
「ショーンの寿命は、きっと俺より長い。しかも、あれ程の隔世遺伝でありながら、力強い神族だ。大人になった時に人を憎んでいれば、彼は容赦なく宇宙文明を滅ぼすだろう。彼を魔王にしてはいけない。そうならないように、俺たちは彼を真っ直ぐ育て上げないといけない」
「肝にめいじております」
「イツキにばかり負担をかけてしまうが、これから数年の学生生活が、彼と宇宙文明の運命を決定づける。どうか彼に、人と共に生きる喜びを教えてあげてくれ」
「はい。分かっております。私は彼の友人として、二度目の学生生活を楽しみます」
「ああ。じゃあ、何か必要な物はないか? お祖父ちゃんが買ってやろう」
「……以前に頂いたもので、十分です。他の親族たちに買ってあげてください」
「買ってるとも。でも最近はもう縁遠い子供ばっかりで、遠慮がちなんだよなあ。会っても走ってきて抱きついたりなんて、してくれない」
「子供好きなのは大変良いことと思いますが、甘やかすのとは違いますよ」
「お前のそういうところは、本当にクロに似てるな。あ、でもクロは可愛い時は可愛くてさあ──」
「失礼します」
イツキは電話を切った。そして、あの存在に会った事を伝えなかったと気付いた。しかし事件そのものは他の護衛官が連絡した筈なので、もういいかと割り切った。
3・
深夜のホテルで、フリッツベルクはユールレムに電話を入れた。
相手が対応に出て、頭を下げる。
「補佐官長様、お時間よろしいですか? 無い? いやお待ちを」
フリッツベルクは慌てた。
「レリクスについての追加情報はありませんが、代わりに三人目の龍神に会いました。そちらについては、どうされますか? えっ、はあ、エリック様付きの警護官とロック様付きの神官が一緒にいたので、間違いはないかと」
フリッツベルクは、しばらく補佐官長の話を聞いた。
「私立ハルトライト高校の制服を着た、可愛らしい女の子でした。バンハムーバ政府は、彼女が学生の間は、実名を公表するつもりはないようですね。…………なるほど。はい、分かりました。では、私はレリクスの捜索に集中します。失礼します」
フリッツベルクは電話を切った。そして一度悩んだ後で、エリックに電話をかけた。
「あ、夜分遅く失礼しま~す」
コンビニでアイスを買い車内で食べているエリックは、密かに苦笑いした。
「起きてるから別にいい。それで、例の書類は?」
「今はクリスタにいましてね、今日、イツキ君に出会ったんで渡そうとしたんです。でも無視されました」
「別人だったんじゃないのか?」
「かもしれません。まあそれで、これからそちらに渡るところです。三日後に伺っても構いませんか?」
「悪いが、会えない。ホルンに言っておくんで、彼に渡しに行ってくれるか」
「え~……私、タダ働きは嫌です。本職もありますし」
「宝石が入手できればいいんだろう? それで護ってくれ」
「へえ、なかなか思い切った申し出で、驚きました。勿論、レリクスの宝石でしょうね?」
「ああ。俺は騙したりしない」
「では、取り引き成立といきましょう。しかしあの子…………まあ、いいですよ。飲み込んでおきます」
「それはありがたい。じゃあ、取りあえずそっちに行くポドールイ人たちは全部任せる。三日後にクリスタに到着するからな」
「丸投げしないで下さい。でもまあ、可愛い女子高生を護るのは楽しいですね。仲良くなっても構いませんか?」
「…………」
「エリック様?」
「……い、イツキのガードを破れたらな」
「まさか許可が出るとは」
フリッツベルクは驚きつつ、イツキは難攻不落だなと考えた。
「エリック様……じゃあ取りあえず、そういう事で」
「ああ。そういえば猫カフェ行っただろ?」
「行きました。至高の時間ですね」
「いいなあ、俺も猫カフェ行きたい。思う存分モフモフし──」
エリックのスマホは、同乗していた神殿長により通話を遮断された。
首都にある、一番の近場の海水浴場に行ってみた。
ミンスさんがいなけりゃ、中央神殿傍の龍神専門プライベートビーチに行っても良かったけど、ミンスさんがいなきゃ行く意味が無い。
だって、イツキは友達じゃないし……。
変な事にこだわり始めたと分かっているのに、気にするのが止められない。僕の友達は、ミンスさんだけのような気がする。
龍神になる前に、正体が知られる前に、イツキと出会えて友人になれていれば、こんなに悩まなくても良かったのに。
辛いなと思いつつも、ミンスさんとイツキと一緒に波打ち際まで散歩に行った。
少し黄土色がかった白く美しい砂浜と、澄んだ海。もうすぐ秋になる涼しい気候に、和らいできた空の青色に、まだ夏のような白い雲が見える。
ミンスさんは楽しそうに海水に触れたり、打ち寄せる波から逃げたり、貝殻を拾い集めたりしている。
僕はその元気なミンスさんを時折目で追いつつ、波のこない砂浜に立って遠くの方を眺めた。
背後に、イツキの気配がする。
僕からは声をかけられないと変に緊張していると、イツキの方から話しかけてきた。
「ショーン様。少し、お時間を頂いても構いませんか」
何かの決意が込められた力強い声に思えたので、振り向いた。
イツキは二本の木刀を持っていて、一本を僕に向けて差し出していた。
「手合わせしてください」
「手合わせって言っても、木刀なんて振った事ないよ」
「訓練だと思って下さい」
イツキが真剣だから、そういうのも必要だろうなと受け入れた。
それで木刀を持ってみたものの、思った以上に重くて、両手で構えてようやくゆっくり振れるぐらいでしかない。
こんななのに、訓練って無理だ。
困ってただ笑うと、鋭い目付きのイツキが言った。
「ショーン様は、母親を失った現実が辛くて、それから目を逸らしているのではないですよね」
「……え?」
「貴方が直視しないのは、自分で母親を殺した現実ですよ」
言われた瞬間、体中に衝撃が走った。
考えないようにしてたのに。みんなが……エリック様が、僕のせいじゃなく、みんなが悪かったって謝ってくれたのに。
だけど、僕が殺した。状況がおかしいのに気付かずに、ただ言われた事だけ頭に入れて、自分で考えずに言葉を伝えてしまって、母さんをあんな風に苦しませて、殺してしまった……!
「よくも……言ったな!」
辛くて悲しくて苦しくて、胸が押し潰されそうだ。
「僕は、ただ、仲良くしたかった……!」
頭の中もぐるぐるして、ただ怒りに流される。
「みんなと、母さんと、友達になりたかった、だけなんだ!」
僕が本気で打ちかかっても、イツキは冷静に全てを受け流す。
彼を慌てさせる事すらできない。それも悔しくてしょうがなくて、ただひたすら木刀を打ち付けた。
すぐに息が上がり、腕が上げられず、動かせなくなった。
それでも悔しくて向かっていこうとして、木刀が手からすっぽ抜けて砂浜に落ちた。
汗を流して肩で息をし、震える手で頬に触ってみて、ようやく自分が情けないぐらいに泣いてるのに気付いた。
それに、手が血まみれだ。必死すぎて、手の皮がむけた事にも気付かなかった。
でも気付くと、ジンジン痛んだ。その強い痛みが、余計に僕の苦しみになった。
「痛い、痛いよ」
そう言ってから、どうしようもなく声を上げて泣いた。
「大丈夫です。すぐ治しますから」
イツキが木刀を捨てて僕の手を取り、白の治癒魔法なんだろうものを発動させた。
少しの白い光が走り、僕の手の傷は消えた。
痛みが無くなったから、少しだけ落ち着いた。でも悲しくて寂しくてしょうがない。
まだ泣き止めないでいると、イツキが強く抱き締めてくれた。
ようやく少し安心できたけど、でも……彼は仕事でここにいる。
そう考えてまた悲しくなってくると、イツキは僕から離れて片手を差し出してきた。
「ショーン様、私は貴方の護衛官です。けれど私は、貴方の友人に……友達に、なりたいのです。なって下さいますか」
「え……」
そりゃもちろん、なりたい。なりたいけど……。
「ショーン様、私を友達にして下さいますか?」
「…………分かった。僕も、友達になりたい。なって……くれて、ありがとう」
僕がこう言っても、イツキは死なない。嬉しそうに僕の手を取り、握り締めてくれている。
良かった。僕、友達を増やそうとする度に、殺したりしなくていいみたいだ。
僕からも、イツキの手をギュッと握り締めた。
それから突然に嬉しくなり、やっぱり涙が止まらないけどニッコリ笑えた。
そのうちにオーランドさんがタオルを持って来てくれたので、それで涙と鼻水と血を拭いた。
泣き止めてもシャックリが出てろくに話せないでいると、微笑ましい感じで笑ってるミンスさんが、僕に綺麗な貝殻をくれた。
「あ、りがと、う」
「うん。あのね、私……考えたんだけど、文化祭に出るわ。一人でも歌ってみせるわよ。だから応援よろしく!」
「え……あ、うあ?」
「心配しなくても大丈夫よ。私、ギター弾きながら歌えるからね。まあ、期待してて」
「いや……そのう、でも、一人じゃ……」
「なによ。私に出て貰いたがってたのに、今さら反対するの?」
「そ、そうじゃ、なくて……誰か、他に……」
イツキを見たけど、笑顔で首を横に振った。僕も無理だ。
「じ、じゃあ僕、誰か一緒に出てくれる人、探してみる」
「もうあと一週間しかないから、練習できないでしょ? オールドクラシックを知ってる人は少ないし、一人でいいわ」
でも、ミンスさんは一人で出るのを嫌がってた。だから、僕が助けたい!
「歌える人、じゃなくて、楽器演奏が、できる人は、どう?」
「あのね、軽音部の人たちなら別枠で出場するから、誘えないわよ」
「う~。じゃあ、軽音部じゃない人を、当たって、みる」
「ショーン君、無茶しないでね」
「大丈、夫」
シャックリしながら言う大丈夫は、大丈夫そうじゃないなあと自分で思った。
その後は、みんなで仲良くして心を温めつつ帰宅した。
2・
深夜、エリックは仕事があった城から中央神殿に帰宅する途上にいた。
電話がかかってきて、即座に対応する。
「今日はなにが?」
電話口の向こうで、イツキは答える。
「少し長引きますが、よろしいでしょうか?」
「うん。ちょっと待ってろ」
エリックは乗っている飛空車を駐車場に停車させ、同乗していた神殿長と龍神助手官、龍神副長官と警護官たちをコンビニに追い払った。
「よし話せ」
「ショーン様に内情を吐露させました。一番辛いことから逃げて隠せば無くなると思っていたようですので、表に出させて泣かせました」
「そうか。よくやってくれた。それで一応、なにが問題か理解できただろうから、今後は自分だけでも立ち向かえるだろう」
エリックは、自分のせいであれ程まで傷つけたと思い、ため息をついた。
「しかし……本来は、受けなくても良かった傷だ。俺は、ショーンにどう償えばいいか分からない」
「ショーン様は、エリック様に償ってもらいたいなどと思っていませんよ」
「今はな。イツキも理解しているだろうが、今のショーンはまだ幼児だ。自分が定まらず、ただ感情に流されて表情をコロコロと変える。レリクスだと周囲が教え込んだことを素直に信じて、二度しか会っていない猫を母と信じる。だが、彼もいつかは大人になる」
「しかし……レリクスの母については、やはりそう深い愛情を持っていないように見えます。母という単語に反応し、悲しくなり泣いているだけのようです」
「かもしれないが、それでも十分だろう。レリクスとして最後の一人となったことに思いをめぐらせ、俺に復讐したく思う時もあるかもしれない。その時は、彼の邪魔をするな」
「いえ、ですが──」
「イツキはイツキの仕事をしろ。命令だ」
「……了解しました」
「しかし……彼の心が大人になった時、長寿の俺でももう寿命で死んでるかもしれないな。その時は、墓石でも壊させてあげてくれ」
「まあ……そうですよね。先は長いですね」
「ショーンの寿命は、きっと俺より長い。しかも、あれ程の隔世遺伝でありながら、力強い神族だ。大人になった時に人を憎んでいれば、彼は容赦なく宇宙文明を滅ぼすだろう。彼を魔王にしてはいけない。そうならないように、俺たちは彼を真っ直ぐ育て上げないといけない」
「肝にめいじております」
「イツキにばかり負担をかけてしまうが、これから数年の学生生活が、彼と宇宙文明の運命を決定づける。どうか彼に、人と共に生きる喜びを教えてあげてくれ」
「はい。分かっております。私は彼の友人として、二度目の学生生活を楽しみます」
「ああ。じゃあ、何か必要な物はないか? お祖父ちゃんが買ってやろう」
「……以前に頂いたもので、十分です。他の親族たちに買ってあげてください」
「買ってるとも。でも最近はもう縁遠い子供ばっかりで、遠慮がちなんだよなあ。会っても走ってきて抱きついたりなんて、してくれない」
「子供好きなのは大変良いことと思いますが、甘やかすのとは違いますよ」
「お前のそういうところは、本当にクロに似てるな。あ、でもクロは可愛い時は可愛くてさあ──」
「失礼します」
イツキは電話を切った。そして、あの存在に会った事を伝えなかったと気付いた。しかし事件そのものは他の護衛官が連絡した筈なので、もういいかと割り切った。
3・
深夜のホテルで、フリッツベルクはユールレムに電話を入れた。
相手が対応に出て、頭を下げる。
「補佐官長様、お時間よろしいですか? 無い? いやお待ちを」
フリッツベルクは慌てた。
「レリクスについての追加情報はありませんが、代わりに三人目の龍神に会いました。そちらについては、どうされますか? えっ、はあ、エリック様付きの警護官とロック様付きの神官が一緒にいたので、間違いはないかと」
フリッツベルクは、しばらく補佐官長の話を聞いた。
「私立ハルトライト高校の制服を着た、可愛らしい女の子でした。バンハムーバ政府は、彼女が学生の間は、実名を公表するつもりはないようですね。…………なるほど。はい、分かりました。では、私はレリクスの捜索に集中します。失礼します」
フリッツベルクは電話を切った。そして一度悩んだ後で、エリックに電話をかけた。
「あ、夜分遅く失礼しま~す」
コンビニでアイスを買い車内で食べているエリックは、密かに苦笑いした。
「起きてるから別にいい。それで、例の書類は?」
「今はクリスタにいましてね、今日、イツキ君に出会ったんで渡そうとしたんです。でも無視されました」
「別人だったんじゃないのか?」
「かもしれません。まあそれで、これからそちらに渡るところです。三日後に伺っても構いませんか?」
「悪いが、会えない。ホルンに言っておくんで、彼に渡しに行ってくれるか」
「え~……私、タダ働きは嫌です。本職もありますし」
「宝石が入手できればいいんだろう? それで護ってくれ」
「へえ、なかなか思い切った申し出で、驚きました。勿論、レリクスの宝石でしょうね?」
「ああ。俺は騙したりしない」
「では、取り引き成立といきましょう。しかしあの子…………まあ、いいですよ。飲み込んでおきます」
「それはありがたい。じゃあ、取りあえずそっちに行くポドールイ人たちは全部任せる。三日後にクリスタに到着するからな」
「丸投げしないで下さい。でもまあ、可愛い女子高生を護るのは楽しいですね。仲良くなっても構いませんか?」
「…………」
「エリック様?」
「……い、イツキのガードを破れたらな」
「まさか許可が出るとは」
フリッツベルクは驚きつつ、イツキは難攻不落だなと考えた。
「エリック様……じゃあ取りあえず、そういう事で」
「ああ。そういえば猫カフェ行っただろ?」
「行きました。至高の時間ですね」
「いいなあ、俺も猫カフェ行きたい。思う存分モフモフし──」
エリックのスマホは、同乗していた神殿長により通話を遮断された。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる